
相関する「ファイナンス」と「ミッションの実現」の”両輪の経営”が、CFOの役割|五常・アンド・カンパニー 堅田 航平
ジェネシア・ベンチャーズがスタートアップ起業家に向けて立てた『10の問い』。
本稿では『資金調達』というテーマで、五常・アンド・カンパニー株式会社の執行役 CFOである堅田 航平さんにお話を伺いました。

- 足許の実績だけではなく未来の大きな可能性を投資家に明確に伝えられているか?
- 資金調達のタイミングだけでなく、常日頃から自社の魅力を投資家に伝え、信頼の積み増しができているか?
という問いへの、堅田さんの回答はー?
- 目次
- 経営において常に必要なのは、「お金」と「人・組織」というリソース
- スタートアップへの転職で得た、「エコシステムに貢献したい」という感覚
- 唯一無二の凸凹同士をうまく組み合わせることで、強い組織が実現される
- ファイナンスにおいて重要なのは、ファイナンス以外の時間をどう過ごすか
- 投資理由の最上段に「ミッション・ビジョン」が挙がるようなファイナンス
- 大きな市場で大きくバットを振るために。“守り”あってこその”攻め”
- 積み重ねた信頼関係によって”未来”に向かう仲間をつくるCFOとして
経営において常に必要なのは、「お金」と「人・組織」というリソース
今回、堅田さんには「資金調達」というテーマでお声掛けさせていただきましたが、この『スタートアップ起業家への10の問い』という連載の土台になっているのが『組織創りの羅針盤』というコンテンツシリーズであることも踏まえて、スタートアップのファイナンスと人や組織との関連といった視点でも、堅田さんのお考えをぜひお伺いできたら嬉しいです。
その文脈で共通認識を作っておくと、僕自身は今、五常・アンド・カンパニー(以下:「五常」と表記)の執行役CFOというポジションで、財務を中心に経営を見ながら会社の意思決定に関わっていますが、専門領域としては「お金」と、実は「人」もだと思っています。個人的なミッションとして、「起業家が実現したい世界や解決したい社会課題を、より早くより良いかたちで実現する」ということを掲げているのですが、やっぱり常に必要なのは、「お金」と「人・組織」というリソースだと考えているんです。
「お金」「ファイナンス」のイメージはもちろんありましたが、「人・組織」も専門領域とは。勉強不足でした。
元々ファイナンスど真ん中でキャリアをスタートしていますし、ありがたいことにスタートアップのCFOやそれに準ずるポジションで長くお仕事をさせてもらってきて、そうした認知もしていただいていますが、キャリアにおいては、常に「お金」と「人・組織」を両輪で見てきたと思います。いくらお金を投下したところで組織や人がボロボロでは企業は成長できないですし、他方、やっぱりお金がないと採用も育成もできないということを実感してきたんです。前々職のライフネット生命時代からコーチングの勉強を始めたり組織開発ファシリテーターの資格を取ったり、スマートニュースではストックオプションや人事制度・評価制度の設計をしたり、採用の責任者を務めたりと、「お金」と「人・組織」の間にいるキャリアだと思います。
改めてになりますが、堅田さんのキャリアについてご紹介いただいてもいいですか?
