事業のネタ帳#31 シード期の市場規模(TAM / SAM / SOMは使いづらい?)
創業前後やシード期のスタートアップ起業家から多くの相談をいただくポイントの一つである市場規模。
上場と未上場を問わず、事業の市場規模を示す上ではTAM / SAM / SOMがよく利用される指標であり、webで検索しても解説記事がいくつか出てきます。
かくいう自分もこれまでに執筆してきた自身のnoteでTAM / SAM / SOMについて色々と書いてきたりしてきたわけですが、いざ、シード期のスタートアップ経営やシード・ファイナンスにおける実務においては、とても使いづらいなあと感じているこの頃です。
使いづらいと感じる主な理由としては、
- TAM / SAM / SOMの概念そのものの定義に曖昧なところがあり、実務上はさまざまな計算式の下で使用されてしまっていること
- プライシングやターゲット顧客のニーズの顧客が薄弱なケースも多いシード期に試算するTAM / SAM / SOMの金額については、その妥当性の評価が難しいこと
- 「TAMが●●●億円を超えていればオーケー」というような明確な定量基準として設定しづらいこと
といった点を挙げることができます。
これらはいずれも、意思決定にあたってはとても大事なポイントばかりでもあることから、シード・スタートアップへの投資意思決定に際しては、TAM / SAM / SOMは「使いづらい」を超えて、個人的にはもうあまり「見ていない」指標となっています。
それでは、TAM / SAM / SOMを見ていないからといって市場規模を考慮していないかと言うと、全くそんなことはありません。むしろ、市場規模はとても重要な要素として意思決定に影響を与えています。
シードVCで投資活動を行うキャピタリストの一人として、市場規模について考えるときの自身の頭の中を少し整理し、3つほどポイントを挙げてみたいと思います。
目次
- 金額への意味付け
①独占・寡占可能性
②マルチプルの視点
③成長性 - 事業の拡張可能性
- 経営チームとしての目線とアクション
- 終わりに
1. 金額への意味付け
まず一つ目は、市場規模の金額についてです。
市場規模について考えるとき、その金額そのものの多寡よりも、その金額にどういった意味付けをしていくことができるかを考えていることが多いように思います。
すなわち、顧客数と単価を単純に掛け合わせて算出される金額を吟味するというよりも、セグメントごとの顧客課題の強弱や、プロダクトの独自性などの事業理解を深めていった先に、VCファイナンスがフィットする市場規模を持ちうるとの所感を形成できるか、という思考の順番を辿るケースが多いです。
①独占・寡占可能性
その意味付けの一つが、高い市場シェアを確保し続けていくことができるかという視点です。高い市場シェアは売上高のみならず、価格決定権の保持にもつながって利益率に直結するものであることから、事業仮説を組み立てる上ではとても重要になっていきます。
また、ホリゾンタルなサービスであれば、市場規模はもちろん大きく試算することは可能ではありますが、サービスとしてどこまでのセグメントを刈り取ることができるのかという点は、慎重に考えたいポイントです。
上述した通り、市場規模については事業理解を深めることによって、正当に思考することができるものと思います。ここの事業仮説が緻密に組み立てられた上で試算される市場規模の金額数値には、大きな迫力と説得力を感じさせることができるようになってきます。
②マルチプルの視点
VCは、そのビジネスモデルの特性上、株式の売買で利益を出すことを目指すものであり、売上高や利益の金額規模から株式価値に換算される際に高く評価されることを期待しています。
従って、PSR、EV / EBITDA、PERなどのマルチプル指標が、株式市場においても高く出ている業界やビジネスモデル・テーマ、類似企業がある場合のチャレンジに対しては、投資家としてのセンチメントも上向くことが多いと考えています。
③成長性
市場の成長性については、マルチプルに織り込まれると考えることができるものではありますが、「今後のトレンドとして間違いなくこの市場は大きくなっていく」と、確信できることは大事です。
今時点で顕在化している市場規模のみならず、数年〜10年後の中長期での市場規模の成長性を想像しながら、市場規模についての意味づけをしています。
2. 事業の拡張可能性
次いで、市場規模を考える上でのよくあるイシューは、事業の拡張可能性に関するものです。
スタートアップのピッチにおいては、中長期計画としてフェーズ1、フェーズ2、フェーズ3等と、プロダクト開発や他の顧客セグメントへの進出によって事業を拡大させていく計画を描いていくケースが多いように思います。
そしてその場合、フェーズが進むにつれて、事業として捉えていく市場規模も拡大していくという説明とセットになっていきます。
この事業の拡張可能性については、それぞれの事業ごとに、なにがフェーズアップのトリガーになっていくのかが異なるのでもちろん一概に括ることは難しいのですが、スタートアップの一般的な事業リスクに鑑みるに、フェーズ1をしっかりとやり切ることの難易度も相応に高く、フェーズ3までの市場規模をそのまま織り込んで評価することは難しいケースが多いと考えています。
それでは、このフェーズアップした後の事業の市場規模を意思決定に織り込んでいくためには、
・フェーズアップのジャンプ幅(顧客・プロダクト・組織)が限定的なこと
・フェーズ2以降に進出するに当たってのオセロの四隅をフェーズ1で抑えることができること(フェーズ1をクリアできないと誰もフェーズ2で勝ちきれないこと等)
といった仮説を構築できていることが前提になると考えており、投資の意思決定における実務においても、念頭に置いています。
3. 経営チームとしての目線とアクション
足元の事業仮説を踏まえると獲得できる市場規模がどうしても限定的、、ということも、状況によってはどうしても生じてしまいます。思うような事業仮説が描けないというのは、経営者としてとても辛い状況と思います。
そういうときに、VCファイナンスができないかと言うと、必ずしもそうではないと考えています。
事業仮説は事業を推進していく中でこそ、大きくアップデートしていくことができるものであり、そのとき時点で組み立てられている事業仮説が決して全てではありません。
もし、事業の市場規模を大きく描ききれていないのでは、という懸念が少しでもある場合、また、自身が目指していきたい事業成長への高い目線と現状の事業仮説との間にギャップがある場合、それを率直に伝えた上で、今後のそのギャップをどう埋めていくかのアクションも含めて、投資家・VCとディスカッションをすることもおすすめです。
大きな市場規模を捉えた事業仮説と同じくらいに、もしくはそれ以上に、大きな市場規模を捉えて社会に大きなインパクトを持つ事業を創っていこうとする志や目線、willを持つ経営チームであることは、シード期におけるVCファイナンスの意思決定には大きな影響を与える要素です。
終わりに
投資の意思決定に当たって市場規模に関して考えている要素を、3つほど挙げさせていただきました。金額の数値の意味付け、拡張可能性、経営チームの目線という観点で、単なる数値や金額規模とはまた異なる視点から、多面的に思考を巡らせていることを知っていただき、今後の事業開発に少しでも参考にしていただけるところがありましたら幸いです。