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約20年間起業家に伴走してきた中で、今私が感じていること

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プロローグ

量から質へのパラダイムシフト

ここ数年でスタートアップが挑戦するイノベーションの舞台に大きな変革が起きていると感じています。

先日も、数多くの起業家や投資家・事業会社が集う、とあるイベントの審査員として参加させていただいたのですが、上位に入賞したスタートアップの多くは、既に十分なトラクションを生み出しているスタートアップではなく、実績が出るまで少し時間がかかりそう、しかし持続的な社会の実現に向けて挑戦している広義のディープテック領域のスタートアップでした。

米国の金利引き上げや生成AIなどによって、SaaSをはじめとしたピュアなソフトウェアビジネスの企業価値がここ数年で保守的に見直されているという側面もあるかもしれませんが、これらは個人的には単なる事業領域のトレンド変化ではなく、パラダイムシフトのようなものだと捉えています。もう少し具体的に言えば、大きな世の中の流れとして、イノベーションの舞台が情報レイヤーから技術レイヤーに拡張されつつあると同時に、効率化・合理化などの経済活動のROIを高める要素から、人生の豊かさや経済活動の持続性を高める要素、大きく括ると”量の概念”から”質の概念”へとテーマが変わりつつあると感じています。

以前は殆どのスタートアップの資金調達資料に入っていた(また多くのベンチャーキャピタルも起業家に説明を求めていた)「私たちが解決する課題」という名のスライドも最近あまり見かけなくなりました。その代わりに「人生の豊かさや経済活動の持続性を高めるために、社会に求められるテクノロジーやソリューションとは?」などの、足許の課題解決ではなく、実現すべき社会に向けて必要なテーマへと変わりつつあると感じています。

私たちジェネシア・ベンチャーズは、「すべての人に豊かさと機会をもたらす社会を実現する」というビジョン、そして「6つの挑戦」という私たちがスタートアップとともに取り組むべきテーマを掲げ、日本・インドネシア・ベトナム・インドの4か国で積極的に投資活動をしていますが、3号ファンド(150億円)以降は少しずつディープテック領域への投資割合を高めています。この背景は、目まぐるしい技術の進化に伴い、スタートアップが生み出すイノベーションが社会に及ぼすインパクトが着実に広く、大きくなってきており、私たち自身もこれまでの成功経験に留まることなく進化し続けなければならないと考えているからです。

  • 豊かな生き方
    個が自身のWill(こうありたい)を選択し続けられる社会の創造を通じて、幸福度の高い、豊かな生き方を実現する
  • 循環型経済
    時間・モノ・空間などのシェアやリサイクルを通じて、利用効率や生涯価値が最大化される、 持続可能な経済活動を実現する
  • 情報・機会の均等
    情報の非対称性が生むさまざまな”負”や”不”の解消を通じて、誰もが得られる機会の最大化を実現する
  • 叡智の発揮
    ソフトウェアやテクノロジーとの共創を通じて、人間の叡智を活かした働き方を実現する
  • 共存・共生
    生きものや自然と共存・共生できる社会の創造を通じて、 持続可能な生態系を実現する
  • 健やかな社会
    日進月歩の医療技術の発展を通じて、その恩恵を受けられる、心身にやさしい健やかな社会を実現する

急成長するスタートアップに投資をするベンチャーキャピタルがこのような「インパクト」を前面に標榜するのは珍しいと思われるかもしれません。また、私たちのビジョンの中核に据えている「豊かさ」という言葉も、人によってその受け取り方はさまざまですし唯一解はありません。

それでもなぜ私が「インパクト」にこだわり、「豊かさ」を私たちのビジョンの中核に据えるのか。創業から8年が経過し、創業時から取り組んできたそれらの具体的な表情が少しずつ見えてきたこともあり、自分なりにその想いを紐解きたいと思います。それらを通じて、私たちがシード投資を通じて実現したいと考えている世界を一人でも多くの高い志を持つ起業家の皆さんに知っていただければこれ以上の喜びはありません。

