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大学発スタートアップのための知財入門

1. 大学特許が「活かしづらい」構造的問題

日本の大学等からは毎年多くの特許が出願されています。しかし、それらが実際の事業収益や社会実装につながっている割合は、必ずしも高いとは言えません。

具体的には、大学数・研究費・出願件数・対象機関の定義や集計方法が異なるため単純比較はできませんが、以下の通り、米国の大学等による特許出願件数は日本の約2倍なのに対して、大学が得る知的財産権収入は40倍程の差があるなど、大学発知財から生み出される収益規模には大きな差が見られます。この背景には、知的財産を事業へ結び付ける知財戦略、技術移転体制、マネジメントの違いなどが影響していると考えられます。

日本米国
特許出願件数約7,300件 *1(2024年)約14,000件 *2(2025年)
知的財産権収入約80億円 *3(2023年)約3,430億円 *3(2023年)

本記事では、弁理士事務所エリプス 代表弁理士の西田 聡子先生にご協力いただき、大学発スタートアップが創業初期に押さえておきたい知財の基礎と、AI時代に求められる特許戦略について解説します。投資の現場で頻繁に遭遇する知財上のリスクや、事業価値を高めるための知財戦略のポイントを、実践的な視点からご紹介します。ぜひ最後までご覧ください。

2.「論文著者」と特許における「発明者」「特許権者」の違い

大学発スタートアップで混同されやすいのが、「論文の著者」と「特許の発明者」、そして「特許権者」の違いです。

論文の著者は、実験・解析・論文執筆・研究指導など、研究への貢献度に応じてアサインされることが多いです。一方、特許における発明者は、発明のアイデア(技術的思想)の創作に実質的に関与した者を指します。

そのため、実験を担当した学生や研究費を獲得した研究者であっても、発明の着想に現実に関与していなければ、発明者に該当しない場合があります。逆に、共同研究先の企業研究者が発明の本質的なアイデアを創出していれば、論文の著者でなくても発明者となることがあります。

また、発明者と特許権者が一致するとは限りません。

企業では、従業員が職務として行った発明は「職務発明」として扱われ、あらかじめ勤務規則等で定めることにより、特許を受ける権利が発明時から会社に帰属する運用(原始使用者帰属)が一般的です。一方、大学では、教員がした発明の特許を受ける権利は、いちど発明者に帰属し、職務発明に関する学内審議等を経て、大学がその権利を承継する運用(原始従業者帰属)が多くみられます。また、大学の学生(雇用関係のない者)は職務発明制度の対象外です。

大学や研究所発のスタートアップを設立する際には、権利譲渡契約やライセンス契約を締結し、その対価やライセンス収入の一部を移転元の組織に還元する仕組みを整えるのが通例です。

このように、発明者であっても、自動的に特許権者になるわけではなく、特許発明を自由に使えるわけではありません。

3. AI時代における研究開発型知財の保護対象の種類と傾向

ディープテックスタートアップにおいて、「特許」と一口に言っても、守るべき対象は多岐にわたります。創薬やバイオテクノロジーでは物質・用途・製造方法が中心となる一方、医療機器やデジタルヘルスでは装置やソフトウェアも重要な知的財産となります。さらに、会社名や製品名は商標、独自データは営業秘密(ノウハウ)として公開せずに保護するなど、複数の知的財産を組み合わせて競争優位を築くことが一般的です。

対象日本における保護方法の例
物質・材料新規化合物、抗体、細胞、材料特許
製造方法・プロセス培養方法、精製法、製造工程特許
用途新しい適応症、診断用途、医療用途特許
装置・機器医療機器、検査装置、センサー特許
ソフトウェアUI、情報処理、制御方法特許、意匠
AIアルゴリズム学習モデル、推論手法特許
データ・データセット学習データ、臨床データ営業秘密(ノウハウ)が中心
ブランド会社名、製品名商標

