自分以上の誰かに出会えるか。そして、受け入れられるか|HOKUTO 五十嵐 北斗
ジェネシア・ベンチャーズがスタートアップ起業家に向けて立てた、『10の問い』。
本稿では『採用』というテーマで、株式会社HOKUTOの代表取締役会長である五十嵐北斗さんにお話を伺いました。
- 自分の時間を優先順位高く仲間探しに投資できているか?
- 現職中/転職活動中を問わず、自分が仲間にしたいリストをアップデートし続け、自ら積極的にアプローチできているか?
という問いへの、北斗さんの回答は―?
「人との信頼関係をつくる」強みだけを伸ばすという意志決定
経営者のトッププライオリティだと言葉では認識していても、実際に五十嵐さんほど「採用」にコミットしている経営者はとても少ないと思っています。そこでまずは、五十嵐さんがご自身のミッションとして「採用」の優先度を上げられている理由や想いをお伺いできますか?
昔は違ったんです。自分が一番優秀だと勘違いしていた時期もありましたし、何でも自分で対応するのが一番早いと思っていました。でも、仲間が数人入社してきたタイミングで、自分が想像していたよりも会社の成長角度が上がっていることを実感したんです。それで、仲間に頼った方が効率的だと気付きました。
創業からどれくらいのタイミングですか?
3-4年経った頃だと思います。それまでは、自分が一番事業のことをわかっているし顧客解像度も高かったので、ある程度は自分自身が中心になって経営をした方がいいと考えていました。そこに、医師の山下(現・株式会社HOKUTO 代表取締役社長 山下 颯太氏)が入ってきて、戦略や現場の解像度がさらに高まり、HOKUTO全体の経営力が大きく向上しました。実際にそんな経験をしたことが大きなブレークスルーポイントになりました。それで、自分は『採用』に力点を置くべきだと考えたのが、一つ目のきっかけです。二つ目は、その意思決定の裏づけになる情報があったことです。私は20歳で学生起業したので、経営の経験はもう10年くらいになりますが、自分と境遇の近い学生起業家が30歳前後までに上場させた会社とその経緯を細かく調べたことがあります。そのリサーチの中で、そういった会社が上場後にずっと成長し続けているかというと必ずしもそうではなくて、大体が組織の課題でつまずいているということがわかりました。ある程度の規模まではそのマーケットのGrowthスピードに合わせて事業も伸びますが、上場してGrowthが止まると、それまでしっかりと設計されていなかった組織の課題が浮き彫りになってきて、インセンティブが弱くなり中心メンバーがどんどん辞め、二個目以降の事業が立ち上がらない・・というような会社がたくさんあると気付きました。逆に、伸び続けている会社は未上場のときから組織づくりにリソースを投下している傾向がある。この話は自分の中でかなり確信めいています。しかも、弊社が参入した医療市場は、既に多くの優れた企業が存在しており、質の高い人材が集まる厳しい環境です。そうすると、自分が採用に向き合わないまま上場して、その先もずっと成長できるかというと、その確率は非常に低いなと。だったら自分は違う戦い方をしようということで、ミッションを完全に採用に振り切ったという経緯があります。
本質的に、企業価値を最大化させたりそれを長く持続させるために最適なフォーメーションとして、自分のリソースを採用に振り切ろうと考えたんですね。五十嵐さんの、人と信頼関係をつくるコミュニケーション能力はたしかに図抜けていると思いますが、元々の素質や性格みたいなものなんでしょうか?
おそらくは。10年近い経営の経験の中で、自分が得意なことは何なのかとずっと考えてきましたが、やっぱり人を巻き込むことなのかなと思っています。その力だけを抽出して磨けば、それなりの武器になるんじゃないかと。例えば採用に10年取り組んだら、その分のサンプルが溜まっていきますよね。創業期は学生だったので、同世代の友達の友達くらいにしかリーチできなかったところから、年を重ねたり会社が大きくなったりするにつれて、働き盛りの20-30代の人たちだったり、ひいては一回りも二回りの年上の人たちだったりにも「一緒に大きなことをしませんか?」と声を掛けられるというようにパターンが増えてきています。
元々強みだったところに経験が積み重なって、どんどんレバレッジが効いて、すごく強い武器になっていくイメージですね。
そうですね。投資家を巻き込むのも同じです。相手に「いいな」と思ってもらってコミットしてもらう、その能力だけを磨いている感じです。
紹介者との関係づくりを重視して、日頃から徳を積んでおく
組織のフェーズによって、巻き込みたい対象も変化すると思うんですが、人を巻き込むという点で共通して意識されていることはありますか?
