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正しいマーケット選定から始まる、「戦略=順番のデザイン」|令和トラベル 篠塚 孝哉

ジェネシア・ベンチャーズがスタートアップ起業家に向けて立てた『10の問い』。

本稿では『事業創り』というテーマで、令和トラベルの代表取締役 CEOである篠塚 孝哉さんにお話を伺いました。

  • 圧倒的なスピードで複数シナリオを同時検証する多動力を発揮できているか?
  • 顕在化した顧客の声だけでなく、ユーザーの生々しい一次情報から潜在ニーズを自ら発見し、あるべき状態を実現する最適解を自分の頭で考えられているか?

という問いへの、篠塚さんの回答はー?

「大きなマーケットを選ばないと絶対にうまくいかない」という基本思想

interviewer:

篠塚さんには「事業創り」というテーマで、ステップごとにお話を伺っていきたいと思います。まずは「マーケット選定」についてです。篠塚さんが令和トラベルを創業された2021年はコロナ禍の真っ只中でしたが、その中で「海外旅行」という事業領域を選ばれたのはかなり痺れる意思決定だなと思います。その背景や市場の見立てについて伺えますか?

篠塚:

マーク・アンドリーセンの「成功した起業家が市場のおかげだと言うことはないけれど、失敗した起業家はほとんどが市場にその原因を挙げる」という話が好きで、どんなに優秀な起業家が参入したところで大きなマーケットを選ばないと絶対にうまくいかないという考えが大前提にありました。加えて、自分自身のCanやWillといろいろなアイデアを並べてみて、CanがあってもWillがなかったりWillがあってもCanがなかったりするものを捨てていった結果、やっぱり”旅行”は自分自身のWillもCanも高いんだという気付きがありました。当時はまだ前職(国内旅行予約サービス『Relux』を提供するLoco Partnerts。2017年にKDDIグループに参画)を退任した直後だったのですが、ふと思い立って海外旅行のマーケットについて調べました。すると、産業の規模が大きくて課題も山のようにあることがわかって、しかもコロナ禍で業界全体がリセットされていたので、新規参入のチャンスだと思ったんです。

interviewer:

コロナ禍の外出制限で落ち込んだマーケットという捉え方ではなく、一旦リセットされたマーケット、つまりリセット後の再スタートがあるマーケットだと解釈されたんですね。

篠塚:

もちろん感覚的な判断の後にはロジカルな裏づけもありました。日本人だけに絞っても海外旅行のマーケット規模は、現地消費も合わせて4兆円ほど。国内もグローバルマーケットもコロナ前まではずっと右肩上がり。そして、コロナ禍で既存プレーヤーのMoat(「堀」の意から、ビジネスにおいては「参入障壁」や「持続的な優位性」をさす)がリセットされたおかげで、航空会社にも宿泊施設にも営業しやすいだろうという仮説がありました。また、既存プレーヤーが整理解雇をしている時期でもあったので、人材採用もしやすいんじゃないかと。海外旅行はいろいろな免許が必要で、プロダクト開発を含めると最低でも一年ほどかかるという見立てもあったので、マーケットが落ち込んでいる間に準備できると考えました。

interviewer:

極めて合理的に、かつご自身のWillもあった領域として選ばれたんですね。準備期間の見立ても含めて、中長期的な目線で選ばれたのかなという印象も受けます。短期的な利益などはあまり考慮されなかったのですね。

篠塚:

短期的なところは一切見ていません。当時、コロナ禍で外出が制限される中、海外旅行事業を始めると周りに話したらほとんどの人に反対されたんですが、僕は本気でした。「明日、海外旅行マーケットは戻ってくると思う?」と訊くと、みんな「絶対に戻らない」と言いました。「じゃあ30年後には戻ってくると思う?」と訊くと、みんな「戻る」と言いました。つまり、明日は0だけれど、30年後には100人中100人が戻ってくると予想するマーケットだということです。あとはそのカーブの傾きの予想をするだけです。僕の予想よりもやや時間がかかり今四年ほど経ちましたが、でも間違いなく右肩上がりで戻ってきている感覚があります。

interviewer:

マーケットの行く先を予想して、中長期のカーブを描いたんですね。

篠塚:

当時の既存プレーヤーのみなさんは危機管理のマネジメントの真っ最中で、どちらかというと店舗閉鎖やリストラ、広告費カット、むしろ海外旅行以外の事業立ち上げの方向を向いている中で、僕らはファイナンスさえできれば事業開発にフルベッドできる状態。冷静に考えて、千載一遇のチャンスだなと思いました。

正しいマーケット選定の上で、参入余地の大きな領域から山を登る

interviewer:

マーケット選定に続いて、「山の登り方(事業戦略)」について教えてください。

篠塚:

海外旅行における大きなマーケットって、①ホテル予約 ②フライト予約 ③ツアー予約の三つしかないんです。それらを一つ一つ検証してみると、まずホテル予約の領域にはBooking.comやExpedia、フライト予約の領域にはSkyScannerやダイレクト予約、ツアー領域にはJTBやHISといった大きなチャネルが既にある。ホテル予約が本命でしたが、先行プレーヤーはグローバルのデカコーンだらけで、当時は勝ち筋が全く見えなかったんです。日本人もそれらを相当使っていて、10年ほどかけての戦いになると思ったので劣後させたほうが良いと考えました。フライト予約は意外と勝ち筋があるんですが、元々儲からないビジネスだと言われているし、調べてみてもやっぱり単体ではなかなか儲からないので厳しそう。最後にツアー予約を見ると、各社とも利益が出ているし、規模が何よりもかなり大きい。よく見るとサービスやオペレーションもアナログな部分が多かったので、大いに参入余地があると思いました。

interviewer:

大きな三つの選択肢から、現実的な事業のフィールドとして規模も参入余地も大きいところを冷静に見極めたんですね。

篠塚:

ホテルとフライトは合わせて1.5兆円くらい、パッケージツアーは1兆円くらいのマーケットなので、若干小さいんですが、それでも1兆円ありますから。ホテルとフライトにも営業していけば、ゆくゆくは全て繋げられると考えました。

interviewer:

これは令和トラベルに限ったお話でなくてもいいのですが、篠塚さんの頭の中をやや抽象的に捉えたときに、市場選定後のシナリオの作り方のフレームワークや型、思考回路みたいなものはあるのでしょうか?

篠塚:

フレームワークなどは特にありません。繰り返しになりますが、まずはマーケット選定を間違えないこと。むしろそれだけだと思うんです。国内でユニコーン以上の会社を調べてみると、やっぱりマーケットが正しい。それ以上でも以下でもないんです。

サービスの本質的な機能を見つけ出す「価値の最小単位戦略」

interviewer:

篠塚さんはこちらのブログで、サービスの原型を作る過程で「価値の最小単位戦略」を意識されたと書かれていましたが、この点について改めて教えていただけますか?

篠塚:

サービスを因数分解して方程式にしようとしたときに、必要なXやYやZに何を設定するかという話ですね。一番やっちゃいけないのは、AからZまでを全部挙げて全部浅く揃えることです。細かい機能にまでこだわって作りたくなってしまうところを、そぎ落としていくことが大事です。例えば、ツアー予約サービスで一番重要なのは”予約をする機能”なので、そこに最大限振り切るというイメージです。極端な話、ページ上に予約できるツアーが一つでも掲載されていれば、いったんはサービスとしては機能するわけです。そういう最小単位を見つけ出して、ローンチまでの道のりを最小限にする。その後の開発も、全部同じ考え方です。何でもやろうとするとどんどん膨らんでいっちゃうので、自分たちはこのサービスで何を実現したいか、それを最短・最小で実現するとしたら何が必要か、という問いを立て続けるんです。

interviewer:

コンパウンド系のスタートアップは、どちらかというといくつかの機能を同時にリリースするイメージですが、それとは真逆の考え方になるでしょうか?

篠塚:

SaaSは仕方ないと思います。なぜなら、一つ一つのマーケットが大きくないことも往々にしてあるからです。その上で数千億円規模のできあがりをイメージしながら逆算して計画を立てると、サービスを何個も作っておくという考え方になります。他方、海外旅行マーケットは日本人だけでも四兆円、グローバルで見るとさらに数桁大きくなるので、サービスの提供価値を突き詰めて、多言語対応をして、グローバルレベルの財務モデルが築ければ拡大できる。その点が違います。「最小単位戦略」はどんなサービスに対しても使えますが、やっぱりマーケット選定を間違えていたらどうしようもない。

“本当に潜在的な”カスタマーの声をどこまで吸い上げられるか

interviewer:

起業家なら誰でも、ローンチまで最短・最小で辿り着きたいと考えると思うのですが、一方で、ユーザーの声に向き合うことで逆に”本当に本質的なもの”の見極めが難しくなることもあるかと思うのですが、そこをどう意思決定していくと良いでしょうか?

篠塚:

弊社ではユーザー(使う人)ではなく、カスタマー(顧客)という言葉を思いを込めて大切に使っているのでカスタマーというワードを使ってお話しします。令和トラベルの場合は、『NEWT(ニュート|令和トラベルが提供する旅行アプリ)』のカスタマーさんの声が100%正しいと信じて、そちらを全ての意思決定の入口にしています。

interviewer:

カスタマーの方々との接点は早い段階から作られていたのですか?

