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事業のネタ帳 #1 AI-powered BPO

IDEA

シード投資家の本分は起業家と共にDAY1からリスクを取ることであると考えているのですが、常に新たなチャレンジをし続けている起業家に比べてどれだけリスクを取れているだろうかと自問したときに大手を振って回答できない自分がいたため、ジェネシアでの新たなチャレンジとして、シードVCが手がけたい事業アイディアをその理由や市場仮説と共に書き溜めていく『事業のネタ帳』という連載企画を始めようと思います。

目次

  1. なぜ今、『事業のネタ帳』か
  2. ネタ帳 #1:AI-powered BPO
  3. 市場仮説
  4. 事業機会
  5. DXの型
  6. ご一緒したい起業家/チーム像
  7. おわりに

なぜ今、『事業のネタ帳』か

シード投資は人だ、とはこの業界でよく言われる定説です。一方で「何をやるか」も誰がやるかと同じくらい重要であると私たちは考えています。

少なくともジェネシアでは人(起業家)だけで投資を決めることはしておらず、事業ドメイン×起業家(チーム)の組み合わせで投資の意思決定を行なっています。

限られた資金と時間を使って何を成したいか、社会に何を産み出したいか/還元したいかという視点を、起業家の方々と同様に私たちも持っているからです。

そのためにこれまでも投資思想としてのWhy Usを言語化したり、事業の立ち上げにあたって参考可能な実践的コンテンツとしてのDXの型を執筆したりしてきましたが、より直接的に事業アイディアを発信することによって同じ思いを持つ起業家とスムーズに出会えるのではないかと考え、この企画を始めることにしました。

これからはリスクテイカーとしてのポジションを明確に取り、綺麗で安全な実況席から高みの見物をするのではなく、自らグラウンドに足を踏み入れ、三振を厭わない覚悟でバッターボックスに立ち続ける姿勢を採っていこうと思います。

ネタ帳 #1:AI-powered BPO

それでは早速、一つ目の事業案について触れていきます。

ちなみにこの連載では、事業を取り巻くWhy(市場仮説や時代の方向性)とWhat(事業案の概略)を中心に書いていくため、プロダクトの要件を含むHowの詳細には触れません(投資検討においても可変性の高いHowの詳細を確認することはありません)。

一つ目のネタは、AI-powered BPOです。BPO。ビジネスプロセスアウトソーシングの略で、企業活動における特定業務を外部の専門業者に一括して委託することですね。

業務の内容としては、総務、会計、カスタマーサポートといった間接部門から、営業、調達/購買などの直接部門まで幅広く対象になります(蛇足ですが、企業の戦略において「コアは内製・非コアは外注」という暗黙の原則が存在するため、BPOを依頼する内容によって企業の思想や戦略が垣間見えるのも面白いところです)。

この、テックの風合いが最も薄そうな、少なくともセクシーとは言い難いBPOというドメインに(だからこそ?)、僕は大きなポテンシャルを感じています。

市場仮説

まず第一に、BPOは国内で4兆円を超える巨大市場であり、かつ年率3-4%で伸びている成長市場です。

画像1

出所:https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/257

この成長を下支えしているのは、少子高齢化に伴う生産年齢人口の逓減とそれに起因する企業の人材採用難(IT人材であれば尚更)という、人口動態上不可避な構造的要因です。

また、固定費として内部に人を抱える必要がなく、需要の増加傾向時またはピーク時に合わせてスポットで費用化できることも、景気の影響を最小限に抑えたい企業側のメリットと言えます。

今後も旺盛な企業ニーズを汲み取れそうなBPOサービスですが、一方で明確なデメリットも存在します。それは、ノウハウが蓄積しないために再現性が得られないことです。

厳密には、ノウハウが「特定のBPO企業の特定の担当者」にしか蓄積されないためにプロジェクト単位で業務品質や納期、場合によっては費用にもバラつきが生じやすい、と言った方が正確でしょうか。

ここにおいてAI、というかソフトウェアの入り込める余地があります。具体的には、業務の品質やコスト、納期を変動させるドライバーを明らかにした上で、それらを上下させる材料としてのデータを一元的に集約・管理する場所をつくることです。