新卒では投資銀行に入社して、クロスボーダーを含めたM&Aの助言に関わり、転職先のヘッジファンドでは日本株・アジア株のアナリストをしていました。その後、2008年に入社したのが、開業直前のライフネット生命です。上場準備の責任者になる前は、総務部企画担当というポジションで、経営管理、株主との協業推進に加えて、新卒採用や評価制度の設計などの組織開発業務にも関与していました。生命保険というのはストック型のビジネスなので、ご契約いただいたお客様への何十年というフォローアップが重要になります。また、規制上新しい商品を次々に作るといったことができません。そのため、いわゆるスタートアップ的な、「どんどん新しいことをしよう」「失敗から学んで次に進もう」といった文化ではなかったですし、保険業界出身の“守り”タイプの人とスタートアップ出身の“攻め”タイプの人が混ざっていたので、「メンバーのモチベーションを保ちながら、いかに一つの組織としてまとめていくか」というのが当時の僕の大きなテーマでした。オフィシャルな組織図とは別のインフォーマルなネットワークを作ることを意識しながら、さまざまな部活動を立ち上げたり。ストレングスファインダーで有名なギャラップ社の調査で、「パフォーマンスが高い人とそうではない人の一番大きな違いは、『会社の中に親友と呼べる人がいるかどうか』である」というレポートがあります。僕も、部門やポジションを超えて一体感を作ることを大切にしていました。また、僕の師匠の一人であるライフネット生命の出口さんは常々、「人間、誰しも『チョボチョボ』で能力は大きく変わらない」と言っていました。それを正として、チームの成果を最大化しようとしたら、会社に行くことにわくわくするようなモチベーションの醸成や、仕事で実現したいことやアイデアを建設的に話せる仲間との関係構築が大切になると思ったんです。それで、組織の雰囲気づくりや文化づくりといったことが、僕にとってすごく重要なテーマになりました。その後は、2014年に7番目の社員としてスマートニュースに入社しました。同社はTVCMを積極的に活用していたので、資金調達は重要なミッションでした。ただ、スタートアップのファイナンス活動というのは毎月やっているわけではないので、然るべきタイミングでファイナンスに対応しつつも、それ以外の時間は経営管理体制や組織づくり、組織の火消しや水やりなんかをし続けていた感じです。

スタートアップへの転職で得た、「エコシステムに貢献したい」という感覚
人や組織に目を向けられ始めたのは、会社から与えられたミッションであったことがきっかけかと思いますが、ご自身の興味もあったのでしょうか?
だいぶ昔のことなので当時の自分に聞いたら別の答えが返ってくるかもしれませんが、興味もあったと思います。僕が入社したタイミングでは、ライフネット生命はもうプライベートの資金調達をほぼ終えていたんです。また、生命保険というのは後払い事業なので、成長と共にキャッシュは積み上がっていく。そのため、上場するまでの約四年の間にも資金調達活動はほとんどありませんでした。それで、先述の総務部企画担当というポジションで、経営管理、規制当局対応、災害対策など、会社を前に進めていくための問題解決全般を担当していたかたちです。その中に、人や組織に関するミッションもありました。
経営管理やバックオフィスを管掌されている方で、「体制づくり」というミッションが与えられたときに、カンパニーの仕組みとしての組織創りに注力される方と、堅田さんのようにメンバー個人やメンバー同士の繋がりに目を向けたコミュニケーションやコミュニティにフォーカスされる方がいらっしゃるのかなという印象があります。
僕はどちらも得意というわけではないんですが、その時その組織において重要とされる方に注力してきたかなと振り返っています。不完全でよいので事業の成長を少しだけ先回りしながら、必要な機能を作っていくというスタートアップ的なアクションはスマートニュースで学ばせてもらいました。
スマートニュースで特に印象的だったエピソードなどはありますか?
グローバルスタンダード型のストックオプションを導入したことでしょうか。2014年の時点で、退職後でも行使できるポータビリティや入社時起点のべスティングをはじめとしたアメリカ式のストックオプションを設計していた日本の企業はおそらくほとんどなかったと思います。会社が社員を引き留める効果は薄れますが、会社の魅力そのものを高めること、ひいては日本のスタートアップエコシステム全体のことを見据えた選択でした。人とお金がもっと有機的に繋がって循環するエコシステムに貢献していきたいと思ったんです。そんな風に視野が広がったり視点が増えたりしたのは、スマートニュースのおかげかなと思います。
今回のこの『スタートアップ起業家への10の問い』という企画も、先輩起業家のみなさんのナレッジをエコシステム全体に共有することを目的にしているので、とても共感します。
起業家は本当に孤独だと思います。シリアルアントレプレナーも少しずつ増えつつありますが、ほとんどの方は当然初めてのチャレンジですから、いろいろな壁にぶつかったり落とし穴に落ちたりしますよね。そこをサポートする方々の存在は本当に大きいと思います。VCをはじめ、スタートアップに関わるみなさんの尽力で、確実にエコシステムの底上げは進んできていますよね。

唯一無二の凸凹同士をうまく組み合わせることで、強い組織が実現される
堅田さんのそのGiveの精神というか、人の努力に報いようという思想や、それこそ自分の専門外であっても組織に必要なボールを自ら拾って仕事をする姿勢だったりというのは、元々備わっている性質によるものなのでしょうか?それとも、後天的に身に着けたのでしょうか?
