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AI時代のディープテックの成長戦略 ー探索の複利で未来を創る

1. ディープテックの戦略に組み込まれるAI

1.1. ディープテックにおけるAIの影響

ディープテック起業の難しさは、「解くべき問い」そのものが曖昧なまま進まざるを得ない点にあります。

技術はある。しかし、どの市場に応用できるのか?誰が本当に欲しがるのか?その答えは、出発時には見えていないことがほとんどです。

これまでは、そうした不確実性に対して「まずは一つの市場に仮説を立てて集中する」「一点突破で成果を出し、その後に横展開する」という形が主流でした。

しかし最近では、それ以外の選択肢も生まれ始めていると、私は考えています。

  • 大きな賭けに出るよりも、小さな仮説を並列に走らせ、どの方向で最も強い反応が返ってくるかを見極める。
  • 反応の強い方向に徐々にピボットすることで、事業リスクを抑えながら軌道を描いていく。

こうした“探索の構造”を組み込んだ起業のかたちが、現実の選択肢として立ち上がりつつあると考えています。

その背景にあるのが、AIの存在です。

従来なら時間もコストもかかりすぎて選べなかった「多方向への検証」が、AIによって初めて実行可能なものになってきました。

検証の数と速度を上げるだけでなく、どの仮説が意味ある方向性かを判断する能力そのものが、AIによって拡張されつつあるという印象を持っています。

もはやAIは、研究や営業の効率化を担うツールではなく、ディープテック起業の「戦略そのもの」に関わる存在になりつつあるのではないでしょうか。

1.2. 本稿の目的と構成

本稿では、「高速探索」な戦略を採るスタートアップの立ち上げ方について、以下の5つの視点から具体的に掘り下げていきます。

視点起業家が得られるものVCが知りたいポイント
営業営業AIによる複数市場の並列検証CACと学習スピードの推移
R&D自律研究ラボ×デジタルツインによる開発加速試行回数・コストあたりの知見獲得効率
規制設計段階から承認要件を組み込むレギュラトリーリスクの先回り評価
オフィス運営営業・カスタマーサクセス・IRなどの24時間体制の構築人月削減とアウトプット密度
ファイナンス売却・再投資による事業のポートフォリオ化Exitの設計柔軟性と資本効率

2. 営業と研究をシームレスに —— AIが“営業の気づき”をR&Dへ還流する

2.1. この技術、どこに刺さるのか?

ディープテック領域で創業初期の最大の問いは、「この技術をどこに届けるか」という一点に集約されるように思われます。

たとえ独創的な特許やプロトタイプが手元にあったとしても、その技術がどの産業・顧客に対して本当の価値を発揮するのかは、実際に現場に出てみなければ判断がつかないことが多いのではないでしょうか。

これまでは、起業家自身が1業界ずつ仮説を立て、商談に赴き、数か月単位で市場の反応を見ながら軸足を定めていく手法が一般的とされてきました。

ただしこの方法には、「仮説が外れていた」と気づいたときのやり直しコストが高すぎるという課題がつきまとっていたように見受けられます。創業チームの体力・集中力が著しく消耗し、貴重なR&D時間が割かれてしまう構造になっていたのではないでしょうか。

2.2. フロントは人が、解析はAIが担う時代へ

現在では、フロントの営業活動は引き続き起業家自身や小規模なチームが担いながらも、その反応や失注理由、関心の兆しをAIが解析・構造化するという分業モデルが登場しつつあるようです。

たとえば、以下のようなシステムが実際に構築され始めています:

  • 顧客との会話(メール、Webミーティング、展示会での記録など)をすべてクラウドCRMに蓄積
  • NLP(自然言語処理)を用いて、興味・懸念・導入障壁などを自動分類
  • それらをもとに「R&D側が解消すべき技術課題」や「提案に向けた最適化要件」として可視化

この結果、起業家は肌感覚だけに頼ることなく、「この業界では〇〇の懸念が頻出している」「〇〇の応答率が高い」といった構造的な知見を得ることができるようになると同時に、AIは単なるデータの集約にとどまらず、次なる仮説立案と実験設計にまで貢献していくものと考えています。

2.3. 市場ニーズからR&Dへの還流を加速する

たとえば:

  • ある業界で「導入にはFDA承認が必須」という声が多く聞かれた場合、規制適合に向けた試験設計が即座にR&Dに共有されるようになります。
  • 商談中に特定機能へのニーズが頻出した場合、その要素に対して重点的なスクリーニングが進められるケースが出始めているように見えます。

これまでは、営業と研究開発が別のタイムラインで動くことが多かったディープテックにおいて、「今の市場ニーズ」に基づく研究テーマの絞り込みが、リアルタイムに行えるようになってきたと考えています。

VCにとっても、こうした初期営業と開発の連動が明示されることで、「事業の方向性がどれだけ市場に支えられているか」を高解像度で把握しやすくなっていくのではないでしょうか。

2.4. 営業活動を“実験”として再定義する

このような構造において、営業活動は単なる売上獲得手段ではなく、「技術探索の一環=社会との実証実験」として再定義されていくものと考えられます。

従来の営業新しい営業の捉え方
受注のための売り込みニーズを抽出し構造化する探索
商談は“個人戦”データを蓄積し、AIが学習する“チーム戦”
R&Dとは分離R&Dと双方向にフィードバックする起点

技術を“売れる形”にしていくためには、市場との対話のなかで磨き直すプロセスが不可欠であるように思われます。

その際、AIはフロントの「言語化されにくい反応」を分析し、開発の優先順位を動的に調整する補助線として機能していくのではないでしょうか。

3. R&DのJカーブを潰す —— 自律研究ラボとデジタルツイン

3.1. 「研究には時間がかかる」は、どこまで真実か

研究開発の世界には、「時間がかかる」「試行錯誤が必要」といった前提が広く浸透しているように思われます。

確かに、手を動かして仮説を検証しながら前に進めていくプロセスは、ものづくりの本質的な営みのひとつだといえるのかもしれません。

ただし、「だからこそ時間がかかる」という考え方については、AIと自律化の進展によって、見直されつつあるように見受けられます。現在、世界の先進的な研究現場では、研究そのものを“自動で走らせる”アプローチが急速に広がっており、これまで1〜2年を要していた探索が、わずか数日で完了する例も出てきているようです。

起業家にとっては、限られたリソースの中で、いかに早く次の仮説に進めるかが鍵になる場面が多くあります。また、VCにとっても、初期資金の中で「学習がどの程度進んでいるか」を把握できることが、リスクの判断を行う上で非常に有効な材料のひとつとなりうるのではないでしょうか。

3.2. 実験が“回る”研究室:自律研究ラボの可能性

米国・アルゴンヌ国立研究所では、『Polybot』と呼ばれるロボット研究システムが、導電性ポリマーの組成探索を人手の100倍の速度で実行しているとされています。AIが実験条件を設定し、ロボットが試薬を調製、結果を分析して次の条件を指示する仕組みです。人間はそのログを確認しながら、研究の大局的な方向性を調整する役割に集中しているようです。

また、ワシントン州のPNNL(Pacific Northwest National Laboratory)では、AIとロボットが完全に連携し、「理論 → 実験 → 学習」のサイクルを数時間単位で完結させるシステムが稼働しています。研究者からは、「この仕組みによって、研究速度が体感で100倍になった」といった報告も出ているようです。

このような自律研究ラボ(Self-Driving Lab)は、ディープテック・スタートアップにとっても、もはや遠い未来の話ではなく、現実的な選択肢となりつつあるように思われます。

かつては数千万円単位の設備投資が必要とされた装置群も、クラウド経由で借りられるサービスとして登場してきており、「限られた資金でも、機動力のある研究開発が可能になる」という可能性が広がってきているようです。

3.3. デジタルツインで「つくらずにつくる」

研究開発が進んでも、製造やスケーラビリティに関する課題が残る──この問題についても、デジタルツインとジェネレーティブデザインの技術によって、一定の解決の兆しが見えつつあるのではないでしょうか。

たとえばBMWは、自社工場全体をNVIDIA Omniverse上に再現し、ライン配置や生産フローを仮想空間で設計・検証していると報じられています。設備の干渉や作業者の動線、物流の滞りまでシミュレーションできるため、現実のライン立ち上げにかかるコストと時間を大きく削減できているようです。

