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ディープテックスタートアップ ― 成長の壁と協業のための突破戦略(PoC/LOI/MOU/JDA/商業契約)

1. 研究開発型スタートアップの壁と乗り越え方

シード期のDeep Tech(ディープテック)スタートアップの起業家と対話を重ねる中で、よく相談を受けるのが「研究から社会実装までのギャップ」についてです。研究シーズが事業に昇華し始めるシード〜シリーズAの段階では、多くのスタートアップが成長の停滞、いわゆる“死の谷(Valley of Death)”に直面します。

本シリーズでは、ディープテックスタートアップが社会実装に至るまでのプロセスで陥りやすい落とし穴と、乗り越える上での考え方を海外の事例をもとに紹介します。後半では、市場の受容性を高めるための具体的なステップと、契約・協業の方法について記載しています。ぜひ最後までご覧ください。


「開発してから売る」では遅い?ディープテックスタートアップが直面する壁

従来のディープテックでは「まず研究・開発を磨き上げ、十分に完成してから市場に出す」ことが常識とされてきました。しかし、このR&D中心のアプローチは事業化が停滞しやすく“死の谷(Valley of Death)”に陥る危険性があります。以上を踏まえて、優れた技術を開発すると共に市場ニーズを捉え、それらを可及的速やかに示すことが重要だと考えています。

そこで近年注目されているのが、RDD&Dの考え方です。Research(研究)/Development(開発)/Demonstration(実証)/Deployment(普及)の頭文字をとり、起業初期から研究→実証→普及までを一貫して設計することを指します。段階ごとにユーザーやパートナーを巻き込むことで、市場性とビジネスモデルの検証を早期に行う手法です。

海外の事例:技術と市場を両輪で評価する仕組み

米国DOE(エネルギー省)では、技術の成熟度(TRL:Technology Readiness Level)に加えて、市場受容性(ARL:Adoption Readiness Level)という指標を導入しています。これは、研究・開発・実証・普及(RDD&D)の全過程を通じて、技術が動くか・市場が受け入れるかを「同時に」評価する仕組みです。DOEはこの二軸をもとに、補助金配分や制度設計、政策判断を行っています。

  • TRL(Technology Readiness Level):技術が実際に機能するか
  • ARL(Adoption Readiness Level):市場が採用できる状態か

ARL評価には次の項目があり、各々低・中・高の3段階でスコア化、総合9点に近いほど商業化に近い状態とみなします。

① Value Proposition(価値提案):コスト、性能、使いやすさ

② Market Acceptance(市場受容性):市場規模、参入障壁、バリューチェーン

③ Resource Maturity(リソース成熟度):資金、人材、インフラ

④ License to Operate(社会的受容性):規制、政策、環境・安全

【活用事例】DOEにおけるARLの実装

蓄電池技術では、ARLのなかで「価格と規制」が障壁と特定されました。そこでDOEは、補助金と需要創出策で市場導入を促進しています。また水素技術では、ARLのなかで「インフラ」が課題とされ、規制緩和・標準化支援・オフテイク契約(需要保証)を行い、商業化を後押ししました。

市場受容性(ARL)を高めるためのステップと具体的な方法

スタートアップにとって、「未来の市場需要をどのように可視化するか」は極めて重要です。市場からの反応を得ることが、技術開発の方向性を修正し、投資家やパートナーの信頼を得る最短ルートとなります。以下は、ARLを高めるための代表的なステップです。

