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Nikeに学ぶOMO

STORY

私は普段、DXやOMO、D2Cといった領域の情報を収集することが多いのですが、Nikeの戦略がそれら(特にOMO)の参考になると思い、本稿でまとめてみました。

以下がサマリーです。

Nikeは近年、「Consumer Direct Offense」という戦略を掲げて、所謂D2C的に、顧客と直接的な繋がりを持つことに注力しており、その中で、OMOに最適化した店舗の出店とアプリの提供の2つを軸に進めている。一方で、それらを単純に行うだけでは顧客のLTVが向上するわけではなく、そのためには店舗における顧客体験に高い体験価値や感情価値、信頼醸成を伴う必要がある。そして、それにはデータがオンライン・オフライン関係なくシームレスにやり取りされ、かつ、そのデータが顧客体験の向上に活かされている状態を作る必要がある。
また、Nikeがその戦略をスムーズに実現できている要因として、現CEOのDonahoe氏を始めたとしたデジタル人材の採用や、デジタル化に必要なファンクションを担うスタートアップのM&Aといった要素だけではなく、会社全体として、顧客志向を軸に据えることをトップが明確に示したことも考えられる。

直近の業績

Nikeの直近の決算発表によると、2020年度第4四半期(3~5月期)の売上高は$6.3Bであり、COVID-19によって店舗が閉鎖した影響等によって前年比で減少したものの、デジタルによる売上高は75%も増加し、全体の約30%を占めたということです。

また、その中で、CEOのDonahoe氏は次のように述べています。

In a highly dynamic environment, the NIKE Brand continues to resonate strongly with consumers all over the world. (略) We are uniquely positioned to grow, and now is the time to build on NIKE’s strengths and distinct capabilities. We are continuing to invest in our biggest opportunities, including a more connected digital marketplace, to extend our leadership and fuel long-term growth.
非常にダイナミックな環境下で、NIKEブランドは世界中の消費者に強く共鳴し続けています。私たちは成長に向けた独自のポジションに位置し、今こそNIKEの強みと独自の能力を構築する時です。私たちは、リーダーシップを拡大し、長期的な成長を促進するために、より繋がりのあるデジタルマーケットプレイスを含めた、最も大きな機会に投資を続けていきます。

つまり、現在進めているデジタル化(DX)を継続的に推進していくことを謳っています。

また、Nikeの株価は、DXを進めてきた直近3年間でこのように推移しており、3年間で約2倍も上昇しています。

もちろん、これには様々な要因が考えられますが、おそらくその内の一つにNikeがこれまで注力してきたDXが挙げられると思います。

では、NikeのDXが一体どういったものなのか見ていきましょう。

NikeのDX

Nikeは2017年6月15日に「Consumer Direct Offense」という戦略を発表しています。そして、プレスリリースによると、その戦略の中核を担うのは、

・イノベーション
・スピード
・顧客との直接的な繋がり

の3つをそれぞれ2倍にする「Triple Double」という戦略です(厳密には「Triple Double」は2017年3月の時点で既に公表されています)。

「イノベーション」については、主に靴自体の商品開発をより一層推進していき、「スピード」については、成長可能性の高いカテゴリーに集中していくということで、本稿の本筋では無いためここでは詳細は割愛します。

3つ目の「顧客との直接的な繋がり」については、所謂D2CやOMO的な考え方です。前提として、「Consumer Direct Offense」では顧客志向を掲げていることもあり、こういった考え方を取り入れていると考えられます。

顧客との直接的な繋がり

顧客志向を前提に置いた際、Nikeから見れば可能な限りリアルタイムかつ正確に顧客ニーズを取得する必要があり、また、商品開発の背景なども直接伝えたい。一方で、顧客から見ればオンラインやオフライン関係なく最適なUXで商品を購入したいし、ストーリーなども一緒に味わいたい。そういった訳で、NikeにとってD2CやOMOという考え方が出てくるのは必然のように思えます。

また、現在Nikeは、卸売ではなく直接顧客へ販売する小売事業の比率を高めようとしているのですが、そのベースとしてこのD2CやOMOという概念があります。では、具体的にはどういったことを行っているのでしょうか。

わかりやすく整理すると以下の2つです。

・OMOに最適化した店舗の出店
・アプリの提供

これらを順に見ていきましょう。

OMOに最適化した店舗の出店

まず、OMO店舗についてですが、こちらの記事ではCEOのDonahoe氏の発言についてこのように記載があります。

During a call with analysts, he went on to explain that Nike will make its online business more “central” to everything the company does, and that Nike will invest in opening additional smaller-format stores that are meant for customers to do things such as pick up their online orders. It said it will open about 150 such locations globally.
アナリストとの電話会談では、Nikeはオンラインビジネスをより「中心的」なものにし、オンライン注文の受け取りなどを行う顧客のための小規模店舗の出店に投資していくと説明しました。このような店舗を世界で約150カ所開設するという。

これは、2020年5月期決算を終えてからの発言なので、もちろんCOVID-19の状況も踏まえてのものです。数多くのアパレルブランドやリアル店舗を運営する事業者が店舗ビジネスから撤退する中で、Nikeはその逆をいこうとしています。そして、「オンラインを重視するのであれば店舗は必要ないのでは?」と思う方もいるかと思います。