またスタートアップにおいても、クラウドベースのCAEプラットフォーム(例:Rescale)を利用すれば、従来は数千万円以上かかっていた解析ソフトや演算環境を、一時的にクラウド上で使うことが可能になります。2024年には、このようなAI物理エンジンを組み込んだ仮想設計環境に対する投資が急増しており、シード段階の企業であっても、航空機レベルの高度な熱流体解析を数日で完了させる事例が出てきているようです。

つまり、「つくって壊す」ためのコストが、これまでとは比べものにならないほど低減されつつあるのではないでしょうか。

前述の営業機能と、本章で取り上げたR&D機能とを組み合わせることで、新たな市場に、より速く、より確実にプロダクトを投入できる体制が整ってきているように見受けられます。

4. 規制と設計をつなぐ —— インテリジェント・レギュレーションとの向き合い方

4.1. 優れた技術が“社会に届かない”理由のひとつ

高品質なプロダクトを開発し、顧客からの反応も良好であるにもかかわらず、法規制の壁が厚すぎて市場投入の見通しが立たない——こうした課題に直面するディープテック起業家は少なくないように思われます。

特に、医療、環境、エネルギー、航空といった領域では、プロダクトの品質だけでは市場参入が実現しないという実情があります。薬機法、ISO規格、電波法、環境基準など、分野ごとに複雑な要件が存在しており、それらをクリアして初めて「販売可能な状態」になるとされています。

特にディープテック領域では、「開発中は規制を意識していなかった」「事業化段階になって初めて規制の存在に気づいた」といったケースも散見されます。これは技術開発に集中する姿勢の裏返しとも言えますが、事業リスクとしては無視できない要素ではないでしょうか。

VCの立場から見ても、規制の不確実性は「投資判断を見送る理由のひとつ」となりうることが多いように思われます。

4.2. “あとづけ”でなく、“最初から組み込む”という発想へ

そこで注目されているのが、規制対応を開発プロセスの最初から一体化させるアプローチです。

米国ではすでに「RegTech(レグテック)」という領域が形成されつつあり、AIが法令や認可要件を自動収集・分類し、プロダクト設計に反映させる取り組みが広がってきているようです。

こうした仕組みを活用することで、起業家は以下のようなことが可能になると見られます。

  • 製品設計の初期段階から、該当する法規制や業界基準をリアルタイムでチェックできる
  • 申請に必要なドキュメントや試験項目を開発中から”先回り”で準備できる
  • 承認プロセスに必要なフローをAIが自動で可視化・更新してくれる

結果として、「規制との衝突による設計のやり直し」や「承認取得の長期化」といったリスクを、大きく低減できる可能性があると考えられます。

4.3. 実例:AI × 規制チェックの具体的活用シーン

以下のような業界では、すでにAIによる規制対応の事例が見られるようになってきました。

医療機器(SaMD:ソフトウェア医療機器)

  • 開発段階から ISO13485FDA 510(k) に準拠した設計テンプレートを導入
  • 必要な性能評価や臨床試験の要件を、AIが要約して提供することで、開発チームが最初から把握可能に

環境対応製品(CO2排出規制、REACH、RoHS等)

  • 素材や構成部品に含まれる化学物質を自動でチェックし、使用禁止物質がないかを確認
  • 各国の環境法に基づいたライフサイクル評価(LCA)を、AIがシミュレーションで支援

航空・ドローン関連(耐空証明、電波法など)

  • 無人機の飛行エリアや通信方式に関する制約を、地理情報と統合して可視化
  • 提出書類のひな形をAIが自動生成し、当局への申請作業の負担を軽減

これらは大企業に限らず、スタートアップの初期プロダクトにも応用可能な技術であると見られます。

4.4. 起業家にとっての導入メリット

起業家にとっての最大のメリットは、時間と手戻りコストの削減にあるのではないでしょうか。

特にディープテックの分野では、設計変更が製造設備や構造そのものに直結するため、後工程での規制対応は非常に非効率になりがちです。

こうした場面で、AIによる「リアルタイム規制ナビゲーション」があれば、規制を“あとづけの壁”ではなく、“最初から見える地図”として扱えるようになると考えられます。

