
「自分が得意なこと」から渡す。個別カスタマイズの権限移譲|メルカリ 小泉 文明
ジェネシア・ベンチャーズがスタートアップ起業家に向けて立てた『10の問い』。
本稿では『権限移譲』というテーマで、メルカリの取締役President(会長)である小泉 文明さんにお話を伺いました。

- 権限移譲によって生まれた自らの時間を、更なる企業価値向上に向けた高次の挑戦に活用できているか?
- 権限移譲を頑張るのではなく、迷いなく権限移譲できる人材の採用を頑張れているか?
という問いへの、小泉さんの回答はー?
- 目次
- 組織とはパートナーシップである
- 徹底的にバリューに基づいた、メルカリの採用
- 権限委譲は、自分が「得意なこと」から
- フォローし合う関係性だけは、手元に残しておく
- 組織にあるのは、”自分たちにとってのベスト”だけ
組織とは、パートナーシップである
今回、小泉さんには「権限委譲」というテーマでお話を伺いたいと思います。ややマニアックなテーマですが、スタートアップ経営者からの相談も多く、重要なテーマではないかと。まずは小泉さんの組織創りへの考え方や思想などからお伺いできますか?これまでの小泉さんの発言や発信を拝見していると、メルカリでは創業初期からミッション・ビジョン・バリュー(以下:「MVV」と表記)を軸とした経営に注力されていたというお話がかなり知られているかと思いますが。
僕の基本的な考え方は、「組織とは、上下や主従の関係ではなく、パートナーである」というものです。メルカリが必要としている引く手あまたな優秀な人たちに、メルカリに入ってどのようにパフォーマンスを上げてもらうかということを考えたときに、会社のMVVと彼らが人生を賭けたいMVVが合っていることが大前提だと思うんです。なので、会社の方向性=MVVへの共感と、その人もその共感の輪の中に入りたいと思ってもらえるかどうかが一歩目。そこがないと、組織である必要はないかなと考えています。
小泉さんのそのあたりの考え方というのは、前職のミクシィでのご経験などによって醸成されてきたものなのでしょうか?
それもありますが、働き方の変化という時代の大きな流れもあると思います。10年20年前と比べたら起業もしやすくなりましたし働き方も圧倒的に多様になったので、誰でもたくさんの選択肢があるわけです。つまり、MVVなどの強い求心力がない組織で働きたいという人はもういないと思います。
メルカリでは創業初期に経営合宿を実施してMVVの策定を行ったとのことでしたが、それからもブラッシュアップを続けているのでしょうか?
個人的には状況に応じてアップデートしてもいいと思っていますが、メルカリでは大きくは変えていません。バリューも創業時からのものですし、10周年のタイミングでミッションを一度変えたくらいです。創業の事業が成功したので、特に変える必要がありませんでした。

徹底的にバリューに基づいた、メルカリの採用
その求心力が功を奏しているのだと思いますが、メルカリといえば、やっぱり人材のレベルが凄まじく高い印象です。特に役員や部長格の方々のリクルーティングにはどのようなスタンスで取り組まれてきたんでしょうか?
優秀な人って転職活動をしないんですよね。そうした動きが基本的にはあまり表に出てこない。だからこそ、時間をかけて地道に定期的にコンタクトすることを大事にしてきました。次のキャリアステップを検討しようかな?というタイミングが来たときにメルカリを想起して選んでもらえるように、『メルカン』なども通じて必要な情報をしっかりと提供して、常にアテンションがある存在であり続ける工夫をしています。繰り返しになりますが、あとはやっぱり会社の方向性とその人の方向性が合うことが大前提なので、タイミングを待って、無理に誘わないこと。
小泉さんはどれくらい採用に時間を割かれている、あるいは、割かれていましたか?
