【シード調達のリアル #4】DD(デューディリジェンス)|Finance by Genesia.
DD(投資対象の精査)と聞くと、どうしても「厳しい審査プロセス」や「アラ探しをされるのでは」といった硬いイメージを持たれるかもしれません。しかし、プロダクトやトラクション(実績)をこれから作っていくシード(創業初期)のステージにおいては、その意味合いが大きく異なります。
「長考に好手なし」- シード投資のDDでスピードを重視する理由
将棋の世界には「長考に好手なし(長く考えたからといって良い手が出るわけではない)」という格言がありますが、これはシード投資の現場にもそのまま当てはまります。
有望なスタートアップに対しては投資家間でのアプローチの競合が激しくなるため、検討に時間をかけすぎること自体が不利になるという側面も確かにあります。しかし、私たちがスピードを重視する何よりの理由は、0から1を生み出すシードフェーズにおいて「机上で時間をかけて議論すべき本質的な論点そのものが、極めて限られているから」です。
そのため、私たちの投資判断プロセスは、多くの場合「2〜3週間程度」という短い期間でスピーディーに完了します。
こうした背景から、一般的なDDのイメージとして語られがちな「DCF法などを用いた精緻な財務分析」を、少なくとも私たちの実務で行うことはありません。まだプロダクトも売上もない段階のスタートアップに、エクセル上で精緻な財務モデルを当てはめること自体が、構造的にフィットしないからです。
DDは「一方的な審査」ではなく「双方向の相性診断」
大前提として、私たちは、シード投資におけるDDを「投資家が起業家を一方的にジャッジ(審査)するもの」とは考えていません。DDというプロセスはあくまで、これから長く険しい道のりを共に歩んでいけるかを確認するための、「双方向の相性診断」であると捉えています。
前の章でもお伝えした通り、私たちには「すべての人に豊かさと機会をもたらす社会を実現する」ために、起業家の皆さんと共に挑みたい6つのチャレンジ(テーマ)があります。皆さんの事業アイデアや起業の原点に、こうした私たちのテーマと「思想レベルでの共感」があるかどうかが、ご一緒できるかどうかの最初の分水嶺となります。
なぜなら、私たちにも「社会に対して成し遂げたい明確なビジョン」があり、私たちにとっての投資活動とは、「そのビジョンの実現に向けて、強固なチーム(仲間)を築き上げていくプロセス」に他ならないからです。
だからこそ、DDというプロセスを通じて、私たちも起業家の皆さんを深く理解したいですし、同時に起業家の皆さんにも「ジェネシアというVC(チーム)が、自分たちの思想や価値観と本当にマッチするのか」を、ぜひシビアに診断していただきたいと考えています。
投資基準のリアル:「市場・経営チーム」と「(戦略)」のウェイト
私たちが実際の投資判断において重視している要素と、それぞれの判断における「ウェイト(比重)」は以下の通りです。
- 市場(ウェイト:約4割)
- 経営チーム(ウェイト:約5割)
- (戦略)(ウェイト:約1割)
「戦略」をあえて括弧書きにし、ウェイトを約1割としているのには明確な理由があります。シードフェーズにおいて本質的に重要なのは「何を・誰が・いつやるか」であり、「どうやるか(戦略)」は仮説検証の過程で柔軟に変わっていく(ピボットする)のが当然だと捉えているからです。
また、「市場(マーケット)」のポテンシャルを評価する際、私たちは現在の市場規模(断面)ではなく、「動的な変化のプロセス」を最も大切にしています。社内ではよく、「水が高いところから低いところへ流れるイメージが湧くか?」という問いかけをします。現在の市場構造が、背後にあるテクノロジーや社会の力学によって別の形へと変化していく——その「大きな流れが後戻りしないもの(不可逆)かどうか」を重視しているためです。
Market iO(マーケット・アイオー)
