事業のネタ帳:次世代技術の量産化が開く新市場の扉 #ディープテックのネタ帳
はじめに
こんにちは、シードVC ジェネシア・ベンチャーズの曽我部(そかべ|@shu_sokabe)です。
私は東北大学の大学院で化学工学を専攻しており、超臨界溶媒工学の研究室で主に電池材料のプロセス開発の研究をしていました。また、課外活動としてハイブリッドロケットの製作、打ち上げなども行ってきました。
そのようなバックグラウンドから、ジェネシア・ベンチャーズにおいて、ディープテック領域のスタートアップへの投資と経営支援を主に担当しています。(研究室出身の私がファーストキャリアとしてシードVCを選んだ理由については、よろしければこちらの記事をご参照ください)
さて、ここ何年かで、革新的な技術の代名詞として、また、グローバルにも通用する可能性を秘めた新たな産業シーズ(投資対象)として「ディープテック」という言葉が広く使われるようになりましたが、現状ディープテックというと起業時点ではテクノロジーの先端性のみがフォーカスされ、市場性、経済性などが軽視される傾向にあると思います。しかし私はVCとして、市場性、経済性についてディープテックスタートアップと同じように議論させていただいた上で、テクノロジーについてさらに議論させていただくのが良いと考えており、その認識において起業家の方々とVCでの認識の齟齬も存在すると考えています。
本稿では、そうした私なりの考えと、ディープテックスタートアップの事業ネタや勝ち筋のようなものを発信していけたらと思います。
ディープテック×量産化
今回は第一弾として、「量産化」にフォーカスを当てます。
ディープテックスタートアップが成功を収めるためには、先端材料や化学品の量産技術が鍵となります。革新的なプロダクトも、コストが高ければ大規模市場への参入は難しく、ニッチ市場にとどまってしまいます。私自身、素晴らしい技術であるにも関わらず、コスト面で惜しくも市場参入がうまく進まないという企業にいくつも出会ってきました。
そこで本記事では、量産技術の特徴と利点、量産技術を起点としたスタートアップの勝ち筋などに触れ、ディープテックの商業化を目指すスタートアップにおいて量産技術を起業におけるマイルストンではなく起点とし、プロダクトの自社生産もしくは量産技術そのものをプロダクトとしてプラットフォーム化するのがディープテックスタートアップにおける勝ち筋となり得るのではないかというお話ができればと思います。
価格が安くなければ大きな市場は開拓できない
ディープテックスタートアップが成功を収めるためには、性能の高い先端材料や化学品の価格を低減させることが不可欠です。たとえそれらのプロダクトが革新的であっても、価格が高いままではその市場は限られたニッチ市場にとどまり、大規模な市場を開拓することは困難となります。この点において、価格低減がもたらす影響は計り知れません。
歴史的に見ても、価格低減が技術の普及と市場の拡大にどれだけ重要であるかを示す事例は多々あります。
例えば、ペニシリンの発見当初、その製造コストは非常に高価であり、広く普及することができませんでした。しかし、ファイザーがペニシリンの量産技術を開発し、製造コストを大幅に低減させたことで、ペニシリンは広く普及し、感染症治療に革命をもたらしました。この技術革新により、ファイザーは巨大な医薬品市場において明確な優位性を作ることができ、大きな成長を遂げました。
1928年、細菌学者アレクサンダー・フレミングはアオカビから分泌される「カビ汁」の殺菌作用を発見したとき、それには重大な医学的価値があり得ることを知っていました。しかし、実用に役立てるほど十分な量のペニシリンを生産することができず、せっかくの発見も研究室での単なる珍奇として葬られてしまいました。
ファイザー社(米国本社)の歴史
同様に、太陽光発電パネルの普及も価格低減の成功事例です。初期の太陽光発電パネルは非常に高価で、特定の用途に限られていました。しかし、技術の進歩と生産規模の拡大により、コストが劇的に低下しました。その結果、太陽光発電は住宅や商業施設に広く普及し、クリーンエネルギー市場における大きな成長を支える要因となりました。
二種類の量産技術
量産技術には大きく分けて二つのアプローチがあると考えています。一つはサイエンスに基づく技術、もう一つはエンジニアリングに基づく技術です。
サイエンスによる量産技術
サイエンスに基づく量産技術は、基礎研究や科学的発見を応用して新たな生産方法を開発するものです。このアプローチは、他社が模倣しにくい明確な競争優位性を生み出します。
ファイザーのペニシリン量産技術の開発はその典型例で、科学的知識を活用し、より効率的でコスト効果の高い生産方法を確立することで、大規模な市場での競争力を獲得しています。
さらに、CRISPR-Cas9技術の事例も挙げられます。CRISPRは遺伝子編集の分野で画期的な技術であり、バイオテクノロジー企業にとって大きな競争優位性をもたらしました。CRISPRを利用することで、遺伝子編集のコストが大幅に削減され、新しい医療や農業応用が可能となり、大規模な市場が開拓されています。
