STORY
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新たな挑戦に向かうことにためらいがちな時代

NOTES

1.プロローグ

溢れるほどの情報が飛び交う時代。

あらゆるものが可視化され、デジタル化されていく時代。

自ら情報を取りにいかなくても、与えてもらえる時代。

このような今の時代を別の角度から捉えなおすと、アクセス可能な知の流通量が指数関数的に増加し、生活の豊かさが増していく中で、既存の知の範囲から外に飛び出すことがどんどん難しくなっているとともに、新たな挑戦に向かうことにためらいがちな時代に突入していると感じている。

歴史を遡ると、これまで人間は数々の努力と挑戦を積み重ねてきた。

例えば、今私たちが口にしている食べ物はすべて、初めは体内に入れて問題ないかどうかわからなかったはずだが、食べることに挑戦した先達が存在したお陰で、今私たちはそれらを安心して食べることができている。

私たちが普段使っている車や飛行機などの移動手段もそうだ。これらを実用化するのはとてつもなく大変だっただろうし、とても大きな挑戦だったのは間違いない。でも、より効率的な経済活動や豊かな生活を実現するために、先達がたくさんの挑戦と努力を積み重ねてきてくれた結果として今がある。

そして、先達のそのような挑戦を支えていたのは、これらをなんとか実現しようとする先達の喉の渇きだったと思う。これまでは、人間が豊かな人生を送るためのMUST HAVE(なくてはならない)の大半がまだ社会実装されていなかったから。

しかし、私たちの生活がこれだけ豊かになった今、私たちの喉の渇き具合はどうだろう? 100年前、いや、10年前と比較しても、明らかに新たな挑戦に向かう必要性が低下しているし、挑戦しないという選択肢をいとも簡単に選べてしまう時代だと感じている。

2.知へのアクセスコストの低下が、私たちを挑戦から遠ざける

もう少し話を掘り下げて考えてみると、人間は、新たな挑戦をするかどうかを意思決定する際に、無意識に「挑戦することによる期待成果(Expected Return)と、挑戦するために必要な時間やコスト(Investment)はどちらが大きいのか?」を考えていると思う。

そして、Expected Return>Investmentが脳内で成立すると人間は新たな挑戦をする選択肢を選ぶが、今の時代はこのROI(費用対効果)の算盤が合いづらい、正確には算盤が合わないと錯覚しやすいと感じている。

インターネットが普及する前は、知を得るためには挑戦や行動が必要だった。挑戦や行動がないと、そもそも知が得られなかった。しかし今は知へのアクセスコストが著しく低下し、挑戦や行動が伴わなくても “情報としての知” が受動的に得られてしまう時代になった。

例えば、YouTubeやTikTokなどを見ていても、さまざまな挑戦や体験がシェアされているので、いとも簡単に疑似体験できてしまうし、つい自分がやったつもりになれてしまう、理解したつもりになれてしまう。実際に自分が挑戦したことから得られる学びは、見聞きして得た学びとは比較しようがないほど奥行きのある、プライスレスな学びであるにもかかわらず。

つまり、

“挑戦や行動を通じて得られる知 >見聞きを通じて得られる知”

であるにもかかわらず、

“挑戦や行動を通じて得られる知 ≒ 見聞きを通じて得られる知”

だと誤認してしまうことが、算盤が合わないと私たちを錯覚させ、挑戦から遠ざけるのだと思う。

アクセス可能な知の流通量が指数関数的に増加する中で、新たな何かに挑戦し続ける人と、情報を見聞きするだけで満足する人にこれからますます二極化していくはずだ。挑戦者のみが得られるプライスレスな学びの価値を知る人はこれからも貪欲に行動し続けるだろうし、その価値を知らない人は効率が悪いという理由で自らの挑戦を絞り、さまざまな手段で情報を収集するという選択肢を選び続けるだろう。

3.短期的な成長を追い求めすぎると、長期的な成長とトレードオフになりがち

少し違う切り口での話にはなるが、短期間で効率良く成長したいと考える人が、自分が取るべきアクションが成果に繋がるかどうかを吟味し過ぎてしまい、手数が減ってしまうことで、さまざまなことに貪欲に挑戦し続ける人に大きく能力差を開けられてしまうシーンをこれまでたくさん見てきた。

自分が取るべきアクションが成果に繋がるかどうかを吟味しがちな人は、短期的には効率よく時間を使っているように感じるかもしれない。しかし、それらは寡少な教師データを基にして動かす人工知能のような側面も持っている。貪欲に新たな挑戦をし続ける人と較べると、蓄積される教師データの量と質(奥行き)に大きな差が開くことで、中長期で見ると能力やパフォーマンスに大きな差が開いてしまう。まるでサイクロイド曲線のように。

未来に起こるConnecting Dotsなんて今この瞬間は誰も予想なんてできない。その当時は全く意味がないと感じていたアクションも、予期せぬタイミングで、時間をかけてConnecting Dotsしていくのをまさに私自身が体感している。そして、それが自分にとっての大きな武器になっていることも。

だから改めて、今の自分には見えていないものが数多く存在することを信じて、挑戦し続けることが大切だと感じる。サイバーエージェント藤田さんのブログ、「全力廻り道」が今読んでも腹にストンと入ってくる。

4.エピローグ

これまでを振り返ると、社会人として初めてお世話になった銀行は自分にとってとても大きな糧になっている。当時は、なぜ自分がこれをしないといけないのかよく分からない仕事や、やりたくない仕事も正直多かったし、上司からその仕事をやるかやらないかを決めてよいと言われていたら、おそらくやらなかった仕事も多くあったと思う(笑)。でも、言われた通りとりあえずなんでも挑戦してみた。成果や成長に繋がるかなんて全くわからなかったけど、とにかくたくさんの経営者に会い続けた。そこから長い時間を経て感じることは、その瞬間瞬間で見た景色や記憶、感情・経験がさまざまなタイミング、色々な場所でつながり、自分の武器になっていっているということ。そういう意味でも、社会人の初期に、挑戦者のみが得られるプライスレスな学びの価値を教えてくれた先輩方にはとても感謝している。

最後に、個人的に感じているのは、私たち人間が新たな挑戦をしつづけることこそがエントロピー増大則に抗うことに繋がり、人類の存続を支えてきたのではないかということ。冒頭で、”既存の知の範囲から外に飛び出すことがどんどん難しくなっている”と書いたが、爆発的に増加し続ける知を受動的に浴びるこの時代において、私たちが既存の知に飲み込まれ、新たな挑戦を止めてしまうことが均一化を招き、結果としてエントロピー増大則に従ってしまうことに繋がる気がしてならない。もちろん、新たな挑戦とは、あるべき時代の変化の方向性に沿ったものであるべきだし、私たちは、私たちのビジョンである「すべての人に豊かさと機会をもたらす社会の実現」に向け、あるべき挑戦をし続けたいと思う。

著者

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