
#23 日本が世界に誇る「製造業の未来」と「フィジカルAI」
ジェネシア・ベンチャーズが配信する『Ayo! by Genesia.』は、スタートアップの“挑戦の裏側”に光をあてるPodcastです。プレスリリースなどのオフィシャルな情報だけでは伝えきれない、挑戦のプロセスで生まれる想いや葛藤、そしてリアルな学びを、起業家と投資家、それぞれの視点からお届けします。
「Ayo!」はインドネシア語で「Come on!」「Let’s Go!」という意味。スタートアップのチャレンジをリアルにお届けしていきます💁♂️💁
今回のゲストは、製造業向けスキルマネジメントシステム『Skillnote』を開発・提供する、株式会社スキルノート 代表取締役の山川 隆史さん(以下:山川)と、データ観点からAI開発に必要な全工程を支援する、FastLabel株式会社 代表取締役CEOの鈴木 健史さん(以下:鈴木)。そして、2社の投資担当であるジェネシア・ベンチャーズの相良 俊輔(以下:相良)です。 モデレーターは、同じくジェネシア・ベンチャーズの水谷が務めます。
今回のテーマは、「日本が世界に誇る製造業の未来と、フィジカルAI」。このテーマについて語らせたら右に出る者はいない!というゲストをお迎えし、製造業のリアルな現場とそれを変革する可能性を秘めたテクノロジーの最前線を深掘りしていきます。
目次
- 「日本の製造業が強くなるには人が大事だ」信越化学工業での原体験
- 「AIエンジニアが嫌になった」データ作成のつらさから生まれた事業アイデア
- 自動化が進んでも「人の手」は残り続ける製造業のリアル
- 「インターネット上にデータがない」フィジカルAIの究極のボトルネック
- 世界で激化するデータ収集競争と、日本の現在地

「日本の製造業が強くなるには人が大事だ」信越化学工業での原体験
水谷:山川さんから自己紹介をお願いできますか?
山川:スキルノートの山川です。私たちは、製造業に特化して、従業員の方々の持っているスキルを可視化する「スキルマネジメントシステム」の開発・提供を行っています。私自身はもともと信越化学工業という化学メーカーの出身で、そこで感じたのは、やっぱり日本の製造業が強くなるには人が大事だということ。そこを支える仕事がしたいと思って起業し、今に至ります。今日はよろしくお願いします。
相良:山川さんが信越化学工業のときに担当されたのって、半導体の電子材料の技術営業ですよね。日本がプレゼンスを誇っていた半導体業界が急速に落ち込んでいく傍らで、インテルがトップの地位を確立するという時代だったかと思います。
山川:その経験は本当に大きいです。信越化学には10年間いたんですけど、その大半が、半導体に使う電子材料の技術営業で、主に海外マーケット― まさにインテルを担当していました。今から考えれば信じられないですけど、当時は日本が半導体の世界シェアを50%以上持ってた。そこにインテルが出てきて、CPUのシェア99%をかっさらっていきました。さらに、他にも台湾勢や韓国勢が出てきて、日本は絶好調な状態から急転直下。私は、日本の製造業がどんどん弱っていくところを見ながら海外に営業している状況でした。
インテルなどと仕事をしていて感じたことですが、「何が製造業の一番の競争力なのか」という問いに一つだけ答えを挙げるとすると、やっぱり「人材」です。日本の製造業を強くするためには人だ、と考えています。
水谷:もともとのメイン顧客だった日本勢のシェアが落ちていくジレンマの中で、このスキルマネジメントの領域で起業されたということですが、この領域において、山川さんご自身より詳しい方って日本にいますか?