相手がどういうキャリア観を持っていて、何が不足しているから転職を考えているのか、そのことをしっかりと聴くようにしています。調子に乗っていると自分の会社がいかに魅力的なのかということにフォーカスした話ばかりしてしまう。優秀な人であればあるほど、魅力的な提案を受ける機会は多々あるので、そうではなくて、相手の話をたくさん聴きます。
一緒に課題解決をするというイメージですか?
例えば、今は転職する気が全くないという人に対しては「今の会社でどうなったら一段落つくと思いますか?」と訊きます。例えば、上場だったりM&AのPMIだったりが終わったらという返答があったら、大体二年後くらいかなってわかるじゃないですか。ただ、二年後にはその人も責任ある立場になっているだろうから、取引先や社員との関係性もあって、明日辞めるとは言えない。そうすると、大体その半年や一年くらい前から会社を離れる準備を始めると思うんです。転職意思が生まれたそのタイミングに、候補者がHOKUTOを魅力的な選択肢の一つとして自然と想起していただけるよう、日頃からの関係構築を大切にしています。大体そういった方の転職先候補は三つや四つくらいです。エージェントから何十社も紹介を受けてチェックリストをつけて・・なんてことはしない。声を掛けてもらった数社の中から、ご縁で~みたいな感じで決めるケースが多いと思います。その選択肢に入ることがマスト。あとは確率論です。候補が四社だとすると、選ばれる確率は25%。これを四回実行すれば、一人は採用できる。
その候補者の方々をどう管理しているんですか?リストみたいなものがあるんでしょうか?
あります。加えて、私がすごく大事にしているのは、紹介者との関係づくりです。自分の大事な人や切磋琢磨して頑張ってきた同期に転職先を紹介するのって、けっこう勇気がいるというか重たい行為だと思うんです。人材紹介会社の転職フィーを見れば、数百万円の価値があることなわけです。それを無料でしてくれってお願いしてるわけですから、普通は嫌じゃないですか。なので、日頃から、自分に信頼を寄せてもらえるよう、相手にとって有益な情報提供や具体的な支援を惜しまない姿勢を心がけています。やっぱり徳の高い人の周りに人が集まりますから、自分からのGiveをまずは積み上げるようにしています。「紹介してくださいカード」は本当に最後の切り札。さらには、その切り札を使わなくても自然と大事な人を紹介してもらえるようになることが、究極のリファラル採用だと思っています。
Giveから得た情報やネットワークを経営に活かす装置をつくる
五十嵐さんの日々の時間の使い方をお伺いしてもいいですか?
詳細は控えますが、私のリソースはほとんど、人にGiveすることに使っています。後輩でも先輩でも関係なく相談を受けたら可能な範囲で全部に応えますし、飲み会も全部行きますし、できるだけ幹事をしたり、誘われることも多いですがこちらから積極的に人を誘って話をしたりと、とにかく常にそういう一見手間のかかるようなことをしています。そうして情報やネットワークを集めて、経営に活かす装置づくりをずっとしている感じです。
頭では理解できても、実際にできる人がどれだけいるかというアクションですね。
ほとんどの経営者が、自分の会社の利益を最大化するROIのあるところに自分の時間を使いますよね。でも、自分の会社のことしか考えていない人を手伝いたいとか助けたいって思わなくないですか?世の中は「何かしてもらったから返そう」という風にできているじゃないですか。
その考え方はラーニングして会得したものなんですか?
しっかりと考えたことはないんですが・・たぶん、ピボット前の事業がボロボロになってどうしようもない状況だったときに、それまで自分がいい関係を築いてきた人たちに支えてもらって持ち直すことができた、その経験が影響していると思います。少しずつ積み重ねられていた信用によって、なんとかなってきた感覚があるので、信頼はやっぱり日頃から貯めておかないとと考えているんだと思います。
会社は変化する。だから、社長も経営チームも変化してしかるべき
現在、五十嵐さんは会長職になり、共同代表体制を採っていますよね。先ほども話題に挙がりましたが、やっぱりHOKUTOのキーパーソンになっているのが、現役の医師であり社長に就任した山下さんだと思います。彼との出会いから採用、そして今に至るまでの経緯について教えてください。
最初のきっかけは、HOKUTOの事業リサーチのために全国の研修医にヒアリングをする中で、山下の研修医時代の後輩と私が知り合って、後輩の彼がHOKUTOに惚れ込んで会社に出資してくれたことです。それを聞いた山下が「それ詐欺じゃないか・・?」と疑って、出資金を取り返してやろうという主旨で三者面談の席が設けられたんです。開始早々、喧嘩腰の山下から質問が矢継ぎ早に飛んできました。その会は夜8:00から朝3:00まで続きました。また、翌日の朝6:00くらいからLINEで質問責め。そんなことを続けていたら彼も楽しくなってきちゃったみたいで、ミイラ取りがミイラになったって感じですね。
山下さんの筋の良さみたいなものはいつ頃から感じていたんですか?
