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経歴よりも「越境」と「グロースポテンシャル」でつくる、AIネイティブな組織像|メルカリ 木村 俊也

ジェネシア・ベンチャーズがスタートアップ起業家に向けて立てた『10の問い』。

本稿では『目標設計と成果へのスタンス』というテーマで、メルカリの執行役員 CHRO 兼 CAIO(Chief AI Officer)である木村 俊也さんにお話を伺いました。

  • 目の前のその目標は長期的な企業価値の最大化に繋がるものか?
  • ビジョンからの逆算と足許からの積み上げをシームレスに繋ぐデザインが描けているか?

という問いへの、木村さんの回答は—?

  • インタビュアー:ジェネシア・ベンチャーズ Head of Impact 公山 倫子
  • 写真、デザイン:尾上 恭大さん、割石 裕太さん

「ビジョンやバリューがしっかりと浸透している組織が強い」という原則

interviewer:まず、木村さんが考える「良い組織」についてお伺いします。AI時代を踏まえて、組織はどのような方向に向かっていくとお考えですか?

木村:これまでどういう組織が良かったかという議論と、これからどういう組織を目指すかという議論は、少し違うかなと思っています。ただ、一貫して言えるのは「ビジョンやバリューがしっかりと浸透している組織が強い」ということです。

interviewer:それは普遍的な原則だということですね。

木村:はい。これはもうずっと言われ続けていることで、スタートアップの方々にもぜひ参考にしてほしいです。いつまでも成長を続けられる組織でありたい、というのがすごく大事なことだと考えています。組織は成熟していくにつれて、スピード感が落ちたり、挑戦が少なくなったりします。だからこそ、いつまでも成長し続ける、かっこいい会社であり続けるためには、大胆な行動が必要です。攻め続けること、つまり「Go Bold(大胆にやろう)」の姿勢が求められます。

interviewer:メルカリのバリューの一つですね。

木村:はい。私たちは「Go Bold」「All for One(全ては成功のために)」「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」「Move Fast(はやく動く)」という4つのバリューを掲げてきました。これは、攻めと守り、そして個人のプロフェッショナリズムのバランスを取るためのものです。

最近では、経営会議などを通して、もう一度スタートアップのように大胆に攻めること[*1]を目指しています。一貫して言えるのは、成長する組織はビジョンが明確で、メンバーがそれを理解し、同じ目標に向かっていけるかどうかが重要だということです。トップがブレてしまうと、会社のカルチャーは浸透していきません。

[*1]メルカリは、創業12周年を迎えた2025年8月期より、経営テーマの一つに「Back to Startup」を掲げ、社内の意思決定会議のあり方や開発プロセスの見直しを進めている

カルチャー浸透は、地道な努力の積み重ね

interviewer:木村さんが入社された頃は、社員数も今よりずっと少なかったと思います。組織が拡大する中で、多様なバックグラウンドを持つメンバーにどのようにバリューを浸透させていったのでしょうか?

木村:僕が入社したのは2017年で、組織はまだ200〜300人くらいだったと思います。そこから多様な国籍のメンバーを採用するようになり、バックグラウンドも言語も違う人たちが増えました。規模も10倍ほどになりました。だからこそ、バリューの浸透が重要でした。

interviewer:具体的にはどのような取り組みを?

木村:ウィークリーの全社ミーティングで経営陣が、自分たちの考え方やバリューに通じる話を語り続けています。

interviewer:毎週ですか。

木村:以前は毎週でしたが、現在は2週間に1回です。他にも、経営合宿では必ずバリューやカルチャーについて話し合います。自分たちのバリューを見直したり、今の状態とズレがないかを確認したりするセッションを必ず設けています。2日間のオフサイトをやることもありますし、カルチャーへの投資はかなり多い会社だと思います。

interviewer:バリューの浸透を重要な経営テーマだと認識して、時間も労力もかけられているのですね。

木村:なぜそこまでするかと言えば、カルチャーというのはそんなに簡単に作れるものではないし、簡単に浸透するものでもない、ということです。バリューを作ったからといって、すぐに組織になじむわけではありません。浸透させるための地道な努力をずっと続けているんです。この点は、もしかしたら誤解されやすい部分かもしれません。

interviewer:初期の段階でカルチャーフィットを重視しないと、後から修正するのは難しいですよね。

木村:本当にその通りです。最初にそこをしっかりやっておかないと、後からはなかなか変えられません。多くの経営者が同じような壁にぶつかっているのを見てきました。なぜうまくいったのか、その背景にどんな仕組みがありどんな人がいたのかを深く理解しないままに表面だけ真似してもうまくはいかないと思います。

採用の軸は「プラクティカルスキル」から「グロースポテンシャル」へ

interviewer:カルチャーを浸透させる上で、採用も重要なポイントだと思います。メルカリでは採用において、どのようにカルチャーフィットを見極めているのでしょうか?