近年では、生成AIの普及を背景に、創薬AIや医療AI、デジタルヘルスなど、AIを活用したディープテックスタートアップが急速に増えています。これらの企業では、創薬や診断の精度向上だけでなく、研究開発の効率化や研究現場の課題解決など、ソフトウェアを中核とした事業モデルが数多く生まれています。

一方で、AIプロダクトでは、AIアルゴリズムそのものを特許で守ることが必ずしも最適とは限りません。

AIアルゴリズムは外部から内部処理を確認することが難しく、侵害の立証が容易ではないため、特許権を取得しても権利行使が容易ではない場合があります。また、技術革新のスピードが速く、特許取得時には技術の価値が変化しているケースもあります。

そのため、予算や人的リソースが限られているスタートアップでは、模倣された場合でも侵害が立証しやすい点等を考慮して、権利化する発明の優先順位を付けた特許戦略を立てることが重要となります。

4. 特許取得に向けた準備

特許は、公開前に出願することが原則です。論文発表や学会発表、展示会で技術を公表すると、新規性を失い、特許を取得できなくなる可能性があります。一方で、出願が早すぎると、事業モデルの変更や技術の進展を十分に反映できず、将来守りたいビジネスをカバーできないこともあります。そのため、研究の進捗だけでなく、事業計画や資金調達、共同研究なども踏まえて、最適なタイミングを判断することが重要です。事業化に向けた準備を進める際は、以下の項目を確認しながら、出願のタイミングや内容を検討していきましょう。

チェック項目確認の視点
ビジネスモデルとの紐付け誰のどの行為を独占したいか明確か
出願タイミング論文・学会発表との順序に問題はないか
発明者の確認発明創出に関与した人(学生を含む)が適切に発明者となっているか
権利帰属大学や共同研究先との契約に問題はないか
先行特許検索J-PlatPatなどで類似特許を確認しておく
ベンチマーク企業競合・差別化したい企業を整理しておく
ノウハウ管理特許化すべきか、営業秘密として秘匿すべきか整理したか

知財戦略においては、弁理士やURA(University Research Administrator)などの専門家に早めに相談することも重要です。弁理士は、特許・商標・意匠などの権利化だけでなく、「どの技術を権利化するか」「どこまで権利範囲を広げるか」といった知財戦略も一緒に検討してくれます。弁理士には専門分野があるため、スタートアップ支援に詳しい専門家を紹介してもらうことも有効です。

相談先おすすめの理由
大学のURA学内規程や大学の知財制度を理解しており、最初の相談先として最適
GAPファンド・VCスタートアップ支援に慣れた弁理士を紹介してもらえる
日本弁理士会専門分野から弁理士を検索できる

※参考リンク:
弁理士に依頼するには|日本弁理士会
・検索サイト(弁理士ナビ

5. 知財戦略は、創業者が持つ”ビジョン”から始まる

知財は、単に「特許を取得すること」が目的ではありません。「どの技術を、誰から、どのように守り、その権利をどのように事業価値へ結び付けるか」を考えることが、本来の知財戦略です。

特にディープテックスタートアップでは、事業の成長に合わせて技術や事業モデルが大きく変化することもあります。そのため、研究成果が生まれてから知財を考えるのではなく、創業初期から事業戦略・資金調達・共同研究・海外展開までを見据えて知財を設計していくことが重要です。

知財戦略で問われるのは、特許の件数ではありません。「なぜこの特許を取得するのか」「この知財がどのように競争優位につながるのか」を説明できる企業ほど、事業の解像度が高く、将来の成長をイメージしやすいと感じます。

知財は、研究成果を守るためだけのものではありません。創業者が描くビジョンを実現するための経営資産でもあります。

その第一歩は、「どの技術を守るべきか」を考えることではなく、「どのような事業を実現したいのか」を描くことなのかもしれません。

本稿が、研究者や創業チームの皆さまにとって、知財を「研究成果を守るもの」から「事業を育てる経営資産」として捉え直すきっかけになれば幸いです。

参考文献

記事の監修

筆者


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