
ベトナムにおける、スタートアップのためのIPO戦略|Orbit Workshop
ジェネシア・ベンチャーズのベトナムチームでは、投資先の皆さんやスタートアップを志す皆さん向けに、クロスボーダーで投資と経営支援を行うベンチャーキャピタルとして、スタートアップに関するナレッジの共有やリレーション構築を目的に、さまざまなイベントを開催しています。
『Orbit Workshop』は、私たちのネットワークに属するスタートアップの起業家・創業者をはじめとしたプレイヤーから、重要な経験と知見をご紹介いただく機会として定期的に開催しているイベントです。
2025年10月31日には、Orbit Workshop「ベトナムのスタートアップ向けIPO戦略」を開催しました。ゲストスピーカーに、VinaCapital Groupの副マネージングディレクターであるDuy Le氏(以下:Duy Le)をお迎えしたトークセッションでは、「スタートアップが事業・組織をグロースさせ、株式公開/IPOに至るために必要なこと」をテーマに、事業戦略、財務、ガバナンス、資本市場の動向などに関する実践的なロードマップを提示していただきました。本レポートはそのダイジェスト版です。
- モデレーター:ジェネシア・ベンチャーズ Country Director of Vietnam Hoàng Thị Kim Dzung(ホァンティキムズン)
- 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Operation and Community Manager Vo Thanh Truc(ボー・タン・チュック)、Relationship Manager 吉田 愛
スタートアップにとって、IPOは”最終的な目標”か
Zun: 多くの起業家が、最終的な目標としてIPOを挙げますが、Duy Leさんはどうお考えですか?
Duy Le: IPOはゴールではなく、企業にとって全く新しい章の始まりです。IPO後の企業は、それまでとはすべてが変わってしまうと言っても過言ではありません。法令遵守はより厳しくなりますし、情報開示が日常的なものになり、投資家向けの広報活動(IR)に多大な時間がかかるようになります。また、スタートアップの小規模なチームは、組織化された上場企業としての体制へと移行しなければなりません。ステークホルダーからの要求も期待も高まります。ですから、IPOとは「小規模な非上場企業」が「公的な責任ある企業」へと進化する瞬間であり、新しい旅の始まりだと言えます。

ベトナムのスタートアップはどこでIPOすべきか
Zun: IPOはあくまで通過点であり最終目的地ではないとしたら、起業家はIPOする市場をどのように選ぶべきでしょうか?ベトナム国内か、もしくは海外か。それぞれのメリットとデメリットは何でしょうか?
Duy Le: それぞれにメリットと課題があります。過去10年間をみると、ユニコーン企業も海外市場でのIPOを希望してきましたが、実際にはベトナムのスタートアップで本格的なグローバルIPOを実現した企業はありません。VinFastのNASDAQ上場でさえ、資金調達目的というよりは専門家向けのIPOであったため、流動性は低く、新たな資金を調達することはできませんでした。
一方、国内で上場するということは、スタートアップが法律や規制環境を理解しているということであり、また、投資家コミュニティもスタートアップのビジネスをより深く理解してくれるでしょう。欠点は、ベトナムの現行規制がスタートアップにとって非常に厳しいことです。HOSE[*1]は、2年連続の黒字、ROE5%以上、最低定款資本3,000億ベトナムドン、そして幅広い株主基盤を条件としています。そのため、多くのスタートアップは、よりアクセスしやすい市場としてUPCoM[*2]に目を向けています。
[*1] HOSE: Ho Chi Minh Stock Exchange|ホーチミン証券取引所
[*2] UPCoM: Unlisted Public Company Market|ベトナムの未上場公開株取引市場
ベトナムのテックスタートアップのIPOが少ない理由
Zun: 過去10年間を振り返ると、ベトナムのテックスタートアップのIPOは非常に少なかったです。これは、ベトナムの資本市場が十分に成熟していないからでしょうか、それともスタートアップ自体の準備ができていないからでしょうか?
Duy Le: 両方の要因が考えられます。未だにスタートアップへの規制が厳しすぎますし、ベトナムの多くのテックスタートアップもまだ持続可能なビジネスモデルを構築できていません。規制対応への努力に見合うだけのIPOを行うには、スタートアップの時価総額は少なくとも5-6億ドルに達する必要があります。また、IPOの準備には2‐3年という時間も、弁護士やコンサルタント、企業再編、ロードショーなどの莫大な費用やリソースもかかります。
しかし、それらを凌ぐ決定的な要因は「流動性」です。アンカー投資家(発行済み株式の過半数を購入する意思のある大手機関投資家)なしでIPOした場合、株式は取引されず、そのIPOは事実上失敗に終わります。流動性がなければ、IPOは意味をなさないのです。

