
AIがビジネスを席巻する時代に、プロダクト・マーケット・フィットとどう向き合うか
ジェネシア・ベンチャーズのベトナムチームでは、投資先の皆さんやスタートアップを志す皆さん向けに、クロスボーダーで投資と経営支援を行うベンチャーキャピタルとして、スタートアップに関するナレッジの共有やリレーション構築を目的に、さまざまなイベントを開催しています。
『Orbit Workshop』は、私たちのネットワークに属するスタートアップの起業家・創業者をはじめとしたプレイヤーから、重要な経験と知見をご紹介いただく機会として定期的に開催しているイベントです。
2026年2月27日には、『Finding & Re-Finding Product–Market Fit in an AI-Driven World』を開催しました。ゲストスピーカーには、ジェネシア・ベンチャーズの投資先である Fundiin の創業者 Nguyen Anh Cuong氏(以下:Cuong)を招聘。プロダクト・マーケット・フィット(以下:PMF)に関するこれまでの厳しい意思決定と失敗、AI時代に対応する戦略の見直しなど、実体験に基づく深い知見をお話しいただきました。本レポートはそのダイジェスト版です。
- モデレーター:ジェネシア・ベンチャーズ Country Director of Vietnam Hoàng Thị Kim Dzung(ホァンティキムズン)
- 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Operation and Community Manager Vo Thanh Truc(ボー・タン・チュック)、Relationship Manager 吉田 愛
「PMF」とは何か——AI時代における再定義の必要性
Zun: 今回のワークショップのテーマは、スタートアップ・エコシステムにおけるPMFへの課題意識についてです。AIがプロダクト開発や流通のあり方を変える中で、PMFへのアプローチ自体も進化させる必要があると考えます。Fundiinが事業を展開する金融領域においては、信頼性の確立と規制上の障壁といった固有のハードルも重なるため、このテーマはとりわけ重要性が高いですよね。
Cuong: ご指摘の通り、PMFの意味合いやアプローチの仕方は市場によって大きく異なります。その点、スタートアップ間でのナレッジ共有が不足していることがまずもっての課題です。すでに誰かが解決した問題に、また別の人が1から取り組むのは非常にもったいないことです。たとえば海外法人の設立プロセスひとつ取っても、再利用できるケーススタディとして整理されていません。先人の経験を共有することで、後続の起業家が真の価値創出に集中できる。その重要性をはじめに強調させていただきます。

Fundiinの事業モデル——ベトナム初のBNPLプラットフォームとして築いた規模と信頼
Zun: 前提として、Fundiinの事業概要について教えていただけますか?
Cuong: Fundiinは2019年にベトナム初のBNPL(Buy Now Pay Later:後払い決済)スタートアップとして誕生しました。創業から約7年が経過した現在、約1,000社・7,000店舗のマーチャント(加盟店)と提携し、30万人以上の個人顧客にサービスを提供しています。ファイナンス面では、CIB銀行やIBMファイナンスといったベトナム国内の金融機関のほか、Visaなど国際的なパートナーとも連携しています。特筆すべきは、ベトナムの「CIC(国家信用情報センター)[*1]」と連携した初のフィンテック企業となった点で、長年にわたる信頼関係構築の成果が反映されていると思います。
[*1] CIC(Credit Information Center):ベトナム国家銀行傘下の信用情報機関で、個人・法人の与信情報を管理する機関。

BtoBtoCモデルによる顧客獲得コストの圧縮——マーチャントを起点にスケールする戦略
Zun: Fundiinのビジネスモデルの核心はどこにあるのでしょうか。特に、需要側であるエンドユーザーはどのように獲得しているのですか?
Cuong: 私たちはBtoBtoCのアプローチを選びました。まずマーチャントを獲得し、そのマーチャントを通じてエンドユーザーに届けるのです。マーチャントは販売を成立させたいため、Fundiinの後払いソリューションは自然に受け入れられます。この戦略により、CAC(Customer Acquisition Cost: 顧客獲得コスト)は、例えば、1ユーザーあたり10〜20ドルがかかるeウォレットのD2C(Direct to Consumer)チャネルと比較して約10分の1に抑えられており、限られた資本での効率的なスケールを可能にしました。

マーチャントをリスクフィルターとして活用——与信データなしに顧客の質を見極める手法
Zun: 与信審査についてお伺いします。初期のFundiinは、正式な信用情報がない中で、どのようにリスクをコントロールしたのでしょうか?
Cuong: 購入される商品自体を、顧客の信用力を示すプロキシ(代替指標)として活用しました。例えば、英語の語学コースや業務用ノートパソコンを購入する顧客は、他の購入行動をとる顧客とは財務的な行動パターンが異なります。こうした観点から、Fundiinはリスクの低い業種・商品カテゴリのマーチャントを選択的に開拓しました。与信情報がなくても、マーチャントと取引のコンテクストを通じて間接的に顧客をスクリーニングすることができたのです。

ネット・トランザクション・マージンをPMFの真の指標に——あわせてコスト改善に取り組む
Zun: スタートアップがPMFを語る際に参照する指標は、GMV(Gross Merchandise Value:流通取引総額)やユーザー数といったトップラインに偏りがちです。Cuongさんが「ノーススター(最重要指標)」として重視するのは何ですか?
Cuong: 「一件のトランザクションが収益を生むかどうか」というユニットエコノミクスの健全性です。収益から、資本コストやリスク(不良債権)、KYC(Know Your Customer:本人確認)やデータチェック、承認レートといった業務コストを差し引いた「ネット・トランザクション・マージン」がポジティブであれば、それを数千・数百万件にスケールすることが現実的になります。ただし、初期の良好なシグナル— 高い収益や低い延滞率がスケール後も同様に維持されるとは限りません。そのため、私たちは各コンポーネント、特に資本コストの継続的な改善に取り組んでおり、短期的な非効率を受け入れながらも、長期的にユニットエコノミクスが持続的に黒字化する構造の構築を優先してきました。