両方でしょうか。技術として身に着けたところもあります。性格分析をするとちょっと“サイコパスみ”が出ますし、人の気持ちの「ゆらぎ」を理解するのは苦手。EQ(Emotional Intelligence Quotient|心の知能指数)が高くないんだと思います。歴代の彼女からも、「あなたは本当に人の気持ちがわからない人ね」と言われて振られてきました。
意外ですね。
人との向き合い方についての意識や動機みたいなところを考えてみると、例えば、慎(五常・アンド・カンパニー 代表執行役 慎 泰俊氏)は、無国籍という特殊なバックグラウンドもあって、差別されたり十分な機会にアクセスできなかったりといったことを経験したようです。それでも彼は、奨学金に支えられて大学院まで出ることができたし、自身の力でキャリアの選択肢も広げていきました。一方で僕自身は、欲しい本があれば買ってもらえたり、塾に行きたいと言えば行かせてもらえたりした、とても恵まれた人間だと思います。残念ながら、世の中はとても不公平で、どの時代のどの国のどの親の元に生まれるかを人は自分で選べませんよね。目の前に選択肢や可能性があること、努力できることは、決して当たり前のことじゃない。だからこそ・・というのは少し変かもしれませんが、生まれる場所や環境を自分で選べないという不公平に、一番フラストレーションを感じるんです。その感覚を極力少なくしていきたいという想いはどこかにあるんだと思います。義憤というと大袈裟ですが、アンフェアな状態や扱いに対してエネルギーが湧いてくるタイプなのでしょうか。
人の可能性が制限されること、ある種のストレスやそれに反発するパワーみたいなものが、堅田さんの人重視の思想やアクション、五常でのお仕事に繋がっているんですね。
キャリアの中でも、自分の得意なことや実現したい世界と一番わかりやすく繋がっているのが五常かなと思います。途上国での事業はリスクも高く、仕事は大変ですが、それでもモチベーション高く毎日楽しく働けているのは、その感覚が強いからなんじゃないかなと。一方、当社に限らずミッション・ドリブンな組織を見ていてときどき感じるのは、大きな社会課題や高い目標を前に、短期的に成果が出ないと無力感や不安をより強く感じてしまいがちという点です。さらに、組織が大きくなると、だんだんと自分が一つの歯車になったような感覚も出てきてしまいますね。
成功のインパクトが大きかったり自己効力感が高かったりというポジティブな側面が、逆にネガティブに作用することもあると。
これもライフネット生命の出口さんがよく言っていた、「組織も個人も、世界経営システムのサブシステムである」という言葉があります。人は自分自身の意思で行動しているようで、実際は運や偶然の出会いの中でたまたまあてがわれたシステムの一部として、その役割を果たしているに過ぎないという考え方です。僕にもそういった感覚はあります。でもやっぱり、単なる歯車ではなくて、意思を持ったより強い歯車でありたいと、大きなインパクトを出したいと思いますよね。
組織を構成する一人であるという感覚と、思想や意思を持った一人であるという感覚。そのせめぎ合いというか、どちらを優位に置いて働くかといった感覚。なんとなくわかる気がします。
石垣って、大きい石もあれば小さい石もありますよね。それに形もいびつ。どこかで聞いた話なんですが、あれって綺麗に成形された立方体とかを重ね合わせると逆に脆くなるらしいんです。自然の中から持ってきた、いびつでも唯一無二の形の石同士をうまく組み合わせることで、結果としてすごく強い石垣ができるということだそうです。組織もたぶんそれと同じで、全員が丸かったり全員が四角かったりすると、たぶんうまく組み合わさらない。同質性の高い組織が脆いと言われるのも同じこと。尖った人材、例えるなら大きくて出っ張りがたくさんある石はそれ単体だとうまく使えないんだけど、隙間に小さい石が入ったり凸凹同士がうまく合わさったりと、お互いに引っ掛かりがあるからうまくいく。結果として強い石垣、強い組織になるということなのかなと思います。

ファイナンスにおいて重要なのは、ファイナンス以外の時間をどう過ごすか
今の歯車や石垣のお話もまさに、堅田さんの組織創りの思想を表しているのではないかと思いました。実際に堅田さんご自身や組織創りのアクションに反映されている部分もありますか?