私も今までかなりの数の人たちに会ってきましたが、山下はとにかく、好奇心の強さみたいなものが頭抜けていました。最初は一方的な質問に答えているだけだったのですが、彼を巻き込もうと決めたきっかけとタイミングは明確に覚えています。初めて会ったのが12月の中旬くらいだったのですが、その年末、私は実家で年越しそばを食べて早めに寝ちゃったんです。日付が変わって新年を迎えて、夜中の2時くらいに起きてLINEを見たら、山下から「あけましておめでとうございます。このサービス知ってますか?私はこう思うんですけどーー」というLINEが来ていて・・さすがに普通じゃないと思いました。他人の会社や事業のことにここまでのめり込めるのかと。そんな人をもう巻き込まない理由がないなと思いました。
山下さんがジョインしてから、会長・社長体制になるまではどれくらいでしたか?
4年くらいです。
HOKUTOのフェーズ(シリーズA後 )ではかなり早く、そして重要な意思決定ですよね。その経緯を聞いてもいいですか?
非常に難しいところですが、端的に言うと、会社のフェーズも少しずつ変わってきていたので、経営チームに必要なケイパビリティも変わってきていたということだと思います。私の特技は人を巻き込みながらいろいろな情報を集めてきてプロダクトに落とし込むというところで、山下はどちらかというと仮説を立てて逆算的に答えを掘り下げていくタイプ。そもそも発達している筋肉が全く違うんです。その組み合わせで経営チームって成り立つと思うんですが、会社のフェーズによって、そのときに必要な筋肉っていうのがあるじゃないですか。その点、今のHOKUTOは山下の筋肉をより多く使った方がうまくいくと考えました。スタートアップって、創業者が0から100までを全部やり切ることが良しとされているというか、その生きざまに皆が賭ける、みたいな世界線で語られがちだと思うんですが、私はどちらかというと、会社のフェーズによって最適な経営チームや会社の座組みがあって然るべきというか、むしろ変化できる会社の方が強いだろうという経営思想なんです。
五十嵐さんは、遠くを見ていますよね。会社が長く価値を発揮していくためにはどうするのが最適か、という視点ですよね。
ビジネス書に出てくるような経営者はたしかに一代ですべてを築き上げたりしていて、それを“起業家から経営者への進化”なんて呼ぶ人もいますが、ほとんどの人は進化できないんです。だからそういう人たちが目立つわけです。でも、起業家が進化できなかったら会社は潰れるかというとそうではなくて、進化しないなりに座組みを変えればいい。会社を30%成長させるために人間も同じように30%成長するなんて無理です。だから、力を合わせて会社を経営するんじゃないですか。特にスタートアップは、一人じゃできないスケールの実現を目指す組織であるはずです。
たった一人の行動でも組織の構造は乱れるからこそ、Do / Don’tまで明確に
五十嵐さんは経営層だけでなく、メンバーの採用も全て見られているんですか?
はい、面接も全て入っています。
採用の場で見ているポイントや基準にはどんなものがありますか?
職種にもよりますが、共通して見ているのはやっぱりカルチャーフィットです。他の会社では合わないけどうちではフィットするって人もけっこういるんです。例えば、うちはフルリモートで、できるだけ会議は減らしてテキストでコミュニケーションしようという思想なんです。電話もZoomも極力使わない。そうなると、対面で会って雑談してモチベーションを上げるというタイプの人とはめちゃくちゃ相性が悪いです。あとは、とりあえずやってみようというタイプの人も全く合わない。スタートアップって、手数は多い方がいいとか手数が多い人がたくさんいる方がいいという思想の会社が多いと思うんですが、うちは真逆です。「何のためにそれをするか?」を明確に答えられないなんてことはナシですし、そもそもそんな問いが出ようもない構造をつくっています。
ValuesだけでなくDo / Don’t(推奨される行動とそうでない行動)も明確に定められていますよね。あれを見ると、候補者側でもHOKUTOとのマッチ度のイメージがつきやすそうです。
例えば「何のためにそれをするか?」を明確に答えられないなど、たった一人でも組織の基準に合わない行動をする人が入ってきてしまうと構造が破綻するので、ああいった思想の掲示でもフィルタリングしています。
フルリモートはどの程度のレベルで実施されているんですか?