篠塚:

今はもうサービスが動いているので、レビューでご意見を吸い上げています。カスタマーインタビューもします。あとは、僕自身も友人の海外旅行の相談を受けて、コンシェルジュ業務を請け負ったりもしています。そのあたりで、かなり深いインサイトを得られていると思います。

interviewer:

『Relux』でもご経験もありますし、もともと領域への解像度は高いんですね。

篠塚:

逆に、ほとんどの企業がカスタマーの声を素直に聞きすぎていると思います。全部に対応することは絶対に無理なので、内部でしっかりと意思決定の優先順位を持つことの方が何倍も重要です。目の前でお客さまの声を聞くと、反映させよう!という気持ちになっちゃうんですが、それは本当に今やるべきなのかとブレーキをかける方が重要だという感覚があります。

interviewer:

実際にカスタマーの声を採用した / しなかったケースはどれくらいの割合ですか?

篠塚:

偶然一致することはありますが、直接的に採用するケースはほとんどありません。なぜなら、カスタマーよりも僕たちの方が100倍以上もサービスのことを考えているからです。いただくご意見のほとんどは大体すでに検討の俎上に挙がっています。そして、何らかの理由があって実行していない状態。ブログでも書きましたが、カスタマーの顕在的な声に対応するのではなく、潜在的に本当に困っていることは何なのかを吸い上げてデザインする方がよほど重要だと思います。言い古されている話ですが、馬が移動手段だった時代に誰も車が欲しいと言わなかったというのと全く同じ話です。よりミクロに、サービスの機能を見るときもそうなんです。

interviewer(黒崎):

私の前職Sansanにも『Lead the Customer』というバリューがありました。

篠塚:

たしかに、リードするという考え方に近いかもしれません。

“少し足りない”というカオスな組織が、本当の課題をあぶり出してくれる

interviewer:

事業によって・・という回答になるかとも思うのですが、シード期に事業と同じくらい採用や組織創りに悩む起業家が非常に多いです。シリーズAまで最小限のチームで頑張るのか、それとも自分たちの伸びを信じて一気に採用するのか。

篠塚:

スタートアップの失敗の原因がマーケット選定だと言いましたが、実はそれと同じくらい多いのが、人を採用しすぎて失敗するケースです。僕は、採用はできる限り抑制します。それはつまり既存のメンバーに負荷がかかるということですが、そのカオスが組織オペレーションの課題や優先順位をあぶり出してくれるんです。人が充足し過ぎていると、それがわからない。どこが危機的な状況で、どこにゆとりがあるのか。余剰人員が生み出すものって本当に何もないんです。むしろオペレーションが回ってるように見えてしまうので、デジタル化の余地を見逃してしまうんです。

interviewer:

リソースが限定された状況だからこそ、本当に大切なことや優先順位が見えてくるということですね。

篠塚:

ちょっと足りないというその飢餓感をどれだけ内部に存在させておくか。それをせずに足りないところを埋めようと採用ばかりに走るのは相当良くないと思います。事業サイズや会社のフェーズによって、適切な組織があると思うんですが、適正な人数マイナス20‐30%くらいを意識しています。ただ、良い負荷と悪い負荷があるので、例えば労務面などで著しく労働状況が悪いケースは要対応です。適切なカオスを作っておく。

interviewer:

人数を絞る組織創りというのは、前職での経験を踏まえてのことですか?

篠塚:

それ以前からだと思います。僕は、一般にアントレプレナーに必要とされるスキルであろう、大胆に挑戦したりリスクを取ったりすることが苦手だし不足していると思っています。どちらかというと外堀を固めてリスクヘッジするタイプ。だから、採用や広告への投資をあまりしないんです。できないと言った方がいいかもしれません。それこそ一社目の起業のときに田島さんやタカ(現ジェネシア・ベンチャーズGPの田島と鈴木)の前職のサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル)から出資を受けたんですが、一度すごく怒られたことがありました。当時、僕はコンサルティング事業と『Relux』の運営を並行していて、2期目まで黒字だったんです。そうしたら田島さんと担当者の方に「篠塚さん、VCファイナンスって何のためにあるか知ってますか?コンサルティングを続けてもいいですが、出資したお金は使ってください」と怒られたんです。それくらいビビリなんです。お金が減ることが怖かったし、そもそも自己資金で創業したこともあったので、自分で稼がなければいけないというバイアスが強かったんです。

interviewer:

そんな篠塚さんの時間の使い方についても伺えますか?事業、採用、ファイナンスなど、リソースを投下すべきことは山ほどある中で、どんなリソース配分をされているのでしょうか?