サイエンスに基づく技術は、特にスタートアップに適しています。これらの技術は独自性が高く、他社との差別化を図る上で非常に有利です。新たな科学的発見を基にした量産技術の開発は、スタートアップが競争力を確立し、市場での優位性を得るための強力な手段となります。
エンジニアリングによる量産技術
一方、エンジニアリングに基づく量産技術は、既存の生産プロセスを最適化し、効率を向上させることに重点を置きます。このアプローチは、既存の市場において迅速にスケールアップすることが可能であり、短期間でコスト削減と品質向上を実現します。エンジニアリングによる技術革新は、既存の製品やサービスの競争力を高めるために不可欠です。
例えば、自動車業界では、生産ラインの自動化やロボット技術の導入によって生産効率が飛躍的に向上しました。これにより、自動車の生産コストが削減され、より多くの消費者に手頃な価格で提供できるようになりました。トヨタの「ジャストインタイム生産方式」や「リーン生産方式」はその代表例であり、これらの技術革新によりトヨタは世界的な自動車メーカーとしての地位を確立しました。
一方このような、エンジニアリングに基づく技術は巨大な資本が必要かつ模倣困難性が低いため、日本のスタートアップでエンジニアリングに基づく技術を機転に起業をするというのは難しいかもしれません。どちらかというとエンジニアリングに基づく技術のためのソフトウェアの提供やロボットの開発などそれらのサポートを行う方がスタートアップの事業としては有望かもしれません。
スタートアップの事例
エマルジョンフローテクノロジースは既往のリサイクルにおいてボトルネックとなっていた解体・選別で回収した原料をモジュール生産に戻せる品質のレアメタルを高効率(安価)に生産することができないという課題に対して、世界で初めての高効率かつ高純度なレアメタル生産をエマルション流の発生と消滅を制御することにより、容易に水相と油相の乳濁混合と相分離を可能実現する溶媒抽出技術であるエマルションフロー法を開発し既往の精製方法と比較して10倍以上の効率を実現しています。これによりリサイクル後のレアメタルの値段を大きく下げることが可能となります。この結果として最終製品メーカーにとっても採算が取れるような形でのレアメタルの提供、経済的にもサステナブルなサーキュラーエコノミーの実現を目指しています。
MiRESSOはベリリウムという核融合に必要不可欠かつ合金が高い性能を誇り最先端分野の材料としても広く用いられているものの、その値段の高さが課題となっている金属について、価格低下のボトルネックとなっていた精製プロセスの改良を行っています。既往の精製プロセスでは、2000度を超える高温・高圧下で鉱石を溶解させる必要があり、高コストな精製プロセスとなっていました、それをアルカリ溶液とマイクロ波加熱を用いることで、300度の低温・常圧で溶解させること、そして、設備投資を70%、運用コストを80%低下させることに成功しており、核融合はもちろん、それ以外の用途においても最先端分野以外の市場まで経済合理性をもたせ、市場を広げることを目指しています。
未来を切り拓く有望な分野
次世代半導体
次世代半導体は、サイエンスによる量産技術の望まれる先として非常に有望です。従来のシリコン半導体の限界に直面する中、シリコンカーバイド(SiC)やガリウムナイトライド(GaN)、ダイヤモンドといった新材料の開発が進んでいます。これらの材料は、高温、高電圧、高周波数での動作が可能であり、電気自動車や次世代通信技術(Beyond 5G)などの分野での応用が期待されています。
特に、これらの半導体デバイスは、エネルギー効率の向上や小型化が可能となり、次世代の電力管理や通信機器に革命をもたらすとされており、 量産技術を起点としたスタートアップの設立が望まれています。
先進材料
先進材料の分野では、ナノテクノロジーが新しい可能性を切り開いています。グラフェンやカーボンナノチューブといったナノ材料は、従来の材料では実現できなかった特性を持ち、エレクトロニクス、エネルギー貯蔵、医療などの分野で革新的な応用が期待されています。
例えば、グラフェンは高い導電性と強度から、次世代の電子デバイスやバッテリーにおいて重要な役割を果たす可能性があります。量産技術の開発により、これらの材料を低コストで大量生産することが可能となれば、新しい市場が開拓されるとともに、既存の産業構造に大きな変革をもたらすと考えられます。
おわりに
これらの量産技術自体の研究シーズは、スタートアップのテーマとして非常に魅力的であると考えています。特に、サイエンスに基づく量産技術は、独自性が高く、他社との差別化を図る上で非常に有利です。量産技術を起点としたスタートアップは競争の激しい市場においても明確な優位性をもとに大きなチャレンジができる可能性が高いと考えています。
ジェネシア・ベンチャーズでは、こうした最先端技術の事業化を支援しています。事業戦略の立案、マーケティング、パートナー候補の紹介、採用支援など、ご興味があればぜひご気軽にお声がけください。
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