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女性起業家を増やす為にVCとしてできること

Research / Opinion

目次

・私がこのテーマに取り組もうと思った背景と想い
・DE&Iの現状
 ・大企業
 ・VCやスタートアップ
・女性キャピタリスト・女性起業家の実績
・ジェネシア・ベンチャーズでのインターンを通して考えるVCとしてできること
・最後に

私がこのテーマに取り組もうと思った背景と想い

スイスの大学でホスピタリティを勉強しており、現在ジェネシア・ベンチャーズで合計5ヶ月間のインターンシップをしています、夏堀栄です。

学部的にもこれまでの経験的にも、元々VCやスタートアップとは全く関わりがなく、今回のインターンがこの業界に触れる初めての機会でした。そんな私が8月にジェネシア・ベンチャーズでインターンを始めて、起業家の方々が集まるイベントに顔を出させていただく機会が何度かありました。

私がその時感じたことの1つが、「圧倒的な女性の少なさ」です。

そこで、女性起業家が少ない現状や、それに対する改善策について、インターン期間を使って調べてみることにしました。

では何故、私がこのテーマに興味を持ったのか。

もちろん私自身が女性であるというのも大きな理由の1つだと思いますが、1番根底にある私の想いは、 「これからの世代(特にZ世代)が将来の道を選ぶ上で、1人でも多くの人が1つでも多くの選択肢を持てるようにしたい」というものです。「こういう道もあるんだ」、「こういう生き方もあるんだ」と、選択するにせよしないにせよ、固定観念や先入観に縛られず、多様な生き方が選べる世の中であって欲しい。その為にやらなければいけないことは沢山あるけれど、そのうちの1つとして、女性起業家という選択肢のロールモデルの増加促進が挙げられると考えています。

日本のDE&Iの現状

大企業における女性役員比率は上昇傾向にあるものの、スタートアップでは依然として男女の格差が改善されていない状況です。

■大企業

2023年時点で、全上場企業における女性役員比率は10.6%であり、日本以外のG7諸国の平均値と比較すると1/4にも満たない低い数値ですが、4.1%だった2018年と比較すると倍以上の水準になっており、伸び率も上がり、DE&Iに対する意識というのが日本でも少しづつ広まってきています。

(引用:男女共同参画局 – 上場企業における女性役員の状況

■VCやスタートアップ

一方で、スタートアップにおいては、起業から上場まで、事業拡大の段階を経るごとに女性がトップに立つ企業の比率が大幅に下がっています。起業時点では全起業家のうちの女性比率自体は34.2%と、著しく低い数値というわけではありませんが、事業拡大には欠かせない資金調達のシーンにおいては資金調達額上位50社のうちの女性創業者/社長の企業が調達した金額が2%、また上場企業における女性社長比率の割合も2%と大変低い数値です。

(引用:金融庁 – スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案

34.2%いた女性起業家が、資金調達や上場などのスケール拡大の段階になると途端に2%まで落ちてしまうという、スケール過程における大きな格差が存在していますが、要因としては資金調達におけるジェンダーバイアス女性のスキルセットの欠如均一性の強い起業家コミュニティの3つが考えられます。

これらの要因を解消することが、ロールモデルの増加促進において重要であると考え、現状を踏まえながらどのような対策が効果的であるか考察していきます。

資金調達におけるジェンダーバイアス

ここで指すジェンダーバイアスとは、「固定観念や先入観による女性への差別的な評価や扱い」です。
そして、起業家がこのジェンダーバイアスを最も受けやすいのが、資金調達における投資家へのピッチの際です。
実際に、様々な学術研究において、このピッチプロセスにおけるジェンダーバイアスが示唆されています。 例えば2014年にHarvard Business Schoolが行った研究では、ピッチ資料と、それを説明する男女それぞれの音声を用意してピッチを行った結果、ピッチの台本は全く同じにも関わらず、男性の声で行われたピッチの方が高評価を得ました。
(引用:Brooks et al. – Investors prefer entrepreneurial ventures pitched by attractive men

下図はスタートアップエコシステム協会らが実施したDE&Iに関するアンケートから抜粋したものですが、資金調達等の外部からの評価を受ける場面で、結婚の予定や子供の有無などの個人的な質問をされたことがある女性は28%であるのに対して男性は5%、ジェンダーによる対応の違いを感じたことのある女性は38%であるのに対して男性は12.5%と、やはり資金調達時のジェンダーバイアスは確実に存在しています。