そして、データが集まれば集まるほど学習が効き、品質、コスト、納期がポジティブに転ぶというループ構造をつくることです。それにより業務の従事者は、データ及びそこから導き出された示唆を基に自らの作業を効率化したり高精度化したりすることが可能なため、いつ、どこで、誰が担当しても一定以上の品質と一定以下の費用・納期を実現する仕組みを構築できます。

ちなみにこのAI-powered BPOは、多くの投資家が愛してやまないB2B SaaSの領域にも隣接している、というか一部で交差し始めている印象があります。

B2B SaaSはあくまで業務効率化支援を名目としているため、業務に従事するリソース自体は顧客社内で担保する必要があるのですが、ただでさえ人手不足が叫ばれる中で新たなツールの使い方に慣れたり社内を啓蒙したり追加のコストを払ってまで顧客が使いたいと思うソフトウェアプロダクトというのは稀有です。

そこで、とりわけエンタープライズ市場においてはプロフェッショナルサービスという形でそのソフトウェアの初期設定代行や運用代行などを請け負って顧客の工数負担を減らすベンダーが存在/増加することになるわけですが、これは見方を変えれば部分的なBPOに他なりません。

どの道同じ山に登るのであれば障害物が少ないルートを選択した方が良いと思っており、その点エンタープライズITの登山口はグローバルの大手ベンダーがひしめく難路ですが、BPOの登山口にはデジタルネイティブ、ITネイティブなプレイヤーがほとんどいないため、少しばかりの技術力と苛烈なスピードを伴ったスタートアップであれば、見晴らしの良い数合目まで一気に登り詰められるんじゃないかというのが僕の仮説です。口座開設(=取引先登録)のコストもBPOの方が低いですしね。

さらには、ソフトウェアエンジニア/システムエンジニアがベンダー企業に大きく偏在している日本において”Product-Led Growth”がハマる領域は少なく、固定的な商流も多く存在することから、ソフトウェア単体で”Low friction”に刈り取れる事業規模は限定的です。

Data-centricあるいはSoftware-centricな思想をBPOの領域に持ち込むことで、属人性を排除しながら人件費をかけずに非コア業務の効率化を推進したいユーザー企業のニーズを真芯で捉えることができるため、色んな領域でこのアプローチによるチャレンジの総数を増やしていきたいと思っています。

事業機会

AI-powered BPO(Data-centric BPO、Software-centric BPOという言い方もできるのですが、AI-poweredという横文字に耳馴染み/語感の良さがあること、データによる学習が肝であることからこちらを採用しています)、確かに良さそうですねとなったときに、抽象論はわかったが、実際どのあたりに事業機会が眠っていそうなのかという話をここから具体化していきたいと思います。

まず前提として、AI-powered BPOは何も目新しい事業形態ではなく、轍を提供してくれている前例が国内外にいくつも存在しています(その中には人々から純粋なソフトウェア企業、テクノロジー企業と見られているところも少なくないため人によっては違和感があるかもしれませんが)。事業戦略のイメージを膨らませるために何社かピックアップしてみましょう。

例えば、昨年ニューヨーク証券取引所に上場したPalantir(パランティア)。CIAをはじめとする政府系機関を太客に持つ「データ解析企業」ですが、実態は非構造データの処理/解析に特化したソフトウェアを軸とするコンサルティング・解析BPO企業です。

政府系機関(をはじめとする年輪を重ねた大組織)に十分なデータサイエンティストがいるはずがなく、ツール提供だけでは何のペインも解消しないため、コンサルタントや解析者の役務とセットでデータ解析業務を請け負う必要がある/実際にそれが顧客から評価され成長しているというわけです。

製造業に目を向けてみると、インド発のユニコーンで直接材(生産の材料となる部品)調達のデジタルプラットフォーマーを標榜しているZetwerkも、部品を調達する発注元メーカーの視点で捉えると「デジタルネイティブなBPO業者」という見方、表現がしっくりきます。先日約80億円の大型資金調達を発表したキャディもこの領域ですね。

建設業では、大手ゼネコン向けに施工管理SaaSを提供するフォトラクションが、施工管理工程における面倒なデータ記帳や整合性確認のオペレーションを請け負う”AI-BPO”を運営しています(まさに、なネーミングですね)。