1.「豊かさ」の追求こそが、真の自己実現に繋がる

私は新卒で銀行に入社し、約8年間勤めました。しかし、28歳を過ぎたあたりから、自分がどこかレールの上で流されてしまっているような、モヤモヤした感覚を覚え始めていました。

そのような中で、仮にこのまま順調に出世し、昇給していったとしても、このレールの先には自分が目指している「自己実現」は存在しないと確信するようになっていきました。当時の詳しい話は以前、「豊かな人生ってなんだろう」という記事に記しました。この中で、「自己実現」についてこのように書いています。

  • 自己実現とは、ある地点で到達するものではなく、今この瞬間を自分らしく生きること、そして自分らしい今この瞬間を積み重ねていった集大成そのもの
  • 豊かな未来のために今という時間を先行投資するのではなく、今この瞬間を自分らしく生きること、そして自分らしい今この瞬間を積み重ねていくことこそが豊かな人生
  • やりたいことなんて、探そうと思ってもなかなか見つかるもんじゃない。今この瞬間を、自分らしく生きること。今の自分が心の底から笑顔になれる瞬間、感動する瞬間を積み重ねていく中で、ふと気が付いたら自分の中にあるようなもの

一度限りの人生、できることなら365日自分自身が豊かだと思える生き方がしたいと感じ、約8年間務めた銀行を退職し、当時ご縁をいただいたサイバーエージェントに転職しました。

豊かな社会に向け、果たして自分には何ができるのか?

サイバーエージェントへの転職当時はCAキャピタルという戦略金融子会社を立ち上げたタイミングで、当初は同社への配属となりました。当時社員数名でベンチャーキャピタル事業やFX事業、投資顧問事業といった複数の金融事業の同時立ち上げを行っており、それらに関わらせていただいた後、ベンチャーキャピタル事業(現在のサイバーエージェント・キャピタル)を分社化したタイミングから事業責任者(2010年以降は同社の代表取締役)を務め、2016年7月末にサイバーエージェントを卒業しました。そしてその翌月(2016年8月末)にジェネシア・ベンチャーズを創業して今に至ります。

ベンチャーキャピタルは起業家と向き合い、起業家が掲げるビジョンの実現に向けて全力で伴走する仕事です。短くて5年、長い場合は10年という長い時間軸で、起業家という新たな価値を生み出す挑戦者のトライ&エラーや進化のプロセスに間近で接することができます。日々エネルギーに満ち溢れた起業家たちと仕事をする中で、またインターネットを通じて貧富の格差・環境汚染・戦争など、あらゆる角度から世界が可視化され、出来れば知りたくなかった情報、見たくなかった情報までもが目に耳に飛び込んでくる時代を生きる中で、35歳を過ぎたあたりから「豊かな社会の実現に向かうために、果たして自分には何ができるのか?」という問いを抱くようになっていました。

この問いに向き合い続けていくと、人の数だけ存在する豊かさの形に対し、それらを実現するための共通解を見つけたくなる衝動に駆られます。しかし、「豊かさ」とは大いなる多様性を包摂する概念であることは疑う余地がなく、共通解を持つのは難しいことにもようやく気づいてきました。それでも、「豊かな社会の実現に向かうため、果たして自分には何ができるのか?」という問いについて自分の中で何度も反芻し続けた結果、自分が取り組むべきチャレンジとして以下の三つに辿り着きました。

  • 自ら問題を定義し、解決方法を考え、仲間を巻き込みながら高い熱量と情熱を持って解決に向かう挑戦者を増やすこと
  • 挑戦者が持つ大きなポテンシャルを解き放つ環境を創り、育むこと
  • 挑戦者同士の一期一会を生み出し、イノベーションの総量を最大化すること

