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【勉強会】経営×人事:元メルカリ→現パナソニックグループCHROが語る組織論

2月某日、ジェネシア・ベンチャーズ投資先の皆さん向けの勉強会『経営✕人事 元メルカリ、現パナソニック グループCHROが語る組織論』を開催しました。

ゲストスピーカーの木下 達夫さんは、新卒でP&Gに人事担当として入社され、その後はGEにて約70ヶ国から1,000人が集まるマレーシア拠点の人事責任者を経験、そして上場後のメルカリのCHROとしてグローバル組織化を主導され、現在はパナソニックグループでグループCHROを務められています。外資・日系の大企業、スタートアップと多様な組織において経営目線で人事という仕事を続けてこられた木下さんに、そのご経験やマインドセットについてお伺いし、多くを学ばせていただきました。

このレポートでは、ジェネシア・ベンチャーズで投資先スタートアップの組織創りを支援するプロジェクトをリードする私(黒崎)が、木下さんの考える“経営×人事”についてのお話と、私たちの投資先であるシード期のスタートアップにもまさに通底するポイントをまとめてみました。

“軍隊”モデルの組織創りはもうおしまい

経営や組織創り・マネジメントの領域において、大規模かつピラミッド型の組織を前提とした支配・管理的な思想や、そうした組織同士の争いに勝利することを目指すための“戦略”や“戦術”といった軍隊的な表現が用いられていることは周知であり、これまではそれが王道的な“勝ち”のセオリーであったりもしたわけですが、昨今はその世界観が大きくアップデートを求められています。

木下さんによれば、実際の軍隊においても既に“Command & Control”という概念は見直されているとのこと。突発的なテロや情報戦などへのスピーディかつ臨機応変な対応を踏まえると、トップダウンの組織的なマネジメントよりも、メンバーの個性を認め、活かすことを前提に、現場での判断・行動に任せられる組織創りが求められているそうです。

仲間と多様な視点を集め、その力を結集して、一人では成し遂げられない大きなビジョンの実現を目指す。それこそがスタートアップです。そのためには、お互いの違いを認め合う環境と、各々の強みを活かした役割分担が必要。この点は、大企業においてもスタートアップにおいても、不可逆なポイントかと思います。

目指すもの≒“エモさ”で繋がろう

人は感情の生き物で、ロジックだけでは動かない。このことを実感したり理解したりしている経営者やマネージャーは多いと思いますが、ではどうすれば一体感を持って成果を出せる組織運営ができるのか?という問いに、唯一解はありません。それでも、解に近いものはいくつか挙げられます。私たちジェネシア・ベンチャーズは「組織の軸になるものは二つあるだろう」とスタートアップの皆さんに伝えてきました。一つは事業、もう一つはMVVやCI(Corporate Identity)など“自分たちが実現を目指す未来の姿”です。

木下さんは、「事業への強いコミットメントは大切だが、仮にその事業がうまくいかなかったときに、その組織は脆くなることがある」とおっしゃいました。では何にコミットするのかといえば、“自分たちが目指すもの”、そしてその“エモさ”だと。例として、メルカリにおいては「フリマアプリ」という事業そのものよりも、「GO BOLD(大胆にやろう)」というVALUEにわくわくを感じる人たちが集まっているとのことでした。メルカリの小泉さんも別のインタビューで「MVVなどの強い求心力がない組織で働きたいという人はもういない」とおっしゃっていました。 特にスタートアップは、事業の不確実性が高いことが多い。そうなると、“自分たちが実現を目指す未来の姿”がどれだけ共有できているかが非常に重要になります。初期的にはそのあたりの言語化が未熟なスタートアップも多くあります。焦ることはありませんが、長距離走を一緒に走り抜けられる仲間を集め、変化に柔軟な強い組織を創っていくためには、思想を可視化する努力も必要です。苦手意識があるのなら、パートナーを見つけましょう。

初期の組織ほど、制度2割・運用8割

これは少し意外なことでしたが、初期のメルカリでは小泉さんが「制度に走るな」というメッセージを発信されていたそうです。そして、1,000人近い規模になるまで、制度はごくごくシンプルなものしか設けず、ほとんど9割近いことを個別運用されていたそうです。木下さん曰く、1,000人規模になるまでその状態というのはおすすめはしないとのことでしたが、はっきりと「制度は制約」「制約は縛り」だとおっしゃいました。「会社の成功のためにそうするのだと、例外を認めていかないと強い組織は創れない」とも。

初期のスタートアップは、人も物(サービス)も金も、何もない状態です。もちろん制度もです。メンバーが徐々に増え、組織がそれとして機能し始めてくると、制度やルール整備の必要性を感じてきます。当たり前のことのように思えますが、そもそもなぜ制度が必要なのか?改めて考えてみましょう。おそらくは、「例外をなくし、統制を重視するため」「いちいち発生するメンバーへの説明コストを減らすため」ではないでしょうか。反対意見もあるでしょうが、あえてややネガティブな表現を用いました。DoとDon’tを明確に決めることで、自分たちの組織におけるGOODとBADを定義すること。それも必要でしょう。一方で、その制度はメンバーの自由を制限し、個性を発揮させない環境を作っていやしないか、もう一度確認してみましょう。「説明を減らす」ということはコミュニケーションを減らすということでもあります。「仲間と多様な視点を集め、その力を結集して、一人では成し遂げられない大きなビジョンの実現を目指す。それこそがスタートアップ」と先述しましたが、果たしてその制度によってその姿が実現されるのか?この点は私も考え直してみたいと感じました。

反対意見を恐れない、経営者の勇気

「組織崩壊」は、スタートアップ経営者が怖れる大きなイシューの一つです。そんな話を聞くと、自分たちのチームでもそれが起こるのではないかと疑心暗鬼になり、メンバーからの反感や不満、反対意見が怖くなります。制度と説明コストの話にも繋がりますが、言語化しきれない要素も含まれる意思決定について「どうしてそうなんだ?」と問われたり「それには賛同しかねる」というフィードバックを受けたりするのは、誰でも気が重くなるはずです。「チームを統制するためには(そのためにある程度の強いトップダウンという方法を採るために)自分が嫌われ者になる道を選ぶべきか」という相談を受けることもあります。

その点について、木下さんからの一つの回答は「勇気」を持とうということ。説明やコミュニケーションを怠らずにメンバーと向き合うこと、そして、どんなに苦しいときにも全員が自由に発言できる文化だけは損なわない組織を創ろうということです。経営には、民主的には決められない局面が必ずある。経営者自身が腹を括り、「こう決める」「こう進む」と、メンバーの意見にそぐわない意思決定をする必要がある。だからこそ、“Disagree & Commit”の文化を創ろうとのことです。「私たちはいつでも自由に発言していい」「ただし最後は、社長自身が私たちの組織らしい意思決定をしてくれるから、それに従おう」とメンバーに信じてもらえる文化を創る。

一朝一夕にはできないでしょう。でも、文化とはそういうものではないでしょうか。そうなるとやはり「例外をなくし、統制を重視するため」「いちいち発生するメンバーへの説明コストを減らすため」という理由で制度設計や施策に手を伸ばすのは、もう少しだけ待ってみてもいいのかもしれません。 もう一つ、木下さんのお話で印象に残ったのが「経営者マネジメント」という文化についてです。私たちが『スタートアップ起業家への10の問い』というコンテンツシリーズを始めた理由の一つでもあるのですが、経営者が学ぶ機会や他社からフィードバックを受ける機会というのは思った以上に少ないものです。360度評価のような仕組みを導入している企業もありますが、ややリアルタイム性に欠けます。そこで、必ずしも人事担当者でなくてもいいので、経営者の横でその振る舞いについてマネジメント(フィードバック)してくれる人を置くという方法があるそうです。「先ほどの会議でのあの発言の表現はこう捉えられてしまうこともあると思われるので、こう改善した方がいいのではないでしょうか」といったフィードバックをお願いするということです。そこに必要なのは、やはり相手との信頼関係、そして経営者の「勇気」でしょう。ジェネシア・ベンチャーズでは全員が学んでいるのですが、コーチングの基本姿勢に「受け入れるのではなく“受け止める”」というものがあります。例えば、ネガティブフィードバックを受けてイラっとしてしまうのは、その言葉を自分の中に“受け入れ”感情的なジャッジを挟んでしまうから。そうではなく、自分の心の手前で“受け止め”ジャッジを挟まずにそのまま眺めようというものです。試してみる価値はあるのではないかと思います。

おわりに

改めてこちらの図を思い浮かべるとともに、組織創りが事業や財務と並ぶ、MVV実現のための重要なパーツであることを実感しました。経営者自身がそうした目線を持つこと、あるいはそうした経営メンバーがいることは、間違いなくスタートアップの成功において重要な要素です。

https://www.genesiaventures.com/hr-compass02/

100社100通りの組織の在り方があるとしても、先人の経験や学びから得られることも多いと思います。大きく成長を遂げた / 急成長中のスタートアップ起業家・経営者のマインドセットについては、『スタートアップ起業家への10の問い』というインタビューコンテンツでもお読みいただけます。順次、先輩経営者のインタビューを掲載してまいりますので、ぜひご一読ください。

筆者

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