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エコシステムをつなぐ“翻訳者”に。シードVCのPPMとしての使命と展望 | 伊藤 実希

ジェネシア・ベンチャーズは2016年の設立以来、「新たな産業の“種”から”最初の芽”を出すこと」を自分たちの役割だと考え、一貫して創業初期のスタートアップの1stラウンドにおいて投資をしてきました。まだ事業アイデアしかない、起業家一人だけのチームで組織もオフィスもない、そんなフェーズのスタートアップに投資し、未来をより豊かにするサービス/プロダクトを広く世の中に届けるために私たちも“チームの一員”という意識で伴走しています。

2022年に、国が主導する「スタートアップ育成5か年計画」が策定され、日本のスタートアップに各方面からの注目と投資マネーが集まり、また、スタートアップを生み出し育てるためのエコシステムも各地・各所で大きく育ちつつあります。

その中で、新しい技術、新しいサービス/プロダクト、そして新しいリーダーたちとともに、「社会に対して大きなインパクトをもたらすスタートアップを生み出すこと」を担うのはやはり、創業初期=シード期から投資をするベンチャーキャピタル「シードVC」であると、そして、私たちがまさにその当事者であると考えています。

本シリーズ『シードVCのシゴト観』では、ジェネシア・ベンチャーズで実際に働くメンバーが、それぞれの視点から改めて考える「シードVC」についてご紹介します。

・なぜ「シードVC」に懸けるのか?
・「シードVC」としての役割やこだわりは何か?
・そして、ジェネシア・ベンチャーズで実現したいことは?

本稿の主役は、Senior Portfolio & Partnership Managerの伊藤さん(以下:伊藤)です。

  • まとめ:PR Partner 李 彩玲
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エコシステムに関わるすべてのプレイヤーの「架け橋」となる

interviewer:

Portfolio & Partnership Manager(以下:PPM)の役割について、改めて教えていただけますか。

伊藤:

PPMの役割は「ポートフォリオマネジメント」と「パートナーシップマネジメント」の2つに分かれます。前者は主に、ファンドの投資計画立案や決算管理、投資フローの適切性の確認など、ポートフォリオ管理が中心です。

後者はジェネシアの特徴的な役割で、ファンド管理を通じて得た投資先の情報やファンド全体の動向を、様々なパートナーに伝えます。このパートナーには、ファンドへの出資者であるLP(Limited Partner)はもちろん、投資先企業が将来連携する可能性のある自治体や事業会社、監査法人など、スタートアップエコシステムに関わるすべてのプレイヤーが含まれていて、私たちPPMは、これらの関係者間を結ぶ架け橋として機能しています。

interviewer:

パートナーの種類や内訳について、もう少し詳しく教えてください。

伊藤:

最も頻繁にコミュニケーションを取るのはLPの皆さんです。LPの内訳としては、半分が金融機関をはじめとした機関投資家のVC出資を担当するチームの方々で、残りの半分が事業会社、具体的にはCVCやスタートアップ連携を担当される方々です。また、最近の傾向として、証券会社の中にもVCと密接に連携しようとするチームが増えています。こういった方々とも接する機会が頻繁になってきていますね。

尖った人だけが働く場所じゃない。VCのイメージが変わった旧友との再会

interviewer:

ジェネシアに入社する前は、証券会社の投資銀行部門や運用会社で商品開発をしていたとのことですが、VCへの転身を考えたきっかけは何だったんでしょうか?また、入社前にはVCに対してどのような印象を持っていましたか?

伊藤:

大学時代からVCという言葉は知っていましたが、当時のイメージは「周りと違うキャリアを歩む、ちょっと尖ったタイプの人が行く場所」というものでした。一方で、医者の母と銀行員の父のもと、資格を活かしたシゴトを重視する家庭で育った自分にとって、VCは正反対の道に感じられ、新卒時のキャリア選択肢には全く入っていなかったんです。

転機が訪れたのが、新卒入社から7年後の2019年です。大学時代からの友人である水谷 航己(ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager)と久しぶりに飲みに行ったときのことでした。当時、私は前職で2回目の育休中で、今後のキャリアについて迷っていました。そんな中、シゴトの話を楽しそうに語る水谷を見て、「シゴトに対してこんなに高い熱量を持って取り組めるっていいな」と強く感じたんです。これが、私にとってVCを初めて身近に感じた瞬間でした。

また、それまで“尖った人たちがいる会社”というイメージを持っていたVCの印象も変わりました。というのも、水谷とは学生時代から特に仲もよく、彼のシゴトに対するスタンスや考え方も知っていたので、「そんな彼が勧めるなら、私にも合う場所なのかも?」と思えたからです。

interviewer:

水谷さんの影響が大きかったんですね(笑)。VC以外に、転職先の候補として検討していた会社はありましたか?