またVCにとっても、

  • 規制リスクを定量的に見える化できる
  • 認証取得スケジュールを事前に想定できる
  • 承認までのプロセスを構造的に予測できる

といった点で、より前向きな投資判断が可能になる効果が期待できそうです。

「このチームは技術力はあるが、社会実装には時間がかかりそうだ」と感じていた案件であっても、「規制を見据えた構造化された開発を行っている」という事実が確認できれば、シード・アーリーでの判断スピードや確度が大きく変わってくるように思われます。

5. AIと“組織構築” —— 組織スケールの再定義

5.1. 「人を増やす」以外のスケールの仕方

売上が立ち始め、顧客も付き始めた——そうしたフェーズにおいて、起業家が悩むことのひとつが、「次にどうやってスケールさせるか」です。

営業を強化するのか、カスタマーサクセスに人を割くのか、あるいは投資家対応やレポーティング体制を整えるのか。やるべきことは多岐にわたり、時間も人も限られています。

従来の選択肢はシンプルで、人を増やすか、外注するかというものでした。ただ、それは「固定費が上がる」「スピードが落ちる」といった副作用と表裏一体であるとも言えそうです。

ディープテックのようにキャッシュフローの立ち上がりが緩やかな領域では、こうした構造的な課題はより深刻になりやすいと見られます。

こうした背景のもと、現在ではAIを用いたフロントオフィスの再設計に注目が集まりつつあるように思われます。

5.2. 「24時間対応のチームメイト」を手に入れる発想

前章ではAIを活用した営業の一端をご紹介しましたが、それはAI活用の“入り口”に過ぎないと考えられます。実際には、現在先進的なスタートアップにおいて、以下のような領域にまでn8n等のツールを使い、AIの導入が進んでいるケースが増えてきているようです。

領域これまでの手作業AI導入での変化
カスタマーサクセス問い合わせ対応、FAQ、操作説明LLMによる即時返答、導入状況の予測と提案
投資家対応月次報告、KPIレポート、Q&A対応自動生成レポート、定例質問の先読み対応
社内ナレッジ共有Slack、Notionの属人化された情報群自動要約・統合ナレッジボットによる可視化

こうした変化により、起業家にとっては24時間体制での業務稼働というインパクトが生まれているように思います。自身が寝ている間にも、顧客の問い合わせには即座に返答が届き、投資家向け資料が自動生成され、社内のナレッジも整っていく。チームの生産性は、人数ではなく“設計の巧拙”で決まる時代になってきているのではないでしょうか。

5.3. VCから見た「運営力」の変化

VCの立場から見ても、AIを活用したフロントオフィスの整備は、経営チームの成熟度を測る上でポジティブな要素と捉えられる場面が増えてきているように思います。

たとえば、営業やカスタマーサクセスなどのフロント機能から得られるデータをもとに、月次レポートが自動的に整理・更新される仕組みが導入されている企業も出てきています。このような運用体制を見るだけでも、「情報を構造化して活用する力=経営チームの運営能力」が一段階高いと感じられることがあります。

また、カスタマーサクセスの領域にAIが実装されることで、

  • 顧客ごとのエンゲージメントの強弱を定量的に可視化する
  • クロスセル/アップセルの兆しをデータとして把握できる

といった仕組みが整い始めており、収益モデルの健全性を評価する上での重要な材料が自然と蓄積される環境が整いつつあります。これは、追加投資を判断するうえでの安心材料として機能しうると考えられます。

つまり、「営業力」という言葉の中身が、「売る力」だけでなく、“売った後をどう観察し、再設計できるか”という力へとシフトしてきているのではないでしょうか。

5.4. 「人を増やさず、価値を増やす」組織づくり

かつては「営業は人が動くもの」「カスタマーサクセスは丁寧さが勝負」「IRは経験がものをいう」といった固定観念がありましたが、AIとの共存によって、それらの見方にも変化が生まれているように感じられます。

もちろん、AIがすべてを代替できるわけではありません。しかし、起業家が戦略や意思決定に集中するための時間を生み出し、チームのリソースを“人にしかできない仕事”に再配置していくことは、スタートアップにとっての持続的な成長を支える重要な手段のひとつになってきているのではないでしょうか。

