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DXの型 #1-5 | DX-Compass by Genesia.

DX-COMPASS

はじめに

DX。「デジタルトランスフォーメーション」の略語であり、近年メディアで目にする機会も多くなりましたが、文脈によっては、既存の業務フローやオペレーションをただ表面的にデジタル化することだけを指して使われていることも多いように思います。

翻って、私たちジェネシア・ベンチャーズの考えるデジタルトランスフォーメーションとは、自社が本質的に提供したい価値=事業やサービスの“あるべき姿”を考え抜き、実際のビジネスに落し込むこと、そしてその実現のために、デジタルを中心に据えた持続可能な事業モデルや業務フローへ文字通り「転換」していくことを意味します。

産業のサービス化という大きなパラダイムシフトを背景に、あらゆるビジネスが売り切りからの脱却を余儀なくされ、メディアのソーシャル化によって情報の非対称性が解消され、あらゆる機器が常時インターネットに接続されていく(スマート化していく)現代社会において、企業活動の中核を担うのは本質的なDXに他ならないと私たちは信じています。

DXの先にあるもの

現在、あらゆる産業のデジタルトランスフォームを推進するスタートアップが、日本においては既存産業のあり方を再定義する形で、東南アジアにおいてはデジタルベースで産業インフラを新たに構築する形で続々と立ち上がり、その存在感を急激に増してきています。

私たちは、この不可逆なトレンドである産業のデジタルトランスフォームが意味するものは、単なる効率化には留まらず、持続可能な産業構造の実現に向かうことだと考えており、そのためには、少なくとも以下2つの要素を満たすことが必要だと考えています。

・各産業におけるステークホルダー毎の提供価値と、受け取る利益のバランスが適正となるビジネス構造を実現すること(サプライチェーンにおいて介在価値を提供していない中間プレイヤーの見直しや、一部のステークホルダーが過度に儲けていたり、搾取されていたりする状態を最適化するビジネス構造に転換すること)。

・プロダクトやサービスを単なる機能提供に留まらせるのではなく、ユーザーの体験価値との共存を視野に入れた形で、包括的にデザインすること。そして、あらゆる商流におけるデータをリアルタイムに取得し、その蓄積したデータによって、ビジネスプロセスを最適化する方向にPDCAを廻せる体制を持っておくこと。

「すべての人に豊かさと機会をもたらす社会を実現する」。これは格差を広げるテクノロジーではなく、すべての人がその恩恵を享受できるテクノロジー、そしてそれらを生み出すスタートアップを応援し、より豊かで持続可能な社会の実現を目指すということを示した私たちのビジョンですが、社会全体で本質的なDXが遂行された先にある未来は、まさにそんな理想郷であると信じています。

DXの「型」

上記ビジョンの実現を押し進めるため、世の中の普遍的な変化トレンドに沿った有望なビジネスモデルの発掘、支援に日々注力する中で、私たちはDXには一定の「型」があることに気づき、それらを進んで蓄積してきました。

日々の投資活動を通じて新たな事業アイディアに出会った際、私たちはこれらの「型」に基づいてそのビジネスを考察したり、付加価値提案を行ったりしています。また、この「型」の蓄積は有望な投資領域の発掘にも活用できるため、既存産業のDXが中心となる日本のみならず、Leapfrog型のビジネスが次々に生まれる東南アジアの最新トレンドにも多く触れる中で、新たな型を見つけ次第、社内ナレッジとしてストックしています。

本稿ではその一部を広く公開、共有することにより、DX領域で起業を志す方や、大手企業の中にいながら新たなビジネスモデルの構築を志す方、はたまた投資家としてDXスタートアップへの出資や成長支援を手がける方が、皆で同じ方向を向き、ともに豊かな社会を実現していくための羅針盤にできればと思っています。

型1:ネットワークの拡張

まず、一つ目にして最も基本的な型として、「ネットワークの拡張」があります。インターネット(World Wide Web)の誕生以前は、当然のことながら特定の学校や会社、所属するサークルなど、リアルな関係性の中でしか情報交換や商取引を行うことができませんでした。その後インターネット(とその上で稼働するアプリケーション)が広く一般に普及し、人々がその恩恵に与れるようになった結果として、出自や居住地といった生来の制約条件に縛られることなく、時空間を超えて人や情報、売買の機会にアクセスすることが可能となりました。

これはほぼ全てのWebサービスに当てはまる最も基本的かつ汎用的な型ではありますが、具体的なサービス例としては、人的ネットワークを拡張するInstagramやTwitter(SNS)、商取引のネットワークを拡張するAmazonや楽天、AppStore(マーケットプレイス)が典型的です。

型2:情報探索・選択コストの削減

二つ目の型として、「情報探索・選択コストの削減」があります。一つ目の型とはある意味で相反するものですが、インターネットを通じて多くの情報に制約なくアクセスすることができるようになった結果、今度はそれらの情報を特定の目的に適う形で効率よく整理して意思決定に繋げるという行程に大きなコストが伴うようになってしまいました。そこで、仲介者として雑多な情報を集約・整理し、ユーザーが求めるフォーマットに変換して送り届けるプレイヤーが出現してきます。

具体例として、TripAdvisor(旅行)、Yelp(グルメ)、Zillow(不動産)等のバーティカルメディアや、SmartNewsやGunosy等のキュレーションメディアも同様の型に基づいたサービス例です。私たちの支援先では、インドネシアで新車販売の仲介プラットフォームを手がけるMobilkamuが、まさに新車購入プロセスにおける「情報探索・選択コストの削減」を体現したソリューションを提供して大きく業績を伸ばしています。

また、ユーザーの情報探索・選択コストは、意思決定に必要な情報が専門的であればあるほど増大する性質をもつため、中立的な仲介者として比較可能性や信頼性を担保した形で仲介サービスを展開できれば、大きなユーザーメリットに繋がります。中でも生命保険や不動産購入等、単価が高額で、ユーザーの意思決定ハードルが低くない商材を取り扱う場合は、UXをオンラインで完結させず、オフラインでも店舗を設営し、対面形式で意思決定コストの削減を図ることが求められるため、テクノロジーとオペレーションのハイブリッド型組織を構築できるかどうかが事業のKSF(Key Success Factor)になり得ます。ハイブリッドモデルの代表例としては、ほけんの窓口グループが展開する「ほけんの窓口」や、リクルートが提供する「スーモカウンター」等がありますが、モバイルファーストのUXやパーソナライズの精緻化といった技術要素を武器にできれば、後発のスタートアップにも十分に成功の余地がある領域と考えています。

型3:多重取引構造の解消

三つ目の型は、「多重取引構造の解消」です。取引される製品やサービスの単価が高く、一定の専門性が伴う不動産や建設、人材仲介といった業界においては、利用者と提供者の間に多くの仲介業者が介在する多重請負型の産業構造が常態化していました。

ところが取引に関連する情報の多くがインターネット上に流通し始め、利用者と提供者の間にあった情報の非対称性が解消されてくると、サプライチェーンの中で極端に介在価値の薄い仲介業者への排除圧力が強まり、また一部のステイクホルダーへの過度な収益の偏りが是正されることによって、役務の提供価値に応じて適切な対価が分配される産業構造への変化が不可逆的に加速していきます。

上の図は、中古不動産の売買取引透明化を例示したものですが(私たちの支援先であるNon Brokersは、インスペクション=住宅診断機能を武器にこのシフトを促進しています)、建設業界ではシェルフィーが、印刷業界ではラクスルが、人材業界ではビズリーチが、それぞれの業界において多重請負構造の解消を推進しています。

ただし、各業界において全ての中間プレイヤーが即座に排除されるかと言えばそうではなく、取引の間をとり持つ過程で、実績に裏付けられた信用力や交渉力、真贋判定機能等によって適切な介在価値を提供するプレイヤーについては、今後も存続していくことが想定されます。各業界の中間プレイヤー向けのSaaSビジネスが伸びる理由は、まさにここにあります。業務効率化を促すSaaSによって企業内オペレーションや企業間取引がデータ化され、各々のプレイヤーの提供価値や介在価値が可視化されることで、結果として持続可能な商取引構造への転換が促される。私たちのビジョンとも親和するため、引き続き注視していきたい領域です。

なお、CtoC取引には消費税がかからないため、中長期ではこれが大きなトリガーとなって、従来法人を介して売買されることが多かった中古不動産や中古車、貴金属等の高額商材も、今後は信頼性を備えた仲介プラットフォームを通して消費者間で直接取引される傾向が強まっていくと見ています。

型4:データ・アグリゲーション

四つ目の型は、「データ・アグリゲーション」です。この型はこれまでの3つとは異なり、左から右への不可逆なシフトを示すものではなく、既存プレイヤーに対する新興プレイヤーのポジショニングを表したものですが、企業視点での情報管理をユーザー起点に置き換え、付加価値の基になるユーザーデータを一元的に集約するという点では、DXの本質を表す典型的な「型」であると言えます。

上の図は、個人の資産管理を例にとり、銀行や証券会社等の大手金融機関に対するMoney ForwardやFreeeのポジショニングを示したものです。今後あらゆるシステムやアプリケーションが外部連携を前提として構築されるようになることを踏まえると、個別企業のもつ情報をユーザー視点で整理し直し、統合されたデータからそのユーザーに最適な機能や情報を推薦してくれるサービスには、業種やカテゴリーを問わず大きなニーズが付随するように思います。

また、この型はSaaS(Software as a Service)のビジネスにも同様に当てはまります。型③の説明でも触れた通り、SaaSの本質は業務効率化ではなく、企業内オペレーションや企業間取引のデータ化であるため、収集したデータを基にユーザー体験を向上したり、新たにファイナンスサービスを提供したりすることができるという点で、「データ・アグリゲーション」の典型例と言えます。

型5:モノ・時間・空間のROI最大化

五つ目に、「モノ・時間・空間のROI最大化」があります。人やモノの情報がネットワーク化されたことで、消費や労働のモデルが所有から利用へ、占有から共有へと大きくシフトしつつあり、それに伴って、自らの持つモノや時間、空間から得られる便益を最大化しようとする価値観が広まっています。

また、SDGs(Sustainable Development Goals)やCSV(Creating Shared Value)に対する地球規模での意識の高まりによって、時代の要請としての消費型経済から循環型経済へのシフトが起こり始めています。これにより、モノや時間、空間の利用効率の最大化や、あらゆる経済活動の生産→消費→廃棄というそれぞれのステップにおける、資源を循環させる方向性でのアップデートがより強く求められてくると考えています。

上の図は、一社に専属的に雇用されて働く従来型の労働モデルから、単発で労働リソースを提供するギグエコノミーモデルへの転換を示したものです。代表的なサービス例としては、ドライバーとユーザーをオンデマンドでマッチングするUberやGrab、Gojekがありますが、私たちの支援先では、建設現場と建設職人をマッチングする助太刀や、単発アルバイトアプリのタイミーもこの型を取り入れたサービスを展開し、急成長を遂げています。

なおワークシェアリング以外にも、民泊サービスのAirbnbや、スペースシェアリングのスペースマーケット、クラウドコンピューティングのAWSやMicrosoft Azureも、モノや時間、空間のROIを最大化させる性質を持ったソリューションと言えます。

おわりに

本稿では、私たちが普段思考のフレームワークとして使用しているDXの型について、その一部を例示しながらご紹介してきました。背景としては、冒頭にも述べた通り、真のDXを実現させるためには各々の企業がバラバラに効率化や個別最適を追求するのではなく、スタートアップも、大企業も、VCも、政府機関も、社会全体が同じ方向を向いて取り組みを進めていく必要があるという強い思いがあります。

産業をデジタルの力でアップデートし、持続可能で豊かな社会を実現するために、世の中の普遍的な変化の方向性を捉え、その促進を支援する仲間が一人でも多く生まれて欲しいと願っています。

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