
インドネシアで戦う日本人スタートアップの流儀――「気合と根性」が新興国で武器になる理由
ジェネシア・ベンチャーズがリード投資家として支援する、movus technologies株式会社。
インドネシアでライドシェアドライバー向けのカーリース事業を展開する同社は、2026年5月にシリーズBラウンドで42.6億円の大型資金調達を実施しました。
その大きなニュースのタイミングに合わせて、同社は『【シリーズB 42.6億円調達】経営陣が語る、日本発スタートアップがグローバルで勝つ挑戦』というイベントを開催。本稿は、そのイベントレポートです。
ジェネシア・ベンチャーズは4号ファンドにおいて、「Asia Origin」— アジアに根ざした課題や産業構造の変化を起点に、アジア発でグローバルなインパクトを生み出すスタートアップを支援する、というコンセプトを掲げています。
インドネシアの移動インフラという課題に正面から向き合い、グローバルへのスケールを見据えるmovus technologiesは、まさにそのビジョンを体現する存在です。
なぜ彼らはインドネシアを選んだのか。そして、日本人であることの強みを、新興国市場でどのように活かしているのか。
当社General Partnerの鈴木がモデレーターとなり、movus technologiesの創業者である酒井 丈虎さん(代表取締役)、北口 理人さん(取締役)、そしてVPoEの石川 里紀さんをお招きし、その軌跡と未来について語っていただきました。
- モデレーター:株式会社ジェネシア・ベンチャーズ General Partner 鈴木 隆宏
- 以下、敬称略
「海外で戦わなければ」という確信――創業者2人のルーツ
鈴木:僕自身は何度も聞いていますが、改めて。まず、酒井さんと北口さんがインドネシアを選んだ経緯を聞かせてください。
酒井:私はずっと「海外で何かをやらなければ」という漠然とした思いを持ち続けていました。きっかけは、中学生のころに遡ります。司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』や『龍馬がゆく』、山崎豊子さんの『不毛地帯』などを読んで、「今後の日本は絶対に海外で戦っていかなくてはいけない」という思いが自分の中に芽生えたんです。
大学生のころには、ユニクロの柳井さんとコンサルタントの大前研一さんが書かれた『この国を出よ』という本を読みました。人口が減少していく日本で、若い人間が戦うなら海外に出るべきだという内容に、盲信的なほど共鳴してしまって。もう「やるなら海外だ」という気持ちは確信に変わっていました。

鈴木:インドネシア、という選択はどこから来たのでしょうか。
酒井:もともと中学生のころは内閣総理大臣になって世界を変えるんだ、と言い続けていて、大学生になっても政治家の方々に「どうすれば日本を良くできますか」とひたすら質問して回っていたんです。そういった方々から「政治も結局は経済で、まず経済界で結果を残したらどうか」と言われて。自分の力で旗を掲げて草の根的にやっていけるのはスタートアップだなと思い、海外で事業を作れる人材を目指しました。
インドネシアを選んだのは、現地に出張ベースで働かせてもらった経験が大きいです。実際に金融アクセスの問題や社会課題を目の当たりにして、「ここで課題を解決したい」という思いが生まれました。出張中に寝食を忘れて働いていたら、現地のメンバーから「TAKEさん、だから日本人はうつ病になるんだよ」と言われて(笑)。そんなふうに温かく受け入れてくれる人たちに、何か価値を届けたいと思ったのが最終的な決め手です。
北口:私はもともと海外とはほぼ縁がなくて、2社目に入社したOYO(インドのユニコーン企業)に入るまで英語が本当に苦手でした。TOEICも大学入学当時は300点台でしたし。
ただ、OYOで転機が訪れました。ある日突然、「来週から日本の新規事業のチームにOYO Chinaの中国人エンジニアのチームをリモートでつけるから、よろしく」と言われて。これはまずいと思って、平日毎日4時間、朝と夜に勉強して英語をキャッチアップしていきました。
それ以上に大きかったのは、OYOで感じたスケール感とスピード感です。中国のチームメンバーに「中国はどんな感じ?」と聞いたら、「1年で6,000人採用した」と言うんです。驚いて「どうやって?」と聞いたら、「300拠点あるから1拠点あたり20人採用すれば6,000人じゃないか」と。確かに理屈は合うんですよね(笑)。聞いてみるとインドも同じようなやり方をしていて、日本のスタートアップが悪いわけじゃないけれど、そういう世界線が海外にあるなら、自分もそこに身を置いて戦ってみたいと素直に思いました。