高コストのVCから銀行資本へ——信頼を積み上げ、安定的な資金調達へと移行するプロセス
Zun: フィンテックにとって「銀行からの資金調達」は究極のゴールとも言えます。Fundiinはどのようにこの道のりを歩んできたのでしょうか?
Cuong: 私たちはVCの資金を“足がかり”として活用しました。それでトランザクションを増やし、顧客基盤を育て、実績を積み上げることで、金融機関との信頼関係を構築していったのです。プライベートデット(私募債)も検討しましたが、コストが高くアクセスにも制約があったため、あくまで短期的なブリッジとして機能させるに留まりました。その後、リスク管理能力と規模を示した上で、最長15ヶ月に及ぶ厳格なオンボーディングプロセスを経て、2025年までに銀行・金融機関との本格的なパートナーシップを確立するに至りました。コスト削減は今もなお進行中であり、そうした交渉力の積み重ねが長期的な競争優位に直結します。

銀行とのパートナーシップを「本物」にするために——デューデリジェンスの実態
Zun: 「銀行との有意義なパートナーシップ」とは、具体的にどういうものでしょうか?銀行側はスタートアップをどのように評価しますか?
Cuong: 銀行はパートナー候補を評価する際、ファンドによる投資審査に近いデューデリジェンスを実施します。まずは市場での評判— スタートアップの信頼性、製品・サービスの品質、顧客の反応、十分な規模があるかどうかを確認します。次に財務・オペレーションの詳細を精査します。Fundiinにおいては、消費者に過度な借入を推奨しないという姿勢が肯定的なフィードバックを生んでいたことや、マーチャントネットワークの規模、CICのような信頼性の高い機関とのパートナーシップなどが銀行の評価を後押ししました。そして、決定的な要因は「リスクマネジメント能力の証明と、持続可能なユニットエコノミクスの提示」でした。これは短期的な成果ではありません。信頼性、サービスの品質、オペレーションデータという基盤を何年もかけて積み上げた結果です。すべてが成熟のレベルに達したとき、パートナーシップのような実りが得られるのです。

「規律ある成長」という選択——急拡大の誘惑に抗い、基盤づくりを優先する経営判断
Zun: Fundiinの成長においては「コントロールド・グロース(規律ある成長)」という戦略が特徴的です。その背景にある考えや原体験について聞かせてください。
Cuong: 私が最初に創業したスタートアップでは、ユニットエコノミクスやリスク管理を軽視したままトップラインを伸ばした結果、キャッシュフローと運営リスクの悪化から失敗に近い状況に追い込まれました。その経験から、Fundiinでは意図的にスピードを落とし、正しい問題を正しいタイミングで解決することに集中しました。投資家からのプレッシャーがある中でも、長期的な持続性や基盤固めを最優先にしたのです。この規律こそが、後に銀行との交渉においても実質的なレバレッジ(交渉力)をもたらしました。

2つの優先領域でのAI活用——オペレーションとリスク評価を変革する実践的アプローチ
Zun: 最後に、AIの活用についてお伺いします。AI時代において、Fundiinはどのような取り組みをしていますか?
Cuong: 私たちは、ユニットエコノミクスへのインパクトが最も大きい領域にAIを集中投下しています。優先領域は2つあります。1つ目は「リスクアセスメント(信用評価)」です。AIが非構造化データを構造化し、より迅速かつ精度の高いクレジットスコアリング(信用スコア算出)を実現しています。2つ目は「オペレーションの効率化」であり、カスタマーサービス、申請の事前スクリーニング、それらを踏まえた意思決定の構造化といった繰り返しのタスクをAIが担います。KPIとしては、実現可能なケースにおいてカスタマーサポートのやりとりの90%以上をAIが処理することを目標に設定しています。もちろん、データプライバシーとコンプライアンス遵守のもとでの厳格な管理を維持しています。重要な視点として、AIはスケールを加速し、PMFの検証を速めますが、それはすでに基盤となるシステム、リスク管理体制、コントロールド・グロースが機能しているからこそ有効なのです。AIは戦略の方向性を変えるものではなく、既存の事業基盤を強化するツールだと考えています。
まとめ——PMFは到達点ではなく、継続的な検証プロセスである
今回のOrbit Workshopを通じて、Cuongさんが一貫して伝えてくれたメッセージは「PMFとは一度達成すれば終わりのマイルストーンではなく、市場・製品・オペレーションの基盤整備の状況を継続的に検証し続けるプロセスである」という点に集約されると思います。また、AIはあくまで「基盤の上に積み重ねるもの」であり、戦略のそのものの代替とはならないという認識も重要でした。
AIが製品・市場・競争のダイナミクスを変え続ける今、PMFへのアプローチもまた変化し続けなければなりません。ジェネシア・ベンチャーズでは引き続き、こうした実践的な知見の共有を通じて、次世代のスタートアップ・エコシステムの発展を支援していきます。

※これは、2025年3月30日時点の情報です。