そのような想いに対する具体的なアクションとして、2019年5月にジェネシア・ベンチャーズのグループ会社である株式会社グランストーリーを設立しました。同社では、スタートアップ・投資家・事業会社・地方自治体といった産業創造に関わるステイクホルダーのキーパーソンが集うプラットフォーム『STORIUM』を開発・運営しており、日々挑戦者同士の一期一会を数多く生み出しています。

2.「不確実性に向き合っていくこと」が人間に残された重要なミッションになる

私たちはシード期(創業初期)のスタートアップへの投資・伴走に強い拘りを持っています。シード期はまさに何もないところから新たな価値を生み出すプロセスそのものであり、不確実性に溢れています。裏返して考えれば、この先に大きなフロンティアが拡がっているとも言えます。

私は新たな価値の創造、言い換えると不確実性に向き合っていくことが、人間に残された重要なミッションになると考えています。なぜなら、「事実や実績」などの、ある意味で過去の結果となった情報から順にAIが食べるデータセットに含まれるようになり、結果としてテクノロジーに代替されていくと考えているからです。(少なくとも今は)ChatGPTが打ち返してくれる内容は「過去の結果に基づいた最適化」に過ぎません。

例えばですが、事前知識がなければ、誰が雲丹(ウニ)を食べようと思うでしょうか。人類で初めて誰かが不確実性に向き合って雲丹を食べる人が存在したから、私たちはおいしい食べ物として雲丹を享受できています。誰か毒味をする挑戦者が存在しなければ、AIが頼りにするデータセットに「雲丹は食べられるし、おいしい」という情報はいつまでも含まれません。これはあくまでも一つの例えですが、“過去には存在しない、でも未来に存在するかもしれない新たな価値の探求”は、AIを含むテクノロジーが更に進化する未来においても、人間に残された重要なミッションとして残り続けると考えています。

未来における最適解をChatGPTに聞くという行動は、過去の結果に基づいた最適解を未来に当てはめることに近しく、そこから得られるあらゆる回答も過去の結果に収束していきます。そのような中で、あるべき社会の実現に向けて、”意志ある人間が自分の頭で考え、想像し、AIがカバーしていない新たな価値の創造に挑戦すること”の価値が大きく高まっていくと共に、それが人間に残された重要なミッションになると考えています。

シード投資という手段を通じて、あるべき社会の実現に少しでも近づけていきたい

豊かな社会の実現に向け、足りないピース・必要なピースは数多くあります。私たちは豊かな社会の実現に挑戦している創業初期のスタートアップへの投資・伴走を通じて、投資先が持つテクノロジーやソリューションの社会実装を実現し、あるべき社会に少しでも近づけていきたいと考えています。その意味では、投資という手段を通じて、あるべき社会の実現に少しでも近づけるという事業を行っていると捉えています。

ベンチャーキャピタルが投資対象とするスタートアップの事業ステージは、シード/アーリー/ミドル/レイターなどと区分されますが、私はこのなかで唯一「シード(創業初期)」だけが“非連続性”という独自の性質を持っていると考えています。すでに存在する「1」を「10」へと拡大・成長させるのも大きなやりがいがありますが、「0」から「1」の部分、つまり起業家が掲げるビジョン以外にプロダクトやトラクションなどの目に見えるものが何もない、不確実性が極めて高い中で新たな価値の創造に挑戦する起業家を信じ、伴走するプロセスに大きなやりがいを感じているというのが私がシード投資に拘り続ける理由です。

なので、私たちの投資検討資料にはWhat we need to believe(何を信じることができれば投資ができるのか?)という項目を設けており、過去の実績よりも未来のポテンシャルに高くウエイトを置いて投資判断するようにしています。