なぜインドネシアなのか――人口・インフラ・タイムマシンの交差点
酒井: 逆に、僕たちの株主であるジェネシア・ベンチャーズはインドネシア、ベトナム、インドと複数の新興国に拠点を持っていますが、鈴木さんはなぜインドネシアを重視しているのでしょうか。
鈴木:前提として、東南アジアは一括りに語れません。国も宗教も文化も、そして人の気質も全部違います。そのうえでインドネシアを重視している理由のひとつが、人口です。東南アジア全体の人口が約6億人のうち、2億8,000万人がインドネシアから来ている。半分近くが1カ国に集中しているんです。
新興国の経済成長において、人口が伸び続けるかどうかは非常に重要な分水嶺です。人口が伸びなくなった国はすべからく衰退に向かっていきます。東南アジアでいえば、タイはすでに人口が伸びていません。シンガポールは移民を受け入れているからなんとかなっている。マレーシアは2,700万人規模で頭打ちになっています。
今も人口が伸び続けているのは、東南アジアの主要国はインドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国です。私がインドネシアに赴任した2011年当時、人口は2億4,000万人前後でした。この15年で4,000万人以上増え、最終的には3億人規模まで増え続けると言われています。
酒井:タイムマシン理論という観点からはどう見ますか。
鈴木:C向けのサービスにおいては、いわゆるタイムマシン理論が効きやすかったです。今や世界中にAmazonのようなサービスがあり、楽天のようなサービスがあり、オンライン銀行や証券があり、メッセンジャーアプリがある。これはアメリカ→日本→中国→東南アジアという流れで伝播してきました。
ただ、インドネシアの場合、日本やアメリカのようにインフラが整っていないので、そのまま同じビジネスモデルを持ち込んでも機能しない。だからタイムマシン理論を適用するとしたら、中国の発展モデルを参照することになります。
面白いのは、インドの起業家たちがインドネシアの発展の軌跡に非常に強い関心を持っていることです。インドはGDP規模では日本を超える勢いですが、町のインフラの成熟度は東南アジアより10年以上遅れているんです。だから、例えば「インドネシアの医薬品のサプライチェーンはどうやって成立しているの?」「どんなスタートアップがどんなソリューションを当てにいったの?」と根掘り葉掘り聞かれる。インドネシアを拠点にしているからこそ、インドの起業家にとってもユニークな存在になれるんです。

コロナ禍の創業、日本からリモートでの事業立ち上げ準備
鈴木:改めて、movusの立ち上げ時の状況について語ってもらえますか。
酒井:創業が2021年、事業開始が2022年なのは、コロナで渡航できなかったからです。それでも起業してしまったので、事業を始めなければという切迫感だけはあって。LinkedInでメッセージを送りまくって、インドネシアの人たちに業務委託という形でジョインしてもらい、リモートでマネージし続けていました。シリーズBで40〜50億円調達していたインドネシアのスタートアップの元CTOクラスの方も、実際にジョインいただけました。
ただ、営業や事業提携も一部はリモートで実施できたのですが、進む速度は遅くなるのも事実。もどかしさを感じていたところでようやく渡航が可能になったので、2021年末にインドネシアに赴き事業を開始するに至りました。そして、車を買って回すということを2022年1月から始めました。
その後の4月に鈴木さんともお会いして。私は「インドネシアでなめられてはいかん」と思って坊主頭で行ったら、現れた鈴木さんも坊主で(笑)。185センチの坊主2人が日本食レストランの個室で会食するという、傍から見たら不思議な光景でした。
鈴木:あのとき印象的だったのは、酒井さんが私の過去のXのポストを何年分も遡って読んでいたことです。「いついつのこのポストはどういう意図だったんですか?」と聞いてくるんです。一瞬「気持ち悪い」と思いながらも(笑)、これは逆に言うと加点ポイントでした。
起業家は成功確率を少しでも上げるために、できることはやり尽くすべきです。正直なところ日々たくさんの連絡をもらっていることもあり、突然DMを送って「会ってください」と言うだけではなかなか会わないことの方が多いです。なので、知人経由で紹介してもらったうえで、私の投資哲学を深く研究してピッチ内容を変えてくる。そういう下準備ができている起業家はすぐわかります。それだけ今回の資金調達を成功させなければならないという切迫感があったということで、そこが投資の決め手のひとつでした。
酒井:ちなみに、投資にあたっては一つの条件を提示されましたね。
鈴木:当時、酒井さんと北口さんの2人が同じ部屋の同じベッドで一緒に寝泊まりしていたんですよ。「投資する代わりに、その生活は今すぐやめよう」と言いました。ただでさえ共同創業者間の関係構築が難しいといわれるスタートアップで、それでは喧嘩する可能性が高まりますから(笑) ただ、共同創業者チームという観点で、今も2人の関係性のバランスの良さはスタートアップの中でもトップレベルです。
酒井:でも結局、北口が結婚するまでの1年半は一緒に住んでいました(笑) 彼も僕もズボラだし、体育会系の寮生活で慣れていたので、寝るベッドがあってお湯が出るだけで十分、という感覚でしたね(笑) 倹約しながら事業を回す必要もありましたし、2人で住めばコストが半分で済みました。

