
不確実性の高い挑戦によって、自分への「与信」を積み重ねる努力を|ジェネシア・ベンチャーズ 田島 聡一
ジェネシア・ベンチャーズがスタートアップ起業家に向けて立てた『10の問い』。
本稿では『心の持ち方・マインドセット・考え方』というテーマで、当社ジェネシア・ベンチャーズの代表取締役 / General Partnerである田島さんにお話を伺いました。

- 短期と長期 / 量と質 / 具体と抽象、どちらか一方に偏るのではなく両者を止揚させるマインドを大切にできているか?
- 仲間や顧客の幸せ・成功を常に意識した発言・行動を実践できているか?
という問いへの、田島さんの回答はー?
- 目次
- 人を変えることはできないからこそ、人が”追いたくなる背中”であり続ける
- “相手の成功のために”、出会いやコラボレーションを増やすアクションを
- 不確実性の高いチャレンジに際して、自分を支えたのは”自分への「与信」”
- 事業を成功に導く起業家の多くは、自身のミッション=仲間集めだと認識している
- 情報を、点→線→面へと結びつけ展開することで、成長角度に大きな差がつく
- AI時代の組織創りに必要なのは、「不確実性への向き合い」と「EQの高さ」
人を変えることはできないからこそ、人が”追いたくなる背中”であり続ける
今回のゲストは、我らがジェネシア・ベンチャーズの田島さん。田島さんには、スタートアップ経営における『心の持ち方・マインドセット・考え方』をテーマにお話を聞きたいと思います。前半は“VCを立ち上げた一人の起業家”としての田島さん、後半は“何百社というスタートアップの立ち上げに伴走してきたベンチャーキャピタリスト”としての田島さんの視点をお伺いします。早速ですが、田島さんが独立してジェネシア・ベンチャーズを立ち上げてからのこの9年の間に、田島さんご自身のマインドセットはどのように変化してきましたか?影響を与えたイベントやマイルストーンなどがあれば併せて教えてください。
イベントといえば、やはりファンドの立ち上げでしょうか。1-3号ファンドそれぞれの立ち上げのタイミングで、意識的に大きくマインドセットを切り替えてきました。2016年に組成した1号ファンドでは、「田島個人として勝つ」ことを強く意識しました。まずは私自身が圧倒的に成果を出して、次のファンド組成に繋げることです。そして、2019年に組成した2号ファンドのテーマは「チームで勝つ」こと。田島個人の成果よりもチームとしての成果。GPとメンバーのペア制を導入(ジェネシアでは、投資先一社に対してGPとメンバーがペアで伴走します)したり、チームでナレッジをシェアし合う仕組みを作ったりしました。さらに、3号ファンドからは「ジェネシアのメンバーが活躍するステージを広げる」ことを意識しています。個人では集められない数の観客も、チームでなら集められる状態ー つまりジェネシアのメンバーが相乗効果を生み出しあうことで、チームとして何十倍も何百倍も大きなことに取り組める、そんな状態を目指しています。
とはいえ、VCという仕事は“個”が強いことが大前提でもあります。そんな中で田島さんが「チームで勝つ」ことを意識し始めた理由やきっかけはあったんでしょうか?
自分が現役の間だけ活動するVCを創りたいのか、自分がいなくても長く続くVCを創りたいのかと考えたときに、私は後者を選ぼうと思いました。せっかくこの世に生まれたのだから、後世に大きな足跡を残してこの世を去りたいなと。それも、田島聡一という名前ではなくて、イノベーションやインパクトを生み続けるエンジンのようなものを残したいと。ジェネシアの価値=田島の価値ではなく、ジェネシアの価値=企業(チーム)の価値、である方が規模が大きいですよね。
組織・チームとしては、1号ファンド時点で5‐6人、2号ファンド時点で10人強、現在の3号ファンド時点で20人を超える組織になっていますが、それぞれの時点でメンバーとの接し方や発信するメッセージなどを切り替えたりはしましたか?
コミュニケーションについては、常に悩みながら試行錯誤していますし、多層なグラデーションが存在すると考えています。「個人の成果」から「チームの成果」へ、「チームの成果」から「チームメンバー一人一人のポテンシャルを最大化するステージの拡大へ」と私の掲げるテーマは変わってきていますが、人を変えることはできない。だから私がすべきは、ジェネシアのメンバーが心から実現したいと思える未来像を描き続けることと、ジェネシアのメンバーから見て”追いたい背中”であり続けることだけかなと思っています。

