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【匠技研工業】日本が誇るモノづくりの最適解とは? -AI-readyな仕組みづくりから始める、製造業のサステナブルな未来-|Players by Genesia.

インタビュー

「瞼の裏」や「脳裏」といった、私たちが普段見ている視界の裏側には黒いスクリーンがあり、そこには人生においても特に印象的なシーンが、画像や映像として焼きついていることがあります。

そしてそれが、一つのスタートアップを生み出すきっかけになることも、スタートアップとして多くの”仲間”と共有するビジョンになることも―

匠技研工業は、「フェアで持続可能な、誇れるモノづくりを」をミッションに、工場経営DXシステム『匠フォース』を開発・提供しています。代表の前田さんと投資担当者の一戸は、起業家とベンチャーキャピタリストとして出会ったのち、実は大学の同期で共通の友人がたくさんいることもわかり、今ではファーストネームで呼び合うくらい親しい仲だそう。

そんな二人が共有する、“製造業へのリスペクト”と“持続可能な業界のビジョン”とは?

  • デザイン:割石 裕太さん、写真:尾上 恭大さん
  • 聞き手・まとめ:ジェネシア・ベンチャーズ Relationship Manager 吉田
  • 以下、敬称略

「やってみたい」を後押しされる環境で過ごした幼少期

一戸:

前田さんとは普段から、友人としても株主としてもいろいろな話をしてますけど、幼少期の話とかは意外と聞いたことがないですよね。今日は、“前田さんの意志決定のヒストリー”というコンセプトで、幼少期や学生時代の話から未来の展望に至るまで、いろいろ伺いたいです。

前田:

生まれは東京の墨田区です。母方の実家があって、僕が生まれる前には祖父が木工の工場を営んでいたそうです。父は兵庫県の姫路出身で、弁護士の家系。僕が一歳の頃、父の司法修習のために家族で札幌に引っ越しました。

一戸:

父方のおじいさんとお父さんの影響もあって、前田さんも元々は弁護士を目指してたんですよね。

前田:

父は今は証券会社のIn-house lawyerとして働いているんですが、たしか9回目くらいの挑戦で司法試験に合格した苦労人。祖父は姫路と銀座に事務所を構えていたいわゆる“町の法律家”みたいな人で、あんまり儲からないけれど弱きものを守ったり世の中に必要なことをやっていったりというタイプ。そんな、同じ弁護士でもタイプの違う二人を見て育って、父の“諦めない精神”と、祖父の“人のために何かしようという精神”をそれぞれ受け継いでいるような気がします。

匠技研工業株式会社 代表取締役社長 前田 将太
一戸:

ご両親の教育や接し方はどんな感じだったんですか?

前田:

両親はアウトドアなタイプで、夏は海、冬はスキー、ゴールデンウィークは潮干狩り、みたいにいろいろなところに連れ出してくれました。特に夏の海での体験は思い出深いです。今でも行くのですが、東大運動会(体育会)の西伊豆・戸田寮に毎年行っていて、子どもの頃は大学生に遊んでもらったり一緒に自由研究をしたりしていました。潮の満ち干きと月の変動とを照らし合わせてみたり、夜光虫の発光条件を調べてみたり。ロボットとかもすごく好きだったし、当時はどちらかというと理系少年だったと思います。両親の影響なのか、外に出て物に触れて自分でいろいろなことを試してみるのがすごく好きでした。

一戸:

幼少期の体験が今の自分にも繋がっていると感じますか?

前田:

自分のルーツみたいなものを幼少期に見出すなら、小学校での体験が大きかったと思います。僕が通っていた筑波大学附属小学校というのは、登下校時だけ制服で、それ以外はずっと体操着で過ごすような、とにかくアクティブな環境でした。小学校なのに科目ごとに先生が分かれているのも特徴だったと思います。僕が特に印象的だったのは、靴を脱いで教壇の上に立って詩の暗唱をするという授業でした。棒読みではダメで、表現の抑揚とかも求められるんです。今振り返ると、僕が人前で話すことに抵抗感がないのも、そういう教育があったからかなと思います。

一戸:

前田さんって学級委員タイプですか?

前田:

そうだと思います。でも小学校には学級委員というポジションはなくて、プロジェクトリーダーみたいな感じだったかなと。授業でダムのことを教わったら「校庭の隅にダム作ろうぜ!」、稲作のことを学んだら「米作ろうぜ!」って、みんなを巻き込んで実行するポジションでした。

一戸:

それはやっぱり、興味を持ったものを自分の手足を使って体験したかったんでしょうか?

