
「VORAS」フレームワークから投資家が読み解く、魅力的なスタートアップ組織とは
ジェネシア・ベンチャーズのベトナムチームでは、投資先の皆さんやスタートアップを志す皆さん向けに、クロスボーダーで投資と経営支援を行うベンチャーキャピタルとして、スタートアップに関するナレッジの共有やリレーション構築を目的に、さまざまなイベントを開催しています。
『Orbit Workshop』は、私たちのネットワークに属するスタートアップの起業家・創業者をはじめとしたプレイヤーから、重要な経験と知見をご紹介いただく機会として定期的に開催しているイベントです。
2025年11月28日には、Orbit Workshop「長期的な成長と成功のために重要な要素:ベトナムのスタートアップにおける組織づくり」を開催しました。ABB Private EquityのInvestment CommitteeであるQuang Pham氏(以下:Quang)をゲストスピーカーにお迎えし、リーダーシップの規律、ガバナンス、チームカルチャー、信頼関係、そして創業者と投資家の長期的なアライメント等について議論が交わされました。本稿はそのダイジェスト版です。
- モデレーター:ジェネシア・ベンチャーズ Country Director of Vietnam Hoàng Thị Kim Dzung(ホァンティキムズン)
- 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Operation and Community Manager Vo Thanh Truc(ボー・タン・チュック)、Relationship Manager 吉田 愛
事業の資産価値、タイミング、そして組織の実行力
Zun: 投資家として、初めて企業と面談する際に、その企業が強固な組織基盤を持っているかをどう見極めていますか?
Quang: その問いにお答えする前に、私の基本的な投資スタンスについてお話しさせてください。
私は、いわばオールドスクールな投資家です。まず見るのは、そのビジネスが「価値ある資産」かどうか。つまり、適切な価格で、安全域(Margin of Safety)を確保しつつ、適切なタイミングで投資できるかという点です。タイミングは極めて重要です。たとえ素晴らしい資産と優れた人材が揃っていても、タイミングを誤れば成功は難しくなります。タイミングは、業界サイクル、マクロトレンド、セクターの力学といった多くの要因に左右されます。
資産価値とタイミングの次に、スケーラビリティと差別化要因を評価します。そして、その事業のプレイブックが競合他社や新規参入者に対してディフェンシブル(防御可能)であるかを見極めます。最後に、組織に関する最も重要なシグナルとして、その会社に「実行力」があるかどうかを判断します。
昨今、美しいピッチデッキを作成し、顧客のペインポイントを明確に示し、洗練されたソリューションを提示することは、AIツールを使えば非常に簡単にできるようになりました。ビジネスプランは、いつだって紙の上では完璧に見えるものです。しかし、実行力はそうはいきません。人、システム、プロセス、リーダーシップ、そして規律など、広範囲に関与します。そして、ここが多くの企業がつまずく点なのです。実行力を評価する際、私は必然的に一つの核心的要素に行き着きます。それが「リーダーシップ」です。

リーダーシップとは、組織全体の「動き」をシンクロさせること
Zun: リーダーシップとは、強いチームをエンパワーメントし、信頼を築き、ビジョン・ミッション・目標をアラインさせることで、全員が同じ方向を向いて進めるようにすることだと私は考えています。
Quang: 素晴らしい定義ですね。私は、それをさらにシンプルに捉えたいと思います。リーダーシップとは、すなわち「動き」です。人、システム、戦略、計画、KPI・・そのすべてが動くことです。そして、その「動き」にはシンクロが必要です。どんなに素晴らしいチームでも、戦略が間違っていたり、リソースが不足していたり、システムがちぐはぐだったりすれば、リーダーシップは機能せず、組織は失敗します。真のリーダーシップとは、共有されたビジョンに向かって、シンクロした「動き」を導く能力なのです。
組織の「動き」を方向づけるビジョンは、感情的な接着剤
Zun: 創業者のどのような資質やリーダーシップが、企業の長期的な成長と相関するとお考えですか?
Quang: Takuさんのお話には、私も深く共感しました。彼は非常にビジョナリーでありながら、細部にもこだわっている。これは稀有な組み合わせです。
私は創業者を評価する際に、「VORAS」というフレームワークを用いています。「V」は「ビジョン(Vision)」です。ビジョンとは、「2030年までに業界No.1になる」といった単なるスローガンではありません。そこには野心とエモーションが込められていなければなりません。ビジョンは、会社が「なぜ(Why)」存在するのかを定義し、創業者、従業員、その家族、株主、顧客、そしてサプライヤーまでをも結びつける接着剤の役割を果たします。例えば、スターバックスの「サードプレイス」というビジョン。これはシンプルでありながら、野心、エモーション、そして誇りを内包した非常にパワフルなものです。
もう一つ、私が体験した実例をお話ししましょう。私はベトナムのある映画館チェーンに、最初の劇場がオープンしてわずか数ヶ月の段階で、初期投資家として参画しました。当時はまだ十分な実績がなく、当然P/Lも確立されていませんでした。創業者にビジョンを尋ねると、彼は「地方の若者に手頃な価格のエンターテイメントを届け、夜遊びよりも健全な選択肢を提供したい」と語りました。そのビジョンは、正式なステートメントとして言語化される以前から、会社のあらゆる意思決定の指針となっていたのです。今、その会社はベトナムの映画興行収入の半分近くを占めるまでに成長しました。これは一夜にして成し遂げられたものではなく、すべてはビジョンとレジリエンスから始まったのです。