スタートアップが活況の中、IPO戦略にも変化はあるか
Zun: ベトナムのスタートアップを取り巻く環境は、かつてないほど活況を呈していると思います。新たな政策、新たなプログラム、スタートアップの取締役会の基準に関する議論さえ行われています。環境の変化に伴って、IPO戦略も変化していると思われますか?
Duy Le: 非常に有望な局面に入りつつあると思います。決議第68号[*3]は、大規模な税制優遇措置や研究開発費控除を導入し、ホーチミン市とダナンに国際金融センターを設立することを目指しています。ベトナムの株式市場の流動性も、今や東南アジアで最も高く、一日あたり10-20億ドルの取引が行われています。国内外の投資家の注目も集まっています。
しかし、どれほど優れた政策があっても、重要な点は変わりません。強固な経営基盤、透明性、そして優れたガバナンスを備えた企業だけが、真の資本を引き付けることができるのです。
[*3] 決議第68号: ベトナムの民間経済の発展を国家戦略の中心に据え、経済活性化と成長加速を目指す政策
ベトナムは、日本 / インド / インドネシアから何を学べるか
Zun: 日本やインド、インドネシアでは、スタートアップは収益を上げていない段階でもIPOできます。ベトナムはこれらの市場からどのようなことを学べるでしょうか?
Duy Le: 各国には、異なる投資家層向けに設計された複数の取引所があります。米国では、一般投資家向けのNYSEと、テクノロジー企業にもオープンなNASDAQです。日本には成長企業向けの市場、インドにも中小企業向けの取引所があります。
重要なのは、投資家の資格を厳格にすべきだという点です。スタートアップ投資は本質的にハイリスクです。したがって、仮にベトナムがスタートアップに特化した取引所を設立する場合、IPOの条件はより柔軟にする必要がありますが、投資リスクを理解している経験豊富な投資家のみに参加を制限すべきです。

IPO準備における、スタートアップの真の「成功要因」とは
Zun: IPO準備において最も重要な要素を挙げるとしたら、何でしょうか?
Duy Le: 第一に挙げられるのは、常に「キャッシュフロー」です。収益と利益は短期的には調整可能ですが、キャッシュフローは嘘をつきません。ビジネスが真に健全であるかどうかを示すものです。第二に「創業チーム」です。優秀な共同創業者同士で、互いに補完し合えるチームが必要です。一人のカリスマだけでは不十分です。World Mobile Group (Thế Giới Di Động) はその好例で、明確な責任分担を持つ強力な創業チームによって、長期的な持続可能性を実現しています。第三に「ガバナンス」です。透明性のある財務状況、統一された帳簿、二重会計の排除、国際基準に基づいた報告体制などです。これらは通常、シリーズB-C以降にプライベートエクイティファンドが参入してくると形作られていきます。
スタートアップはいつからガバナンスに着目すべきか
Zun: 初期のスタートアップは、プロダクト開発、採用・組織創り、カスタマーサポート、資金調達などで多忙を極めます。これらのスピードを落とさずに、IPOを視野に入れたガバナンス体制の構築に取り組むにはどうすればいいでしょうか?
Duy Le: アーリーステージで起業家がリソースの80%をプロダクト開発に投入するのはごく当たり前のことです。通常、シリーズB-Cに到達すると、プライベートエクイティファンドが介入し、ガバナンスの構築を支援します。彼らは、人事、財務、物流、マーケティングの専門家を招聘し、オペレーションを最適化し、将来のIPOやM&Aに備えます。このプロセスにより、起業家が予想する以上に早く、IPOへの体制が構築されていきます。

ベトナムのスタートアップにとって、IPO以外のEXIT戦略とは
Zun: さまざまな要因により、IPOが厳しい場合、現実的な代替案は何でしょうか?
Duy Le: IPOは一つのルートに過ぎません。戦略的な売却も、同様に強力な手段です。独Rocket Internetは、自分たちが立ち上げたスタートアップをグローバル企業に売却しています。東南アジアでは、LazadaをAlibabaに売却したのが有名ですよね。創業者は、目的— 「経営権を保持しながら資金調達を行うためのIPO」を目指すのか、「売却による完全なEXIT」を目指すのかを明確にしておく必要があります。戦略は、その方向性に完全に依存します。
UPCoMは本当にHOSEへの効果的な滑走路となるか
Zun: 今、多くのスタートアップがHOSEへの準備段階としてUPCoMを選択しています。これは賢明な戦略だと思いますか?
Duy Le: そう思います。ただし、既にHOSEへのIPO準備が70-80%整っている場合に限ります。UPCoMは、企業に2-3年の期間を与え、開示要件の理解、投資家の信頼構築、アナリストからの認知度向上を課します。一度このプロセスに参加してしまうと、退くのは非常に困難になりますから、着実に前進し続けられるよう、万全を期さなければなりません。
UPCoMにIPOする「適切なタイミング」はいつか
Zun: スタートアップがUPCoMを選択する「適切なタイミング」とはいつでしょうか?
Duy Le: 安定した成長を遂げ、明確な収益性を確保し、HOSEのチェックリストをほぼ完了したといです。その状態まで達すれば、UPCoMは滑走路となります。つまり、HOSEに移行する際には、既に市場がそのスタートアップのことを知っているように準備するのです。

まとめ
IPOはゴールではなく、マイルストーンです。そのマイルストーンをクリアするには、事前の準備(経営体制はもちろんのこと、信頼獲得や認知獲得まで)が非常に重要になります。そのプロセスを経ることにより、スタートアップは、変化し続ける資本市場においても明確なビジョンと目的意識を持って事業を展開できるようになります。
Orbit Workshopはこれからも、起業家とスタートアップのさらなる成長のための準備を支援します。
※これは、2025年11月25日時点の情報です