前田:

それもそうだと思いますが、両親も先生も、僕が「こんなことをやってみたい」と言ったことに対して、反対や否定をせず、素直に応援してくれる環境の力が大きかったんじゃないかなと思います。

「負けたくないからやる」の積み重ねから得た、勝ち癖

一戸:

東京の墨田区で生まれたあと、お父さんの司法修習で札幌に引っ越したという話もありましたけど、東京での生活はいつからなんですか?

前田:

札幌から東京に戻ってきたのは1歳の頃で、小中高大はずっと文京区に通っていました。今のオフィスも本郷にあります。

一戸:

小学校から大学の間で、キャラクターが変わったりということはありましたか?

前田:

小中は優等生っぽい感じで、学級委員も生徒会長もやってました。高校では丸坊主にして野球に没頭してました。

一戸:

野球部の中ではどんなキャラだったんですか?勉強も両立してたんですか?

前田:

いじられてふざけるキャラですかね。勉強はずっと細々としながら、部活を引退した後にギアを入れた感じでした。

一戸:

そこから東大に行こうと思ったのはなぜだったんですか?

前田:

父も祖父も東大なので、それ以外の選択肢はなかったというか、特に理由はありませんでした。ずっとD判定だったんですけど、土壇場の踏ん張りで受かって、自分の運の強さと勝負強さを感じました。

一戸:

つよ・・

前田:

やればできる、やってないからできない、ということなんじゃないかと。

一戸:

「やればできる」っていう勝ち癖ってすごく大事だと思ってるんですけど、前田さんのそれはどこで生まれたんですか?

前田:

負けず嫌いなので「負けたくないからやる」、そして「やったらできた」の積み重ねじゃないでしょうか。そうして自信に繋がるものがあったかなと思います。

ラクロス部で、脳裏に焼きついた「ビジョン」

一戸:

大学に入学したのは2015年ですよね。完全に僕と同期。小中高はエスカレーターだったと思いますが、また違う人たちと混ざった環境で、クラスでのポジショニングやキャラクターに変化はありましたか?

前田:

基本的に毎日部活漬けだったので、授業にもほぼいないし、いたとしても寝てるって感じでした。その中でも仲が良かった数人とは今でも仲が良いです。

一戸:

部活はラクロスでしたよね。何でラクロスだったんですか?

前田:

野球部も考えたんですが、せっかくなら新しいスポーツに挑戦したいと思ったからです。フィールドで入り乱れる系かつ未経験で戦えるものって考えたら、アメフトかラクロスかなと。めちゃくちゃ迷って、ラクロスにしました。4年生がかっこよかったのもあるんですけど、新歓のときにプロモーションビデオみたいなものを見せられたのが決め手でした。「世界を目指すぞ」っていう内容で、スタートアップで言う、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)みたいなものだったと思います。視覚で共有できる一つのビジョン。経営をするようになった今振り返ってみると、みんなが同じ映像を思い浮かべながらラクロスをしていたところに、組織としての強みがあったなと改めて感じています。

一戸:

部活以外に、大学生活で印象的だったことはありますか?

前田:

大学四年間は部活一色です。そこで、匠技研工業を共同創業している井坂(取締役CTO)と原(取締役CBO)に出会いました。三人ともミッドフィルダーだったんですが、それぞれ適性が偏っていたり、けっこう苦労したりした者同士でした。

一戸:

三人はどんな関係性だったんですか?最初から三人とも気が合ったのでしょうか?

前田:

原は、普通は四年生になってもプレーしたい人が多い中で、四年生からコーチになったんです。チームにとって何がベストかを考えた上で、同期や後輩を育てる道を選んだ。今もそうですが、原は、全体最適を見た上で自分の立ち回り方を考えられるタイプかなと思います。その原と僕は、家が近かったこともあって一年生の時からよく一緒に遊んでいました。井坂と僕は、部活のBチームでずっと悔しい思いをしてきたという共通点もあって、徐々に仲良くなりました。原と井坂は実はずっと仲良くなかったんですが、たまたま大学院の学科が同じになったところからだんだん仲良くなったみたいです。

一戸:

そんな三人でスタートアップを立ち上げようということになった。

前田:

部活の引退旅行で、たまたま三人部屋が同じになったんです。そこで、「何かやりたいね」という話になりました。ラクロス部の卒業生って、1/3が就職・1/3が大学院進学・1/3日が留年、みたいな進路なんですが、僕らはみんな大学院に進むっていう共通点もあったので。

負けず嫌い+天邪鬼な性質から、起業の道へ

一戸:

具体的に起業に向けて動いていくことになったきっかけは東大の授業だったんですよね?