「日本人だからこそ」が武器になる――オペレーション・エクセレンスという勝ち筋
鈴木:日本人がインドネシアでスタートアップをやることの優位性はどこにあると考えていますか。
石川:私はラクスルで印刷事業や物流事業を担当してきたバックグラウンドがあって、どちらかというと「昔からある産業の再構築・効率化」をずっと実践してきました。インドネシアでのおもしろさは、そういった産業がまだできあがっていないということです。ゼロから効率的に設計できる。日本での知見や事例を持ち込みながら、システム化を前提に最初から組み立てられる。日本人だからこそできるチャレンジだなと感じています。
北口:現地に行くと、当たり前の基準が全然違うことを実感します。たとえば現地の大手銀行系リース会社のスタッフを見ると、1日の半分くらいタバコを吸ってお茶をすすっているんです。人件費が低いこともあって、マネージメントの方々もそれをあまり気にしていない感覚がある。
私たちはそこをしっかりとアクションに落とし込んで、やり切るところまでやっていく。これは日本人の気質かもしれませんが、特にファイナンスの領域ではそれが非常に効きます。
鈴木:私は、オペレーションで勝てるかどうかが、日本人起業家が新興国で戦う際の最重要ポイントだと思っています。AIやテクノロジーを使いこなすことは前提として、すべてのビジネスの肝はオペレーションです。オペレーションをより良くするためにAIを使う、という考え方です。
世界的に見ても、オペレーションが整っているのは実はほとんど日本だけと言ってもいい。北米でも、私がかつて留学していたオーストラリアでも、水道のトラブルを頼んでもなかなか来ないし、建築は絶対に工期通りには終わらない。韓国などは整っていますが、それでも日本のほうが高次元でやれる。そして新興国はさらにその差が開く。だから日本人の強みが最も発揮しやすいのが新興国です。
酒井:「気合と根性」というスライドを採用資料に入れているんですが、投資家向けにも使っていて、これが意外と刺さるんです。銀行の偉い方から「金融業は究極、気合と根性ですからね。酒井さんのスライドを見て、自分もまだ気合が足りないなと思いました」と言っていただいたこともあって。ユニクロさんやトヨタさんのカンバン方式のように、ラストワンマイルを改善し続けることが自然とできる。それが新興国でバリューにつながっています。

組織づくりの失敗と学び――「日本式経営」を海外で貫くことの意味
鈴木:インドネシアでの組織づくりで、苦労したことや失敗談があれば聞かせてください。
北口:インドネシア人100人でオペレーションを回すことの難しさは、日本人100人とは全然違います。日本人だとある程度こう伝えれば、それなりのレベルでやってくれることが多い。インドネシアの方々は、1から10を指示してもやってくれるメンバーもいますが、多くの場合は2か3ぐらいのところで止まっている。「やった?」と聞くと「やった」と言う。でも実際に確認すると、そうじゃないことがある。
この難しさとずっと向き合ってきて、だから「そもそもオペレーションが発生しないような仕組みを作る」という方向に注力してきたんです。最初はどうしても自分たちで現場を見に行くしかない。債権回収にも一緒に行きましたし、お客さんの集まりにも顔を出しながらキャッチアップしていきました。
酒井:組織づくりで一番大きかった学びは、日本式の経営をそのまま貫き通すことの大切さです。海外だからこそ現地に合わせなければいけないのかな、と迷う時期もあったんです。でも「インドネシアのやり方に合わせよう」と歩み寄ったときはうまくいかなかった。
最終的に確信したのは、株主(Suzuki Global Ventures)であるスズキさんが実践していらっしゃる、日本型経営のスタンスです。インドにワーキングカルチャーをスズキさんが持ち込んだとも言われているのですが、自分たちがやってきたことは間違っていなかったと思いました。ミッションを定め、バリューズを定め、それに基づいて組織を作ってきた。実は現地で採用できているメンバーの中には、金融機関やメーカーで働いてきた方も多く、「日本企業だから規律がある、そういう会社で働きたい」という理由で選んでくれている人たちがいます。