Nikeがなぜ店舗にこだわるのかは次の章で考察するとして、まずはNikeの店舗がどのようなものか見てみましょう。

Nikeには「House of Innovation」や「Nike Live」といった店舗があり、前者はNY、上海、パリに店舗があります。後者はいくつ店舗があるかはわかりませんが、2019年11月に渋谷スクランブルスクエアに日本第一号店ができるまでは米国以外に店舗がなかったとのことなので、現時点ではそんなに多くはないかと思われます。

どちらもOMO店舗であるという点は変わらず、一方で、House of Innovationに関してはそれに加えて旗艦店的な役割も担っています(詳細は割愛しますが、気になる方はこちらをご覧ください)。

そして、実際の店舗には以下の通り3つの大きな特徴があります。

①店舗近辺(渋谷店の場合は東京)に存在するNikeメンバー(会員)のアプリ上のデジタルデータを基に、2週間に1度、在庫を最適化する

②アプリで購入・試着予約した商品の受け取りや取り置きが可能

③Nikeメンバーは3週間に一度(渋谷店の場合)、アプリ内のメンバーパスを使用して、店舗内に設置されているデジタル自動販売機からユニークなプロダクトや特典などの無料ギフトを受け取ることが可能

もちろんNikeメンバーではない方も店舗を訪れることは可能ですが、基本的にNikeメンバーのための店舗設計になっていることが分かります。

アプリの提供

次に、アプリに関してですが、Nikeは様々なアプリを提供しています。今回取り上げるのは「Nike」と「SNKRS」の2つです。それぞれ、App Storeでの評価は4.8、4.7となかなかの高評価です(2020年8月10日時点)。

「SNKRS」はスニーカーだけを扱っているのに対して、「Nike」はスニーカーも含めたアパレル全体を扱っています。共通してアプリで出来ることとしては以下の通りです。

・商品の購入(アプリ限定商品も)
・商品を着用したアスリートの声やデザイナーによる紹介文の閲覧
・商品の着こなし方の閲覧
・イベントへの招待(限定イベントも)

基本的には、類似のアプリと比較して大きく機能は変わりませんが、アプリ限定商品があったり、限定イベントの招待が届いたりと、Nikeのファンであればアプリのインストールが必須となるように設計されていると思われます。

OMOの目的

次に、Nikeが何を目的としてOMO店舗とアプリを展開しているのかを考察していきたいと思います。

結論から言うと、当たり前ではありますが、Nikeメンバー(ファン)のLTV向上がOMOの目的だと考えられます。

これまで見てきた通り、OMO店舗は基本的にNikeメンバーのための設計に、アプリはファンがインストール必須となるような設計になっています。つまり、ファンがアプリをインストール・リテンションする仕掛けを施しておき、OMO店舗に来店した際に顧客体験を最大化するような設計になっているということです。

また、前CEOのParker氏は、こちらの記事で次のように述べています。

At the new House of Innovation stores, Nike has found that more than 50 percent of transactions come from Nike members, and that customers who use the Nike app average 40 percent higher sales across all of Nike’s retail stores than those who don’t use the app.
新しく出店したHouse of Innovationにおける購買の50%以上はNikeメンバーによるもので、アプリを使わない人と比べて、使う人の購入単価は平均で40%高くなっている。

小売業界や飲食業界などの既存産業においてもデジタル・モバイルシフトが進む中、各社は数多くの顧客を獲得するのはもちろのんこと、デジタルで接点を持つことができるようになったため、顧客あたりのLTVの向上を重視するようになっていくと思われます。そういった背景もあり、NikeはファンのLTV向上を図ろうとしていると考えられます。

OMOの落とし穴

次に、Nikeのように顧客のLTV向上を図ろうとした際、どのようにOMOの全体感を設計すれば良いのか考察していきたいと思います。

まず、前提として、OMO店舗とアプリによってなぜLTVが向上するのかを考える必要があります。

皆さんお馴染みの「アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る」にはこのような記載があります。

リアルチャネルにはより高い体験価値や感情価値が求められ、・・・(P.50)

リアルは体験価値の提供や信頼獲得ができる貴重な接点(P.53)

(出典:アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る P.53)

つまり、OMO店舗とアプリによって顧客のLTV向上を図ろうとした際、顧客との繋がりにおいて、アプリなどのデジタル接点はテックタッチである一方、店舗などの人接点はハイタッチである必要があるのです。そしてそれは、高い体験価値や感情価値、信頼醸成を伴うものでなければなりません。

それを踏まえると、現在の街なかにあるほぼ全ての店舗はハイタッチを実現しているとは言えません。なぜなら、顧客のことを知らないからです。

そこでアプリが登場します。つまり、Nikeはアプリ限定のスニーカーなどを販売することでファンをアプリに誘導し、Nikeメンバーに登録させ、かつ定期的にリテンションさせることで顧客のことを徐々に理解していきます。どこに住んでいるのか、どういう商品に興味があるのか、何のスポーツをやっているのか。そして、そのデータを基に店舗を顧客に最適化(在庫、商品のレコメンド、エモさなど)することができれば、高い体験価値や感情価値、信頼醸成を伴うことが可能になり、晴れてOMO店舗が完成するという訳です。