6. ポートフォリオ経営とAIファイナンス —— 事業売却・再投資で複利を生む設計へ

6.1. 「一つの事業にすべてを賭ける」時代の先

ディープテック・スタートアップの多くは、技術的な汎用性を備えているように見受けられます。

たとえば材料、センシング、バイオ、ロボティクス、エネルギーといった分野においては、一つのコア技術から複数の産業領域に展開できる可能性があることが少なくありません。

それにもかかわらず、従来のスタートアップモデルでは「一点突破」の戦略が取られる傾向がありました。開発資金や人員、営業のリソースが限られていたため、「ひとつの市場に全力投球し、成功するかどうかで命運が決まる」という構造に収束していた印象があります。

しかし、ここまでで整理してきたように、AIの活用によって

  • 営業の並列化
  • 研究開発の高速化
  • 規制対応の事前統合
  • 運営の自動化と拡張

といったことが現実に可能になりつつあり、起業家は「複数の筋を走らせ、その中で最も伸びた事業に集中する」という構えを取りやすくなってきたように思われます。そうした状況下で注目されるのが、ポートフォリオ経営という発想です。

6.2. 一社の中で“複数の事業線”を走らせるという構え

起業家にとってのポートフォリオ経営は、決して「複数の事業部を持つ」という大企業的なスケールを意味するものではなさそうです。

より軽やかに、技術という共通の幹から複数の用途(=枝)を立ち上げ、評価し、必要に応じてスピンアウトやライセンス供与といったかたちで構造的に展開していくというものです。

たとえば、ある材料系スタートアップが

  • 半導体向けにPoCを進めつつ、
  • 医療デバイス向けには異なるルートで商談を開拓し、
  • 建材用途では共同開発先と別のバリューチェーンにチャレンジしている

といった動きを並行して進めるイメージです。用途ごとに事業線を立て、成果が見えたものについては育てるか、外部との連携で展開を加速させるかといった柔軟な選択が可能になってきているように感じられます。

このような構えは、AIをはじめとしたツールの普及によって、スタートアップにも現実的な選択肢として立ち上がりつつあります。

6.3. 売却は“失敗”ではなく、次の研究費をつくる手段

事業の売却や分割は、従来「うまくいかなかった部分の清算」と見なされることが多かったかもしれません。

しかし近年では、PoC段階で市場の一定の評価を得たプロダクトを、よりスケールさせられる事業会社に譲渡するという考え方が、健全な資本循環として浸透し始めているように思います。

たとえば、

  • 材料スタートアップが医療系事業を売却し、BtoB製造に集中する
  • AI創薬企業が特定疾患領域の成果をライセンス提供し、基盤プラットフォームの開発に注力する

といったケースは今後さらに増えていくと見られます。「売却=撤退」ではなく、「売却=集中と拡張」という新しい解釈が広がりつつある印象です。

起業家にとっては、得られた資金をもとにさらなる探索を行う余地が生まれますし、VCにとっても早期に一部のリターンを実現しつつ、残る事業に対しても継続的に支援していけるという合理性が生まれます。

6.4. ファイナンスも“事業の束”で評価する時代へ

投資家としても、「一社=一事業」ではなく、「一つの技術=複数の芽を持つ束」として見ることができると考えています。

  • 技術ごとの産業適用可能性のマッピング
  • 特許ポートフォリオの応用範囲に基づいたスコア化
  • 顧客反応データとの照合による応用可能性の分析

こうした分析によって、「ある技術から生まれる事業群」を定量的に可視化することが可能になりつつあります

その結果、起業家は「本命事業一本で勝負する」以外にも、「複数事業を走らせてポートフォリオで成長を設計する」アプローチをとりやすくなっており、VC側も1案件内に複数のExitシナリオを見出すことで、ファンド全体のリスク調整がしやすくなるという側面があると考えられます。

6.5. 「一社完結型」の限界を超える投資・経営モデルへ

ディープテック・スタートアップの最大の強みは、往々にして「技術そのもの」にあります。

だからこそ、経営の目的を「一つの事業を当てにいくこと」だけに限定するのではなく、事業の束として設計し、資本の流動性を組み込みながら、長期的に技術を磨き続けられる土台を整えることが重要になってきているように思います。