“相手の成功のために”、出会いやコラボレーションを増やすアクションを
田島さんは、自分の利益や心地よさのためではなく、とことん”相手の成功のため”に伴走するという姿勢を徹底されていると感じます。そのためなら、時には厳しいコミュニケーションも厭わない。そんな姿を何度も近くで見てきました。それはどんなマインドセットから来るアクションで、どう維持・徹底されているのでしょうか?
例えば自分に置き換えて考えてみると、私の成長のことを心から考えてくれているんだなと感じる人の言葉はすごく響くじゃないですか。でも、一方的な要望だとか勝手な期待などの相手主体のコミュニケーションは全く響かないもの。だから私も、相手の立場に立ち、その成功のためにどうあるべきか、ということを常に念頭に置いてコミュニケーションすることを心がけています。たしかに時には波風が立つこともあります。でも、私たちの方が数多くの事例を知っているからこそ俯瞰的に見えていることもあり、相手の成長のために意識・実践すべきことがあるのに言わないというのも誠実じゃないと思うんです。意識しているのは、「こうすべき」ではなく、「私はこう思う」「私があなたの立場だったらこうすると思う」という伝え方をすること。相手の立場に憑依する意識みたいなものは、自分の中でかなり癖づいています。ただ、そこでも相手への期待値を限りなくプラスマイナスゼロに近づけ、自分自身をフラットに保つことを意識するようにしています。
”相手の成功のために”ということや”フラット”さというマインドセットは、ジェネシアがミッションに掲げる『産業創造プラットフォーム』にも表れている気がします。このプラットフォーム構想はそもそもどのように着想したのですか?

イノベーションはその多くが一期一会から始まるので、前職のサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル、以下:「CAV」と表記)時代から、起業家と投資家はもちろん、起業家と大企業だったり起業家と起業家だったり、いろいろな出会いの機会をつくることを意識してきました。今思えば、それは私個人による『産業創造プラットフォーム』をつくる取り組みだったんです。それを業界や企業の垣根や役割を超えて、より大きな規模で取り組めたらイノベーションの総量をもっと増やせるんじゃないかという想いがあって、ジェネシアを創業した際のピッチデックやWEBサイトにもその思想を盛り込みました。多くの出会いやコラボレーションによってあらゆる人のポテンシャルが引き出され、より多くのアイデアやアクションが世の中に影響を与えていく。『産業創造プラットフォーム』という言葉は、そんな理想的な状態を目指すワードとしてずっと使っています。
ルーツは、前職時代に個人でつくろうしていた世界観なんですね。

前職時代、Makuakeやクラウドワークスの創業に関わらせてもらえた経験も大きかったです。どちらのプラットフォームも元々繋がりのなかったもの同士がインターネットを通じて繋がる仕組みで、結果的に人々のチャレンジの総量が増えた。それは自分の中で大きなやりがいだったし、成功体験になっています。現在ジェネシアグループのサービスとして私も立ち上げに関わっている『STORIUM』(株式会社グランストーリーとして開発・提供する、新産業創造プラットフォーム|田島さんもファウンダー兼取締役を務める)もベースとなる考え方は近く、スタートアップ・投資家・事業会社・地方自治体・アカデミアといったイノベーションを生み出すステークホルダー同士の最適な出会いや機会の最大化を実現していきたいと考えています。
難易度の高いチャレンジと言えば、2023年に日本ベンチャーキャピタル協会(以下「JVCA」と表記)の会長職に就いたのも、田島さんにとって大きな意思決定だったのではと思います。それ以降、マインドセットに変化はありましたか?
前会長であるインキュベイトファンドの赤浦さん(インキュベイトファンド 代表パートナー 赤浦 徹氏)が「“個々のファンド”ではなく、日本(がいかに強くなるか)が主語」「Japan as No.1を本気でつくる」とずっとおっしゃっていたんです。その迫力がすごく印象的で、私自身もそうした視座を継承したいし、何なら超えていくくらいの気概でチャレンジしたいと思うようになりました。会長職になってからは、会える人も触れる情報も圧倒的に増えましたし、しっかりと自分自身の成長にも成果にも繋げたいと思っています。