前田:

東大の「アントレプレナー道場」っていう、起業家養成講座みたいなものがきっかけでした。東大出身の起業家の方が登壇してくださり、自らの挑戦を語ってくれたんです。そして、その授業の延長線上にある「アントレプレナーシップチャレンジ」っていうビジネスコンテストに出たのが一歩目でした。

一戸:

部活の引退旅行で出た「(スタートアップ的なことを)何かやりたいね」という話が、けっこう一気に進んだんですね。

前田:

一番影響を受けたのが、アントレ道場での、アストロスケールの岡田さん(代表取締役社長兼CEO 岡田 光信氏)のお話でした。「課題というのは、現状と理想の差分だ。要は、理想が高くなればなるほどその差分が大きくなるわけで、課題が見つからないということは理想が低いだけだ」というメッセージが印象的でした。それくらいの理想がないと、たしかにスペースデブリ事業なんて発想は出てこないですよね。しかも岡田さん自身のコミットメントもすごくて、そのアイデアを持ってイーロン・マスクに会いに行ったとのこと。おもしろい人生だなって、シンプルに憧れました。それで本格的に起業を考え始めて、2019年の秋から三年の休学を経て2022年に中退、事業に集中することにしました。

一戸:

ジェネシアからの出資を受けた後ですね。中退について、ご両親の反応はいかがでしたか?

前田:

父に対しては事前協議事項、母に対しては事後通知事項として対応しました。

一戸:

事務的に・・

前田:

父はそれこそ自分も東大の野球部出身で弁護士の道に進んで、きっと息子もそうだろうと思っていたら、なぜかラクロスに行っちゃうし、法学部に入ったのに休学して起業しちゃうしで、びっくりしたでしょうね。でも、一緒にやる仲間とタイミングに恵まれてるんだったらいいんじゃない?みたいな感じで、最終的には僕の意思決定を尊重してくれました。

一戸:

幼少期からのお話もそうですが、やってみたいことを目の前にしてわくわくしている前田さんの姿が想像できますよね。それは止められないと思ったんじゃないでしょうか。

前田:

僕ってたぶん、負けず嫌いっていう性格に加えて、ちょっと天邪鬼なところがあると思うんです。人と違うことをしたいというか。普通に就職するのもつまんないし、めちゃくちゃ優秀な友人がたくさんいる中で、自分じゃなくてもいいじゃんと思うこともたくさんあって、もっと尖ったキャリアや人生を歩んでいきたいなと。

一戸:

匠技研工業の事業戦略にも表れてる部分かもしれませんね。

前田:

たしかに、製造業×IT周りの既存プレイヤーとは少し違う、天邪鬼な戦略もそこから来てるのかもしれませんね。そして、多くの投資家の方々が「それってセオリーじゃなくない?」という反応をされる中、「その方がサステナブルですね」って僕たちのビジョンを一瞬で理解してくれたのがまさに一戸さん。ジェネシアのビジョンとの方向性の一致も見出して投資してくれました。

一戸:

単に王道の反対を選んでいるわけじゃなくて、たとえ他と違った選択であっても、自分たちが信じることに対して一番パワーが出る、そういうチームなのかなと思ってます。

脳裏に焼きついた「課題」から、製造業の領域へ

一戸:

匠技研工業として今の製造業向けの事業に落ち着くまでは、LeadXというスタートアップっぽい社名で、相当な数の事業を生み出しては潰してきていますよね。そのあたりにはどういう試行錯誤があったんですか?

前田:

事業を生み出して潰してって言うとかっこいいですけど、今思えば到底事業レベルじゃないものもたくさんありました。大学向けのコミュニティ、ブロックチェーンを使ったトークン事業、VR×OTA、プログラミング教室、飲食店向けのモバイルオーダーなどなど・・いろいろ試行錯誤しました。その結果、やっぱり自分たちが本当に心からやりたいと思えて、かつ大きくスケールする事業を考えようと原点に回帰しました。それはきっと、世の中へのインパクトが大きい― 市場が大きかったり課題が深かったり、難易度が高いからこそなかなか挑戦してる人は少ないけど、日本社会として誰かが着手しなければいけないこと。そういうアイデアが見つかるまで、次の事業はやらないと決めて、改めて模索を始めました。

一戸:

そこから現在の事業=製造業×ITにはどのように至ったんですか?