オフラインで集まるのは年に二回の全社総会だけです。メンバーは全国に散らばっていて、さすがに顔も知らない人と一緒に仕事をするのはきついと思うので、半年に一回はメンバー同士の相互理解のために場を設けています。以前は夏と冬に集まっていたんですが、「そのシーズンである理由は何ですか?」とメンバーからコメントがあって、たしかに12月は飛行機もホテルも高いしお店も予約が取れないから、目的に照らし合わせると、混み合わないシーズンで、昼間に開催しようということになり、今は5月と11月の日中に三時間程度で集まる設計になっています。
目的志向が徹底されていますね。組織はどんな雰囲気なんですか?
目的志向という点も含めて、共通言語が同じメンバーばかりなので、いい雰囲気だと思います。
人生において、他人を信じられるか、それとも自分だけを信じるのか
さて、ここまで本当にいろいろなエッセンスをお伺いしてきましたが、最後に改めて「採用」という今回のインタビューテーマに回帰して、五十嵐さんなりに重要だと考えることを教えていただけますか?
経営者が自分のミッションを「採用」に振り切るという意志決定には、大きな成功体験が必要だという点が難しいところです。一つ目の条件は、自分よりも圧倒的に優秀な人を採用し、その結果として会社が大きく成長するという経験をすることです。もう一つは、それを恒常的に受け入れられる勇気が経営者にあるかどうか。自分よりも強い人が入ってくると、それまで自分が支配していたものが支配しづらくなって、エゴも出しづらくなります。それを受け入れてでも会社を大きくしたいと思えるかどうか。この二つがすごく重要だと思います。
ほとんどの人に一つ目の経験がなかなかないですし、二つともハードルは高いように感じます。この記事を読んでくださった方がすぐに実践できそうなことはあるでしょうか?
採用アクションにおいて私が意識しているのは、「マーケットの中で一番いい人」を採用するということです。見えている範囲の採れそうなところから採る、ではなくて、見えていないかもしれない範囲も含めてリーチして一番いい人を採る、ということです。一流の企業でトップレベルまでパフォーマンスを出した人は、やっぱり同じようにトップレベルの人たちと仕事をしてきているので、そういう人を見極められます。リファレンスも取りやすい。逆に、そのような世界が全く見えていなければ、優秀な人材層にアクセスする機会を永続的に失う可能性があります。このあたりは、いい意味でも悪い意味でもネットワーク効果が働くので、私はそのあたりをカバーするために、いわゆる“優秀な人”には積極的に会いに行って話をして、そういう人たちの共通項を言語化しています。
「採用」というミッションを達成するためのそうしたアクションはもちろんのこと、振り返ると、やっぱり五十嵐さんの採用においては「信頼」がキーワードである気もしました。紹介者との信頼関係、候補者との信頼関係、入社して仲間になってからの信頼関係など。経営者の悩みの一つに「権限移譲」というテーマもよく挙がります。自分が持っている権限を渡してしまうことで自分の居場所がなくなってしまうような焦りや嫉妬を感じるという話です。
人生において、他人を強く信じるか、それとも自分を強く信じるのか。その両者には大きな違いがあると思います。多くの経営者は自分に一番賭けている。それはそれで一つの考え方だと思います。株の保有比率やSOの設計なんかに表れますよね。他の誰よりも自分の判断が最終的には正しいと思っているわけです。でも、私の場合は全くそう思っていません。その都度異なるテーマに最適な答えを出せるプロフェッショナルがいると考えています。
そういう経営者は珍しいかもしれないですね。
自分を過信しないよう心がけていると言った方が正しいかもしれません。自分の能力の限界をわかっている。だからこそ、私は自分より優れた能力を持つ人たちと協力して、組織の成長とミッションの実現を目指していきたいと考えています。
※こちらは、2024年12月3日時点の情報です
- インタビュアー:ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager 黒崎 直樹、PR Specialist 李 彩玲
- 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Relationship Manager 吉田 愛
- 写真、デザイン:尾上 恭大さん、割石 裕太さん