誠実さを基盤に、困難な世界を生き抜くレジリエンスと適応力を
Zun: 「VORAS」というフレームワークについてもう少し詳しく教えてください。
Quang: 「VORAS」のV(ビジョン)の次は、「O(オペレーショナル・エクセレンス)」、「R(レジリエンス)」、そして「A(適応力(Adaptability))」です。
レジリエンスと適応力は、一見矛盾するように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。私たちは、AIの台頭、地政学的変化、地域的なアセットの再配分など、急速に変化する世界を生きています。創業者は、さまざまな困難に耐えうるレジリエンスを持ちながら、グローバルおよび地域レベルの変革に順応できる適応力も併せ持たなければなりません。特に、ベトナムを含む東南アジアは大規模な構造変化の渦中にあり、起業家はそれに応じて自らを変えていく必要があります。
「VORAS」の最後は「S(シンプルさ(Simplicity)と誠実さ(Sincerity))」です。多くの組織は、不必要に構造を複雑にしがちです。シンプルさは、生産性と効率性を高めます。一方、誠実さはあらゆることの基盤です。誠実さがなければ、どんなシステム、プロセス、ガバナンス構造も持続的に機能することはありません。
ガバナンスは、信頼関係を醸成するための本質的なテーマ
Zun: ベトナムのスタートアップエコシステムでは、まだガバナンスの重要性が十分に浸透していないと感じます。PE投資の観点から、ガバナンスの重要性を語っていただけますか?
Quang: ガバナンスとは、「信頼」の本質にかかわるテーマです。資金調達というのはストーリーテリングと信頼構築のプロセスであり、投資というのはそのストーリーにベットすることです。そしてガバナンスは、その信頼を担保するための仕組みを提供することです。資金は、集めるのが最も難しいリソースの一つであり、信頼こそがそれにアクセスする唯一の鍵です。ガバナンスは、その企業が真摯で、規律があり、アカウンタビリティを重視していることを投資家に示し、信頼を得るシグナルとなるのです。

アーリーステージのガバナンスは、意志とマインドセットから始まる
Zun: リソースが限られているアーリーステージの創業者にとって、ガバナンスを実践するための最も現実的な方法は何でしょうか?
Quang: 投資家は最初から完璧さを求めているわけではありません。彼らが見ているのは、創業者の「マインドセット」と「意志」です。銀行が融資先の返済意欲を評価するように、投資家は、たとえ仕組みが未熟であっても、創業者がより良いガバナンスを構築しようと努力しているかを評価します。創業者がそのコミットメントを示せば、投資家は時間をかけてガバナンス基準の向上を喜んで支援するでしょう。
投資家とのアライメントには相互理解が不可欠
Zun: 創業者が、成長のための重要な意思決定をする際に、投資家とより良くアラインするためにはどうすればよいでしょうか?
Quang: アライメントは、まず投資家を理解することから始まります。ファンドごとに、投資期間(タイムライン)、Exitへのプレッシャー、投資戦略などは大きく異なります。しかし創業者は、緊急で資金が必要になってから初めて資金調達に動くことが多く、それでは交渉力が弱まってしまいます。そうではなく、早い段階から投資家との関係を築き、各ファンドのライフサイクルを理解しておくべきです。切羽詰まった状況で交渉するのではなく、戦略的な立ち位置を築くことで、アライメントの質は格段に向上します。
未来の買い手との「フィット」を想定した組織創りを
Zun: PEファンドの視点から、どのような組織的要素がベトナム企業のExitにおける魅力を高めるとお考えでしょうか?
Quang: 歴史的に、海外の買い手はベトナム市場の成長性とアクセスを求めて投資を行ってきました。そのため、強力な「流通ネットワーク」、高い実行能力、そして広い「市場カバレッジ」を持つ企業は非常に魅力的です。ERPのようなシステムは外部(海外)からも導入できますが、ローカルでの実行能力はそうはいきません。人材、システム、プロセスを将来の買い手のニーズに合わせて設計できている組織は、Exitを成功させられる可能性がはるかに高くなります。

まとめ
Quangさんのお話では、投資家の視点から数多くの重要なインサイトが共有されました。強固な組織基盤の構築には、明確なビジョン、そして「実行力」が不可欠だということです。創業者のリーダーシップとは組織の「動き」をシンクロさせる能力であり、レジリエンスと適応力のバランス、シンプルさと誠実さによって磨かれます。そしてガバナンスは、信頼を築き、投資家との長期的なアライメントを実現するための重要なツールです。これらの組織的要素を強化することが、ベトナムスタートアップがより魅力的なExit機会を創出する鍵となるでしょう。
※これは、2026年1月20日時点の情報です