3.豊かさとは、人生の手綱を自分で握ること

いつの時代もテクノロジーは不可逆的に、歩みを止めることなく進化を遂げていきますし、人間はそこから多大なる恩恵を受けて生きています。しかし、自らが生きるための糧である「仕事」がテクノロジーによって脅かされる時、人は惑い、時に闘います。19世紀初頭のイギリスで織機の導入に反対した熟練労働者たちの蜂起「ラッダイト運動」は代表的な事例です。

AIが19世紀初頭の織機とは比べものにならない広範囲の人々の仕事に影響を与えているのは言うまでもありません。例えば、2023年の夏、米・ハリウッドの俳優組合が映像制作にAIを使用することに危惧を示し、ストライキを実施したことが話題になりましたが、今後その影響範囲が更に大きくなり、世界中のあらゆるところでネオ(現代版)ラッダイト運動のようなものが起こる、いや、私には既に起こっているように見えています。だからこそ、私たちは格差を広げるのではなく、一人でも多くの人がその恩恵を享受できるテクノロジーやソリューション、そしてそれらを生み出すスタートアップに投資・伴走することを通じて、より豊かな社会の実現を目指しています。

合わせて、私も含めた全ての人々は、AIを含めたテクノロジーやそれらによって変わる社会の潮流と無関係ではいられませんし、一人一人がAIとの向き合い方を迫られています。自分の人生における生活や仕事のうち、テクノロジーに何を任せ、委ね、手放すのか。その選択は、そのまま私がテーマに掲げる「豊かさ」とも直結していきます。

シンギュラリティ以降の世界をどう豊かに生きるか

レイ・カーツワイル氏が提唱しているコンピュータの知能が人間を超えるとされる技術的特異点(=シンギュラリティ)後の世界はどうなるのでしょうか。既に多くの人間がカーナビの指示通りに車の運転をしているのが分かりやすい事例ですが、既に私たちの生活のあらゆる場面でAIが人間に指示を出すようになり、多くの人がそれに盲目的に従うようになってきているように、AIは着実に私たちの生活の奥深くにまで入ってきています。

AIの能力がその閾値を超えたとき、すなわちシンギュラリティが訪れたとき、私たちは改めて生きる意味を問われることになります。いや、私たちはもうすでにその時を迎えているのかもしれません。

想像してみてください。分からないことがあれば、何でもChatGPTに聞けば教えてくれるし、一切頭を使わずとも何不自由のない生活ができる。生活の一切合切をテクノロジー任せにすることができる。そのような人生は果たして豊かなのでしょうか。人によって様々な価値感が存在するのでもちろん正解/不正解はありませんが、私自身はそうは思いません。やはり自分の頭で考えたいし、新たな何かを生み出していきたい。努力や苦労があってこその喜びだと思うし、苦労と喜びの差分こそが豊かさを生み出すと思うからです。

すでに述べたように、テクノロジーの進化は不可逆であり、AIが指数関数的にその性能を高めていくのは抗えない未来です。それでも私たちが豊かな人生を生きるために自覚的であるべきだと私が考えているのは、「自分の人生の手綱を自分で持って生きること」です。もちろんテクノロジーそのものを否定するつもりは一切ありません。ただ、決して手放してはいけない領域があると思うのです。

私自身は、数多くの挑戦をさせてもらったサイバーエージェントへの転職を起点とし、ジェネシア・ベンチャーズを創業してから現在に至るまで、自分の日々の時間の中で自分がしたいこと(Will)が占める割合が着実に大きくなってきているのを実感しています。いつ死ぬか分からない人生の中で、Willの割合をどこまで100%に近づけられるかーこの旅路こそが豊かな人生につながるのではないか。今はそんな確信を持っています。

4.豊かな社会の実現に向かう欲求は簡単に満たされることはない

私たちは「高い志を持つ起業家」と共に大きく持続的な産業を生み出していきたいと考えています。では、「高い志」とは具体的にどういうことなのか。私たちにとっては「豊かな社会をつくることを本気で目指す起業家」が高い志を持つ起業家の人物像です。

