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10年の軌跡とこれからの10年

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1.プロローグ

2016年8月31日、横浜の自宅でジェネシア・ベンチャーズを創業しました。オフィスもなく仲間もいない、ファンドも1円も集まっていない、本当に何もない状態からのスタートでした。あの日から早10年が経ち、ジェネシア・ベンチャーズは一つの大きな節目を迎えました。

なぜ今、この文章を書こうと思ったのか。

創業当時は、メガバンクとサイバーエージェントというある意味で対極的なキャリアで見えてきた景色を大切にしながら、日本と東南アジアで産業の創生を担うVCを実現したいと考えての創業でした。しかし、自身の年齢の積み重ねや、コロナ禍や生成AIの急速な進化などもあり、この10年で自分が見えている景色が大きく変化してきました。その変化を、この10年という節目に書き残しておきたいと思ったからです。

2.10年の軌跡

この10年、私はファンドごとに掲げるテーマを意識的に変えてきました。

2016年8月に組成した1号ファンド(40億円)では、「田島個人として実績を残す」ことを強く意識しました。HRBrainタイミーをはじめ、投資先の皆さんが大きな成長を遂げてくださったお陰で、1号ファンドは既にLPの皆さんにリターンをお返しするフェーズに入っていますが、当時は名前が全く知られていないのはもちろん、実績も何もない状態で、とにかく起業家に選んでいただくために全力を尽くしていたのをよく覚えています。

2019年12月に組成した2号ファンド(80億円)では、「チームとして成果を出す」、つまり田島個人が大きな成果を出すことはもちろんですが、チームとして大きな成果を出すことを強く意識してきました。投資先一社に対してGP(General Partnerと呼ばれる投資の意思決定者)とメンバーがペアで伴走する体制を構築したり、チーム全体でナレッジをシェアし合う仕組みを積極的に整えたりしてきました。

2022年1月に組成した3号ファンド(150億円)では、「チームの一人ひとりが活躍するステージを広げる」ことを強く意識してきました。個人では集められない数の観客も、チームでならきっと集められる。ジェネシアのメンバー一人ひとりが相乗効果を生み出し合うことで、個人の何十倍、何百倍もの大きなことに挑戦できる組織を目指してきました。

「個人で実績を残す」→「チームとして成果を出す」→「仲間が活躍するステージを広げる」。この10年は、この3段階を一段ずつ、手探りで登ってきた10年でした。

また、事業領域という軸でも、私たちは静かに舵を切ってきました。ここ数年、スタートアップが挑戦するイノベーションの舞台そのものが、情報レイヤーから技術レイヤーへと深く、大きく拡大していると強く感じています。合わせて、効率化・合理化といった”量”の指標に加えて、人生の豊かさや経済活動の持続性という”質”の指標が強く問われる時代へ。3号ファンド以降、私たちが少しずつディープテック領域への投資比率を高めてきたのも、この変化に合わせて自分たち自身が進化し続けなければならないと考えたからです。

そして、今年発表した4号ファンドでは、こちらのプレスリリースにある通り、新たなコンセプトである「Asia Origin」を掲げ、約180億円にて組成完了しました。その具体的な方針については後ほど改めて触れますが、いよいよ次なるステージに向かいたいと考えています。

3.自身を支えてきたものとそこからの学び

銀行を辞めてサイバーエージェントに転職したタイミングや、ジェネシアを創業したタイミング。どちらも、私の人生の中で不確実かつ大きな意思決定でした。そのときの意思決定を支えてくれたのは、自己実現に向かいたい欲求と、自分ならきっと乗り越えられるという、自分の中にある「根拠のない確信」のようなものでした。むしろ、それしかありませんでした。

創業期の起業家と日々向き合う中で常に感じているのは、ゼロからイチを生み出そうとする挑戦には、様々な意思決定の精度を高める判断材料と呼べるものがほとんど存在しないということです。市場データも、過去の成功事例も、時には自分自身の実績すらも、まだ何も証明してはくれない。手元にあるのは、自分ならこれを成し遂げられるという、「根拠のない確信」だけではないでしょうか。

「根拠のない確信」。これこそが、ゼロからイチを生み出すために、最後まで手放してはいけない最も大切なものだと思います。実績や外部からの評価に頼っていては、まだ誰も証明していない未来に、最初の一歩を踏み出すことなどできないからです。銀行を辞めた日も、ジェネシアを創業した日も、私を前に進ませたのは、まさにこの根拠のない確信でした。だからこそ私は、ゼロからイチを生み出そうとしている起業家という存在に、誰よりも自分自身を重ねてしまうのかもしれません。