山川:自分から「いない」とは言いにくいですが(笑)、相当ニッチな領域ですね。起業当初はスキルマネジメントというより、研修管理— つまり企業の人材育成をサポートしようと思っていました。ただ、その中で製造業の方々と話していたら、「そもそも上流のスキルが見えない」「自社では誰がどんなスキルを持ってるのか、5年後にどういうスキルセットが必要なのか、が見えないと教育のしようがない」という声があって。そこからスキルマネジメントに寄っていき、今はそれが主軸になりました。
「AIエンジニアが嫌になった」データ作成のつらさから生まれた事業アイデア
水谷:続いて、鈴木さんも自己紹介をお願いいたします。
鈴木:FastLabelは、創業以来「AI×データ」の領域で事業を展開しています。私のバックグラウンドとしては、大学・大学院で機械学習の研究— ベンチマークデータセットに対して、いかに優秀なアルゴリズムを作っていくか、という研究をしていました。新卒ではワークスアプリケーションズというエンタープライズ向けのソフトウェアを作る会社に入って、そこでAIの機能を搭載していこうと考えていたんですけど、「あれ?まずデータがないぞ・・?」となりまして。まずデータを作らなければいけないということ結構な衝撃を受けました。アルゴリズムの部分はオープンソースを使えばいいので1-2日ぐらいで終わるんですが、あとの1-2か月はほぼデータ作り。会計伝票のラベル付けみたいなことをひたすらやっていく中で、この作業とデータの質によってAIの性能が大きく変わるなと実感しました。同時に、データの作成の作業がつらすぎて、AIエンジニアが嫌になるレベルまで行きました。そこから5年ぐらい経ったタイミングで、知人に誘われるかたちで起業しました。
相良:当初は法人向けのフードデリバリー事業をしてたんですよね。
鈴木:はい、でも投資家にまったく相手にされずに撤退して、そこから改めて、「自分が取り組むべき課題は何だっけ」と考えた結果、行きついたのがAIのデータ作成でした。非常に大きなペインを感じていましたし、ちょうど海外ではScale AIというスタートアップがシリーズAの調達を成功させたくらいのタイミングだったので、タイミング的にもちょうどいいんじゃないかと。ヒアリングの手応えもあったので、2020年にピボットしました。
当時主流だったディープラーニングの画像認識など単純なラベル付けから始め、徐々に自動運転のような高度な話になり、途中で生成AIが出てきて・・と、その時々のデータ需要を捉えながら、最近ではロボティクス領域に展開しています。いわゆるロボット基盤モデルが登場して、NVIDIAが「フィジカルAI」という言葉を発表しました。日本では労働人口不足や技能継承といった課題感とも相まって、非常に盛り上がりを見せています。データの需要も高まっているので、改めて気合いを入れ直してロボットの事業を垂直に立ち上げているところです。
水谷:生成AIがここまで盛り上がる前から、AI×データの領域でずっとチャレンジを重ねてきている鈴木さん以上にこの領域に詳しい人も、やはり日本にはもういない感じですかね。
鈴木:データの部分はかなり向き合ってきた自負があります。自動運転もロボットもそうですし、ここまでAIの幅広い部分に携わっている人は、正直あまりいないんじゃないかなと感じています。
自動化が進んでも「人の手」は残り続ける製造業のリアル
水谷:では、山川さんに製造業の現場について改めてお伺いしたいです。私のイメージだと、工場の機械化はかなり進んできているものの、まだまだ人の手による工程も多いのかなと想像しているんですが、実際にはどのような工程が人の手に残っているのでしょうか?
山川:まず、日本の製造業で働いてる人たちは、最新のデータだと1,000万人くらいいるんです。労働人口の15%以上です。そのうち半分以上が「直接工」と言われる、ものづくりに直接関わっている人たちです。機械設備もロボットもガンガン動いていて、自動化もめちゃくちゃ進んでいますが、人の仕事もたくさん残っているという感じです。
製造業には大きく、自動車や電気製品を作る「組み立て加工系」と、化学メーカーのような「プロセス系」がありますが、そこの違いは多少あります。前者、自動車工場などでの加工作業はほとんど自動化された設備が担っています。ただ、その設備と設備の間の段取りをしたり部材を供給したり搬送したり、最後の組み付けといったところは結構人の手でやっていますね。一方で、飛行機や一品物の産業用機械のような超少量多品種のものを作るところだと、自動化がなかなか難しい。コストが合わないので、人手でやっているところが多いです。これは、後者のプロセス系でも似ています。プラントでは配管の中で工程が進んでいき、人は管理室でのチェックのみ。でも、原料の投入や途中のチェック、調整といったところでは人手が入ります。なので、ほとんど人がいない無人工場のようなところもあれば、わーっと人が並んでいるような工場もある。日本全体で500万人以上はそうした工程に入っているので、自動化は進んでいるけれども、それだけ人の手に頼る部分も残っているというのが今の日本の製造業の状況かなと思います。
水谷:単純な繰り返しの工程というよりも、熟練した技術を携えた職人さんのような方々が500万人近くいて、日本のものづくりを支えている側面がまだまだ多いんでしょうか。
山川:そうですね。実際は、500万人みんなが熟練工というよりはピラミッド型で、本当に難しい工程を熟練の方が担いながら、その予備軍や、単純作業でも機械より人の方がうまくいくところを担う方たちがいます。例えば検査工程などは、人の目でのチェックの方が信頼性が高かったり。いくらAIやロボットの導入が進んでも、まだまだ人のほうが上だというところもあります。
鈴木:日本の熟練工のレベルって、世界と比べると高いイメージがあるんですが、実際どうなんですか?
山川:欧米と比べると、日本はやっぱり現場がめちゃくちゃ強くて、現場がなんとかしてきたというところがあります。例えば、設計がうまくいかなくても、現場のすり合わせと作り込みで品質を合わせるといったことができるというのは、日本企業特有の強みだと思います。
鈴木:それはなぜなんでしょうか?日本人の真面目な文化的な特性ですか?