「豊かな社会の実現に向けて世界を大きく前進させるインパクトをもたらしたい」ー事業領域や手段は色々あれど、このような社会に向けた欲求を持った起業家こそ、最終的に大きく持続的な産業を生み出すと私たちは考えています。その意味で、私たちにとっての「豊かさ」とは高い志を持つ起業家と出会うための羅針盤のような概念でもあります。

「大きなお金を持つこと」が必ずしも幸せだとは限らない

キャピタリストとして起業家と対峙する時、私が大切だと考えているのは、起業家が内在的に持っている欲求の大きさと質です。チーム内では、「欲求のタンクの大きさと水の色」と表現することもあります。

これまで、投資先かどうかに関わらず、数多くの起業家と一緒に仕事をさせていただいてきました。なかにはIPOやM&Aを経て、大きなお金を手にし、社会的には“成功”と認められる人たちも多くいました。ですが、いわゆる“お金持ち”にはなったものの、余り幸せそうに見えない人たちも少なからずいました。

ある日を境に大きなお金を持つことで、いい洋服を身につけ、いい車に乗って、いい家に住む。でもそうやって物質を増やすほど、頭の中に不必要なフォルダが増え、頭の中が散らかっていくだけではなく、本当に大切なことが見えずらくなってきてしまう。結果として、その人にとっての豊かさから遠ざかっているように見える人が少なからずいました。その起業家がその時点で持っていた欲求をすべて満たしてしまうお金を得たことで、自身の行き先を見失ってしまったからかもしれません。

大きなお金を持っていても、すべての欲求が満たされた(目指すものを失った)状態は人の精神を徐々に蝕んでいきます。どこに向かえばいいのかわからず、脱力状態に陥ってしまう。多くの人間は自分自身が持つ欲求の満たされない部分を埋めるため、懸命に努力をします。私から見た豊かな生き方をしている人の数多くはみんな何かしらの挑戦をしている。だから私は物質的にすべてが与えられ、何不自由のない生活をすることだけが豊かな生き方だとは決して思いません。

物質は持続的な“豊かさ”を与えてくれない

人によってはある時点で、物質は持続的な豊かさを与えてくれないことに気がつきます。そして、「自分にとっての幸せとは?」「自分にとっての自己実現とは?」といった深い内省を重ね続けることで、物質に向かっていた欲求のベクトルが徐々に反転し、中には社会へと向かうようになる人も見てきました。

確かに、日本において多くの高価な物質を得ることはある時代まで「豊かさ」の象徴だったのかもしれませんが、地球を取り巻く現状に目を向けるともはや持続的な状態ではないことは自明であり、そんな中で得られる豊かさは持続的ではないのは言うまでもありません。だからこそ、真の「豊かさ」の意味を考える上では、次世代に持続的な状態で社会を引き継ぐことを大前提に考え、長い時間軸で物ごとを、そして未来を捉えることが不可欠だと考えています。

豊かな社会の実現に向かう欲求は簡単に満たされることはない

これまでのキャピタリスト経験において、究極の利他が究極の利己(≒自己実現)に転化する場面も目の当たりにしてきました。会社の仲間の成長や幸せ、そして豊かな社会の実現に向けて世界を大きく前進させるインパクトをもたらすことへの欲求を持った起業家には、その起業家が持つ利他的且つポジティブなオーラに引き寄せられるかのように、高い志を持ったメンバーが次々とその起業家の周りに集まってきます。そして、高い志を礎に、数々のハードシングスに直面しながらも決して諦めることなく、自分が信じた道を頼もしい仲間と共に懸命に切り開いていく場面を目の当たりにしてきました。