前田:

当時、僕たち三人は1kのマンションで同居してたんですが、そのうち、自分たち学生から見えている世界ってものすごく狭いねという話になったんです。それで、それまではあまり縁のなかったBtoBのレガシー領域などを見てみることにしました。不動産、保険、小売・卸売、運送などなど、「僕たちはこんなことができますが、お困りごとはないですか?」といろいろな会社のお問い合わせフォームにメッセージを投げ込んだりしていました。そうすると、100件に1件くらい返信があったんです。「一回来てよ」みたいな。それでお話をさせてもらった一社が、富山県にある給食センターで、属人的な業務の課題が山積みで困っているということでした。現地でお話を伺い、こういう世界がまだまだあるんだと気付いたのが一つのきっかけになりました。その後、その会社の社長さんの紹介や飛び込みで富山の他の企業にも視察に行ったんですが、そのうちの一社がたまたま金属加工の会社だったんです。そこで課題として挙がったのが、見積業務でした。昼間は現場で仕事をしたり実習生を監督したりしている社長が、夜な夜な見積作業をして、でも追加の融資も断られて、泣く泣くリストラをして・・といったお話も聞きました。そんな状況を目の当たりにして、まだまだこういう課題だらけの現場があるんだと、製造業に目を向けたんです。

一戸:

まさに、脳裏に焼きつくような課題を目の当たりにしたんですね。

前田:

その後、関東近郊の同じような業種業態の会社のお問い合わせフォームに「見積業務の課題はありませんか?」と連絡していったら、10件中5件は返信が来るようになったんです。これはニーズがあると確信しました。ただ、僕たちも製造業への知見があるわけじゃなかったので、この道を進んでいいのかと正直迷った部分はありました。それでも踏み切れたのは、プリファードネットワークの創業者の方の『Learn or Die』という、製造業×AIについて書かれた本の後押しがあったからです。俄然、製造業への興味やコミットメントが深まりました。それからは、いろいろなレポートを調べたり、先端的な取り組みをしてる製造業の企業にひたすら連絡をしては日本全国どこへでも話を聞きに行ったりしました。そのうちの一社が、後に1号ユーザーになってくれました。初めて訪問した時から何時間も話をして、一緒に課題解決に取り組もうと決めてくださったんです。

デジタル化やAI活用のマクロトレンドにreadyな状態をつくる

一戸:

製造業の現場にいらっしゃる経営者の方から、見積業務が具体的な課題だと明言されたこともあるかと思いますが、実際にその課題に対して事業・サービスを展開することはあまり迷わずに意思決定されたんですか?

前田:

製造業の中にも課題はたくさんあったので、それこそ見積領域から着手すべきなのか、生産管理、工程管理、はたまた人材領域なのかというのはかなり悩みました。最終的には、課題の深さと、全ての業務の入口だということ、そしてユーザー=経営者であることを踏まえて、見積領域に決めました。

一戸:

現場の方々とのお話を通じてミクロな課題にはかなり接近していたと思うんですが、スタートアップとして意識していたマクロなトレンドとかはありましたか?

前田:

今はめちゃくちゃアナログな製造業の現場ですが、10年や20年後は絶対にもっとデジタル化されているだろうという確信はありました。つまり、巨大産業のデジタル化というマクロトレンドは絶対だと。見積業務というのも、おそらくはリーマン・ショック以降に多くの企業で系列の解体が進んだりした中で課題がより広範で顕著になってきた業務です。また、下請け法が厳しくなってくるという観点や、原材料費の高騰と価格の見直し、政府主導の賃上げ、業界全体の構造転換の話など、関連トレンドはかなり挙げられるかと思います。ただ、業界の市場規模や直面している課題の大きさと比較すると、製造業のデジタル化に取り組むスタートアップは絶対的に少ない。

一戸:

そのあたりは最初から感じていたことなのか、関わりの中で掴んでいったことなのかというとどちらですか?