今後の展望――周辺領域への拡張と採用への想い
鈴木:今回調達した42.6億円の資金をどこに投じていきますか。
酒井:大きく2つあります。ひとつは事業拡大です。現地財閥系のリース会社とも20億円規模のリース契約を締結できたので、需要に対して資産台数を増やし、トップラインを作っていく段階に入ります。今の自動車金融の領域をしっかりやりながら、周辺の自動車全般へも新規展開していきたい。
グローバルで見ると、この領域ではすでにユニコーン企業が生まれています。ナイジェリア発のMooveという会社が10億ドル規模の調達をしていたり、メキシコのOCNという会社が150億円規模の調達をしている。このマーケット自体の拡大余地は十分あると思っています。
もうひとつは採用への投資です。この事業領域は日本人の方が非常にフィットする領域だと思っているので、現地でBizdevとして動いていただける方や、プロダクト開発をリードするエンジニアの方を採用していきたいです。
北口:インドネシアの自動車市場は、まだ大手と呼べるプレーヤーがほぼ存在していません。年間250〜300万台が売買されているのに、ほとんどが個人のファミリービジネスで月に3〜4台売っているという状態です。20〜30年かけてこの状況は絶対に変わっていく。今私たちが戦っている自動車金融の領域も、そこに周辺事業も含めて大きなポテンシャルがある。一緒に戦ってくれる仲間を増やしていきたいです。
鈴木: 一方で、インドネシアの自動車マーケットに変化の兆しも出てきているとか。
酒井:中国のBYDがものすごい勢いで攻めてきています。頭金を下げてとにかく売る、現地の大企業やメガベンチャーと大型の提携を実施する戦略で、去年だけで日本車のシェアが削られています。日本が長年築いてきたプレゼンスが揺らぎつつある。
K-POPや韓国ドラマの影響やSamsung、LGなどの影響で韓国のプレゼンスも高まってきています。このことからも相対的に日本のプレゼンスが下がりつつあります。
私たちは微力ではありながらも、日本の外貨を稼ぎ、相対的な日本のプレゼンスを高め続けられるように頑張っていきたいと思っています。そういった文脈でピンときた方がいれば、ぜひ一緒に働きたいです。

新興国で日本人が戦う意義――これからの時代へ
今回の対談を通じて、改めてmovus technologiesの強みと、新興国で日本人起業家が戦うことの意義を再確認できました。彼らが体現する「オペレーション・エクセレンス」は、テクノロジーだけでは埋められない、事業の根幹を支える重要な競争優位性です。
ともすれば「気合と根性」と表現される泥臭い実行力は、インフラが未整備な市場においてこそ、他社が模倣できない参入障壁となります。そして、日本の低金利という構造的な追い風を活かせる彼らは、まさに「日本人だからこそ勝てる」戦い方をしていると言えるでしょう。
Movus technologiesの挑戦は、インドネシア市場に留まりません。彼らの成功モデルは、今後成長が見込まれる他の新興国、ひいてはアフリカ市場にも展開できる大きな可能性を秘めています。
ジェネシア・ベンチャーズが4号ファンドで掲げる「Asia Origin」とは、アジアに根ざした課題や産業構造の変化を起点に、アジア発でグローバルなインパクトを生み出すスタートアップを支援していくという考え方です。movus technologiesの歩みは、まさにその体現者であり、私たちが共に目指す姿そのもの。日本の強みを武器に世界で価値を創造するスタートアップを、これからも全力で支援し続けます。本稿が、海外挑戦を志す起業家の方々にとって、新たな一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
※こちらは、2026年6月29日時点の情報です