不確実性の高いチャレンジに際して、自分を支えたのは”自分への「与信」”
田島さんには、これまでマインドセットが揺らいだ時期などはありましたか?あったとしたら、それをどう認知してどう変えていきましたか?
それなりに経験が豊富になってくると、自分の経験を相手に伝えるウエイトがどんどん大きくなって、人の話をあまり聞かない状態になりがちです。コロナ禍の前の2019年くらいでしょうか。なんとなく、今の延長線だと早く自分自身の成長のトップラインを迎えそうだと感じて、危機感を持った時期がありました。そんなときに、愛さん(Relationship Managerの吉田 愛)がコーチングを勉強し始めたと聞いて、私も何かを得られるかもしれないという直感があり、スクールに通い始めました。実際に多くの気付きや学びがあって、自分との向き合い方のフロンティアが見えました。特に、私はそれまで自分の経験を人に伝える中で、”自分が知っている”ことで誰かを変えられると思っていた節がありました。でも、やっぱり人間は他人の作用によってなかなか変わるものではない。それまでもどこか自分の中でモヤモヤしていたのですが、人のことを変えようなんて傲慢というか、そもそも目指す方向性が違うんだということに本質的に気付けたのはすごく大きかったです。そうした気付きを得たことによって言葉や態度が変わり、相手との距離感や関係性がより心地いいものに変化しました。
自分自身の成長の限界について危機感を覚えたタイミングと、それを乗り越えたご経験があったんですね。一方、周囲や自分以外の他人が要因となるプレッシャーやハードシングスにぶつかったときにこう対応した、というご経験などはありますか?
銀行を辞めてサイバーエージェントに転職したときや、サイバーエージェントを辞めてジェネシアを創業したタイミングは、私の人生においてすごく大きな変曲点でした。どちらもすごく不確実な意思決定でしたが、そのときに私を支えたのは「自分なら絶対にやれる」という自分に対する「与信(信頼)」みたいなものだったと振り返っています。鶏と卵みたいな話ですが、自分に対する「与信」というのは、例えるならば何かの挑戦をするために借金し、それを成功させることで借金を返済するプロセスを経て積み重なっていくものであり、不確実性の高いチャレンジを通じ、失敗や成功を積み重ねる中ではじめて積みあがっていくものと思っています。私の場合は自分に対する与信が自分を支えてくれていると感じています。多くの場合、目に見えるプロダクトや実績がないタイミングで投資の意思決定をする必要があるシード投資も同じで、起業家が掲げるビジョンが、将来的に具体的な成果や形へと変わっていく可能性を確信し、そのプロセスを長期に亘って支援し続け、企業価値の最大化に至るまで伴走できるという自分自身に対しての信頼のようなものがなければ、既に市場で成功が証明されているものにしか投資できません。なぜなら、不確実な未来への変化を信じ、そのリスクを受け入れる確信が持てないからです。だからこそ、自分や自分たちだったら成功に繋げられるという、自分やチームに対する与信をどれだけ多く蓄積していけるかが全てだと思います。

事業を成功に導く起業家の多くは、自身のミッション=仲間集めだと認識している
ここまでは第一部として、起業家・経営者としての田島さんについて伺ってきましたが、ここからは第二部として、ベンチャーキャピタルのGPとしての田島さんにお話を聴きたいと思います。田島さんが考える、急成長する起業家に共通するマインドセットというものはありますか?
いろいろな経営の方法があることは大前提として、事業を成功に導く起業家の多くに共通していると感じるのは、起業家のミッション=仲間集めだと認識していることです。優秀な人材の採用はもちろん、投資家という肩書を持つ仲間を集める資金調達もそう。そうした仲間集めが、起業家の一番のミッションであり、最も大きな成果を生み出す時間の使い方なんじゃないかと思います。素晴らしい仲間を集めるということは、相手に自分と同じ船に乗る価値や意義の大きさをいかに伝えられるかにつきます。自身が心の底から実現したいビジョンやミッションを言語化し、自身の言葉で語ること。自分一人でできることは本当にたかが知れている。だからこそ素晴らしい仲間を集められるかどうかが会社としての成長角度や成長スピードを決めるし、社会に与えられるインパクトを最大化すると信じることが重要だと思います。
他にもありますか?
相手の成長や幸せを心から願えるかどうかでしょうか。中には、起業家自身の成功や利益にフォーカスしがちな人もいますが、そうではなくて、会社だったりそこに関わる社員をはじめとした全てのステークホルダーだったりの成功や幸せという視点で考え、意思決定し、コミュニケーションすること。ここも重要なポイントだと思います。
停滞期に入っていたり苦しい局面にあったりするスタートアップが陥りがちなパターンや、それを乗り越えるという点でアドバイスがあればお伺いしたいです。
起業家のもう一つのミッションは、未来における企業価値の最大化だと思うんです。そのためには、未来における企業価値の最大化を実現するためにどうすべきか、どうあるべきかにマインドの多くを割く必要があります。でも、プロダクトはなかなか売れない、銀行残高はどんどん減っていく、チームの空気はギスギスしている・・そんな状態が続くと、目線がどんどん足元に落ちていきます。でも、起業家が足元を向いていては優秀な人材なんて採用できないし、資金調達もうまくいかない。つまり、足元を向けば向くほど成果から遠ざかってしまうという悪循環に陥ります。だからこそ、足元に目線を奪われることなく、目指す未来の実現のために前を向き続けることが大切です。実際、事業を成功に導く起業家は、前を向く力がとても強い。これは覚悟の強さみたいなものもあると思いますが、それ以上に、誰よりも自分たちが実現したい未来について考え抜いている、誰よりも数多くのアクションが打てている、というある種の自負のようなものが、自分に対する与信を積み上げ、結果として力強く前を向けるのではないかと考えています。だからこそ、自社が実現したい未来を心から信じられているか?自社が実現したい未来について誰よりも考え抜き、誰よりもアクションが打てているか?は起業家が自問自答してみる価値のある問いだと思います。
具体的にはどれくらい先の未来をイメージするとよいでしょう?
事業にもよりますが、5年後や10年後でしょうか。事業が一定の成功をおさめた状態をイメージすることが大切だと思います。