今はもうさすがにボードメンバークラスの採用くらいに絞っていますが、シードの段階ではとにかく人が足りないので、カジュアル面談やお茶に加えて朝昼晩3回のごはん×土日も含めて、週に20人前後の人にはお会いしていたかなと。
山田進太郎さんも小泉さんも、採用にかなり時間を使われていますよね。CEO自身や経営チームが採用に全力でコミットするというのは、スタートアップの採用の一つのセオリーですが、他にメルカリの採用の特徴などはありますか?
一つのポジションに対して、同じような能力・スキルの候補者が二人いたときに、普通ならどちらかを選んで採用すると思うんですが、僕たちは二人とも採用します。組織が拡大していったら、ポジションも増えたり多様になったりしますし、絶対に必要になると思うからです。一緒に働きたいと思ったら採用する。そこは一つの特徴かもしれません。
それって実はすごく独特な思想ですよね。MVVのマッチはどのように見極めているのですか?
専用の採用フォーマットとチェック項目があるので、全プロセスにおいて関係者全員が確実にそれらの項目をチェックする仕組みになっています。入社後も当然同じバリューで評価されるので、主観でも客観でも、マッチ度は常に意識されています。
社員の方々のバリューの理解度や定着度が非常に高いですよね。
言ってしまえば、社外の方にもメルカリのバリューといえばコレ、と知っていただいています。ブレのない会社のブランド創りにずっと取り組んできた成果かなと思います。

権限委譲は、自分が「得意なこと」から
メルカリは2013年に創業されていますが、採用にも注力して組織が大きくなる中で、小泉さんも権限委譲を考え始めたタイミングがあったかと思います。具体的にどのように動き始めたのでしょうか?
権限委譲というのは採用とセットですよね。普通は自分とは違うスキルやケイパビリティを持った人を採用しようとすると思うんですが、僕はその逆で、同じことができる人を採用していました。そして、自分ができない仕事や苦手な仕事ではなくて、得意なものから渡す。そうすれば、もしその人がミスをしても僕がフォローに入れます。自分が得意なことって抱えてしまいたくなるんですが、逆に自分ができないことやわからないことを渡してしまうと、フォローもできませんし、詳細が全くわからなくなってしまうので、それは危ないなと考えていました。
権限委譲したものの、相手が期待していたほどの成果を出せなくて悩んでいるという経営者の話を聞くことも少なくありません。特に、自分が得意なことを渡したとするとそのパフォーマンスを見る目も厳しくなってしまいそうです。小泉さんにはそのような経験はありませんか?
相手のレベルは採用時に確認しているはずなので、大きく齟齬が出るということは基本的にはあまりないと思います。あるとすると、上司は往々にして部下に高い要求をしがちです。年収600万円の人に800や900万円レベルの仕事を、年収1,000万の人に1,500万円レベルの仕事を、という感じです。その期待値を、仕事を任せる側がしっかりと調整すること。年収600万円ならここまでの仕事、800万円に昇給させるならここまでの仕事、という整理とすり合わせが大事です。本人とはもちろん、評価会議などを見据えてマネージャー同士の目線合わせもしておく必要があります。
たしかに、特にスタートアップでは、そもそもの評価制度もなければ人も足りない状況なので、実際の給与以上のグレードの仕事を求めがちだったりしますよね。
それでは双方がつらくなります。本当に大事なのに怠りがちなのが、メンバー一人一人に向き合うことです。それをしないと、期待値のズレは必ず起きます。目標設定能力というのは、マネジメントの重要な仕事です。低すぎても高すぎてもいけません。一人一人と向き合って組織全体に一体感がうまれる目標やKPIの設定をしないと、逆に停滞感がうまれてしまいます。
メルカリでは初期から評価軸やミッショングレードを整理されていたんでしょうか?
そんなに細かくはないですが、最初からありました。MVVも評価制度も、最初の10人くらいのタイミングで、それから300人規模までは続けられるようなものという方針で作りました。
創業5年目くらいのタイミングでの目標設定や振り返りの頻度は、どれくらいでしたか?