そんな経験を通じて改めて私が感じているのは、「豊かな社会の実現に向かう欲求は簡単に満たされることはない。だからこそ、自分が目指す世界の実現のために粘り強く向かい続けることができる」ということです。私が応援しているNPOの代表の方から「自分たちの活動を数十年間ずっと応援してくれているアーティストがいます。その方は若くして大きな富を得たことで、一時期自分が向かう方向性を見失ってしまう時期があった。しかし、今はNPO活動の支援を通じて、世界の貧しい子供たちの命を救い、笑顔を増やすことへの貢献に大きなやりがいを感じておられ、70代になった今でも現役でステージに立ち続けられています。」という話をお聞きしたのですが、とても腹落ちしたことを鮮明に覚えています。

5.資本主義の先にある未来を見据えて

資本主義のアップデートが行われようとしている

これまでの経済原則は、いかに速く成長し、収益性を高めて企業価値を最大化させるかが至上命題でした。ところが現在では、大きくその潮流が変わりつつあると考えています。多様な価値観の尊重、人権と結びついた労働意識、地球規模での環境保全など、経済合理性だけを追求するだけではなく、経済活動の持続性に目が向けられつつあるのは間違いないと思います。

以前まで、少し雑な言い方をすれば経営者は株主だけをみていればよかったのかもしれません。しかし、これからは株主はもちろん、取引先・社員やその家族、地域社会や環境など、目を向けるべきステークホルダーが増え、次世代社会に責任を持った経済活動のあり方が求められるようになってきています。最近上場企業のIRにてよく聞かれるようになった「人的資本開示(人材への投資額や従業員満足度などの人的資本に関する情報の開示義務)」などは、資本主義の変化の方向性を示唆する象徴的な事例の一つです。また、様々なトランスフォーメーションによって経済活動の様々な側面の可視化が進んでいることも、この変化を強く後押しすると考えています。

売上や利益などの要素に加えて、これからは企業の意思と行動から生じる、経済活動の持続性を目指したステークホルダーに対する付加価値の総和が、企業価値を形成する時代が到来すると私たちは考えています。そして、持続性のある経済活動を目指すことは結果として、中長期的に株主にも利益をもたらすでしょう。

持続性があるからこそ、結果的に収益性が高まる

「収益性」と「社会的インパクト」はトレードオフの関係にあるとの意見も聞かれます。また、「そんな綺麗ごとを言っていたら儲からないのでは?」という言葉もしばしば聞かれます。しかし、私たちは「収益性」と「社会的インパクト」を同時に成立させる方向性、もっと正確に言えば、「社会的インパクト」の存在によって「収益性」が更に高まる方向性を目指したいと考えています。

例えば二つの牛乳を比べてみてください。片方が200円で、もう一方が100円です。追加情報がなければ、普通は100円の牛乳を手に取るでしょう。しかし、背景情報として「安価な方の牛乳は製造過程で環境汚染を行っている」「対して、価格が高い方の牛乳は地球環境に配慮したプロセスで製造されている」と聞いたらどうでしょう。価格が高い200円の牛乳を手に取っていただけるお客様も増えるでしょうし、その方が経済活動としても持続的であることがわかります。

もう一つ例を挙げましょう。日本によく見られる産業構造として、多重下請け構造があります。具体的な例を挙げると、運送業や建設業などは長きにわたり一次請け・元請けと呼ばれる企業が大きな収益を稼ぎ、多重下請け構造の底辺に向かうほど価格が叩かれる傾向がありましたが、労働者不足の深刻化や労働者の高齢化、また2024年4月1日に施行された労働基準法の改正によって残業時間の上限が規制されたことで、長きにわたり我慢を強いられてきた下請けの方々がようやく大きな声を上げ、一次請け・元請けに対して適正な収益を求め始めています。一次請け・元請けも、もはや下請けの協力なしでは事業の存続ができず、お互いが歩み寄る方向に向かいつつあります。

