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事業のネタ帳 #29 逆張りの Re-skilling as a Service

事業のネタ帳

働く人の学び直し(リスキリング/Re-skilling)の支援策を検討する自民党の議員連盟が今月中にも発足されることが明らかになりました。

自民党、リスキリング議連発足へ 労働移動・賃上げ促す|日本経済新聞

設立趣意書案にもある通り、マクロで見ると「人口減少を補うだけの1人あたり生産性の向上、平均所得の向上がなければ国内総生産(GDP)を維持・拡大できない」ため、そのギャップを埋めるべく国を挙げてリスキリングを推奨しよう、という考えです。

具体的には5年で1兆円の財源を充て、以下の施策を実行していくとのこと。

①転職・副業を受け入れる企業や非正規雇用を正規に転換する企業への支援
②在職者のリスキリングから転職までを一括支援
③従業員を訓練する企業への補助拡充

多様な属性の優秀な人材を呼び込み、スタートアップをより一層の成長産業にしていきたい1VCの立場からしても、大いに賛成です。

目次

  1. なぜ「逆張り」なのか
  2. 1. 決裁主体の壁
  3. 2. 個別最適の壁
  4. 3. 雇用慣行/採用環境の壁 
  5. Re-skilling as a Service の類型
  6. お知らせ

なぜ「逆張り」なのか

実行の不確実性はさて置き、施策の内容だけ見れば、賃上げを伴う成長産業への労働移動と、社会全体における失業率の低減を両立させる妙案に見えます。

雇用の流動性向上は賃金の上昇に繋がり、賃金の上昇は物価の上昇に繋がり、物価の上昇は政策金利の上昇を許容させるため、現在世相を賑わせている為替相場を好転させる(というよりは、長期的に円の通貨価値安定に繋がる)妙手となるかもしれません。

いずれにせよ、岸田政権が謳う賃上げ/雇用の流動性向上は、マクロ政策的には正しい打ち手なのだろうと思います。

ただし、この「マクロで解決したい課題」をミクロの粒度に落とした時、より具体的には我々スタートアップが10年で100億円の売上を作りながら持続的な成長を遂げていくための「ビジネスモデル」に転換することを考えた時、超えなくてはならない大きな壁が厳然と存在するのもまた事実です。

今回のネタ帳では、それらの超えるべき大きな壁を概観しつつ、マクロとしては「順張り」であるもののミクロとしては「逆張り」のリスキリングが、スタートアップのビジネスモデルとして成り立ち得るのか、成り立つとしたらどのような形態を取り得るのかという点について書いてみたいと思います。

1. 決裁主体の壁

一つ目の障壁は、決裁主体、決裁構造の壁です。

前提として、リスキリングの市場をB2Cのビジネスモデルで切り拓く難易度は極めて高いため(強烈なスキルアップ意欲を、雇用主または転職先からの補助もなく持ち続けられる個人というのは社会全体で見ると限定的と考えられる)、B2B型のアプローチで、法人向けに何らかのソリューションを提供する事業体を想定する方が発想として自然なのですが、そのソリューションの導入と費用負担を誰が担うのか、というのがまず最初の関門となります。

「リスキリング」というのは標語的な概念に過ぎないので、これを営利企業が持つ生々しい課題という粒度まで落とし込むと、「従業員の離職防止」と「採用難の解消」という表裏一体のニーズに収束します。

実際には、離職防止のニーズがより強い企業、採用難解消のニーズがより強い企業、といった具合に一定のグラデーションがあるとは思いますが、ここでは導入企業の思惑として「離職防止」の趣旨がより強いものと仮定します(離職率が高止まりしたままどれだけ採用を頑張っても問題の根っこが解決しないため)。

とすると、リスキリングサービスの決裁主体となる可能性が高いのは(従業員/労働者の視点で)「雇用主」の企業ということになります。その場合、サービスの受益者(従業員)と費用負担者(役職者・企業)が異なることが営業上のハードルとしてのし掛かるでしょう。

従業員としては無料でスキルアップができて嬉しい一方、スキルがつけばつくほど転職市場での価値も高まっていき、離職防止という企業側の意図に反して転職機会が増えてしまうというジレンマが付き纏うからです。

2. 個別最適の壁

二つ目の壁は、個別最適の罠です。

離職防止や組織内の最適配置を目的とした企業向けのUp-skilling/Re-skillingは、それぞれの会社の戦略、戦術に最適化した形で提供される引力に引っ張られるため、SaaSプロダクトが志向するような「共通仕様化」には相応のハードルがあります。

“Upskilling 2025″で有名な米Amazonにしても、倉庫作業員などを含む全社員の3分の1が近い将来の”In-Demand Job”に対応できるよう、実践的なリスキリングプログラムを1,000億円以上の費用を投じて構築していますが、プログラムの内容自体は(汎用サービスを使って作るというよりは)独自開発の色が濃く出ている印象です。

Upskilling 2025|amazon

ちなみにこのプログラムには、技術的なバックグラウンドを持たない従業員がソフトウェアエンジニアリングのキャリアに移行して成功するために必要なスキルを身につけるための「Amazon Technical Academy」、フルフィルメントセンターの従業員がIT経験の有無にかかわらず技術職に移行できるよう訓練する「Associate2Tech」、技術的なバックグラウンドを持つ従業員にオンサイトトレーニングプログラムを通じて機械学習のスキルを利用する機会を提供する「Machine Learning University」などがあり、とにかく手厚い印象です。

Amazon Pledges to Upskill 100,000 U.S. Employees for In-Demand Jobs by 2025|businesswire

