
BuyMedはいかにして、ベトナム医薬品業界で最強のサプライチェーンMOATを築いたのか
──50㎡の倉庫から、東南アジア最大級の医療流通インフラへ
BuyMedは、ベトナムを起点に東南アジア全域で医薬品流通を再構築してきたスタートアップです。数万に及ぶ薬局・クリニック・病院を単一のデジタルプラットフォームでつなぎ、非効率で属人的だった医療サプライチェーンを、テクノロジーとオペレーションによって刷新しています。
現在、同社は取引量ベースで東南アジア最大級の医薬品流通ネットワークを構築し、ベトナム国内にとどまらず、タイ・カンボジアへと事業を展開しており、単なる成長企業ではなく、リージョナルなヘルスケア・インフラ企業としての姿を明確にしつつあります。
本記事では、BuyMedがどのようにして、簡単には真似できない競争優位性を築いてきたのか、オペレーションの設計思想と仕組みの連なりの観点から紐解きます。
- モデレーター:ジェネシア・ベンチャーズ Country Director of Vietnam Hoàng Thị Kim Dzung(ホァンティキムズン)
- 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Operation and Community Manager Vo Thanh Truc(ボー・タン・チュック)、Community Manager 柏崎 千佳
ベトナム医薬品流通が抱えていた、構造的な課題
BuyMedが挑んだのは、ベトナム医療業界における根深い構造問題でした。
ベトナムの医薬品流通は、
- 多層構造で中間業者が多い
- 発注・在庫管理が手作業中心
- 欠品や在庫ロスが「仕方ないもの」として受け入れられている
といった構造的な課題を抱えています。
結果として、従来型の医薬品卸では在庫日数が約3か月に及ぶことも珍しくありません。これは資本効率の悪化だけでなく、使用期限切れ・品質リスク・見えない損失を常態化させていました。
BuyMedの創業は、こうした「当たり前」を疑うことから始まったのです。
ボトルネック解消の連鎖が生んだ、BuyMedのサプライチェーンMOAT
こうした業界構造のもとで、BuyMedが直面していたのは、現場オペレーションにおいて顕在化していた具体的な課題でした。倉庫業務における人的ミスや在庫管理の属人化、欠品や廃棄の多発といった問題は、規模が大きくなるほど複雑化し、放置すればするほど経営の足かせとなります。
BuyMedは、この構造的なボトルネックを一気に解決しようとはしませんでした。代わりに、事業の成長に伴って現れる課題を一つずつ分解し、地道に解消していくというアプローチを選びました。
こうした積み重ねの結果として、現在の競争優位性(MOAT)が形作られていったのです。
MOATを形づくった3つの構造的アプローチ
BuyMedのサプライチェーンMOATは、単一の施策によって生まれたものではありません。
以下の3つのアプローチが相互に連動し、積み重なることで成立しているのです。
- 需要を集約し、取引構造そのものを変えること
- テクノロジーをオペレーションの“補助”ではなく“中核”に据えること
- ジャスト・イン・タイムを前提とした、在庫起点ではない流通設計を行うこと
こうしたアプローチは、オペレーションの設計と数字の両面に、明確な違いとして表れていきます。

“在庫日数1週間未満”が示す、洗練されたオペレーション設計
従来型の医薬品卸業者では、在庫日数が約3か月に及ぶことが一般的です。一方でBuyMedでは在庫日数を常に1週間未満に維持しています。これは、業界の常識を大きく覆す水準です。
在庫日数が短いということは、
- 資本の滞留が少ない
- 使用期限切れや破損リスクが低い
- 従来は避けられないとされてきた「見えない損失」が減る
ことを意味します。
そして重要なのは、これらの「削減された損失」が消えてなくなるのではなく、より高い利益率、顧客への良い価格、そしてオペレーションの強靭性へと転換されている点です。これは単なる効率化ではありません。流通に対する考え方そのものが根本的に異なることの表れです。
オペレーション設計の中核にある「ジャスト・イン・タイム」
ジャスト・イン・タイムは、オペレーションの文脈では広く知られた考え方ですが、BuyMedにとっては単なる手法にとどまりません。在庫保有時間を最小化し、最終的には在庫ゼロを目指すという、すべての判断の軸になっているのです。
- 注文確定後にのみ在庫を補充し、リアルタイムデータに基づいて需要を予測する。
- さらに、ラストマイル配送を徹底的に最適化し、入庫から出庫までのリードタイムを短縮する。
- 倉庫で削減される1時間ごとに、キャッシュフローは改善され、信頼性は高まり、システム全体の効率が、連鎖的に高まっていきます。
こうした取り組みは決して容易ではありません。
サプライヤーとの信頼関係、需要予測における規律、日々のオペレーション改善が不可欠です。しかし、その積み重ねこそが、時間をかけて競合との差を広げていく循環を生み出しているのです。
ベトナムから東南アジアへ:再現可能なオペレーションモデル
BuyMedの競争優位性を真に裏付けているのは、その再現性にあります。
2022年以降、BuyMedはベトナムで構築してきたオペレーションモデルを、タイやカンボジアへと展開し、各国の市場環境に適応させながら事業を拡大してきました。
需要の集約、QRコードによる商品管理、内製システム、ジャスト・イン・タイム型フルフィルメント。こうした中核となる原則は変えることなく、異なる規制環境や商習慣、顧客行動に合わせて実装しています。
これは単なる地理的な事業拡大ではありません。BuyMedの競争優位性が、特定の国や市場に依存したものではなく、システムとして成立していることを示しています。
現在、BuyMedは取引量ベースで、ベトナムにとどまらず東南アジア全体で最大規模の医薬品流通ネットワークを確立しています。規模を力任せに広げたのではなく、規律ある実行を積み重ねることでスケールしてきた点に、その本質があります。
サプライチェーン全体に波及する、構造的な価値創出
このモデルが生み出している価値は、単なる自社オペレーションの効率化にとどまりません。ヘルスケアサプライチェーンの中核に位置することで、BuyMedは関係するステークホルダー全体に価値を波及させています。
- 薬局:より簡単に発注でき、より早く商品を受け取ることができるほか、5〜10%良い価格条件での仕入れが可能になり、欠品リスクも低減されます。
- 卸業者や製薬メーカー:販売・物流コストを最大50%削減しながら、市場へのリーチを拡大できます。
- 新興の製薬メーカー:従来の手作業中心の流通プロセスに代わり、完全にデジタル化されたチャネルを通じて、より迅速に製品を市場に投入できます。
- 消費者:より手頃な価格で医薬品にアクセスできるようになります。
このように、仕組みそのものが正しく機能することで、サプライチェーン全体に持続的な価値が生まれているのです。
MOATは、注目される前につくられる
BuyMedの歩みがとりわけ意味深いのは、そのスケールの大きさだけではありません。
そこには一貫した「意志」があります。
彼らは、50平方メートルの倉庫から事業を始め、テクノロジーと規律、そして医療に携わる人々への共感を通じて、壊れた医薬品サプライチェーンを正してきました。
同時に、より良い仕組みを思い描く大胆さと、それを一歩ずつ積み上げていく忍耐強さを持ち続けてきたのです。
サプライチェーンにおけるMOATは、スローガンによって築かれるものではありません。
BuyMedのこれまでの軌跡が物語っているように、長年にわたる静かな実行、外からは見えない無数の意思決定、そして「正しいことをやり続ける」という姿勢によって築かれるのです。
最も強固なMOATは、世界が注目し始めるずっと前に築かれている。
そして注目されたときには、すでに大きく先を行っているのです。

※これは、2026年1月23日時点の情報です