これらの事例からも分かるように、役務の提供価値と得られる収益が不均衡な状態はビジネスとして持続的ではなく、必要な時間をかけて必ず均衡方向に向かっていきます。更に言えば、あらゆる産業における商取引のデジタル化が進むにつれ、役務の提供価値と得られる収益の可視化が進む中で、不均衡状態(弱者が搾取されている状態)が解消に向かうと同時に、均衡状態に向かう時間軸がどんどん短くなっていくと考えています。

企業価値の算定方法にも同様の考え方が適用できるはずです。企業価値評価法の一つに「DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法」と呼ばれる、会社が将来生み出す価値を、フリーキャッシュフローをベースに現在価値に割り引いて企業価値を算定する方法があります。然し、会社が将来生み出す価値を企業価値に織り込むには、経済活動の持続性が前提にあるべきで、それらの議論を省いた価値の織り込みは要諦を欠いていると言わざるを得ません。企業価値の最大化を実現するためには、経済活動における持続性の維持・向上に向けた企業努力があることが大前提だと考えているため、私たち自身が環境や社会への配慮・健全なガバナンス体制の構築を意識した経営を実践すると同時に、投資先にも以下のような様々なソリューションを提供しています。

「社会的インパクト」の存在によって「収益性」が更に高まる方向性を目指すと上記に述べましたが、社会的インパクトが持つ効用の一部として経済活動の持続性の実現があり、スタートアップがそれらを実践することで長期間に渡りお客様に選ばれる存在になれれば、結果として収益性や企業価値も高まっていく、私はそのように考えています。

6.永続するベンチャーキャピタルを目指して

地図は作ってもガイドマップは作らない

自分の意志で行動した結果、壁にぶつかったり失敗するプロセスを辿ると多くの人は深く内省します。そのプロセスを経て、自分の成長や自己実現に向かう新たな選択肢に気づくことで、大きく成長する人をこれまで数多く見てきました。私自身も、サイバーエージェント時代に様々な挑戦や失敗を経験させてもらったことで、数多くの学びを得ることが出来ました。啐啄同時という言葉がありますが、他人から一方的に情報をインプットされても、本人の中での内在的な気付きが得られないかぎり、なかなか人間が変わるのは難しい。だからこそ、私たちは、地図は作ってもガイドマップは作らないようにしています。

ガイドマップには目的地や行き方が書かれていますが、地図にはそれらが記載されていません。チーム内でビジョンやミッションなどの大きな方向性は共有しながらも、状況に合わせた最適解を各自で考え、導き出せる組織こそが自律的に成長し続ける組織であり、変化に強い組織だと考えています。もっと言えば、正解が与えられないからこそ生じる揺らぎが、変化に適応するためのダイナミズムを生み出していくと考えています。

短期的な利益を出すだけならガイドマップがある方が良いのかもしれません。ただ、私たちが追求しているのは持続性であり、豊かさです。そもそも豊かさは一様ではなく、定義・定量化するのが難しい。時代が変われば、豊かさのあり方も変わるでしょう。私たちが掲げている「すべての人に豊かさと機会をもたらす社会を実現する」というビジョンは、数百年単位で私たちが持続することを前提としたビジョンであり、柔軟に変化を織り込みながら目的地を定め、状況に合わせた最適解を各自で考え、導き出せるチームであり続けたいと考えています。

起業家の可能性を解き放つ「産業創造プラットフォーム」に込めた想い

貧富の格差・環境汚染・戦争など、挙げればきりがないくらい数多くの社会課題が溢れる中で改めて感じているのは、次世代に持続可能な社会を引き継ぐためにベストを尽くすことが私たち大人に課された大きなミッションではないかということです。スタートアップや大企業、投資家といった産業創造を担うステイクホルダーを繋ぐ結節点となり、業種や産業の垣根を超え、高い志を共にする仲間が集まりOne Teamになることで、持続的な社会を実現するためのプラットフォームのようなものを創りたい。そんな想いから「アジアで持続的な産業がうまれるプラットフォームをつくる」というミッションを掲げて、創業時から様々な取組みを行ってきました。起業家の視点から見ると、産業創造プラットフォームは事業の成功に必要な事業会社や投資家などのキーパーソンに出会える場であり、最先端のナレッジやノウハウへアクセスできる場でもあります。