これまでの歩みを振り返って感じるのは、根拠のない確信を持ってその道を選び、様々な苦労に遭遇しながらも、何とか形にしてきた経験こそが、その確信をより一層強くしてくれるということです。

そしてもう一つ、現在の生成AIの進化を見ていて感じているのは、この「根拠のない確信」こそが、これから先、人間と生成AIの間で最も本質的な役割分担の軸になっていくのではないかということです。生成AIの進化は、人間から仕事や思考を奪うものではなく、むしろ人間の生き方を、より人間らしいものへと近づけてくれている。そして、「根拠のない確信」に基づいたゼロからイチを生み出す挑戦は、人間の重要なミッションであり続けると信じています。だからこそ私は、ゼロからイチを生み出そうとする起業家に、これからも向き合い続けたいと思っています。

4.自身の人生観のアップデート

2021年にこの記事の中で、私は「自己実現とは、ある地点で到達するものではなく、今この瞬間を自分らしく生きること、そしてその積み重ねそのものだ」と書いています。そして、この考え方は5年経った今も変わっていません。

ただ一つだけ、考えが深まった部分があります。当時の私は、「今この瞬間を自分らしく生きる」という営みは、ある意味で自分一人で完結する、どちらかというと”個人”のものとして捉えていました。でも、ジェネシアという場で数えきれないほどの起業家や仲間と真剣に向き合い、切磋琢磨させてもらってきた中で、気づいたことがあります。今この瞬間を自分らしく生きる人——私はそんな人たちのことを”活き人“と呼んできました——は、一人で完結するよりも、活き人同士が出会い、互いにエンパワーメントを届け合う、そのような関係性の中で初めて、更に光り輝く活き人であり続けるということに。

これは、ある意味で当然のことですし、ジェネシアを創業した当時の私にそれを話したら、頭では理解できるかもしれません。しかし、50歳を超えた今見えている景色は全く違います。だからこそ、次の10年の私のテーマは、「自分がどう生きるか」ではなく、「活き人同士の出会いの創造を通じて、次世代によりよい社会を引き継いでいくか」に徐々にシフトしていくつもりです。

5.次の10年に向けて

この10年、私たちは、出会いと共創の総量を増やし、新たな価値を数多く生み出すための概念として、「産業創造プラットフォーム」という言葉を掲げてきました。起業家と投資家、起業家と大企業、起業家と研究者——産業創造を担うこのようなステークホルダーの間には大きな情報の非対称性が存在し、それらが出会いと共創の阻害要因になっているのは間違いのない事実です。だからこそ、もしそれらを少しでも低減できれば、一期一会の総量が増え、ひいてはイノベーションの総量も高められると考えており、一つの大きな取り組みをしてきました。

具体的には、2019年5月に株式会社グランストーリーを設立し、STORIUMという資金調達や協業・共創を加速させるプロダクトを育ててきました。そして、STORIUMは、スタートアップ・投資家・大企業・自治体・アカデミアといった、産業創造を担うステークホルダー間の情報の非対称性を低減することで、2021年のリリース以来、参加企業は950社となり、累計3,436件の出会い(累計メッセージ数24,561件)を届けてきました(2026年8月末時点)。

そして、私たちはこの先の10年で、国や産業の境界を越え、ステークホルダー同士の出会いにとどまらず、ナレッジやノウハウを横串のデータでつなぎ、イノベーションの総量を高める産業創造プラットフォームの実現を構想しています。

そして、先述した4号ファンドの「Asia Origin」という概念は、まさにこの産業創造プラットフォームを構築し、育てることを通じて、アジアで大きな産業を生み出していく第一歩に他なりません。

なぜ今なのか。

一つ目は、この10年で積み上げてきたイノベーションを”科学”する営みが、ようやくその不確実性を地域を跨いで捉えられるだけの解像度に達してきたからです。

私たちは今年、投資判断の共通言語である「Market iO」を、市場の”仕上がりの結果”を静的に分類するフレームワークから、その市場を動かす電圧(需要)と抵抗(需要を堰き止める因子)の構造そのものを捉えるフレームワーク「Ignition iO」へとバージョンアップしました。

そして、この構造を捉える眼を持つからこそ初めて可能になるのが、ある国で立ち上がったビジネスを別の国に持ち込む「X for Y」の型や、日本・インドネシア・ベトナム・インドという4つの拠点を持つ私たちだからこそ気づける地域の比較優位を起点に、グローバル事業を構想する「グローカル」の型です。属人的な勘や経験のみに依存するのではなく、構造として言語化された知見だからこそ、国境を越えて持ち運ぶことが可能です。

今回、「Ignition iO」をベースとしたアジアにおける有望事業領域について、「Ignition Compass」という形でリリースしましたが、次の10年で、その不確実性を捉える解像度を更に高め、地域を跨いでリアルタイムに共有することで、数多くの価値の創出や大きな成果に繋げていきたいと考えています。

二つ目は、生成AIが指数関数的に進化し、この構想を現実的なものにしつつあるからです。

これまでのソフトウェアは、機能を個別に実装し、人が判断しやすいように情報を整理して提示する役割を果たしてきました。しかし生成AIの時代には、私たち独自のデータベースを絶えず記録・更新し続け、生成AIがそこにアクセスすることで、最適な出会いの提案や、企業価値を高めるナレッジ/ノウハウのインプットまでも、人の手を都度介さずにエージェンティックに役務として提供できるようになっています。

先述したSTORIUMは、この5年間で蓄積してきた独自の一次情報をAIで解析し、ユーザー自身が「探す」ことを前提とせず、双方がまだ気づいていない価値ある出会いを先回りで提示できるフェーズに進化しようとしています。この動きを、日本だけで終わらせるつもりはありません。今後10年で、STORIUMをアジア全域の”出会いのインフラ”へと育てていきたいと考えています。

産業を創るのは、最終的には一人ひとりの人間です。

国境や産業の垣根を越え、出会うべき個人や必要なナレッジ・ノウハウに必然的にアクセスできる世界を実現したい。4か国に跨るナレッジやノウハウを「Ignition iO」が、人的ネットワークを「STORIUM」が横軸のデータで繋ぎ、そこにAIを常駐させることで、日本の起業家が東南アジアやインドの市場・知見にシームレスにアクセスでき、東南アジアやインドの起業家が日本の大企業や技術、人材といった資産にシームレスにアクセスできる世界を創りたい。そうした、人・情報・資本が地域を跨いで循環する産業創造プラットフォームを、次の10年で実現していきたいと考えています。

もちろん、こうして面を広げ、厚くしていけばいくほど、私一人ではとても担いきれません。東南アジアで積極的に投資できているのはGeneral Partnerの鈴木の存在はもちろん、ベトナム拠点の代表Dung、インドネシア拠点の代表Elshaの存在があってこそですし、今回のMarket iOのリニューアルを主導してくれたのは、インド拠点を率いる相良でした。このように、この10年間ずっと意識してきた「田島個人の価値ではなく、ジェネシアというチームの価値を育てていく」という考え方が、これからの10年は一層大切になっていくと考えています。

6.エピローグ

この10年を振り返ると、感謝しかありません。

父は50歳でこの世を去りましたが、私は今年、その父が去った歳を超えて、まだこうして走り続けられています。不器用だった父の生き方も、誰よりも努力して働いてくれた母の背中も、今の私を形づくっている大切な一部です。

そして、この10年、ジェネシアというまだ何の実績もない船に乗り、共に汗をかいてくれたメンバー一人ひとり。1号ファンドの頃、まだ何もなかった私たちを信じて資金を託してくれたLPの皆さん。そして何より、実績も何もない中で、私たちを”最初の株主”として選んでくれた起業家の皆さん。シードVCは、起業家に選ばれなければ何も始まらない仕事です。その意味で、この10年ジェネシアが積み重ねてきたものは、すべて皆さんに与えていただいた機会の結果でしかありません。

次の10年も、私はこれまで育ててきた「根拠のない確信」を礎に、より大きなスケールで向き合っていきたいと思っています。日本という国境の中だけで、活き人と活き人が出会い、支え合う時代ではなく、アジアという大きな可能性を持つ世界の中で、国境を意識することなく、活き人同士が必然的に出会い、互いが抱える不確実性を分かち合いながら、次の産業を、次の社会を、共に創っていく。これが私たちが掲げている「Asia Origin」の世界です。そんな景色を、この目で見届けたいと思っています。

最後に、一人ひとりの名前を挙げることはできませんが、この10年出会ってきたすべての仲間・応援していただいている皆さんに、心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。本当にありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。

2026年9月 田島 聡一

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