アプリを提供して店舗を出店するだけでは顧客体験は最大化されません(OMOの落とし穴)。データがオンライン・オフライン関係なくシームレスにやり取りされ、かつ、そのデータが顧客体験の向上に活かされている状態を作る必要があるのです。

DXを可能にした要因

最後に、NikeのDXがなぜこれほどまでにスムーズに実現されているのかについて考察していきたいと思います。

もちろん、前提として、Nikeにとって苦しいことも多く存在します。10-Kを見ても、店舗出店や人員増強など、今後必要になる多額の投資はもちろんのこと、3万も存在する小売パートナーの内、Nikeの商品を販売する専用のスペースとNike専門の販売スタッフを確保できる主要な40のパートナーに焦点を当てることも発表しており、これまで築いてきたビジネスに頼ることができなくなるのです。

こちらの記事に記載がある通り、Under ArmourやAdidasが脅威となってお尻に火が付いた可能性もありますが、個人的には、上でも少し触れましたが、「Consumer Direct Offense」で前提に置かれている”顧客志向”が最も重要な要素だったのではないかと思います。そして、それについてバイアスを排除してフラットに考えた結果、D2CやOMO的な考え方に至ったのではないかと思います。

NikeのCEOであるDonahoe氏は今年の1月からその役職に就いていますが、彼は2014年からNikeで取締役を務めています。彼は、Bain&CompanyのCEOやPayPalの会長、ServiceNowのCEOを務めてきた経歴があり、前CEOで現会長のParker氏がデジタル化を推進するにあたって、Donahoe氏をNikeの取締役に就かせたのではないかと考えられます。

また、NikeのChief Digital Officerを務めていたSussman氏が今年2月にEpic Gamesの社長に就任することを発表しましたが、彼もまたNikeのデジタル化を推進してきた人物であると考えられます。彼がNikeのCDOに就いたのが2016年であることを踏まえると、Nikeは2014~2016年で戦略の方向性を固め、2016~2017年で下地を作り、2017年後半以降でその成果が顕在化してきたと思われます。

そして実際、2016年のVirgin Mega USAの買収をはじめとして、Nikeのデジタル企業のM&Aが盛んになります。crunchbaseによると、2016年から5社のデジタル企業のM&Aを実行しています。

これらの中でも、Virgin Mega USA(以下VM)についてはとても重要なM&Aだったと思われます。VMは、ファンコミュニティ向けのモバイル体験を創造することに秀でていました。まさにOMOの軸となるところですね。

こちらの記事によると、VMは当時まだ12人規模の企業であり、FirstMark CapitalやSoftbank、Lerer Hippeau等から資金調達をしていました。NikeはこのM&Aによって、ニューヨークに新たな「デジタルスタジオ」を立ち上げましたが、以下のような記載がある通り、これはNikeのデジタル化の中核を担うことになりました。

Nike said the studio will be responsible for “expanding the community and functionality” of Nike’s core mobile experiences.
Nikeは、このスタジオが当社のコアとなるモバイル体験の「コミュニティと機能性の拡大」を担うことになると述べています。

実際に、VMの創業者兼CEOのファリス氏は、先程取り上げたアプリ「SNKRS」のグローバル・バイス・プレジデントを務めており、Nikeのデジタル戦略について数々のインタビューを受けています。

今ではデジタルスタジオが「S23NYC」というチームになっており、こちらの記事によると、エンジニア、デザイナー、データサイエンティスト、マーケターなど合わせて総勢100名以上のメンバーがいるそうです。

また、NikeはVM以外にもM&Aを行っていますが、例えばZodiacという会社は、顧客のLTV最大化に特化した企業で、顧客について理解し、最適なマーケティング、レコメンド、オファーで収益とリテンションを高めることを目指しています。他にもInvertexという会社は、身体を3Dスキャンして商品購入に繋げるモバイルアプリの開発を行っている企業で、これらのM&Aも全て「Consumer Direct Offense」戦略がベースになっています。

最後に

NikeのOMOというテーマでNikeについて整理、考察してきましたが、スタートアップにおけるOMO戦略や、大企業におけるDX戦略に活かせそうなことがあれば幸いです。

まずは会社全体としての方向性をトップが示し、それに必要な採用やM&Aを行うことでリソースを確保し、既存のビジネスを破壊することを厭わず強い意志を持ってエグゼキューションしていく姿勢はなかなか真似できるものではないですが、私自身しっかりと見習っていきたいと思いますし、支援先に対しても活かしていければと思います。

NikeのOMOについてはここでは書ききれなかったこともたくさんあるのですが、気になる方や詳しい方がいたらぜひお話させてください。あるいは、本稿で取り上げているOMO関連で起業中/起業検討中の方で相談やディスカッションをご希望の方はぜひお気軽にご連絡ください!

筆者

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