篠塚:

まず、僕は特にプライベートと仕事を分けていません。いつでも旅行のことを考えて事業のヒントを探しています。自分が経験した楽しいことや出会った人がそのまま仕事に繋がったりもするんです。あともう一つ、時間についての考え方でいえば、CEOがヒト・モノ・カネという三つのポートフォリオバランスをどう組むかが重要だと考えています。これらの優先順位を時期によって大胆に組み替えること。例えば資金が必要な事業を立ち上げるのだとしたら創業期はカネ60%モノ30%みたいになるはずですし、資金調達もプロダクト開発も完了していたらヒトに50-60%使うかもしれませんし。これは昔からいろいろな人にアドバイスされていることで、半期なり四半期なりで使った時間のバランスを必ず定期的に振り返るようにしています。今日の時点でいうと、僕自身はモノ(サービス、事業)に一番時間を使うべきだと考えています。創業直後にファイナンスができて、資金の心配なくモノとヒトに集中できるのは本当に幸運でした。

独自の”エリアごとのPMF”を経て、国内旅行事業の番へ

interviewer:

PMF(Product Market Fit)について、令和トラベルの実例を可能な範囲でお伺いできますか?定量面でのKPI設定や定性面での判断をどのようにされましたか?

篠塚:

PMFの判断は難しいですよね。ある程度はグラデーションの時期があると思います。僕らも、PMFしたかも?してないかも?という時期が長くずっと続いていた気がします。今は、うん・・したかな・・という感じ。僕たちの場合は、“エリアによるPMF”があると気づいたんです。国内旅行ではあまり感じませんでしたが、海外旅行では、例えば韓国に行く人とハワイに行く人って全く別のタイプだったりするんです。ヨーロッパに行く人とセブ島に行く人も違う。『NEWT』では、韓国はPMFした、けどヨーロッパはしていない、みたいな現象が起こっています。なので、エリアごとにモニタリングをしてチューニングしている状況。例えば、月に1,000人が利用してくれたら一日30人が出発していることになって、空港に行けば『NEWT』のカスタマーさんが絶対に一人はいる、みたいな状態はPMFしていると言ってもいいのかなとか、そんなことも考えています。何が正解かは固まりきっていませんが、カテゴリーの存在は見えてきたというところです。

interviewer:

きっと事業ごとに、あるいは企業の思想なんかも絡み合って、”マッチしたPMF”が存在しているでしょうね。韓国の次はどこの地域がPMFするのか、『NEWT』のこれからの展開がますます楽しみです。

篠塚:

それでいうと、今年から国内旅行事業も始めます。

interviewer:

ここで国内旅行事業。そこにはどんな狙いや意図があるのでしょうか?

篠塚:

「戦略は順番のデザインだ」と、顧問の竹内さんから学んだのですが、僕らはまず海外旅行の予約事業から、そしてその中でもツアー予約サービスから始めています。次に、一年半ほど前くらいからホテル予約も既に始めています。ただ、『NEWT』をグローバルなサービスにしていくにあたっては、このままだと”日本への旅行”の予約ができない謎の歯抜けサービスになってしまうんです。だから、国内もやらなきゃいけない。そうすると、地球上全ての旅行を扱えるようになります。そこをしっかりと立ち上げに行くのが僕たちの今年最大のテーマです。AIエージェント元年とも言われている通り、AIを使って、グローバル対応をはじめとしたいろいろなことができそうです。

interviewer:

大きく事業の潮目が変わりそうですね。

篠塚:

もう一つ、今年は新卒採用活動を始めるという大きなトピックがあります。100%中途採用で80人ほどの組織になりましたが、100人になるくらいのタイミングで新卒(2026年卒)が入ってくるイメージです。ちょっと大袈裟ですが、三ヶ月の研修が終わったらDay1からグローバルに配属するとか、配属先もジョブもたくさん経験させたいと思っています。

interviewer:

新卒採用を開始しようと思われた理由やきっかけはあったのですか?

篠塚:

おもしろいパラドクスなんですが、新卒採用をしている会社はほぼ100%「もっと早く始めれば良かった」「遅すぎた」と言うんです。僕もタイミングを見極めていて4期目になりましたが、ちょっと遅すぎたなと思います。

interviewer:

新卒がその組織のカルチャーをより強固なものにするといいます。またぜひアップデートを聞かせてください。

※こちらは、2025年2月25日時点の情報です

  • インタビュアー:ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager 黒崎 直樹、PR Specialist 李 彩玲、Intern 佐藤 美乃梨
  • 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Relationship Manager 吉田 愛
  • デザイン:割石 裕太さん

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