四半期ごとでした。動きが早い業界なのでビジネス環境も目標も変わりますから、その動きに合わせてしっかりとフィードバックと評価をするなら、それくらいにしないと組織がバラバラになります。すごく手間がかかるんですが、その分フレキシブルな組織にはなります。そこは、経営者がどんな組織をつくりたいか次第だと思います。
今は、半年に一回ですか?
toBの事業だと一年単位で予算を組むことも多いので、それに期間に合わせた評価でもいいと思いますが、toCではやっぱり最低でもそれくらいの頻度でないと難しいでしょうね。そういう意味では、組織に対してあまり潔癖にならずに、自社の状況に合わせてチャレンジを許容したり余白をもったりすることは大事だと思います。

フォローし合う関係性だけは、手元に残しておく
権限移譲を進める際、これだけは自分の手元に残しておこうと考えたものはありましたか?
やっぱり採用でしょうか。権限委譲は、採用ありきですから。あとは、自分がその業務から手を放していくとはいっても、丸投げにするのではなく、常に良き相談相手でいることを心掛けています。Slackも議事録も全て目を通して、何かあれば絶対にコメントする。”しっかり見ているよ”と”しっかり見てくれているな”という関係性は手放さなかったかなと思います。
今のメルカリにおいては、小泉さんの部下の皆さんがさらに業務を委譲するフェーズにもあると思うのですが、それを進める上で苦労した点やうまくいった点などはありますか?
組織が拡大するフェーズでやらざるを得ないことです。渡すしかない。メルカリでは、一人のマネージャーに対してチームは8人までと決めています。それ以上は目が配れなくなってしまう。6人くらいになってきたらアラートを出して、なるべく8人になる前に次のマネージャー候補を選んでおいてもらう。1on1を丁寧にして、次のマネージャーを選任して、権限を委譲して、サポートに入って・・という繰り返ししかないと思います。具体的には、対話と情報の見える化です。全員の頭の中の情報をなるべくイコールにすること。また、マネージャーの仕事をある程度Slack上で見られるようにすることで、マネージャーの仕事のイメージを持ちやすくする。あまりブラックボックス化させないことです。正攻法はないですが・・
マネージャーへの登用基準もやっぱりMVVと連動しているんでしょうか?
バリューの体現度と、当然、成果を出しているかどうか。特別なことはないと思います。あとは、なるべくそれを評価者の皆でディスカッションして納得感を醸成して、登用が決まればその人を皆でサポートする。そういう文化をどう作るかでしょうね。
メルカリの真似をすればいいというわけではなくて、評価や登用もその組織の「文化」そのものですから、そこも自分たちで考えて作っていくものということですね。
メルカリは変化への耐性がある組織です。人間は基本的に変化が嫌いですから、会社の方針変更に対しても反発は起こりやすい。説明コストも高くなります。でもメルカリは、文化として変化耐性が強く、全社のオールハンズミーティングで経営陣が自ら説明することで納得度が高まりやすい仕組みを構築してきました。当然変化により混乱したこともあるんですが、基本的にはかなりフレキシブルです。経営者もその方が楽ですよね。
変化にフレキシブルな状態を維持するための取り組みやメッセージ発信などは継続的にされているのでしょうか?
昨年から「Back to Startup」という言葉を使い始めていて、もう一度スタートアップ的な動きに回帰しようとしています。意思決定やアクションの速さ、説明責任を負いすぎないこと、果たしすぎないことなどです。組織が大きくなると、あちこちに説明責任が発生してミーティングが増えて、合意形成に時間かかるようになります。スタートアップなら、それがなくても進むこともありますよね。そうして多少のぶつかりは許容していかないと、本当に”遅い”組織になってしまうという危機意識を持っています。数年前に始めたペイメント事業のためにどうしても金融事業としてディフェンスも固めないといけないし、また、他にも新規事業が始まる中でバックグラウンドが違う者同士で仕事をする機会も増えてくるので、ワンプロダクトのときのシンプルさと比べると今はかなり複雑性が上がっています。やっぱりその状況に合わせて変わる必要があります。

組織にあるのは、”自分たちにとってのベスト”だけ
改めて、「権限移譲」というのは、組織の成長・拡張の過程に大きく関わるテーマです。このインタビューは、まさに成長中のスタートアップの経営者やスタートアップの組織創りに関わっている方たちを読者として想定しているのですが、先輩起業家として何かアドバイスやコメントはありますか?