僕は自分が器用貧乏なタイプだと自覚しているので、一つの領域で圧倒的な存在感を出すというよりは、その時その組織において一番重要なレバレッジが効く部分で仕事をするとか、空いているところがあればささっと移動してちょっと手伝ってみるとか、先ほどの石垣の例えで言うと、自分がどこにでもはまれる小さい石のような感覚で仕事をしているイメージがあります。特にスタートアップのファイナンス活動というのは年に一度くらいなので、重要なのは、それ以外の時間をどう過ごしていくか。それによって、資金調達というイベントの見通しが立つのだと思います。既存株主はもちろん、投資家はみな戦略の一貫性や事業の変化率に注目していると思うので。広い意味での組織づくり、仲間づくりという意味でお話しすると、例えば、五常はその創業以来ずっと、出資検討いただいた投資家の方々には、断られたケースも含めて、慎が直筆の手紙を送り続けているんです。そういったことの積み重ねはやっぱり大切かなと。あとは、途上国で事業をしているとやっぱりいろいろなトラブルが起きるので、良いことも、悪いことは特に、株主や金融機関を中心としたステークホルダーに対してなるべくオープンに即時性高く伝えることを心がけています。
日頃からの仲間意識の醸成や信頼関係の構築を積み重ねた上で、ファイナンスというイベントを迎えるということですね。
また、調達した資金をどう使ったか / どう使っているかということもよく見られていると思っています。要は調達したお金を、将来の収益や社会的インパクトに転換していくために、賢く使っているか。スマートニュースの最終日に社員向けにスピーチをする機会があったので、「皆さんが使う100万が、ちゃんと200万円や300万円の価値として積み上がっているかどうかを意識しよう」という話をしました。例えばマーケティングであれば、100万円の広告出稿の結果として、何人の新規顧客を獲得できて、そこから生まれる将来キャッシュフローがちゃんとプラスになるかということを意識しますよね。オフィスへの投資も、採用や教育も、ソフトウェアの開発も、言ってしまえば同じことです。例えば、オフィスへの設備投資は会計上、単に減価償却されて費用になりますが、それによって従業員のパフォーマンスやモチベーションが上がったり新しい仲間が来てくれたりと、見えない資産が積み重なっているはずなんです。その見えない資産によって会社の価値が大きく高まるという自信があれば大胆に使えばいいし、確信が持てないのであれば1円であっても使うべきではない。コーポレートファイナンスとか言うとややこしいんですが、結局はみんなが100万円を使う時に、それが会社や株主にとってプラスになっているかどうかを、全員で常に意識する文化を根付かせていきたいなと思っています。結構難しいんですが・・
お金の使い方にも企業の色が出ますよね。
全ての支出をExpenseではなくてInvestmentと捉え、そのInvestmentによってプラスのリターンを得られるかどうかということを、僕自身も考え続けていきたいですし、同じ思想を持った人を周りに増やしていきたいです。大きく成長している会社や先進的なスタートアップになればなるほど、やっぱりお金を賢く使っている印象があります。

投資理由の最上段に「ミッション・ビジョン」が挙がるようなファイナンス
五常は2024年10月に、175億円のシリーズFラウンドのcloseと約159億円のデット調達を発表されました。ここまでの堅田さんのお話で、既存の投資家との丁寧な関係構築やレポーティングの重要性を改めて感じたところですが、その前の段階として、新しい投資家から出資を受ける際に五常の世界観を伝えたりそれを信じてもらったりするための工夫やご苦労もあるかと思ったのですが、いかがでしょうか?