(引用:一般社団法人スタートアップエコシステム協会、金融庁政策オープンラボ及びEY Japan株式会社 – アンケート調査結果 「スタートアップ界隈におけるジェンダーの多様性」に関するアンケート

女性のスキルセットの欠如

また、男性と同じようなスキルセットを女性が身につけられる環境や機会が限定的であり、女性の持つスキルセットが起業する上で十分でないと判断されてしまうことが多いというのも、女性起業家の資金調達を困難にする要因として考えられます。
実際に「Why aren’t female founders getting a bigger piece of the pie? Theories abound」では、VCはプレゼンテーションやピッチを重視する傾向にあり、その結果、ピッチで評価されやすいスキルセットやキャリア経験を多く持たない女性起業家に対して、ネガティブな影響を与えていると述べられています。

均一性の強いコミュニティ

最後に、起業家コミュニティへのアクセスのしにくさも、事業スケールの拡大を妨げる主要因の1つであると考えられます。

金融庁政策オープンラボが実施したヒアリング調査では、 「起業には方法論があるが、経営者に必要な情報が(女性起業家には)圧倒的に足りていない。経営者だったら聞いておいた方が良い情報が共有されている場所がボーイズクラブになってしまっている。」 という声も見られました。
(引用:金融庁 – スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案)

実際私も、この界隈のイベント(真面目な勉強会から気軽な交流会まで)にいくつか参加する機会をいただきましたが、女性参加者が10%未満であることも多かったです。30〜40人規模のイベントで女性がゼロだった経験が何度かある、と話していたジェネシア・ベンチャーズのキャピタリストもいました。

そもそもイベントやコミュニティについて情報が回って来ないこともあるでしょうし、行ったはいいけど男性しかいなくて居心地の悪さを感じるということも少なくないと思います。

頼れるネットワークの有無に関するアンケートでも、「十分いる」と回答した女性の割合は男性の6割ほどでした。

(引用:一般社団法人スタートアップエコシステム協会、金融庁政策オープンラボ及びEY Japan株式会社 – アンケート調査結果 「スタートアップ界隈におけるジェンダーの多様性」に関するアンケート

VCや起業家のイベントやコミュニティへの参加は、経営における有益な情報やコネクションを得る機会であり、それらへのアクセスの有無は、事業を成功させる上での重要な鍵になり得ます。そのような機会へのアクセスが性別により不均衡になることは、先ほど紹介した事業スケール拡大の過程における男女格差を生む要因の1つです。

女性キャピタリスト・女性起業家の実績

冒頭に記載した通り、今回私が「女性起業家の増加」というテーマに取り組もうと思った理由は、「これからの世代(特にZ世代)が将来の道を選んでいく上で、1人でも多くの人が1つでも多くの選択肢を持てるようにしたい」というものです。

個人の選択肢を増やしたい、という想いだけでなく、実際に組織における多様性がある企業と業績の正の相関関係は、様々な研究により実証されています。性別に基づく能力の差があるというわけではなく、様々な人がいる組織だからこそ大きな成果を生み出せるということを、以下では少しお話ししていきたいと思います。

女性キャピタリスト

女性キャピタリストを増やすことで職場に多様性が生まれると、今までになかった視点での投資や、その結果のハイリターンが生まれる可能性があります。実際、Harvard Business Schoolの経営学教授であるポール・ゴンパース氏が行った、1990年から2016年に行われた14,000件のVC投資を対象とする調査によると、女性パートナーの採用比率を10%増やしたVC企業は、金額ベースで、毎年全体のファンドリターンが平均1.5%上昇し、投資簿価を上回る投資回収は9.7%増加したそうです。(下図参照)

(引用:Harvard Business Review – The Other Diversity Dividend を参照し、筆者にて作成)

女性起業家

こちらも女性キャピタリスト採用のメリットと同様で、単一的な視点のみでは見えてこないニーズや価値観・考え方が存在する為、女性起業家ならではの事業や市場創出の可能性、またそれに伴うハイリターン創出の可能性があります。

これらの実績に関しては、「女性創業者のいる企業は、男性創業者のみの企業への投資よりも63%も高いパフォーマンスを示す」という研究結果があります。
(引用:金融庁 – スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案)

他にも、BCGの行った調査によると、女性が設立または共同設立した企業への投資額は平均93万5000ドルで、男性起業家が設立した企業への平均投資額210万ドルの半分にも満たないという格差が存在しているにもかかわらず、女性によって設立および共同設立されたスタートアップ企業は時間の経過とともに業績が向上し、5 年間の累積収益が 10% 増加しました。(下図参照)
 (引用:BCG – Why Women-Owned Startups Are a Better Bet

 (引用:BCG – Why Women-Owned Startups Are a Better Bet

これらはごく一部のデータですが、女性のパフォーマンス・能力の高さを証明する研究や、多様性に富んだ企業の業績の高さを証明する研究も多く存在しており、ファンドのポートフォリオ全体での男女比等のバランスを意識し多様性を確保することにより、より高いリターンを得ることが期待できます。

ジェネシア・ベンチャーズでのインターンを通して考えるVCとしてできること

「女性起業家を増やしたい」
「ボーイズクラブを無くそう」

口で言うのは簡単ですが、もちろんこれらを一瞬で解決できるような銀の弾丸はありません。

しかしそんな中でも今回は、私がVCでのインターンを通して感じた、VCとしてできることを、上記の現状を踏まえて考えていきたいと思います。

1つ目は、資金調達におけるジェンダーバイアスの排除です。その為にできる具体的な施策は大きく3つあり、1.女性キャピタリストの積極採用2.性別別の投資枠設置3.ジェンダーバイアスにまつわるイベントの開催です。以下、詳細を説明します。

1.女性キャピタリストの積極採用

これには主に2つの効果があると考えます。
1つは、「女性キャピタリスト増加に伴う女性起業家への投資機会増加の促進」です。性別において均一性が高いVCの持つ視点だけでは投資可能性の無かった事業が、女性の視点を取り入れることで投資検討されるようになる、そんな可能性が期待できます。また、女性起業家側も、女性キャピタリスがいないVCに比べ、1人でも在籍しているVCの方が心理的安全性を感じやすい可能性があります。

投資家側と起業家側、双方の観点から見ても、女性キャピタリストの増加は、女性起業家の投資機会創出の一助になると期待できます。西オーストラリア大学が行った研究では、ベンチャーキャピタルの主要な役割における女性の存在感を高めることで、女性起業家への資金調達の機会が増える可能性があることが示唆されています。
(引用:Jetter,M. & Stockley, K. – Gender Match and the Gender Gap in Venture Capital Financing: Evidence from Shark Tank)

もう1つは、「キャピタリストを経験することによる起業への興味や挑戦意欲の促進」です。
これは、実際にキャピタリストを経験した後に起業された方との会話の際に出てきた意見です。その方はキャピタリスト業務を通じて、「私も起業のチャレンジをしてみたい」という気持ちになったそうです。起業家は孤独に戦い続けなければならないハードな仕事だというイメージが先行してしまい、「起業ってとても賢い人がやるんだろうな」と、あきらめてしまう人は少なくないはず。こういった起業に対するハードルを下げ、「あれ、私にもできるかも、やってみたいかも」と自分事化できるようになる為に、”キャピタリスト”という職業は非常に有効な可能性があります。

2.性別別の投資枠設置

資金調達のピッチ時が最もジェンダーバイアスの影響を受けやすいという前提の元、初めから性別で資金プールを分けたり、投資実行における起業家の男女比率を設定するなどの施策です。 そうすることで、女性は対男性ではなく対女性で勝負をすることができ、ジェンダーバイアスの影響を受けずに戦えます。

3.ジェンダーバイアスにまつわるイベントの開催

ジェンダーバイアスに関するイベントを開催することで、この課題に対する当事者意識や課題感を高め、結果ジェンダーバイアスを排除することに繋がると考えます。以下、2つのイベント案を説明します。

バイアスにまつわる意見交換会

自分が感じた、あるいは他人に対して持ったバイアスの実体験などをシェアする意見交換会が1つのイベント案です。先日とあるキャピタリストの方から、ソーシング時に自身が持ってしまったジェンダーバイアスに関する実体験のお話を伺いました。「多様性」という言葉が強く主張されるようになってから、バイアスに関するネガティブな話をしづらい空気を感じることもあるかもしれません。しかし、ジェンダーに限らず、何かしらバイアスを持ってしまう事は人間である以上誰でもあり得ることだと思います。バイアスを持った自分に罪悪感を感じるのではなく、素直に「こういうバイアスを持っていたから気をつけたい」と実体験を交換し、そこから互いに学びを得られる環境を作ることは、風通しよく DE&Iを進めていく上で重要なのではないかと感じます。
実際ジェネシア・ベンチャーズでは、2021年に「無意識バイアスワークショップ」を実施するなどして、無意識バイアスに向き合う為のきっかけづくりを行っています。

マイノリティ体験会

これは、先日Xにて発見したBeyond Next Venturesのキャピタリストである梁さんの投稿から得たアイデアです。梁さんは2023年11月頃に、「もし起業家の大半が女性だったら?」という、参加者の大半が女性で構成されたイベントに参加され、マイノリティ体験をしたそうです。とても興味深い投稿だったので気になる方はこちらから全文お読みいただければと思いますが、要約すると、梁さんは「居心地の悪さ」を強く感じたそうです。大きな集団の中で自分がマイノリティの立場になると、例えば誰かに話しかけたり、今まで当たり前にできていたことが難しくなります。その経験があるか無いかで、今後のDE&I促進に対する意識や課題感は大幅に変化するのではないかと感じます。

2つ目のVCとしてできる施策は、女性起業家のスキルセット強化支援です。

具体的な施策としては、ゼロから起業に必要なスキルやナレッジを学ぶことができるアカデミープログラムが挙げられます。女性のビジネス的なスキルセットが、これまでの社会背景等から男性より整っていないケースが存在する現状に対し、このようなアカデミープログラムは1つの有力な支援方法になると考えます。
女性に特化したものではありませんが、ジェネシア・ベンチャーズでは昨年、初めてのアカデミーイベント「Entrepreneurs Academy」を実施しました。100社を超える応募の中から採択された9社に、5ヶ月間を通して起業に必要な様々な講義とメンタリングを行い、最終的にはプログラムの成果報告会としてDemo Dayを開催しました。今まで一切、スタートアップや起業等に触れてこなかった参加者の方もいましたが、最終日のDemo Dayでは5ヶ月とは思えないほどの成長を遂げており、私も若輩者ながら大変感動しました。このようなプログラムを積極的に実施すると共に、女性応募者の増加促進や参加者の男女比率設定などを併せて行うことで、起業に必要なスキルセットという観点での性別格差や機会不均衡の緩和が期待できます。

3つ目の施策は、性別による情報格差の生まれないコミュニティ作りです。より具体的な施策は以下の2つです。

女性起業家とキャピタリストを繋ぐコミュニティの創設

起業家コミュニティの男性率の高さから女性起業家が参加しづらさを感じたり、そもそもコミュニティの存在を認知できていなかったりすることで、起業における重要な情報やコネクションの格差が生まれやすくなります。それに対する打ち手として、女性起業家のみを対象としたオフィスアワーの実施や、チャットグループの開設など、女性起業家とキャピタリストをつなぐコミュニティの創設が挙げられます。

女性がいないイベントへの登壇拒否(女性参加者が25%以下のイベントには登壇しない等)

このアイデアは、とあるキャピタリストの方と議論する中で出てきたもので、一見かなり尖って見える施策かもしれません。ただ、スタートアップ業界に関わりのある方々のお話を伺う中で、DE&Iの進捗・浸透スピードが非常に遅いという現状が分かり、そんな現状に一石を投じてより変化のスピードを速める為には、多少尖った推進方法も必要になるのではないかと感じました。特に、実績と経験、知名度を持った、イベントにも審査員やパネラーとしてよく呼ばれるようなキャピタリストの方が率先して行うことにより、大きなインパクトを与えられる方法になるかと思います。

最後に

ここまで、女性起業家を増やす為にVCとしてできる施策について考えてきましたが、特にジェンダーバイアスに関してはスタートアップやVCだけの問題ではなく、行政側(教育市場など)も巻き込んだ意識改革が必要になると考えます。

しかし、私が今回挙げたいくつかの施策は、比較的短期間で取り組み始めることが可能であり、VCとしてできるミクロ且つ短期的な施策(性別関係なく働きやすい環境づくりや、女性社員・役員の積極登用など)と、国や市場を巻き込んで行う必要のあるマクロで長期的な施策(女性が起業を含む自分のキャリアに意識を向けられる環境整備など)に並行して取り組むことが、DE&Iに対する意識の向上や現状打破に重要だと考えています。

今回は「女性起業家」に焦点を当てた記事を書きましたが、冒頭に記載した通り、私の想いは「これからの世代(特にZ世代)が将来の道を選んでいく上で、1人でも多くの人が1つでも多くの選択肢を持てるようにしたい」というものです。

性別に限らず、本来存在するべきではないあらゆる障壁が取り払われ、1人でも多くの人が1つでも多くの選択肢を認知、選択できるようになればと思います。

筆者

※こちらは、2024年1月24日時点の情報です

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