ただし、Amazonは世界でも有数の、有形資産と無形資産を併せ持つ「IT企業」であるため、教育ノウハウやリソース、リスキル後の配置転換のしやすさという点で、下駄を履いている節は否めません。

その他多くの、従来産業に属している大手企業にとっては、そもそも自社のDXモデルのグランドデザインを描き、人材の配置や採用を計画的に実行できるかどうかでリスキリング自体の成否が決まってしまう構図があることを踏まえると、リスキリングはそれ単体で機能するというよりも、組織戦略の一環として効果を発揮する側面が強いと言えます。

日本国内の事情を想像してみても、大手企業になればなるほど、リテンションプログラムなどの下流工程のみならず、組織戦略の策定や実行のコンサルティングといった上流工程から入り込む必要が出てくることは想像に難くありません。

全体最適<個別最適のインセンティブが事業特性上強く働いてしまうのは、上記のような背景に依ります。

3. 雇用慣行/採用環境の壁 

三つ目の障壁は、事業モメンタムの形成要因としての外部環境の壁です。

米国でUp-skilling/Re-skillingが伸び始めている構造的な因子の一つに、インフレ基調に伴う全産業的な人件費/採用費の上昇があり、それが一部の成長産業にとどまっている日本とは(少なくとも現時点では)環境が異なります。

例えば米国では、新たなスキルに対応する人材を新規で採用するのにかかるコストは、年収の半分~2倍とも言われています。一方で、既存社員を再教育するのにかかる費用は1人あたり平均で約24,000ドルと見積られており、このコストギャップがリスキリングニーズに転化していると見る向きが自然です。

これは、本質的には雇用の流動性と連動する話であり、労働者と雇用主の結びつきが元来深く、福利厚生の高待遇や年功序列的価値観によって更にその結びつきがしがらみのレベルまで強まってしまっている日本において、「人材の流出懸念とその予防策としてのリスキリング」にどこまでの熱量が生じるかは正直未知数と言えます(上述のコストギャップは日本においてもある程度再現されそうですが)。

Re-skilling as a Service の類型

上記のようなハードルを踏まえると、このドメインで、スケーラブルな高成長企業を7〜10年で創出する難易度はかなり高いというのが今のところの所感です。

ただし、転職や副業に対する労働者の価値観もこのところ大きくアップデートしつつあり、賃上げに対するガラスの天井がこの国のボトルネックであることに政府も気づき始めている機運ではあるので、やり方によっては突破口が開けるような気もしています。

個人的には、大きく二つの登山口があると考えます。

一つ目は、ISA(所得配分契約)型の職業訓練事業です。

上述した「決裁主体の壁」では、雇用主をサービス費用負担の主体と仮定していましたが、これを転職受け入れ元の企業が負担する形に発想転換してみると違った景色が見えてきます。

企業側は新規に採用したい職種の要件とスキルセットを提示し、そのニーズをリスキリングプログラムに落とし込んで候補者に受講してもらい、晴れてマッチングして採用が決まったら成功報酬として企業から手数料を得るというモデルです。

このモデルは「出世払い型のソフトウェアエンジニアの養成スクール」として、国内外にいくつもの先例があります(一般には第三者機関が提供することが多いですが、先述のAmazon Upskilling 2025では、フルフィルメントセンターの社員が希望する需要の高い職種に就くための前払い授業料プログラム「Amazon Career Choice」を提供していたりします)。

留意したい点としては、無料でのスキルアップは労働者目線で魅力的であるものの、彼ら彼女らが転職したいと思える企業をそのプラットフォームが誘致できていないと、転職のミスリードリスクがあるということでしょうか。

また、ソフトウェアエンジニアやウェブデザイナーのような定量的に評価しやすい職種以外のスキルをどのように可視化し、それを求める企業とマッチングするかという課題も残ります。

一方で、「スキルフィットで採用したものの、オンボーディングに失敗して更に採用コストが嵩む」というようなケースが散見される現在の人材仲介市場においては、焼畑的ではない持続可能な採用支援事業が人気を得て然るべきだと思うので、何とか知恵を絞りたいところです。

二つ目の登り方は、スキル管理SaaSからの垂直統合的参入です。

筆者の投資先に、製造業や建設工事業などを対象にした、デスクレスワーカーのスキル・教育訓練・資格履歴を一元管理できるスキルマネジメントSaaSを提供するSkillnote(スキルノート)という会社があります。

計画的な育成と配置を実現|社員のスキル・教育・資格を見える化する、スキルマネジメントシステムSkillnote(スキルノート)

現時点では「過去〜現在の延長線上で考えられる必要スキルを漏れなく定量的に捕捉し、先回りして教育を施す」ことに主眼を置いていますが、こうした製品をリスキリングの文脈で捉え直してみると、事業機会が大きく拡がっていく感覚があります。

労働人口の不可逆的な減少をトリガーに現場産業のDXは待ったなしで加速しているため、「多能工の育成」という現在のスコープを大きく拡張し、「ITフレンドリー、ロボットフレンドリーな現場人材を多数輩出するリスキリングプラットフォーム」にまで昇華することで、より大きな需要を創造できるのではと妄想しています。

従来産業×リスキリングというと、なぜか「プログラミングを学んでソフトウェア思考を身につけよう」みたいな極めてフワッとした題目に落ちてしまうきらいがあるように思うのですが、これを職能ごとにプログラムとして最適化したら良いのではないかと思うわけです。

以上、長々と仮説を書き連ねてきましたが、まだまだ柔らかいアイディアではあるので、この領域に関心のある起業家の方がいましたらぜひ共に議論をさせていただきたいと思っています!

→ご連絡はこちらから。

筆者

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