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大企業(CVC)がスタートアップとの共創を成功に繋げるための提言|Collaboration by Genesia.

この記事を書くに至った背景

ベンチャーキャピタリストという職業柄、またJVCA(日本ベンチャーキャピタル協会)にて大企業やCVCのキーパーソンが集う大企業連携部会に関わらせていただいていることから、大企業のオープンイノベーションに関わる方々、CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)の方々とコミュニケーションさせていただく機会がよくあります。

産業間に存在する物理的障壁がデジタル化されることで溶解し、垣根がなくなっていくと同時に、AIの進化に伴い産業のビジネス構造自体が再定義されていく時代。このような非連続な変化の時代においては、既存事業に依存する経営ではなく、新たな強みや付加価値を積極的に生み出していく必要があり、ほぼ全ての大企業が、DX・GXといった既存事業の様々な変革や新たなビジネスフロンティアの開拓を求められていると思います。

そのようなビジネスの変革や新たなビジネスフロンティアの開拓手段の一つとして、”スタートアップとの共創”があると思いますが、実際に大企業やCVCの方々とお話をさせていただくと、ごく一握りの大企業(CVC)を除いて、ベンチャーキャピタルが組成するファンドへのLP出資や、CVCを通じたスタートアップへの出資に留まっており、本来の目的であるはずのスタートアップとの共創には至れていないという話を聞くことが多く、大企業とスタートアップとの理想的な共創に向けてはまだ距離が遠いと感じています。

今では、大企業(CVC)によって生み出されているリスクマネーは極めて存在感が大きく、スタートアップエコシステムにとってなくてはならない貴重な存在です。オープンイノベーションのトレンドが一巡し、大企業(CVC)がファンドへのLP出資やスタートアップへの出資から得られた成果を見直すタイミングにおいて、キャピタルゲインの創出だけが本来の目的ではない大企業が、本来の目的であるスタートアップとの共創に至れていないことで方針の見直しを余儀なくされ、大企業(CVC)によって生み出されているリスクマネーがスタートアップエコシステムに持続的な形で根付かなくなることを憂慮する気持ちと、積極的にスタートアップとの共創に取り組む大企業が更に増加することで、大企業によるスタートアップのM&Aも増加し、日本のスタートアップエコシステムの更なる発展に繋がることから、ベンチャーキャピタリストの視点で、大企業がスタートアップとの共創を成功に繋げるための提言を書きたいと思います。

また、この記事の末尾にも記載していますが、2024年10月7日(月) 16:00より東京ミッドタウン⽇⽐⾕にて、事業会社のアップデートを牽引するリーダーが⼀堂に会し、⼤企業とスタートアップの協働の可能性と本質の探求を⽬的としたアップデートセッション『INNOVATOR NEXT FORCE』を開催します。この記事に書いている内容についてディスカッションしますので、オープンイノベーションに関わる方々は是非参加をご検討ください(申し込みはこちらから)。

中長期で自社が目指す姿の具体化

冒頭にて、産業間に存在する物理的障壁がデジタル化されることで溶解し、垣根がなくなっていくと同時に、AIの進化に伴い産業のビジネス構造自体が再定義されていく時代と書きましたが、このような時代においてとても重要だと感じるのは、中長期で自社が目指す姿(実現すべき事業ポートフォリオやバリュープロポジションなど)を出来る限り具体化すること(Fig①)だと考えています。

  • 自社のビジョンやミッション、及び自社の強みや保有しているアセットなどを勘案し、中長期で自社が目指す事業ポートフォリオやバリュープロポジションを具体化する(Fig①)
  • 実現すべき姿と現状とのGAPを可視化し、M&A・自社で内製・オープンイノベーション(スタートアップとの共創)を通じてどのようにそのGAPを埋めていくのかを整理する(Fig②)
Fig①
Fig②

これらはあくまでフレームワークの一例に過ぎませんが、このような全社方針を策定するだけでも、「●●領域のリーディングカンパニーの買収を検討しよう」「▲▲領域は自社のリソースを再配分して内製する方向で検討しよう」「××領域はスタートアップとの共創によって立ち上げよう」といったように、それぞれのパートにおける指針やアクションが明確になっていきます。

しかし、上記のような議論が十分に出来ていないとどうなるか。この記事では、スタートアップとの共創パートにフォーカスして書きますが、このような議論が不十分な大企業(CVC)は、Fig③のように、スタートアップとの共創によって実現したいことが曖昧なため、多くの投資家から出資オファーを受けているTop Tierのスタートアップから見ると、敢えて事業会社の色を付けてまでその大企業(CVC)から出資を受けるメリットが資金面以外になく、出資を受けるのは止めておこうとなるケースが実際によくあります

Fig③

仮に出資は出来たとしてもその後の共創には至らず(Fig④参照)、お互いに不完全燃焼な関係に終わってしまうケースをこれまで数多く見てきました。このような事例は、スタートアップ界隈でもすぐに拡がってしまい、積極的に投資を受けない方がよい大企業(CVC)としての評判を持たれてしまいがちです。

Fig④

その一方で、自社が実現すべき姿をしっかり議論することを通じて、スタートアップとの共創によって実現したいこと、及びスタートアップに対して自社が提供可能な付加価値がある程度具体化されている大企業(CVC)の場合は、Top Tierのスタートアップから見ても、投資してもらう価値を感じられるだけではなく、事業シナジーまで滑らかに進むケースが多いです。また、このような大企業(CVC)はスタートアップ界隈での評判も自ずと高まるため、結果としてそれ以外のTop Tierのスタートアップとの共創も進みやすくなるという好循環が生まれている印象を持っています(Fig⑤⑥参照)。

Fig⑤
Fig⑥

投資を検討する際、投資家がスタートアップに対して魅力的なビジョンを求めるのと同様に、スタートアップから見ても株主になるかもしれない大企業(CVC)に対して、スタートアップとの共創を通じて実現したいこと、及びスタートアップに対しての提供価値を求めるのはごく自然なことではないでしょうか。

大企業の経営陣自らが新たな価値を生み出すことにコミットすること

自社の持続的な成長や企業価値の最大化に向けて、自社が未来において実現すべき姿を具体化し、その実現に対してのコミットが求められるのは、大きな裁量と責任を併せ持つ経営陣なはずですが、そのミッションを一見アウトソースしてしまっているように見えるケースがあります。具体的には、経営陣で具体的な変革の方向性を持たないまま、オープンイノベーション部門やCVC部門任せになっているケースや、社内から新規事業案や事業変革案を募集するのはよいものの、経営陣がそれらを形にすることにコミットすることなく、提案者に対して傍観者的にダメ出ししているケースなどもちらほら見かけます(Fig⑦)。

Fig⑦

私が約12年間務めたサイバーエージェントは、1998年の設立以降、継続的に新規事業を生み出しながら高成長を続けていますが、持続的成長の背景にはあした会議をはじめとして、経営陣一人一人が新たな価値を生み出すことにコミットする組織カルチャーがあることが大きかったと感じています。経営陣が新たな価値を生み出すことにコミットする背中を見て、社員の視座も高まり、全社としてとても高い熱量を維持し続けている組織でした。また、新規事業の立上げにおいては積極的に若手人材を登用し、思い切って任せる文化があるので、社内に経営を担える人材が数多く育っていることも持続的成長の源泉になっています。

しかし、大きな裁量と責任を併せ持った経営陣が既存事業を維持することだけに捉われ、新たな価値を生み出すことにコミットしていない(積極的にリスクテイクしない)組織だとどうでしょう? このような組織では、痛みを伴う大きな意思決定ができないだけではなく、社員も積極的に挑戦することに躊躇し、前を向くのではなく上を向いて仕事(忖度)し始めるのではないでしょうか? その結果、経営人材も育たず、実行力・推進力が落ちてしまうのは大きな機会損失だと感じています。

スタートアップとの共創は組織風土の変革にも繋がる

スタートアップとの共創は、事業の変革だけではなく、組織風土の変革にも繋がります。私たちが以前インタビューさせていただいたJR東日本の場合、オープンイノベーションを推進する出島であるJR東日本スタートアップを中心に、採択されたすべてのスタートアップとのPOC(Proof of Concept:実証実験)の実施を掲げたアクセラレータープログラムを定期的に実施されていますが、スタートアップとの協業を通じ、社員がスタートアップが持つ自由な発想や仕事のスピード感に触れる中で、いつの間にか新規事業を成功させることに夢中になっていくというお話や、積極的にPOCに取り組むJR東日本の姿を見て、同社への入社を希望する人たちの裾野が広がってきているというお話もお聞きすることが出来ました。

あらゆる制約条件を取り外し、新たな価値を創造し、顧客への提供価値を高めていく取り組みは、大変ではありますが本来とてもエキサイティングな挑戦のはずです。インタビュー当時はまだコロナ禍の真っ最中でしたが、とても興味深い話だったことを今でも鮮明に覚えています。

最後に

最近とある大企業の若手メンバーから、現経営陣が未来を見据えた道筋をなかなか指し示さないことに業を煮やして、社内の有志メンバーが集まって経営陣向けに未来に向けた提言を準備している、という話を聞くことがありました。また、大企業のオープンイノベーションに関わる方々からは、経営陣から改革案を出せという指示が出て、色々考えては経営陣に提案しているがなかなかOKが得られず、孤軍奮闘しているというような話もよく聞きます。しかし、事業変革は大きな権限と責任を併せ持つ経営陣自らが未来において実現すべき姿を具体的に考え、それらの実現にコミットすることでようやくその第一歩を歩み始めるものだと思います。そして、その想いを形にできる幹部人材が育っているからこそ実現に向かうべきものだと思います。

急成長しているスタートアップは、起業家(創業者)を含めたマネジメント層が高い当事者意識を持ち、専門的なスキルを掛け合わせながら、チームとしてのケイパビリティをとても速いスピードでアップデートし続けています。そして、そこには相互の信頼があるため、エンパワーメントが進み、会社が成長し続けます。規模が大きくステイクホルダーも多い大企業が持続的な成長を実現するためには、スタートアップと対等、若しくはそれ以上に高いレベルでの心技体が必要なはずです。少なくとも、これらはボトムアップで成し遂げられるようなものではないことは明らかです。

過去を振り返ると、このような大きな時代の変革期において、日本は変化スピードが遅かったがあまりに未来の果実を取り逃してきた苦い歴史があると思いますが、この学びを活かせずに同じ過ちを繰り返しそうな予感がしてなりません。経営陣自らが自社の経営改革に本気でコミットするだけでも会社全体の雰囲気が間違いなく大きく変わると思います。その結果、上を向いて仕事(忖度)をする社員が減り、積極的に挑戦する社員が増えると思います。また、自分の仕事について生き生きと語る大人が増加すれば、次世代社会に与えるGood Impactが大きいのは間違いありません。 もしこの記事を読んでいただいた方の周りに、大企業のオープンイノベーションに関わる方々、CVCの方々などがいらっしゃれば、是非シェアなどよろしくお願いします。

私たちからのご案内

2024年10月7日(月) 16:00より東京ミッドタウン⽇⽐⾕にて、STORIUMの主催、三井住友信託銀行、31  Ventures、UNIDGE、ジェネシア・ベンチャーズの共催にて、事業会社のアップデートを牽引するリーダーが⼀堂に会し、⼤企業とスタートアップの協働の可能性と本質の探求を⽬的としたアップデートセッション『INNOVATOR NEXT FORCE』を開催します。

本セッションでは、組織・個⼈・産業の継続的なアップデートを⽬指し、スタートアップとの投資、協業、M&Aを推進する⼤企業のキーパーソンと、⼤企業との連携を成功に導くスタートアップ経営者が参加します。彼らの豊富な経験と知識を共有し、参加者も交えたインタラクティブなセッションを通じて、実践知の探求を深める機会ですので、オープンイノベーションに関わる方々は是非参加をご検討ください(お申し込みはこちらから)。

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筆者

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