木村:基本的には、バリューを軸に採用と評価を行っています。評価制度については、一般的にコンピテンシー評価と呼ばれるものが、メルカリではバリュー評価になっています。ベース給は、4つのバリュー(Go Bold, All for One, Be a Pro, Move Fast)を各グレードの期待値に照らして評価されます。

interviewer:採用面接でもバリューに関する質問をされますか?

木村:はい。一例としては、「Go Bold」に関してどんな挑戦をしたか、「Be a Pro」としてどんな意思決定をしてきたか、「All for One」の観点でどんな言動をしてきたか、といった質問をします。テクニカルスキルももちろん見ますが、バリューに関する質問は他社とは違う体験になるかもしれません。ただ、これは今までの考え方で、採用戦略はこれから大きく変わっていくと思っています。

interviewer:AIの時代になって、求める人材像も変わってきたということでしょうか?

木村:時代が大きく変わっているので、これからどんな人が活躍するのかを見越した採用戦略が必要です。僕らが今考えているのは、カルチャーマッチを大前提とした上で、これまでの「実務経験(プラクティカルスキル)」が必ずしもすべてではないということです。

interviewer:実務経験よりも重要なものがあると。

木村:これからは、その人がどれだけ成長できるかという「グロースポテンシャル」が重要になると考えています。今はAI変革期で、常にアンラーニングして新しいことを学んでいく姿勢が不可欠です。このグロースポテンシャルは、専門性を深めるだけでなく、「横に広げていく力」も含みます。僕らはこれを「越境」と呼んでいます。

interviewer:越境、ですか。

木村:実際に、エンジニア、PM、デザイナーといった職種の垣根を越えて、自分の領域以外の仕事にも挑戦してもらう取り組みを始めています。例えば、バックエンドエンジニアがデザインやモバイル開発も手がける。こうすることで、少人数で意思決定ができ、仕事のスピードが格段に上がります。

interviewer:ものづくりの領域ではイメージしやすいですが、コーポレート部門などでも「越境」は求められるのでしょうか?

木村:もちろんです。開発部門だけが高速化しても、企画やガバナンスといったコーポレート領域がボトルネックになっては意味がありません。彼らにも「越境」を期待しています。自分の能力を広げていくポテンシャルを採用の段階でも重視していきたいと考えています。

全社変革の起点となった「AIネイティブカンパニー宣言」

interviewer:組織のあり方や働き方が大きく変わる中で、何か象徴的な転換点はありましたか?

木村:やはり、2025年に進太郎さんが全社に向けて「AIネイティブカンパニーになる」と宣言したことですね。これがなければ、会社は変われなかったと思います。

interviewer:トップの宣言が重要だったと。

木村:はい。働き方や制度の変革は、ボトムアップだけでは限界があります。あの宣言があったからこそ、僕たちも「AIタスクフォース」というチームを作り、エンジニア、非エンジニア問わず、全社でAI活用を推進することができました。33職種の仕事をすべて棚卸しして、100人(うちエンジニアが50人)をアサインしました。プロダクト開発を担うエンジニアを、リーガルやHRといったコーポレート部署にアサインしたわけです。これは当時としても、今考えても、なかなかできる意思決定ではないと思います。

interviewer:すごい覚悟ですね。

木村:その結果、全社でのAI活用率は100%になりました。ただ、それでもどこか物足りなかった。コーディングや企画書作成といった個別のタスクにAIを使うだけでは、会社の生産性は爆発的に上がらないのではないか、という疑問が湧いてきたんです。

interviewer:本質的な変革には至らなかった。

木村:そうです。本質的にAIを活用しきるためには、評価制度や組織構造といった会社の制度そのものを変えなければならない。現場がAIを前提とした働き方に変わっているのに、制度が旧態依然のままでは、新しい挑戦は評価されません。現場で起きている変化の解像度が高い人間が人事の舵取りをしないと、本当の意味での変革は起こせない。それが、僕がCHROになった背景でもあります。

CEOが「脳」だとすれば、人事は“脳の指令を全身に伝える「脊髄」”

interviewer:エンジニア出身の木村さんがCHROに就任されたのは、まさにその課題意識からだったのですね。

木村:AIによる変革は、現場で起きている変化のスピードがとても速いんです。人事が持つ制度設計や組織づくりの専門性と、現場でAIを使い倒してきた人間の解像度、その両方がそろって初めて、新しい働き方を制度に落とし込めると考えました。メルカリの場合、変革の起点がエンジニア組織だったので、エンジニアリングのトップだった僕がCHROを担い、人事のメンバーと組むという形を選びました。どの会社にもこの形が合うわけではなく、メルカリの今のフェーズに必要なドラスティックな役割変更だったということです。

interviewer:人事と現場の距離が近いことが重要だと。

木村:僕は、経営と人事は一体だと思っています。CEOが「脳」だとすれば、人事は「脊髄」です。脳からの指令を全身に伝え、時には逆に現場からのフィードバックを脳に返す役割。だから、人事と経営は同じ視座で物事を考えなくてはいけません。