また、最近では主要都市部だけではなく地域発で有望なスタートアップが数多く出てきていますが、主要都市部と比べると依然情報の非対称性が大きいのが実情です。運悪く悪質な投資家と出会ってしまうと、場合によっては資本政策などで取り返しのつかない失敗をしてしまうケースもあります。

そうなると、スタートアップが取り組む課題解決の社会実装も立ち遅れてしまうことになる。そのような事態を少しでも減らし、起業家が持つ可能性を解き放つために必要なものすべてにアクセスできる環境を創りたい。そんな想いを形にする私たちの挑戦が、グループ会社グランストーリーで取り組んでいる『STORIUM』です。

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『STORIUM』には、私たちの投資先スタートアップやLP投資家だけではなく、私たちが繋がりを持つあらゆる投資家や事業会社、地方自治体などのキーパーソンが参加していますが、相互の事業内容や連携ニーズを理解した上でのネットワーキングができるように設計されており、オンライン・オフライン問わず既に数多くの一期一会が生まれています。

エピローグ

高い志を持つ起業家と共に挑戦していきたい

何もないところから新たな価値を生み出すことと、既にある価値を評価することは全く異なる概念です。視点が異なるだけではなく、そもそも求められる能力が異なりますし、必要なマインドも異なります。

起業家とは常に前者であり、成功する確証など何もない中、銀行残高が日々刻々と減り続ける中で、不確実性に向き合い、未来につながる道を全力で探しています。そんな起業家に対し、後者の人たちが「本当にマーケットは大きいのか?」「本当にこの事業計画は達成できるのか?」と問いかけるシーンをよく見かけますが、起業家の本音はおそらく、「どうすればマーケットを大きくできるかを必死に考え、全力で取り組むしかない」「達成できるかはわからないけど、やれることを全力でやるしかない」というものでしょう。自身の挑戦を全力で正解にしようとしている起業家からすれば、後者の人から投げかけられる質問は、ややもすると孤独や不安をいたずらに増幅させられる言葉にすら聞こえるかもしれません。  

多くの人が難しいと感じる不確実性の高い挑戦であればあるほど、それらを乗り越えた時に生み出せる価値も大きいですし、結果として構築される参入障壁も高い。実際に今の日本を代表する企業の大半が、多くの人が難しいと思う挑戦をやり切ってきたからこそ生まれてきたはずです。

だからこそ、日本からもっと大きな産業を増やすには、多くの人が難しいと思う挑戦、世の中に大きな社会的インパクトを生み出す挑戦をもっと増やすことが大切だと思います。そのためには、新たな価値を生み出すことに挑戦している起業家を傍観的に評価するのではなく、前者の視点に立ち、どうやってマーケットを切り開くのか、どうやって事業を成功させるのかを起業家とともに考え、当事者として伴走する人がもっと増えるべきだと感じています。

しかし、前者の視点に立つのは決して簡単ではありません。自らが挑戦をしていなければ、前者の気持ちは決して理解できないからです。結果としていつまで経っても前者の視点には立てず、ただ傍観的に評価する人になってしまいます。

だからこそ、私たち自身が積極的に挑戦し続けるチームであると同時に、常に前者の視点を持ったチームでありたい、あり続けたいと思います。この記事を読んでいただいたシード期(創業初期)の起業家の方で、もし何か感じることがあれば是非こちらまでご連絡ください。

採用募集のご案内

ジェネシア・ベンチャーズでは、HR Specialist、Community Manager、Venture Capitalistの3職種にて共にビジョンの実現に向かえる仲間を探しています。詳細はこちらに記載していますので、興味を持っていただいた方は是非ご連絡ください。

筆者

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