情報を、点→線→面へと結びつけ展開することで、成長角度に大きな差がつく
この『スタートアップ起業家への10の問い』というシリーズはそもそも”スタートアップの成長における最大の要因が「起業家個人の成長」にある”という仮説をもって始まりました。「起業家の成長」というテーマについて、田島さんのお考えはありますか?
私たちは日々たくさんの情報を見聞きしますが、情報をただ知識として受け取るだけではなく、その背景や因子を理解することで、知恵や感性に転換していくことがとても大事だと思います。理解して、抽象化して、自分の中に蓄積して、関連のあるものと結び付けて・・ということを、私もかなり意識的に実践しています。点を線にして、さらに面にする。そうするとさらにいろいろなことが結びつきやすくなって、さらに大きな学びが得られる。例えるならば、学びの量が一次関数から指数関数に変わるイメージです。そして、それができている人というのは往々にして話がおもしろい。そうなるとさらに多くの人と話せる機会が増えて、また良質な情報が入ってくる。成長角度に大きな差がつく。スタートアップの起業家にとっても、この点→線→面のサイクルを癖づけることはとても大きな価値を持つと思います。
田島さんはどんな情報の受け取り方をしているんでしょうか?
いろいろありますが、興味を持った情報は必ずその背景や因子を理解し、いつでも取り出せるように抽象化して自分のフォルダに格納すること。そして、できるだけ振れ幅の大きな情報に触れること。例えばですが、一つのXのポストについたいろいろなコメントを見てみると、多面的・多角的な視点に気付くことができます。さらに、興味を持ったことはできる限り自身で経験し、自分に対する与信を積み重ねること。今はソーシャルメディアを通じて、様々な情報に触れることができますが、知識を得ることと経験から得られるものの間には大きな違いがあります。そうして点を増やし、線や面にしていくことで、知恵や感性の球体面積がどんどん大きくなっていく。その球体面積が大きくなればなるほど、選べる思考や気付ける感性、取り得る行動の幅が広くなり、ちょっとしたことでは動じなくなっていく。もしかしたら、その球体面積の大きさが人間の器のようなものかもしれません。やっぱり、行動の量や経験の量と、器は比例する。自分への信頼も、行動や経験から生まれるんです。

AI時代の組織創りに必要なのは、「不確実性への向き合い」と「EQの高さ」
最後に、これからAIを取り入れた組織創りをしていくとなったら、起業家や組織のマインドセットにも変化が必要になってくると思います。田島さんは、それはどんな変化だと考えますか?
不確実性に対してどれだけ向き合えるかがすごく重要になってくると思います。なぜなら、実績や事例などが蓄積された確実性の高い状態、言い換えると過去の事実になった瞬間にもうAIには勝てないからです。ではどうしたら不確実性に向き合えるかというと、やっぱり自分に対する与信がしっかりとあること。人間は確実性や安定感のある方を選択をしがちですが、その領域はどんどんAIが取っていきます。すでにシンギュラリティが起きている。でも、不確実性の部分に関して、人間がそこにチャレンジする限りは人間のフロンティアとして残り続けるはずです。起業家だけではなく、チームの全員の与信の総量が、その企業・組織の実力になると思います。もう一つは、EQ(Emotional Intelligence Quotient)です。一緒にいると元気になるとか、話していると前向きなアイデアが浮かんでくるとか、人と人との間に残るのはそういった関係性ではないかと思います。そのためには、やっぱり器の大きさが重要です。一人の人間として、キャピタリストとして、私も引き続き挑戦を続けていきたいと思います。

※こちらは、2025年4月30日時点の情報です
- インタビュアー:ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager 黒崎 直樹
- 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Relationship Manager 吉田 愛
- 写真、デザイン:尾上 恭大さん、割石 裕太さん