建設業のような物理で回る重厚長大産業にAIを当てはめても削減できる業務は限定的です。一方、内部の人手不足は深刻化するばかり。そこで、クラウド越しに人(オペレーター)がAIをサポートすることで、AIが出力する結果の精度向上や業務最適化を図り、実効的な業務効率化/コスト削減を実現しています。

現場作業員の視点から見ると、建設工程の写真をアプリで撮影しアップロードするだけで、裏側に控えるAI-powered BPOがよしなに業務の高品質、短納期、低コストに効くデータ記帳/蓄積を行ってくれるというわけです。

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他にも、給与計算という昔からアウトソースが主流であった領域にSoftware-centricな思想を持ち込んで成長を遂げるペイロールや、AIプロジェクトで鍵を握る教師データの作成を機械学習+BPOで効率化・高精度化するFastLabelも顧客からの支持を得て急成長を遂げています。

このAI-powered BPOは、基本的にはソフトウェア/AIの力を取り入れたいけれど活用できるハイリテラシーな人材がいない、またはその業務単体で専任人材を採用しづらい業界/業務にハマりやすい傾向があるように思います。

上述の前例以外の事業機会でいうと、人材不足によって十分な効率化が進まずNPS(顧客満足度)が著しく低位でとどまってしまっている業界/業務として想起されるコールセンター(カスタマーセンター)や自動車ディーラーのCRM、音楽・エンタメ業界のCRM(RENI社の取り組みは参考になります)、プロスポーツクラブのCRM、金融債権の督促/回収などには大きなチャンスが眠っていそうな感覚です。

最後にことわっておいた方が良いと思う点を注記すると、このビジネスモデルは顧客のニーズに刺さりやすい一方でピュアなソフトウェア企業と比べると労働集約性が高くなりがちなため(SaaSもある意味で労働集約ビジネスですが)、決して万能な型ではないです。

労働集約である以上、質の高い人材をいかに採用/育成できるかという普遍的な人事課題も付き纏います(ただしコアエンジンとして機械学習が回ることでピュアなBPOと比べると限界利益を出しやすいモデルであるとは思いますし、僕としてはその点に資本市場との対話可能性を見ています)。

個人的には、最終ゴールはあくまで特定産業における特定業務のデジタル化比率の向上を通じて企業体質や産業構造を持続可能な形に変革することなので、AI-powered BPOはそのための最初の入り口(二の矢、三の矢が続く前提)と考えるのが適切と思います。

DXの型

AI-powered BPOは、ジェネシアが事業立ち上げのモジュールとしてストックしているDXの型のうち、#4 データアグリゲーション、#5 モノ・時間・空間のROI最大化、#7 半自動、#13 マネージドマーケットプレイス等複数の要素を内包した/組み合わせたビジネスモデルです。

– DXの型 #1-5
– DXの型 #6-9
– DXの型 #10-13

また、このAI-powered BPO自体も新たなDXの型になり得るものと思うので、今後記事への追記も検討していきたいと思います。

ご一緒したい起業家/チーム像

この事業を立ち上げるにあたっては、土台となるキアコンに加えて、以下の要件/素養を備えた起業家、経営チームであると望ましいと考えます。

・対象業界の市場構造や主要プレイヤーに対する知見
・複数のステイクホルダーを管理統括するPM(プロジェクトマネジメント)力
・デジタルネイティブなUXへのこだわりとそれを形にできる程度のソフトウェアエンジニアリング力
・機械学習の勘所がわかる程度のデータサイエンス力

そして、上記のようなハードスキルを差し置いて何より重要なのはパッションだと思います。寝ても覚めても起業のことが頭から離れない!10年20年掛かっても必ず産業にポジティブインパクトを残すんだ!というパッション。これがあれば大抵のことは補填可能だし、代替可能だと思います。

この記事に共感いただいた起業家の方(起業を検討している方)、あるいは別のアプローチの方が筋として良さそうという仮説をお持ちの方(自身の仮説が正しいとか唯一解だとかいう考えは一切持っておりませんmm)、まずはぜひカジュアルに事業ディスカッションさせてください!

また、この記事は連載を予定しています。後続の『事業のネタ帳』についてアップデートをご希望の方はぜひ筆者Twitterアカウントのフォローもお願いします。

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