直接的な回答にならないかもしれませんが、株主の約8割以上が五常に投資した理由の最上段にミッション・ビジョンへの共感を挙げてくれました。財務的なリターンは当然の責任として、でも一番の裏切りは、僕らがミッション・ビジョンに沿わない行動をすることだと思います。アーリーステージから現在に至るまでの投資家向けプレゼンテーションは、夢を語るテキストや写真が多めのものから、財務数値やKPI等の実績中心の内容に変わってきていますが、それらの実績もやっぱりミッション・ビジョンと紐づいた結果であることが求められていると感じますし、我々もなるべくそこに共感してくれる株主の方に投資してもらいたいと思っています。到底選べる立場ではないのですが、どうしてもフィットしないと感じた投資家の方のオファーはお断りしたこともありました。
創業当初は特に、共感は得られても、信頼や資金を得るのは実際難しかったでしょうね。
僕たちの資金調達ニーズに合う投資家を見つけるのも大変でした。日本には類似企業もない上に、アセットやリスクのほとんどが途上国にある、マイクロファイナンスという未知の事業について投資の意思決定をしてもらわなくちゃならないんです。しかも、成長のためには大きな資金が必要。プライベートで数十億円、数百億円単位の資金を投資できる投資家というとPEファンドが思い浮かぶと思いますが、彼らは基本的には日本の会社・事業に投資するために活動しているわけですし、やっぱり五常みたいな特殊な会社には投資しにくいですよね。
それでもミッション・ビジョンを伝え続けて、仲間と資金を集めてこられた。
一貫しているのは、どんな規模やラウンドの資金調達であっても、「自分たちが大切にしていることは何か」を真摯に説明することです。あとは、できれば実際に現地の様子を見てもらうこと。プレゼンテーション資料には慎が自ら撮影した写真を多用していますし、僕自身も幾度となく現地に投資家や金融機関をご案内しています。そうした過程を経て、投資家と関係構築をしていく。まさに、仲間づくりという感覚です。他にも、既存株主からのご紹介や膨大な数のQ&Aを積み重ねてきた結果、今に至っているかなと思います。
ファイナンスが目的ではなく、ビジョンの実現や思い描く世界観があり、それに共感してくださった方々にファイナンスというきっかけで仲間になってもらうという感覚ですね。
それは今後も、きっと変わらないと思います。英語にはミッションドリフト(Mission Drift)という表現があります。組織が拡大しステークホルダーが増える過程で、組織のミッションがずれたり、歪んだりしてしまうという意味です。思い定めたミッションを目指しつつ、しっかりと財務的なリターンを出し続けるのは、ものすごく難しいけれど重要なことです。しっかりと稼げていないとミッションに沿った経営もできなくなってしまう。キャッシュというのは空気みたいなもので、不足すると、自分たちの望まない意思決定をせざるを得なくなる。そのような状態をつくらないのが、CFOの責任だと考えています。そこにはいわゆる”銀の弾丸”はなくて、結局は日々の細かいコミュニケーションの積み重ねや信頼関係の構築が欠かせないんだと思います。先ほど、僕のモチベーションのドライバーは「フェアさ」だと話しましたが、もう一つ挙げるとしたら「信頼」。信頼は、まさに見えない資産です。

大きな市場で大きくバットを振るために。“守り”あってこその”攻め”
五常は特に、組織も投資家という仲間集めもミッションドリブンな側面が強いと思いますが、全てのスタートアップに普遍的に共通するお話だと感じました。実現したいことのためには、真剣にビジネスとしてお金稼ぎすることが必要。ただし、実現したいことを投げ出しては本末転倒ということですね。「CFOの責任」という言葉も出てきましたが、ミッションとファイナンスを両立させるためのCFOの役割についてもう少し伺えますか?
若干トゲのある言い方をすると、本当に世の中に対して大きなインパクトや爪痕を残したいのであれば、大きくなる市場を選んで勝負することが重要だと思います。あとは、バットを大きく振ること。逆説的にはなりますが、大きな市場で大きくバット振ろうと思うと、ガバナンスやリスク管理、コンプライアンスなどの”守り”の部分が大事になってきます。そこがぐらぐらしていると、結局はお金も仲間も集まらない。”攻め”と”守り”はやっぱり両輪で、僕自身の役割は”守り”であり、攻めの土台や基盤を作ることが役割だと思っています。グリーのCFOだった頃の青柳さんの言葉を借りると「CFOの役割はブレーキをかけることではなくアクセルを踏めるようにすること」。会社がアクセルを強く踏み込んで加速しても大丈夫なように、よく効くステアリングやよく見えるバックミラー、充分な燃料、そしてこの先には行ってはいけないと知らせるガードレールなどを備えておくのが”守り”の役割だということです。その上で、フルスピードで高みを目指していくのが、起業家の仕事なのだと思います。
それでも堅田さんからは、アントレプレナーシップといいますか、圧倒的当事者という気概を感じます。