伊藤:

実は、第一子の育休のときにも転職を考えており、軽井沢のインターナショナルスクールの運営ポジションを検討していました。本気度は相当高く、実際に軽井沢のキャンパスまで見学にも行きました。ただ、家族全員での移住という大きな決断を下すには適切なタイミングではなかったため、断念せざるを得ませんでした。

他にも、金融系の営業職も検討していたのですが、育休明けで時短勤務の可能性があるという状況では、応募書類がまったく通らず苦戦しました。

interviewer:

営業職も候補にあったんですね。

伊藤:

シゴトをする上で、「誰のために」という目的をもっと明確にしたいと思ったんです。エンドユーザーでも社内の誰かでもいいんですが、「誰のために、こんなに頑張っているんだろう」と具体的にイメージできる環境で働きたかったんです。

入社の決め手は、「自分をさらけ出すコミュニケーション」ができると感じたから

interviewer:

さまざまな企業を検討された上で、最終的にジェネシアを選択したんですね。

伊藤:

最初、水谷からポートフォリオマネージャー募集の話を聞いたときは「私、経営管理のこともマクロ経済のこともほとんどわからないから期待しないでね」という話を散々したんです。でも、水谷は「別に大丈夫だと思うよ」という反応でしたね(笑)。

そんな具合で、未経験のシゴトに対する不安は確かにありましたが、いざ選考に進んでみると、ジェネシアで働きたいという強い思いが芽生えていったんです。

最も印象的だったのは、田島さん(代表取締役 / General Partner 田島 聡一)との面接での雰囲気です。面接って普通、自分のことを一生懸命に語る場面が多いと思うんですよね。だから、面接前はすごく緊張していて。あと、田島さんちょっと強面なので(笑)、実際に会ってからも緊張が続いていました。でも、面接が始まると、その緊張感は一気に解けました。

驚いたことに、田島さんは会ってすぐにジェネシアについて熱心に説明し始めたんですけど、それがすごく印象的でした。自分が好感を持てるコミュニケーションスタイルを目の当たりにして、「こんな風にシゴトをするチームで働きたい」と率直に感じました。これが最も心に響いたポイントです。先ほど話した、水谷がシゴトを楽しそうにしている様子とも重なり、より強い印象を受けました。

ちなみに、田島さんとの面接では子どもを連れて参加したのですが、快く受け入れてくれる雰囲気がありました。当時、育休明けの転職活動の厳しさに落胆していた私にとって、このオープンなスタンスは、ジェネシアに対する印象を一気にポジティブなものにしてくれました。

また、タカさん(General Partner 鈴木 隆宏)との面談も印象的でしたね。タカさんが様々な角度から掘り下げてくれたおかげで、とても自分らしい会話ができたという記憶が鮮明に残っています。

interviewer:

ミキさんがポジティブな印象を抱いたのには、何か理由があったのでしょうか?

伊藤:

私は表面的でドライな関係よりも、ウェットというか、”自分をさらけ出すようなコミュニケーション“が好きなんです。文化の違いもあると思いますが、日本では比較的、遠慮がちで礼儀正しい会話が重視されることが多いですよね。特に初対面だと、慎重に言葉を選ぶ傾向があります。でも、(高校時代を過ごした)アメリカでは最初から自分をどんどんさらけ出すことが多くて、まっすぐに相手に入り込んでいくスタイルがあるんです。そういう中で、どんどん仲良くなっていく感じがあります。

例えば、高校時代の友人はみんな親同士も知り合いですし、卒業以来、十数年ぶりに再会した友達とも、会って5分後には仕事や人間関係の悩みを相談していて、当時と関係性が何も変わっていないんです(笑)。シゴトもプライベートもひっくるめて、そういうありのままのコミュニケーションを取るのが、私はすごく好きです。

ジェネシアに好感を抱いたのも、このようなコミュニケーションスタイルがあったからだと思います。田島さんやタカさんとの会話では、単なるシゴトの話ではなく、その人自身の思いや感情が伝わってきたんです。ファンド運営に対する情熱が本音として感じられて、プライベートの話題も自然に交えながら、素のままで話せる雰囲気がありました。

interviewer:

ところで、ジェネシアへの転職に際して、いわゆる”家族ブロック”とかはなかったんですか?

伊藤:

家族から特に反対されたことはなかったですね。両親も、転職当時は多少心配していたかもしれませんが、反対するまでには至りませんでした。最近では、メディアでジェネシアが取り上げられるたびに記事を送っているんですが、「ジェネシア、面白そうね」と反応してくれて。私のシゴトを理解してくれているんだなという実感があります。

interviewer:

それは嬉しいですね!PRの効果の一つと言えそうです(笑)。

根底にあるのは「社会を良くしたい」という思い

interviewer:

入社後、ギャップを感じた部分はありましたか?

伊藤:

シゴトの進め方やスピードの面でギャップを感じましたね。例えば、新卒で入社した投資銀行では、資料作成後に上司や先輩がチェックし、最終版になるまで何度も修正が入るのが当たり前でした。でも、今は自分が作ったものがそのまま最終版になることも多い。そうなると、細部までしっかりこだわろうと思いますし、自分で責任を持ってやらなければならないという意識がより高まったと感じます。

一方で、これは見方を変えると危うさも秘めています。そのため、スピード感を大切にしつつ、チェックすべき箇所はしっかりダブルチェックする。つまり、「勢いとプロフェッショナリズムが両立できるチーム」を目指したいと考えています。

interviewer:

ミキさんだからこそ設計できた社内のルールやフローもたくさんありますもんね。

伊藤:

ありがとうございます。でも、最近、自分の進捗の遅さに焦りを感じているんです…。田島さんが以前、社内でシェアしていた中村 哲さんの『荒野に希望の光をともす』を観て、考えさせられました。毎日120%、いや200%の気持ちで頑張って前に進んでいるつもりでも、実際の歩幅が狭いんじゃないかと。このペースでは、大きなことを成し遂げられない。どんなに努力しても、5年後や10年後にはあまり前進していないかもしれない。そう思うと、もっと時間を有効活用して、視野や視座を広げていかなければと焦っています。

interviewer:

「大きなことを成し遂げる」という野望は、ジェネシア入社以前から持っていたものなんですか?

伊藤:

社会をより良くしたいという思いは昔からあったと思います。アメリカの高校に行ったとき、日本の教育との違いに衝撃を受け、日本にもそういう教育環境を作りたいと考えたこともありました。自分が受けてきた教育や恵まれた環境を活かしながら、社会に貢献したいという思いは強かったですね。そういう意味で、私のベクトルは常に「社会」を向いていたという印象です。

一方で、社会を良くできるのは、ごく一部の稀有な存在の人だけではないかというイメージもありました。お金持ちや発明家、政治家など、社会の0.01%のような人たちしかできないのかなと思っていて。だから、自分がどういう形で社会を良くしていけるのか、今でもはっきりとはわかっていないのが正直なところです。

それでも、身近にいるメンバーはもちろん、起業家やLPなど、エコシステム全体に対して、「自分だからこそできる、みんながちょっと幸せになれること」はサポートしたいんです。少し漠然としていますが、そんな気持ちが常に根底にあると感じています。

interviewer:

ミキさんのそうした思いが具体的に形になった事例はありますか?

伊藤:

VC Fund Controller Network』はその一つですね。VCやCVCのファンド管理に携わるメンバー同士が交流し、ナレッジシェアするためのコミュニティなのですが、シードVCのファンド管理には確立された型がないので、みんなで知見を共有しながら互いにレベルアップしていければという思いで立ち上げました。

最初は小規模なランチ会から始まりましたが、今では150名ほどの規模にまで拡大しました。直近も公正価値評価に関する勉強会を開催して、大盛況でした。

シードVCのPPMに求められるスタンス

interviewer:

PPMというシゴトへのこだわりはありますか?