  • PoC(Proof of Concept) 顧客企業・組織と共同で「実課題に対して技術が有効かどうか」を検証します。無償PoCもありますが、近年は有償PoCや「成功時に商用契約へ移行する」条件を含む交渉も増えています。
  • LOI(Letter of Intent) PoCの実施やM&Aなど、「将来的な取引意思を示す購買意思表明」です。法的拘束力を持たせるかどうかは、LOIの前提条件や各Article(条項)の書き方によって異なります。一般的にはnon-binding(法的拘束力無し)とするケースが多いですが、例えば、秘密保持条項や独占交渉条項、準拠法・裁判管轄など、交渉により部分的にbinding化(法的拘束力あり)することもあります。市場性を裏付ける証拠となり、補助金申請や資金調達の際に信頼を高められます。
  • MOU(Memorandum of Understanding) LOIの一歩先に位置づけられる基本合意書です。LOIが「買う意思を示す」書類であるのに対し、MOUは「一緒に取り組む」ための方向性を整理する文書として扱われます。商用契約やジョイントベンチャー設立など、本格的な協業へ移行する際の橋渡しとして機能します。
  • JDA(Joint Development Agreement) / Term Sheet MOUを経て、共同開発や資本提携の条件を明文化する段階です。JDAは共同開発契約として、技術の範囲・役割分担・知財の帰属・成果物の取り扱いを詳細に定めます。一方、Term Sheetは投資やライセンス契約における主要条件をまとめた文書です。基本的には法的拘束力を伴うケースが多く、後続の本契約へと直結する実務上の合意を形成します。一方、法的拘束力を持たせたくない場合は、Term Sheet全体について、「法的拘束力を有しない」旨を記載したり、CP(Condition Precedent)条件として、特定の要件が満たされた場合にのみ法的拘束力を発生させる仕組みを採用したり、解除条件を設定して、想定外の事象が生じた場合には一定期間内に契約を解除できる条項を盛り込むことも可能です。
  • 商用契約(Commercial / Offtake Agreement) 実証や交渉を経た最終段階で、製品やサービスの取引条件を正式に定める契約です。数量・価格・納期・知財・保証範囲などが明文化され、法的拘束力を持ちます。特にエネルギーや素材分野では、オフテイク契約(引取契約:offtake agreement)として締結されるケースも多く、供給側にとっての安定収益と、需要側にとっての技術確保を同時に実現します。

以下に概要と主な取得の目安時期、記載事項をまとめました。資料作りの際にお役立てください。

2. 各種締結に向けて、今日から準備できること

各々を実行する上で共通して重要なことを、私たちの投資先の協力も得ながら以下にまとめました。

Step 1:スペックシートの作成

「このスペック(仕様・性能・条件)が満たされれば、将来共同開発や購買を検討する」という相手側の合意を得るための、技術とビジネスをつなぐ共通言語となる資料です。特にPoC契約、LOI、MOUなど、初期ステージにおける契約の土台となります。また協業提案に加えて、補助金申請・投資家説明など高い再利用価値があります。

主な記載内容:技術仕様、機能、性能指標、開発ロードマップ、検証項目、知財方針など

Step 2:契約推進を担う人材の採用・組織体制の構築

契約や協業を進めるには、技術だけでなく利害調整と交渉を進める力を持つ「人材」が不可欠です。CTOが技術・研究を担う一方で、事業開発(BD)/アライアンス担当が契約を前に進める責任者として機能する体制を早期に整えましょう。

活躍しやすい経験:多様な関係者との利害調整、現場主導の合意形成(営業・事業開発・海外拠点での交渉など)、契約交渉/基本合意/法務調整を自走できるスキル

Step 3:公的機関の活用

不確実性の高いアーリーステージでは、「第三者からの信頼性の確保」も鍵となります。NEDO、JETRO、内閣府や各省庁等、公的支援機関のプログラム参加や大型補助金の獲得を目指しましょう。補助金獲得に向けた戦略は、過去記事「ディープテックスタートアップにおける『補助金』活用戦略」も併せてご参照ください。

Step 4:企業との接点を創る

パートナーと出会うための代表的な手段は以下の通りです。

  • 国内外の学会・展示会・スタートアップ関連プログラム(適用先に直接訴求できる場)
  • オンラインプラットフォーム(例:STORIUM など)

STORIUMは、スタートアップ・投資家・事業会社・地方自治体などが“共創”を目的に出会う登録審査制のプラットフォームを運営しており、研究成果の事業化を検討する際、初期段階から顧客やパートナー候補となり得る数多くの企業が参加しています。

3. 最後に

本稿では、ディープテックスタートアップにおいて「技術の成熟(TRL)」に加え、早期から「市場受容(ARL)」を高める重要性と具体策を整理しました。

また、契約は企業間で交わされるものですが、最終的にその合意を動かすのは「組織の中の人と人」です。本記事の作成にあたり、投資先の起業家より「技術力や資金力だけでなく、誠実さ・透明性・相互尊重といった姿勢こそが推進力になる」との声を多くいただきました。

私たちジェネシア・ベンチャーズは、投資活動を「資本」だけでなく「伴走」と捉えています。スキルや知見の支援はもちろん、人としての成長と誠実なパートナーシップを重視し、投資先・支援先の皆さまとともに価値ある未来を創っていきます。

感謝とお願い

最後までお読みいただき、ありがとうございました。もし本稿に対してご意見やご関心、ご一緒できそうなテーマなどがあれば、ぜひご連絡ください。心よりお待ちしております。

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