山川:やはり真面目な気質はありますね。ルールをきちんと守る、整理整頓をする、といったことが当たり前だという前提があるのは大きな違いかなと。そうした中から、現場のカイゼン文化が脈々と培われてきたのかなと思います。
水谷:その暗黙知がフィジカルAIに落とし込めると強い、というのが日本政府が掲げている戦略ですね。
山川:暗黙知がめちゃくちゃあるので、現役の皆さんがいなくなってしまう前にちゃんとデータ化できるといいなと思っています。
水谷:テスラの自動車工場のように、製造業の現場は完全自動化みたいな方向に進んでいくのでしょうか?
山川:進んでいった方がいいと思いますし、進んでいくんだろうなと思います。本当に人がいないので。ただ、人はずっと介在し続けて、ロボットと協働していくのではないかなと。設備の調整や修理、大きな改善などにはやっぱり人の手が必要だと思います。
「インターネット上にデータがない」フィジカルAIの究極のボトルネック
水谷:FastLabelの鈴木さんにもお伺いします。非常に注目度が上がっている「フィジカルAI」ですが、どのような技術を指すもので、どういった要素によって構成されているのか、ぜひ教えていただけますか?
鈴木:「フィジカルAI」はNVIDIAが提唱した概念です。もともとは「エンボディドAI」などと言われていましたが、今はフィジカルAIというかたちでコンセンサスが取れているかなと思います。ざっくり言うと、「現実世界に作用するAI」のことで、デジタル上で完結する「エージェントAI」の対比となる考え方です。ロボットや自動運転などがこれにあたります。
技術の構成要素やプレイヤーをざっくり分けると、以下のようなイメージでしょうか。
・NVIDIAをはじめとするコンピューティング系のプレイヤー
・Physical Intelligenceのような基盤モデルのプレイヤー
・テスラのようなハードウェア・ロボット系のプレイヤー
・我々のようなデータ系のプレイヤー
・ロボットを現場にインテグレーションするSIer
我々はデータの部分に張っていますが、まさに今、“フィジカルAIの究極のボトルネックはデータにある”と言われています。というのも、LLMはインターネット上のデータを大量に手に入れることで性能が上がっていきましたが、ことロボットやフィジカルAIに関しては、インターネット上にデータがない。
水谷:まさに石油を掘っているような感じですね。
鈴木:各社がえげつない規模の投資をしています。特に中国系の企業が、数百台のロボットを工場のようなところに並べて、人にテレオペレーション(遠隔操作)をさせて、そのデータを基盤モデルに学習させて・・といったこともしています。
水谷:それは、ものを作るためではなくデータを取るための工場ということですか?
鈴木:そうです。まさにデータを取るための工場です。シミュレーション技術や人間のビデオデータなども活用されています。今、インドや中国では、ギグワーカーが頭にカメラをつけて生活の動画を収集するアルバイトがあったり、アメリカでは「家事を無料で代行します、ただし動画を撮らせてもらいます」みたいなビジネスが始まっていたりするぐらい、データ収集競争が激化しています。
世界で激化するデータ収集競争と、日本の現在地
水谷:日本としては危機感がありますね。LLMはインターネットという共通のデータがありましたが、ビッグテックが現実世界のデータを囲ってしまうとまたきつい状況になりそうです。
鈴木:そうですね。そこに対しては今、日本でもデータのエコシステムを作っていこうとか、各社がバラバラにじゃなく一体となってデータを還元する取り組みをしていこうとか、そういった動きが政府主導で始まっています。
水谷:一方で、製造現場のデータは「出せない」ものも多いと思うので、一足飛びにビッグテックに食われることはないかもしれませんが、二の足を踏んでいると他国に完全に差をつけられる可能性もありますね。
山川:先ほどお話にあった中国のデータ収集工場は、どういった用途向けにデータを取っているんですか?
鈴木:あらゆるユースケースを想定しています。小売、工場、家庭内作業など、基盤モデルのトレーニング用に、家庭環境や工場のラインを模したセットを作って、ゴリゴリにやっています。
山川:じゃあ、製造業向けの基本的な動き― 例えばものを組み立てたり搬送したりするところのデータはもう取れ始めているんですね。
鈴木:匠の技術とはいかないまでも、簡単なピックアンドプレースなど人間っぽい技能が要求されるようなところはかなり取り始めています。
水谷:そうした中で、製造業におけるフィジカルAIの導入や活用について、日本の現在地を教えていただけますか?日本が世界をリードしていくことはできるのでしょうか?
鈴木:産業ロボットに少しAIを使ったという意味でのフィジカルAIで言うと、日本のメーカーがまだまだシェアを取っていて強いですし、導入も進んでいます。一方で、今流行りのロボット基盤モデルに関しては、正直まだ研究開発段階で、人を代替するレベルにまではいきません。とはいえ、海外ではタスク成功率99%みたいな基盤モデルも出てきているので、のんびりはしていられないですね。
水谷:なるほど。今後まだまだお二人の仕事がたくさんあるなということを感じる前編となりました。後編に続きます。ありがとうございました!
山川・鈴木・相良:次回もよろしくお願いします。Ayo!
全編はPodcastでお楽しみください💁♂️💁:


