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スタートアップにおいて、「メンタル」をどう考えていこうか?|Players by Genesia.

PLAYERS

#3のテーマに挙げるのは、「スタートアップ」「起業家」と「メンタル」です。

#2でも「感情」という心の動きについてお話をしましたが、私はやはり「心の状態が、生きることすべてを司る」・・と常々考えているようです。繰り返しになりますが、心構えや心の状態・あり方によって、言葉も行動も表情も、何もかもが変わる。

その上で今回は、私たちが身を置く/深く関わる「スタートアップ」そして「起業家」という立場と「メンタル」というテーマを眺めてみたいと思います。

ゲストにお迎えしたのは、株式会社コーチェットのお二人。コーチェットは、「すべての人が、互いを生かし、育て合う社会をつくる」をビジョンに掲げ、コーチング、ピアコーチング、カウンセリング等の事業を手掛ける企業です。コーチェットとジェネシア・ベンチャーズは、ジェネシア・ベンチャーズの投資支援先スタートアップ向けに、組織アセスメント『G-Owl(ゴウル)』を共同開発。そこから、私たちの連携が始まりました。

話し手は、コーチェットの代表・創業者である櫻本さんと馬締さん、そして、ジェネシア・ベンチャーズ General Partnerの鈴木(タカ)Relationship Managerの吉田(アイ)です。

『G-Owl』の宣伝もそこそこに・・さまざまな視野・視野・視点から、テーマを眺めていこうかと思います。

  • デザイン:割石 裕太さん、写真:尾上 恭大さん
  • 聞き手・まとめ:ジェネシア・ベンチャーズ Relationship Manager 吉田
  • 以下、敬称略

メンタルに影響の大きい、人間関係の悩みは「双方向」

アイ:

今回は、『スタートアップにおいて、「メンタル」をどう考えていこうか?』テーマを立ててみました。「考えていこうか」と、ちょっと広く問い掛ける感じで。
そして、このテーマでぜひお話ししたいと思ったのが、櫻本さんと馬締さんです。ジェネシア・ベンチャーズが投資支援先向けに開発した組織アセスメント『G-Owl(ゴウル)』の共同開発パートナーである、コーチェットのお二人です。『G-Owl』の開発プロジェクトの中で、私は本当にたくさんの気づきと学びをいただきました。特に感じたのが、心に寄り添うということはそう簡単にできるものじゃないということ、人の心を開いて導くUIやUXの設計というのは本当に緻密で念入りなものだということ、そして「心」や「人」というテーマはスタートアップにおいてもとても注目度の高いということ。そのあたりを心のプロであるお二人といろいろお話ししたいです。お二人は、コーチェットの創業者・起業家でもあります。今回のテーマにぴったりだと思いました。

タカ:

そもそも櫻本さんと馬締さんがコーチングサービスというか、メンタルヘルス系のサービスの立ち上げに向かったきっかけって何だったんですか?

櫻本:

最初に立ち上げたのは『cotree(コトリー)』といって、メンタル不調を抱えた方に対するオンラインカウンセリングサービスです。その中で見えてきたことが二つあります。まず一つ目は、サービス利用者の中に高めの割合で経営者の方がいて、しかもその方々の相談期間が長かったということです。これは経営者には悩みが多いということでもあるでしょうし、他に相談できる相手がいないということでもありそうでした。そして二つ目に、経営者のメンタル不調の原因にはほとんど人間関係が絡んでいることです。部下やステークホルダー、近しい人たちとの関係性ですね。実はこれは経営者以外でもそうで、人の悩みの原因はほとんどが人間関係です。特に上司や親や先生といった影響力のある他者との関係性。つまり上司も部下も、親も子供も、関係性がうまくいかないことに悩んでいる。これって双方向なんだなと思いました。
カウンセリングというアプローチは不調に陥った時にその人を支えるという意味では大事なんですけど、メンタル不調を起こさないという“予防”の方が影響度は高くて、そこについては影響力がある人たちの「関係性をつくる力」を育てていかなきゃいけないという課題意識を持ったのがきっかけでした。

株式会社コーチェット CEO 櫻本 真理
アイ:

不調のケアももちろん大切だけれど、そうならないことが一番ですよね。その前提で、影響力の大きい経営者やリーダー層の方々に向けてサービスを始められたんですね。

馬締:

僕はもともと個人で人事・組織系のコンサルティングをやっていて、櫻本さんとはオフィスをシェアしてたんですよ。その中で、一緒にやろうかってなりました。

櫻本:

一緒にやってくださいってお願いしました。日々誰にも気づかれないにも関わらず、植物に水をやり続ける馬締さんの姿を見てきて、必要な人だと思ったんです。

馬締:

櫻本さんがすごいのは、ビジョンとして「全ての人が」って言葉を使ってるんですけど、「全ての人」に向けたサービスを作ろうと本気で思ってるところです。だから、コトリーもコーチェットも本気で全ての人に使ってほしいってずっと言っている。それを本気で言えるのってすごいなと思いました。その本気度を周りも感じるから、人がついてきたり協力したりする。本当にすごいです。僕も学生時代に人間関係が原因でメンタル不調になったことがあったので、コミュニケーションの仕方だったり、そもそもコミュニケーションって一方向のものじゃないっていう想いだったり、あとは、コーチングやカウンセリングを専売特許にしたくないって想いだったりにすごく共感したので、やらせていただくことにしました。

株式会社コーチェット CHRO 馬締 俊佑

スタートアップと起業家の、人間関係の悩み

櫻本:

人を傷つけたいと思って傷つけてる人って皆無だと思うんです。経営者でもそれは同じ。みんなに幸せであってほしいと思っているし、より良い組織にしたいと思っている。でも、「事業をうまく早く進めたい」気持ちが過ぎて、葛藤の結果、人を大切にできなかったりする。
多くの経営者は事業以外にも“本当は”いろいろなものを大切にしたいと思っている。その、大切にしたいものの種類や度合いが経営者によって異なっていて、例えば、「成長」「家族の幸せ」「社会貢献」など、経営者が何を大切にしているかというところがたぶん組織のカルチャーの大前提になっているし、無意識のうちに浸透していくものだと思うんですけど、それを最初に全部伝えきるのはとても難しくて、それが伝わりきらないまま採用をしていくと個人と組織の間にジレンマが起きてしまうんだろうなと。

タカ:

スタートアップに限定すると、事業を成長させないと生き残れない、とはいえ組織づくりも重要、っていうときにありがちなのが「OR」で考えちゃうことかなと思ってます。要は、事業成長か組織か、みたいなことです。これはもう絶対的に「AND」で両立させることが、本来は一番成長を持続できるはずなんだけど、事業が成長できていないときに組織や人のせいにしちゃったりという人もいると思うんです。だから、あくまでも事業と組織は両輪で回していくことが必要だっていう考え方がもう少し浸透するといいなと思ってます。どちからに寄ることでバランスを崩しちゃうこともあるはずで、そのあたりは経営者の悩みどころなのかなと。

櫻本:

成長のためには組織が大事だということが見えづらくなるのは、たぶん時間軸の話で、短期的に考えるか長期的に考えるかという点だと思います。ちょっと話は逸れるんですけど、メンタル不調になると目の前のことや今のことしか見えなくなって、自分が主語になりやすくなるし、“みんな”とか“いつも”といった曖昧な言葉も使われがちになります。つまり、視野が狭まって解像度が下がった状態になる。その上で、スタートアップってそもそも常に一生懸命なので、余裕が持てずに視野が狭まったり解像度が下がったりという状態にも陥りやすい。メンタル不調になる条件が整っていると言ってもいいぐらい、厳しい環境だと思うんです。なので、そういった環境であることやバイアスの自己認識があるかないか、そしてそれに対して適切なフィードバックを得られているかどうかが、的確な意思決定をしていけるかどうかにも大きく関わっていくと思います。

「価値観というバイアス」にどう向き合うか

タカ:

時間軸の考え方や視点には、人それぞれの特性というか癖というかがありますよね。正解・不正解の話じゃないですけど、例えば短期的な思考が得意な経営者は、周りに中長期の絵を見せられないっていう悩みを持っていたりする。ビジョンをうまく描けない/言語化できない、みたいなことですね。その代わりエグゼキューションはめちゃくちゃ強い。逆も然りです。中長期的な思考が得意な経営者は、ビジョンを描いて多くの共感を得ることは得意だけど、足元の戦略を描くことが苦手だったりする。そういった人たちに対してそれぞれどんなアプローチをするのか、どんなサポートをしたらその人の良さを引き出せるのか、みたいなところが最近の僕の一つのテーマです。最終的にはチームで補完できればいいとは思ってるんですけど、それまでの仲間集めやチーム作りに苦戦することもある気がしてます。

櫻本:

得意・不得意って、価値観と紐づいてるじゃないですか。自分が大事だと思ったことには時間とエネルギーをかけて得意にもなっていくし、実際にかける時間も長ければ成果が出やすい。逆に、意識を向けていないことは得意かどうかもわからない。ただ、やりたくないしやったこともないんだけど、本当はやればできるというケースもあるんですよね。価値を感じていないのか、やり方がわからないのか、この違いでたぶん向き合い方が変わりますよね。価値を感じていないという場合には、自分のそのバイアスによってどんなネガティブインパクトが生まれているのか(どれだけ必要性があるのか)ということを把握した上で試しにやってみて、うまくいかなかったらあとはやり方を学んでいくんだと思うんです。そのあたりの気づきを与えるというのも、ベンチャーキャピタリストの仕事になってきそうですね。

タカ:

その人のプロトコルに合ったかたちで気づかせるってことですね。必要なことの価値と、そこに意識を向けていない場合は、それがバイアスなのではないかということを。

櫻本:

やるべきことや果たすべき役割があるのにその実現に至ることができていないのはどんな阻害要因のせいなのか、重要なことなのになぜ価値を感じたり関心を向けられたりしていないのか、タカさんには見えているのになぜ相手には見えていないのか。そのあたりを紐解くことは重要ですね。例えばそれが情報量によるものなら、情報を渡してあげるという対策がとれます。
あとは、どんなに伝えても伝わらない人というのは実際に存在します。これはいわゆる「コーチャビリティ」という話ですけど、自分の正しさに強い信念やこだわりを持っている人は、人からの情報を拒絶する壁を持っているので、どんな正しい言葉も届かないということがあります。

タカ:

そういう場合はどういう対応策がありますか?

櫻本:

本人が傷ついて、変わらなければとわかるまで待たなければならないこともありますね。

株式会社ジェネシア・ベンチャーズ General Partner 鈴木 隆宏

共通のゴールを浮かび上がらせるのが難しい現代に

タカ:

最近、某上場企業の経営者の方との話でおもしろいと思ったのが、日本も欧米のように人材の流動性を高めるべきだみたいな議論がある中で、起業家・創業者にもそれが当てはまるかという話でした。経営も、0→1が得意な人はそこだけを担って、その後はそのフェーズに合った人にバトンタッチして、各々が得意なことをやり続けることによってスタートアップのエコシステムを大きくすることができるんじゃないかという話と、もう一方で、テック系の企業で言うと創業者がずっと残ってる会社の方が大きくなってるって話もあるんですよね。FacebookもGoogleもSalesforceも、何だかんだで創業者が残ってる。やっぱりエネルギー量が一番多いのはその会社を作った人だから、バトンタッチせずに起業家自身がより大きな器に進化することが、実は大きな事業を作る上では大事なんじゃないかっていう両面での話をされてて、確かになと思いました。

馬締:

ちょっと違うかもしれないんですけど、弊社は櫻本さんがCEOで、吉田さんというCOOがいるんです。吉田さんは「CEOがいかに自由に本当にやりたいこと向かってに突っ走れる環境を作るか」っていう思想の持ち主で、だから櫻本さんがいない会議でも「櫻本さんは今ちゃんと走れてるか」「余計なことに気を取られていないか」みたいな議論が行われるんです。これってスタートアップにおいてすごく大切なことだと思うし、さらにこのポイントって、0→1であろうが100になろうがそんなに変わらないんじゃないかなと思ってます。

櫻本:

めちゃくちゃありがたい話です。組織の声って、直接じゃなくてもどうしても聞こえてきて、そしてどうしても気になっちゃう。でも、そういうものに対して意識を使ってる時間って価値を生まないんですよ。そこを他の経営メンバーに完全に委ねられているのは、本当にありがたいことです。CEOも人間であり不完全なので、その不完全さを補ってくれるのがチームです。誰がダメとかではなく、足りないものを補ってくれるチームが作れていないからうまくいかないということ。人の話やメンタルの話になると個人の問題に帰属させがちなんですけど、やっぱりその人を支えることができなかった周囲全体の責任だと思います。
一方で、負荷をかけることを恐れすぎてもいけないと思っています。優しすぎる組織というのは双刃で、心理的安全性の議論でもよく言われますけど、心理的安全性って誰も傷つけちゃいけないということではなく、厳しいことを言い合っても大丈夫だと思えることがの本来の意味なんですよね。そこに至るためには、お互いの顔を見るのではなくて、共通の目的地を見ることが必要。共通の目的地があってこそ、厳しいことを言い合える。そういう意味でも、やっぱりゴールやパーパスの共有が大事だというのが、今まで出てきた全ての話に共通するところですね。そのゴールを前提に今ある状況を捉える、という思考プロセスが欠けたときに不具合が起こる気がします。意外とみんなゴールを共有しているようでしていなかったりするんです。

タカ:

流れ的にとか形式的にビジョンを作ったけど・・・・っていうケースもありますよね。

櫻本:

本当は合意していないケースもいっぱいありますよね。だから、そこにもやっぱり対話が必要です。よく「群盲象を評す」の例を出すんですけど、一人が象の鼻を掴んで「これは縄である」と言う、一人は象の足を見て「これは柱である」と言う、一人は耳を見て「これは団扇である」と言う。そんな風に、同じものを見ながらも一人一人が違う受け取り方や表現をしている。そこから「これは象である」という全体像を浮かび上がらせていくことが今、本当に難しい時代だと思うんです。それを実現するには対話が必要なんだけど、対話には時間がかかる。そして、スタートアップには時間が与えられていない。なので、対話をしないで進めていこうというインセンティブが働いてしまうんだけど、組織がうまくいかないタイミングで本当に必要なのはその時間だったりします。スピードを犠牲にする意思決定ができなきゃいけないときもあるんだろうなと思います。

社会へのインパクトか、自分自身への評価か

櫻本:

対話の重要性は皆さん認識はしていると思うんですけど、一方でVCの立場からは、できるだけ早くスタートアップをEXITさせたいわけじゃないですか。そういうせめぎ合いってあったりするんですか?

タカ:

僕たちもお金をお預かりしている立場なので、もちろんリターンを出さなきゃいけないのは大前提であるものの、僕たちの主張だけでEXITを作っても持続しないと思ってます。なので、基本的には起業家ファーストで考えたいです。さっき「起業家の進化」の話もあったように、それが結果的に大きなビジネスを作ることに繋がる気がしてるので、実はあんまり利害関係は矛盾しないんじゃないかと。逆に言うと、本当に大きなビジネスを作ろうとチャレンジしてる起業家であれば、途中で休憩したとしても作り切ると思うんですよね。どちらかというと、本当は疲れちゃってたりギリギリの状態だったりするのに無理して大きさを追求しようとすることの方が危険というか。事業や組織を大きくするんだってスイッチを入れると、起業家は自分の感情や本来の状態を置き去りにしちゃう可能性もある。そこにもっといろんな選択肢が提示できるようになるといいなと思います。具体的にはM&Aなど。そういうエコシステムが日本でももっと育ってくると、別に上場だけを目指さなくてもいいんだって思えますよね。VCがこんなこと言っちゃいけないかもですけど・・

櫻本:

シリーズBやCでのEXITが日本で増えないのはなぜなんでしょうか?

タカ:

買い手がいないんですよね。メガベンチャーや医療系などのバーティカルな領域のM&Aは活発でわかりやすいですけど、それ以外がなかなか出てこないですね。バーティカルな領域では、一つの課題を解決してもその先にもまだたくさんの課題があるので、複数のプロダクトを束ねて業界の産業構造を円滑にしていこうというコンパウンドスタートアップっていうスタイルも今注目されてます。要は、単一プロダクトではない戦いになってくる。とはいえ、最初から複数プロダクトを育てるのも難しい。だから、合従連衡スタイルも良かったりしますよね。そういった過程の中では、大企業とスタートアップはもちろん、スタートアップ同士の合併とかもこれから生まれてくるんじゃないかと。海外では既にけっこう多いんですけどね。

櫻本:

似たような事業や補完的な事業をやっているスタートアップもありますもんね。でも、スタートアップの起業家ってなかなか一緒にやっていこうとならない感じもありますよね。

タカ:

強く推す人もいないのかもしれませんね。投資家側の選択肢としても挙がりづらいところはあります。起業家ファーストであるがゆえに、そういう提案をしちゃうと「単独で頑張ろうとしてるのに、何でそんなこと言うんですか」ってなってしまいそうな気もします。本当はそれもアリだって思ってる起業家がいたとしたら、その気持ちを引き出せるといいんですけどね。

櫻本:

そういう意味では、スタートアップを通じて社会的に実現したいことというよりも、自分が創業者として成功することの方が重要度が高いってこともあるんでしょうか。本当の意味でのソーシャルインパクトというより、自分への評価を重視する起業家も一定いるという。

タカ:

自分が立ち上げて自分が資金調達したんだから自分がやらなきゃって思いこんでる起業家も多いかもしれませんね。

櫻本:

スタートアップの経営者って、初期は特に自分が主語になりやすい究極の仕事だと思っています。常に「自分がやらなくちゃ」という想いを背負っていて、気づいたら逃げ道がなくなってしまうこともあるのかなと。チームみんなでやっているのに、自分が自分がという視野に陥ってしまって、本当はもっとうまく進むはずのことがうまく進まないケースも結構あると思います。それが最終的にメンタル不調にも繋がってしまう。

タカ:

起業家の視座というか、どの視点で自分たちの立ち位置を捉えているのかが長期的な成功にも関わってきそうですよね。

「視座」と「視野」と「視点」の話

櫻本:

今思い出したんですけど、以前に馬締さんがしてくださった「視座」と「視野」と「視点」の話を紹介させてください。私自身はそれらをあまり区別なく使ってたんですけど、馬締さんがそれは違うと。世界を見る目には、「視座」と「視野」と「視点」の三種類と、あと「解像度」があって、複数の目を持っていてこそ解像度が上がって正しい意思決定ができるというお話です。そういう意味では、経営者って「視座を高めよう」とは言うけど「視点を増やそう」とはあんまり言わないじゃないですか。自分にどの目が足りていないのかって自分ではなかなかわからないから、他者の視点を自分のものにしていく力=コーチャビリティがやっぱりすごく重要になると思います。新しい選択肢が出てきたときに、みんながやっているからやろうという意思決定はすぐにでもできると思うんですけど、みんながやっていなくても自分たちの選択が正しいだろうという意思決定をできる力を持っているかどうか。

馬締:

経営者の方のコーチングをしてると、視点がすごくピンポイントだって感じることが多いんですよね。だから、僕たちがやってることってまずは「別のこの視点で見たらどうなの?」っていろんな視点を与えていくこと。視点を与えると、視野が広がるんですよね。そして、視野が広がってその範囲がわかってきたら、全体をいっぺんにみてもらうために視座を上げてもらう。そうすると一回解像度は下がるんですけど、全体像が見える。そこに経営者としての何かしらの成長がある気がしています。

タカ:

たしかに、経営って視点移動の繰り返しかもしれませんね。

アイ:

経営の場合、ピンポイントの視点だけの解像度だけが高くても十分ではなくて、複数の視点と広い視野、そしてそれらを俯瞰できる視座が必要ってことですね。

タカ:

対話の中でもお互いが今どの目の話をしてるのかをすり合わせることは、実用的に取り込める部分かもしれないなと思いました。こちらは視点の話、相手は視野の話、みたいな状況のときに使えるかもと。同じアジェンダについて話しているはずなのにどこか食い違っていて、蓋を開けてみたら全然合意に至ってないケースとかありますからね。

多様性の時代に、改めて「成功」について考える

タカ:

リーダーシップ理論って年々変わると思うんですけど、ああいったものが変わるきっかけって何なんでしょうか?時代によって価値観が変容するから変わらざるを得ないっていうことはなんとなくわかるんですけど、その変節点ってどういうところなのかなと。

馬締:

リーダーシップって、特性論、行動論、状況適応論、コンセプト論みたいな4つぐらいの大きな変遷がありますけど、あれを作ってるのって学者さんだったりしますよね。だから、事例研究から来てるはずです。世の中が変わってきた中で、その先端でうまくいっている組織を見たときに今までの理論が当てはまらないのは何故だろうというところから始まってるんだと思います。昔からの統制型のリーダーシップをとってる会社も生き残ってはいつつも、それが主流だったところに新しくサーヴァントリーダーシップみたいな人たちが出てきて、何でうまくいってるんだろうって研究されて広まる感じなんでしょうね。

タカ:

経営やリーダーシップの難易度って、昔よりも今の方が確実に上がってると思うんですよね。SNSとかも含めていろんな声が聞こえるようになって、隣の芝が青く見えることもあるし選択肢も多いし。

櫻本:

シンプルじゃないですよね。

タカ:

でもこれって、ただ見えるようになっただけで実は昔から一緒なんじゃないかとも思うんです。変わったように感じるだけで、実は表層化しただけなんじゃないかと。いろんな価値観に触れる機会があるから、自省の機会が増えたり迷いも多くなったりするのかなと。

櫻本:

今までは割と、これに沿っていけばいいという画一的な価値観があった。具体的に言うと、「成長」という一つの枠組みが真実だったわけで、成長を突き詰めていけば社会的にも正しいという答えがあった。ただ今起こっていることは、その価値観に依存しない人たちが出てきて、今まで成長という絶対的な答えで統制できていたものが、成長じゃない「自己実現」とか「価値観の多様性に沿った価値の提供」ということをしなければ、そもそも成長自体も実現できなくなったということだと思います。でも、スタートアップの世界では引き続き 成長という価値観が重視されているので、社会の変化の中でスタートアップを成功させるのは特に難しくなっていると思います。無理な働き方とか将来の成長のために今は我慢しようとかそういうことへの耐性が低くなっている中、一人一人の個性が活きるような仕組み作りというものをしなきゃいけないとなると、やっぱり組織づくりもシンプルにはいかないですよね。

タカ:

成長じゃない幸せを感じる人も昔からいたはずだけど、たぶん少なかったんでしょうね。グローバルに見ても、市場が伸びてたからそこに乗っかっといた方が良かった感じですよね。それが今、先進国は成熟国になってきて、成長に翳りが見えてきた。そうなると、価値観の揺れというのが表れてくるんでしょうか。

アイ:

成長が踊り場に来たり鈍化してきたりしたときに何が課題かって考えると、やっぱり人だったりやる気だったりKPIの設定が間違ってるんじゃないかという話だったり、そういうところに目を向けがちになるってお話がありました。今のお話を聞いていると、それはもしかしたら国みたいな大きな規模でも言えることなのかもしれませんね。何かが停滞したときに、どこに課題や伸びしろがあるかって考えると、やっぱり人の揺らぎというか、想いとか個性とか思考とか、そういうところに目が向けられる傾向はあるんじゃないかって感じました。それらを当たり前のものとして活かしていこうっていうのが今の時代だと思うんですけど、当然一つの正解というものがないですよね。

変化に対応し続ける上で必要な「対話」

タカ:

リーダーって、停滞しているときこそポジティブに行った方がいいってよく言われるじゃないですか。課題ばかりにフォーカスするんじゃなくて、可能性を見せていこうって。一方で、つらさや悩みみたいなところまでさらけ出しても受け入れられる土壌、つまりそういうチームを作っていこうっていう考え方もありますよね。

櫻本:

ポジティブ・ネガティブのどちらかに偏るとおかしくなりますよね。例えば「人か仕組みか」みたいな議論もあります。この両軸を行き来する力こそ重要です。やるべきことがある程度決まって、スムーズに収益が生み出されるフェーズになってくれば仕組みが大事。ただ、多くのスタートアップでは、マーケットやフェーズの変化に合わせて何度もPMFが必要なように、仕組みを壊して作ってをずっと繰り返さなきゃいけない環境にある。そういう中で、仕組みの中でしか機能できない人を採用してしまうと、仕組みが変わらなきゃいけないタイミングで崩れちゃいますよね。だから仕組みがなくても動ける人や仕組み自体を作れる人が理想なんですけど、採用の難易度はめちゃくちゃ高い。だから、採用も育成もどちらもすごく重要。

タカ:

仕組みがなくても動ける力って、どうやったら身につけられるんですかね。スタートアップには元々カオスが好きな人も比較的多いと思うんですけど、仕組みを考えたり作ったりする側に回れる人はやっぱり少数じゃないですか。どういう経験をしてくるとそういう人に育つのかなと。

櫻本:

短期間ではなくて、時間をかけて育つものだと思います。一つのフレームワークとしては、成人発達理論が参照できるかなと。自己中心的段階、依存的段階、自律的段階、相互依存的段階という4段階がある中で、人間の大半は依存的段階にあって、特に日本は依存的あるいは協調的なカルチャーというのもあって、たぶん欧米と比較しても依存的である割合が多くなりがちだと思うんです。カルチャーによって補強された依存的段階。だから自律的段階に進もうとしてもおそらく日本的カルチャーが邪魔をする部分もあると思います。なので、「うちは自律性を重要視します」という組織カルチャーを明示してあげるという点が一つ。そして依存的から自律的へ段階を上げるために必要なのは、「批判的内省」だと言われるんですね。つまり、今まで自分が正しいと信じていたことをアンラーンして、対話を通じて新たな価値観を自分の中にインストールしていく力が求められる。それは自分だけでするのは難しいので、「対話を通じて行いましょう」ということですね。ここも、今の組織で対話が重要とされる背景でもあります。
ジェネシアさんとコーチェットで共同開発した『G-Owl』もまさに対話のきっかけづくりに役立ちますよね。

タカ:

チームからどう見られているかっていうフィードバックを受け取ることで、起業家の自己開示のきっかけになりますよね。チーム全体のことも全員で眺めることで、対話の場を作り、共通のゴールの確認ができる。カルチャーづくりのための施策の一つとして取り入れてもらえるといいなと思います。

「コントロール」をどう捉え、どう付き合うか

馬締:

自己開示が成長に繋がると思っている人が意外と少ないなと感じています。自己開示をするからフィードバックがもらえて成長できるっていう流れだと思うんですけどね。たしかに自己開示って怖いけど、その弱さがあるからこそ誰かと頼り合えるようになるっていう、そういう成長もあると思うんです。でも、自分が個人として強くあらねばって考えて、閉じて成長しようっていう人が多いんですよね。

タカ:

自己開示には、たしかに一定のハードルの高さがありますよね。さっきの話にもありましたけど、それこそ価値や成果を感じづらかったりもする。個人的な感覚ですけど、海外経験のある人はそのあたりの肌感がある人が多いのかなと思ってます。単純に、言葉の通じない国の人と意思疎通しようとすると心を開かないといけないじゃないですか。そういう原始的な体験って大事だなと。価値観が違う人とぶつかることで自分の価値観に揺らぎが起きて、開示しやすくなる何かがあると思うんです。

馬締:

僕もケニアで2年ほどボランティアをしてたんですけど、身を委ねるしかないタイミングってあるじゃないですか。例えば、初めて会った人からよくわからないものを差し出されて「これ食え」って言われたときに、その人との関係性だけじゃなくて地域との関係性にも考えを巡らす、でも何が入ってるかわからない、でも感覚を研ぎ澄ましつつ食べる、みたいな。あと、価値観の違いという話では、そのボランティアって8-17時が勤務時間だったんですけど、8時に行っても大体誰もいなくて、10時や11時になってようやくスタッフが出社してきたり、仕事してたら「こんなに天気がいいのに何でこんなところにいるんだ?外に出ろ」って言われてお茶を飲みに連れてかれたりということもありました。そんな中ではやっぱり、閉じたままでは関係性を作るも何もなかったなと思います。「自分はどうしたいんだろう?何がしたいんだろう?」ってすごく考えました。

櫻本:

身を委ねる、というところから言えば、コントロール欲求というのも一つのキーワードですよね。起業家はコントロール欲求が高い人が多いですが、手放すことができない、全てがわかっていないと/コントロールできていないと不安だという気持ちは、やっぱりメンタル不調の原因にもなりがちです。コントロールし難いものが多くなっている中で、コントロールできないものにどれぐらい受容的でいられるかですね。

タカ:

言葉が通じないとか、コントロールできない環境に身を置いた経験はたぶんやっぱり大きいですね。

馬締:

関係あるかわからないですけど、最近キャンプとか流行ってるじゃないですか。日本でも小学校の時に林間学校とかありますよね。あれって元々アメリカから入ってきたもので、アンコントローラブルな状況に置かれる体験をするっていう意図があるらしいです。

櫻本:

そういえば、この前聞いた「畏怖」のお話がおもしろかったんです。火山とか滝とか、いわゆる自然の雄大なものや壮大なものに触れて「畏怖」を感じると、人って共感性が高まるらしいんですよね。要するに「畏怖」ってコントロールできない感覚じゃないですか。明らかに自分よりも大きくてどうすることもできないものを目の前にした時の人間の反応としての共感性。たぶん昔はそれが宗教だったりもしたんだと思うんですけど、その畏怖の対象が今の時代には存在しなくなっている。それでいろんな人が、自分は何でもコントロールできるという感覚を持っていて、だから実際にコントロールしようとする。その結果として共感性が生まれづらくなったり協力がしづらくなったりということも起こっているんだろうなと感じました。そうなると「畏怖」って、人間社会を作っていく上ですごく大事なことだったんでしょうね。そうなると、次に「畏怖」を生み出すことができるもの何なんだろうと。それこそ今までは資本主義とかも一つの圧倒的な存在だったと思うんですけど、それすらも崩れつつあるような段階で、コントロールできるものとできないものをどう切り分け、どのようにどう付き合っていくかみたいなテーマもあると思っています。その中で自分が大切にしたいものについて考える機会にもなりますよね。

ーつづく・・?ー

※こちらは、2023/10/17時点の考えです

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