VCとして求められる役割も、「一発当てるための投資家」から、技術・事業・資本の三層構造を共に設計し、ときに再構成していく“編集者”のような存在へと変わってきているのではないでしょうか。

7. 探索の複利が技術の未来をつくる —— 日本発ディープテックの成長のために

7.1. 深く、速く、そして繰り返すことの価値

ディープテックとは、未知の地層を掘り進めていくような挑戦です。どこに金脈が眠っているかは誰にもわかりません。そのため、起業家は日々、手探りで仮説を立てながら検証を重ねていくことになります。

これまでは、そうした取り組みの「深さ」が主に評価されてきました。ただ、近年はそこに「速さ」と「繰り返し」が加わり、重要性が増しているように感じます。

AIの登場により、

  • 仮説の生成と検証のスピードが大きく向上し、
  • 複数の市場に同時にアプローチできるようになり、
  • 規制対応や組織運営におけるボトルネックも徐々に解消されつつある中で、

いま問われているのは「正解を一度で引き当てること」ではなく、正解を見つけるまでの探索をいかに素早く、効率的に、何度でも繰り返せるかという観点です。

言い換えれば、ディープテック領域における競争優位とは、探索を複利的に積み重ねられる構造そのものだと捉えることができるかもしれません。

7.2. 一度の正解より、小さな成功を重ねる構造を

日本のディープテックが世界で存在感を発揮していくためには、「一発で当てにいく」という従来型の発想から脱却し、小さな成功を積み上げ、それを売却して得た資金で次の探索に挑むというポートフォリオ型のアプローチを取る選択肢も重要になってくると考えています。

このようなモデルにおいて「失敗」はリスクではなく、「的中しなかった市場からの早期撤退」として合理的に処理される対象となります。

また、「売却」も次の問いに取り組むための資金調達という位置づけになります。

こうした構造がうまく機能すれば、起業家は資本市場に過度に追われることなく、自分たちのペースで探索を続けることが可能になります。そしてVCにとっても、探索そのものを成果として評価し、支援していく視点がますます重要になってくると感じています。

7.3. VCが果たすべき役割の再定義

ディープテックの分野において、VCの役割にも変化が求められていくと考えています。

これまで中心だった「資金提供」や「Exit支援」も引き続き重要ですが、それだけでは十分とは言えません。

これからのVCに求められるのは、起業家の探索プロセスに対し、構造的かつ反復的に伴走する姿勢だと考えています。

具体的には、

  • 技術の汎用性を一緒に見極め、事業の枝を広げていく
  • 市場ごとに適したファイナンス戦略を設計する
  • コア以外の領域はタイミングを見て切り出し、売却まで支援する

といった関わり方が想定されます。

つまり、VCは単なる「外部からの応援者」ではなく、探索のプロセスそのものに深く関与する当事者としての役割が求められているのではないかと考えています。

7.4. 日本だからできるディープテックにおける「探索モデルの構築」

日本には、

  • 世界水準の研究人材と大学ネットワーク
  • 高度なものづくり力を持つ中小企業群
  • 分野をまたいだ技術の蓄積

といった強みがあります。こうした基盤を活かすことで、起業家たちは「点」での勝負にとどまらず、「面」としての戦略的構造を描くことができる素地を持っています。

現時点で、「技術力はあるのに事業化できない」といったジレンマが多くのディープテック・スタートアップに共通していますが、これは「探索を仕組み化することで乗り越えられる」フェーズに差し掛かっているのではないでしょうか。

本稿で紹介してきたように、

  • 複数の市場仮説を並行して検証し、
  • R&DのJカーブを平坦化し、
  • 規制対応に先手を打ち、
  • 組織運営のボトルネックを取り除き、
  • 事業を束として捉えてファイナンスする仕組みに転換する

こうした「探索を武器とする構造」こそが、日本発のディープテックが世界のスタンダードを更新していくための実装戦略になると確信しています。

感謝とお願い

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

スタートアップ、投資家、大学、行政など、さまざまな立場の皆さまと、視点の共有や対話の機会を持てたら嬉しく思っております。

もし本稿に対してご意見やご関心、ご一緒できそうなテーマなどがあれば、ぜひご連絡ください。心よりお待ちしております。

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筆者

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