伊藤:

「プロフェッショナルであれ」というのは、自分に課している重要な基準です。ジェネシアへの信頼を築くには、まず堅実なファンド管理が不可欠だと考えています。これは単に数字の正確性だけでなく、LPとの接点が最も多いPPMとして、「ジェネシアには信頼できるPPMがいる」という印象をLPの方々に持っていただくことも含みます。そして、この信頼は日々のシゴトの積み重ねから生まれるものだと思います。

また、シードVCのPPMならではの重要な役割として「翻訳」があります。ミドル・レイターステージに投資するファンドでは、LPに対してファクトベースの数字を伝えることが多いですが、シードステージではそういった具体的なものがほとんどありません。そのため、抽象度の高い事象をいかにLP側にとってわかりやすく落とし込み、伝えるかを常に意識しています

LPの視点からすると、GPである田島さんやタカさんを通じて出資を決めるわけですが、ジェネシアについて深く語れる存在が他にもいることで、LPとの関係はより強固になります。これこそがPPMにおける「パートナーシップマネジメント」の本質的な役割だと考えています。

interviewer:

先ほど、シゴトをする上で「誰のために」という目的を明確にしたいと話していましたが、ミキさんにとってPPMのシゴトは、まさにその点で理想的ですね。

伊藤:

他にも、「落ちているボールを積極的に拾う」というのも、PPMのシゴトにおけるこだわりです。例えば、議事録の取り方や全社会議の運営進行、採用活動など、大小問わず、ジェネシアが会社として存続するために必要なことであれば、片っ端から取り組んでいきたいんです。そうすることで、田島さんやタカさんの考えとシンクロでき、ジェネシアのことをより深く語れるようになると思っています。

interviewer:

確かに、ジェネシアのことを誰よりも熟知しているのはミキさんだという印象を受けます(笑)。

スタートアップエコシステム全体を底上げしたい

interviewer:

最後に、これからのPPM、ひいてはシードVCのミドルバック業務に今後求められることを教えてください。

伊藤:

ポートフォリオマネージャーやファンドコントローラーと言われるポジションは、どうしても「守り」のイメージが先行しがちです。でも、”キャピタリストが投資するお金の管理者“という意味では、「守り」以外にもできることがたくさんあるはずです。そのため個人的には、ファンドパフォーマンスに直結する積極的な動きをもっと増やしていきたいと考えています。

例えば、ファンドのキャッシュフローの効率化はその一つです。ファンドへの出資金は一括で振り込まれるのではなく、投資の進捗に応じてLPから段階的に入金されます。このとき、ファンドに現金を滞留させないほうがパフォーマンス面で有利になります。逆に、現金のまま保持すると運用していない期間が長くなり、プラスの効果が出にくくなってしまいます。そのため今後は、入金から投資までのサイクルをより戦略的に考えていきたいです。

また、スタートアップにExitの機会を提供したり、単なる「守り」にとどまらず、バリューアップにつながる「攻め」の取り組みも積極的に推進していきたいですね。

interviewer:

ミキさんの熱い思いが伝わってきます。

伊藤:

スタートアップエコシステムは、ポジティブなエネルギーに満ち溢れていると感じています。特に起業家は、自らの意志で起業し、日々主体的に意思決定を重ねながら前進しています。プレッシャーも確かにあるでしょうが、常に前向きに働く人々が集まっているのは非常に魅力的です。キャピタリストやLPもこういった起業家たちと協働するため、エコシステム全体が前向きな雰囲気に包まれています。私はこの環境がとても好きです。

だからこそ、ジェネシアが蓄積したナレッジをエコシステムに還元し、業界全体の底上げにも貢献していきたいと考えています。「エコシステム全体の底上げ」と「ジェネシアがその中でも抜きん出ること」は、一見すると相反するように思えるかもしれません。

しかし、テクニックやナレッジはあくまで「ツール」であり、それらを共有してもジェネシアにマイナスはないと確信しています。重要なのは、ツールを「どう活かすか」という点です。この活用方法は共有できるものではなく、各組織が独自に築き上げていくものだと考えています。ジェネシア自身も、この活用方法の追求を通じて、さらに強くなっていきたいですね。

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