前田:

後者ですね。

一戸:

たしかに、原材料費の高騰なども、ウクライナ戦争などがきっかけですもんね。

前田:

僕たちは2020年創業なんですが、タイミングとしてはちょうどよかったと思います。コロナ禍を経て、オンラインミーティングが普及したこともかなり大きく、確実にチャンスのタイミングでした。
最近でいうと、生成AIの進化が目覚ましく、そこにも事業を成長させるチャンスがあるんじゃないかと思っています。例えば、製造業ってそもそもデータが溜まっていないんです。多くが紙の上に保存されている。あるいはレガシーな生産管理システム上にデータが溜まっているけど、引き出せないから活用できないという状態です。つまり世の中でAIは進化しているのに、その潮流に乗る環境が整ってない。いわゆるAI-readyな状態になってない状況なので、参入の余地がまだまだあると感じています。
僕たちの事業のPhase1は、製造業をAI-readyな状態に持っていくこと。そしてPhase2以降でAIをフル活用していくこと。世の中には既に、過去の図面や帳票などの紙の情報をデータ化するソリューションはいくつかあります。アナログをデジタル化していくと同時に、AI-readyな状態を作る上では、今から発生するデータをどう溜めていくのかも大事です。データを溜めるのは、事後的なプロセスではなく、日常業務に溶け込んだ、シームレスかつリアルタイムに行われる工程であるべきだと考えています。見積システムはまさに日常業務で使うものなので、導入さえすれば、息を吸うようにAI-readyな状態がどんどん作られていく。そんな状態を実現できるのが我々が開発している『匠フォース』です。勝手にデータが溜まっていけば、それをもとに効率的に見積を作成できることもそうですし、不良情報や現場の製造に関する情報も付帯して蓄積されるようになれば、特定の部品の製造改善とかができるようになり、当然不良品も減って歩留まりが上がって、利益率の向上にも繋がる。そんな世界観が実現できるはずです。人口減少あるいは高齢化が進み、限られた人的リソースを使って生産性を向上させる必要がある中、AIというトレンドは大きな後押しになると思っています。そのビッグトレンドに対して、readyな状態を作ることが最優先事項だと考えています。

積み上げられた“最適さ”を阻害せず、新しい全体最適を目指す

一戸:

製造業にまつわるマクロトレンド、実際に現場で見てきた事象も含めたミクロな課題、失敗や行き詰まり、成功や喜び、ユーザーの声など、いろいろな景色をまた目の当たりにしてきていると思いますが、そんな今だからこそ前田さんが見据えている未来の製造業の姿はどんなものでしょうか?

前田:

まだ想像がつかないところも多いというのが正直なところです。基本的にはあらゆるものが今よりも自動化されているはずですし、人がよりクリエイティブな領域にリソースを割いていくことができる未来は確実に来ると思う一方で、僕たちの想像以上に人の手が残るのではないかとも思っています。製造業やモノづくり自体が変わっていくというよりは、業界としての位置付けや、世界からの見られ方が変わっていくような気もします。例えば、世界から見た日本が“人件費の安い国”になったら、日本が世界中の工場になる未来もあり得ると思います。実際、二年前にタイに行った時、現地の人が「金型の製造は、安いから日本に発注してるよ」と言っていました。そういう安い仕事をする国になるのか、そうではなく、高いけど品質がすごくいいというブランドになるのか。後者に転換できるかどうかが本当にここ5年や10年の間である程度決まってくる印象を持っています。

一戸:

そこに対して、匠技研工業が業界全体に適切な見積を促していくことは、「いいものを作ればいい値段がつく」という方向性に向けて非常に重要な役割を果たすと思います。国内にとどまらずグローバルで、日本の製造業全体の底上げにも繋がるイメージが持てますよね。

前田:

もう一つ違う視点から言うと、やっぱり巨大な産業なので、一社だけでは実現できないことがほとんどだと思っています。車でも飛行機でも何千何万という部品や工程があって、絶対に一社では完結しないところが製造業の一つの特徴です。プレイヤー全員が「いい値段」をつけていけば必ず価格競争が起きて、今度はまたどんどん価格が下がっていきますよね。そこを踏まえると、「適正な見積をしよう」「付加価値を認めてもらおう」という綺麗ごとだけでは進まない部分もあると思うんです。そうした市場の健全な競争を保ちつつも、サプライチェーン全体の最適化を実現するデジタルインフラの仕組みを作っていくべきだと考えています。個社のデジタル化というのは、究極的にはお金があれば何とかなります。でも、企業間をまたいだ連携は、誰かが本気で旗を振って全体を牽引しなければなりません。トータルコストで見たとき、サプライチェーンの全体最適が一番合理的かつ持続可能じゃないですか。匠技研工業では、そんな新たな製造業の世界観を創っていきたいです。

※こちらは、2025/7/17時点の情報です

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