僕は起業家ではありませんが、最近はスタートアップ・エコシステムの発展という視点を意識しながらアクションしています。『J-Ships(特定投資家向け銘柄制度)』を通じた個人投資家向けの株式発行、国内クロスオーバー投資家からのエクイティ調達、『Funds』を通じた未上場企業として初のファイナンス、丸井グループのデジタル債と連動した『応援投資』、『Siiibo』を通じた初の私募債発行、海外子会社向けのソーシャルローンなどなど、新しいファイナンスの手法を試し続けています。当たり前ですが初めてのことって、本当に大変です。関係者みんな初めてのこと尽くしで、念入りに準備してるつもりでも途中で見落としていた論点がたくさん出てきます。その意味では、僕たちが傷だらけのファーストペンギンになって、これからの世の中のスタンダードを作っていく。そういうことが少しずつ実現できているかなと思います。無理難題に一緒に取り組んでくれる財務・法務部門のメンバーには感謝しかありません。メルカリの小泉さん然りnewmoの青柳さん然り、僕と同世代の元CFOの方々はどんどん事業の方に行ってしまいましたが、僕には僕なりのエコシステムへの貢献の仕方があるかなと思っています。
まさに、五常と堅田さんは新しいファイナンスのあり方を、次々に実践しながら提唱されている唯一無二の存在だと思います。
僕自身は今、日本承継寄付協会というNPOでもプロボノ活動をしていて、「遺贈寄付」を広めるための仕組みづくりに取り組んでいます。あまり知られていませんが、相続財産の一部を指定したNPOに寄付することができるこの仕組みを、日本の文化にしたいというビジョンのもとに活動しているNPOなんです。日本では年間50兆円の相続が発生していると言われるので、そのうち1%でもNPOに寄付されたら5,000億円です。毎年5,000億円のお金が安定的に非営利セクターに流れる仕組みが実現できたら、めちゃくちゃ良い採用ができますし、公ができないことを補う共助の仕組みが強化できる。このプロボノ活動も五常の仕事も根っこは同じで、お金の流れを変え、必要なところに必要なお金が滑らかに行き渡り、それがポジティブな社会的インパクトに繋がる、そんな道筋を頑張って作っている感覚です。
積み重ねた信頼関係によって”未来”に向かう仲間をつくるCFOとして
最後に改めて、堅田さんが大切にしているマインドセットをお伺いできますか?
何度も使ってきましたが、やっぱり「信頼」がベースだと思います。信用(Credit)と信頼(Trust)。これは僕の持論ですが、例えば、大学の単位は英語でCreditと言いますよね。つまり、過去の自分に対して付く評価です。借りたお金をちゃんと返せばCreditがたまります。約束を守ったという事実の積み重ねが、その人やその組織にとっての信用(Credit)になります。一方で、信頼というのはもう少し未来形で、例えば「まだ十分な実績はないけれど、この人を信じて任せてみよう」と思ってもらえるかどうかということ。大切なのは一貫性だと思うんです。言・行・考が一致していること。それが信頼(Trust)に繋がると考えています。煎じ詰めると、そこがファイナンスを担当する者にとって、ひいては金融機関の経営においても、一番大事なことじゃないでしょうか。
私たちもVCという金融機関として、今一度心に刻みたいところです。
産業再生機構にいらっしゃった冨山さん(現・IGPIグループ会長 冨山和彦氏)は著書の中で、「ひとりの人間も、集団としての組織も、インセンティブと性格の奴隷である」ということをおっしゃっています。お金には色がありません。他方、人はさまざまな性格・感情・個性の塊です。経営者は、その一人一人の人間を束ねて動機付け、組織の目標に向けて共に進んでいく必要がありますが、そのためには、論理的・認知的な説得だけではなくて、感情的な共感や対話 ー 今この人はどのように感じ、何を考えてるんだろう?ということへの想像力をどれだけ働かせられるかが大事になると思います。あとは、適切なインセンティブの設計。どれだけ事業に共感していても、やっぱりフェアな報酬を支払わなければ、目標にコミットしてもらえないので。結局、「組織」というモノは存在しないんです。中にいるのは生身の人間なので、その一人一人のことをどれだけ考えられるか。これは僕にとって本当に苦手なことです。でも、苦手だと思っているからこそ、失敗を繰り返しながらも人や組織について学んだり思考したりしてきましたし、仕事を通じて巡り合った仲間やパートナーとの信頼関係は、自分にとって何よりの財産だと思います。

※こちらは、2025年1月28日の情報です
- インタビュアー:ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager 黒崎 直樹、PR Specialist 李 彩玲
- 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Relationship Manager 吉田 愛
- 写真、デザイン:尾上 恭大さん、割石 裕太さん