正解はなくて、”自分たちに合うもの”を考えて実践しながら”自分たちのベスト”を見つけるしかありません。僕も正直まだわかっていません。仲間を信頼してチャレンジを応援する、その繰り返しです。あとは、組織関連で「なんだかマズそうだな」と感じることがあったとしたら、大抵それは本当にマズいときです。そこにアドバイスがあるとしたら、「気づいたら早めに対応すること」「まっすぐに向き合うこと」。僕は、自分がボードメンバーを務めた会社の8/9社が上場していて、いろいろな人から「成功の理由は?」と訊かれるんですが、共通点として「経営者の素直さ」が挙げられます。組織に何かしらの違和感を覚えたときに、なんとかなるでしょ!とは決して思わずに、組織の問題は自分の問題だと捉えて、真剣に向き合って、しっかりと手を打つ。組織や人の問題というのは重たいので、あんまり向き合いたくない人がほとんどだと思うんですが、絶対に無視しないこと。権限移譲も組織づくりも、目を逸らさずに向き合い続けるだけだと思います。
誰でも予兆には気づけるものでしょうか?
自分のアンテナに不安があるなら、予兆を感じ取るための工夫をすべきです。例えば、僕だったら社内をよく散歩しています。そうすると、空気の良し悪しがわかります。そして、違和感があるところには大抵まだ対応されていない問題があります。オンラインでも、ライトな雑談の中にヒントが隠れています。
シード期のスタートアップではリソースや優先順位の関係でなかなか実現されなかったりもするのですが、私たちは、「会社の成長や成功のための重要なファクターの一つとして、人や組織のことを何よりも第一に考える経営メンバーがいること」がとても大切だと思っています。メルカリにおいては、小泉さんがまさにその大切なポジションをずっと担っている、そしてそれがメルカリの強さの根源にあるのだと、改めて実感しました。そして、権限移譲をしようがロールが変わろうが、何なら権限と一緒に仲間に共有していくものとしても一貫しているのは、自社独自の思想や文化(≒MVV)に強烈にコミットする姿勢なのだと感じました。
一つ一つのテーマに時間をかけて向き合うことが一番だと思う一方で、まさに、会社のバリューとしっかりとフィットさせることも同じくらい重要だと思っています。経営として「僕たちはこういう組織になりたいと考えている」という理想を語り続けずに対処療法ばかりだと、場当たり的な組織になってしまいます。
私たちもスタートアップに、「CEO is boss」ではなく「CI(Corporate Identity)is boss」の状態を目指そうと伝えています。
例えば、実際にコロナ前ですがメルカリで「エンジニアのフルリモートを認めるか」という議論があったんですが、僕たちは経営として「メルカリは『All for One』というバリューを掲げているから、同じ場所・同じ空気の中で同じ姿勢で仕事をすることがバリューの実現により近づくと考えている。だから、フルリモートには反対だ」と伝えました。僕個人としては、働く場所なんて別に自由でいいと思うんです。でも、僕の価値観でも山田の価値観でもなく、会社の価値観として『All for One』だということが決まっているので、結論はそれしかありません。僕たちはみんな、会社にコミットして会社に評価されていることを忘れて、個人の価値観で戦ってはいけません。

※こちらは、2025年2月12日時点の情報です
- インタビュアー:ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager 黒崎 直樹、PR Specialist 李 彩玲
- 編集:ジェネシア・ベンチャーズ Relationship Manager 吉田 愛
- 写真、デザイン:尾上 恭大さん、割石 裕太さん