interviewer:脳と脊髄、おもしろい比喩ですね。

木村:CEOとCHROの意見が合わないと、脳と脊髄が断線しているようなもので、機能不全に陥ってしまいます。自分が確実にそうなれているというわけですが、CHROという役職は、CEOにとって本当に信頼できる、経営の分身のような人が担う必要があります。特にスタートアップの初期段階では、CEO自身が人事の役割を担うのも手だと思います。

interviewer:その考えのもと、今まさに評価制度の改革に取り組んでいらっしゃると。

木村:まさに、AIネイティブな働き方を前提とした、新しい等級制度や評価制度を設計している最中です。これも僕たち人事だけでなく、現場のVPやディレクターを巻き込んで、全員の自分ごととして作っています。そうしないと、新しい制度を導入したときに、現場のリーダーたちが自分の言葉でメンバーに説明できませんから。来年に向けて、今が本当に正念場です。

「もし、AIネイティブなスタートアップをゼロから作るなら?」

interviewer:もし木村さんが、今から5人〜10人規模のAIネイティブなスタートアップを0から作るとしたら、何から始めますか?

木村:最初に考えるのは、人数を増やすことよりも、これから仲間が増えたときにAI前提の働き方のまま組織が大きくなれる土台をどうつくるかです。後から仕組みをAI前提に変えるのは本当に大変なので、最初の段階で、すべての情報をAIが読み取れる「AIリーダブル」なかたちで設計しておきます。意思決定はコンテキストがすべてなので、売上、顧客情報、社員情報など、あらゆるデータをデジタル化しておくことが大前提です。

interviewer:組織構造はどうしますか?

木村:最初から全員が「越境」する前提でチームを組みます。開発者はすべての領域を担当し、PMも開発をする。CEOは社長業だけでなく、CHROやCFOの役割も担う。少人数で回すためには、一人ひとりが複数の役割をこなす必要があります。すべての業務プロセスにおいて、「これはAIで自動化できないか?」と常に疑い、設計していく。そうしないと、後々すべてが技術的負債になってしまいます。

interviewer:マネージャーのような階層は?

木村:10人規模なら不要でしょう。評価は、CEOが全員を見ればいい。その代わり、CEOにはこれまで以上に大きなビジョンを示す力が求められます。単に夢を語るだけでなく、現場が自律的に動けるような、実行可能なロードマップを示す力です。

日本の中間管理職層はこのビジョンを十分に示せていないと言われていますが、難しく考える必要はありません。会社として「お客様のために本当にやりたいこと、やれていないこと」を実現するための道筋を考える。それがロードマップになり、ビジョンになるんです。

interviewer:木村さんご自身は、どのようなビジョンを示してこられたのですか?

木村:メルカリで言えば、「もっと世界のお客様に使ってもらうにはどうしたらいいのか」という問いです。日本の商品を、どうしたら海外から買えるようになるのか。買えるようにするにはどうしたらいいのか。細かい課題はたくさんありますが、これだけ大きな問いがあれば、現場はアクションを取れるようになります。誰でも思い浮かぶような話だと思うのですが、実際には、このような会社の方向を左右するような大きなビジョンは、言い出すのにすごく勇気がいるんです。本当はみんな頭の中にあるはずなのに、言語化することが難しかったり、言い出すことにとても勇気が必要なことがあり、あまり明言されません。特に若手についてはそう感じます。

起業家は「常識を捨てろ」「サービスの意思決定だけは最後まで手放すな」

interviewer:最後に、これから組織づくりに本格的に取り組む起業家へメッセージをお願いします。

木村:若い起業家から「どこまでデリゲーション(権限委譲)していいかわからない」「自分がやったほうが早いし、良いものができる」という相談をよく受けます。AI時代になっても、この悩みは普遍的ですね。

interviewer:その問いに対して、どうアドバイスされますか?

木村:僕が意識して言っているのは、特にスタートアップ時代は「サービスの意思決定だけは、CEOが最後まで手放すな」ということです。プロダクトがマーケットフィットするまでは、CEOのわがままを貫き通したほうがいい。スティーブ・ジョブズを始め、国内外で成功したスタートアップはほとんどそうでした。その代わり、それ以外の開発の細かい部分やコーポレート領域は、早い段階で信頼できる仲間にデリゲーションすべきです。「自分がやったほうが早い」と思ってしまうのは、なぜなのか。デリゲーションしようとしている相手に問題があるのか、それとも組織の仕組みに課題があるのか。その根本原因を深く考えずに自分がやり続けてしまうと、組織は永遠にスケールしません。

interviewer:なるほど。

木村:そしてもう一つ。これからの起業家には「常識を捨てろ」と言いたいです。AIを24時間動かせば、これまで不可能だと思われていたことも実現できる時代です。これまでのロードマップに満足せず、想像もできなかったような大きなビジョンを掲げて挑戦してほしい。これからの時代を勝ち抜くのは、そういう起業家だと思います。

※こちらは、2026年11月5日時点の情報です

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