この市場の捉え方をさらに構造化し、起業家の皆さんとのディスカッションの精度を高めるために、私たちは『Market iO』という独自のフレームワークを開発・運用しています。
Market iOは元々、「TAM(Total Addressable Market)だけで語られることの多い市場規模という概念は、本来もっと動的かつ多次元に捉えるべき」という社内の課題感から生まれました。マクロのTAMだけでは良し悪しを判断できない一方で、シードでは限られた時間の中で、市場を立体的に捉えて事業の議論に集中する必要がある。そうした背景から、私たちは2022年秋頃にMarket iOを社内展開し、2023年初頭からは投資メンバー全員がこの共通のレンズで市場を眺め、見立て、深掘りする運用を続けてきました(現在も日本/インドネシア/ベトナム/インドの4カ国全てで運用しています)。
2022年当時にリリースしたMarket iO(=旧フォーマット)では、市場を「川」に見立てて、(1)川幅の広さ(市場規模)、(2)船の数(競合の多寡)、(3)流れの速さ(浸透スピード)という3つの変数に分解し、組み合わせで8つの型として整理していました。この整理は、市場の今現在の姿形を素早く共有し、議論の出発点を揃えるのに有効であったと考えています。
一方で、運用を重ねる中で限界も見えてきました。旧フォーマットの8類型は、市場の「仕上がり(結果)」を表す静的なスナップショットを瞬時に捉えるのには有効であっても、その市場がなぜそういう構造をしているのか、そしてこれからどんなレバーによってどう変わり得るのかまでは射程に入れられなかったためです。
シード投資家の本分は、出来上がった市場の結果を分類することではなく、「いずれ来る市場」がいつ(そして本当に)来るのか、すなわち参入の最適なタイミングを見立てることにあります。だからこそ私たちは、2026年5月からMarket iOを全面リニューアルし、市場の結果ではなく、結果の手前にある「因子」と「ドライバー(抵抗を外すレバー)」を高解像度で扱える形へアップデートしました。
リニューアル版のMarket iOでは、視点を一段手前に移し、市場を動かしている(あるいは堰き止めている)因子を電気回路のメタファーで捉えます。
- 電圧(V): その市場で生まれているユーザー需要の強さ
- 抵抗(R): 需要の流れを妨げている因子(= 参入障壁・ボトルネック)
- 電流(I): 上記の関係から立ち上がる事業のモメンタム
特に最重要の変数であるRはひと括りにせず、以下の4類型で更に分解していきます。
- R_tech(技術抵抗): 技術的な制約による参入障壁
- R_behavior(行動・慣習抵抗): ユーザーの行動変容のしづらさ
- R_regulation(規制・制度抵抗): 法制度や許認可による制約
- R_structure(構造・既得権益抵抗): 既得権者の構造的優位・需要の顕在化を妨げている堰
そして、投資仮説を立てる上では「どの抵抗が主要なボトルネックか(Primary R)」「それはいつ・何によって外れ得るのか(除去レバーとタイムライン)」を特定し、投資後の伴走においても同じ粒度で引き継ぐことを重視します。
なお、仮説の型は大きく以下の2つに整理できます。
- V型(需要主導型): 電圧(需要)そのものを増幅していくことが命題
- R型(抵抗除去型): 既に立ち上がっている需要に対し、Primary Rを外して一気に流れを加速することが命題
社内の議論においては、「市場規模が大きいかどうか」を単純に論じるのではなく、「需要(V)と抵抗(R)の構造は何か」「Primary Rはどこで、どんなレバーで外れ、いつ電流(I)が立ち上がるのか」を、高い解像度で言語化し、深掘りしていきます。
「R型投資」の揺り籠:ディープテックのDD
前述した2つの仮説の型のうち、ディープテックの分野においては構造的に「R型(抵抗除去型)」の典型例とも言える投資が多く見られます。ほとんどの場合、需要(V)は脱炭素、エネルギー安全保障、医療アクセス、計算限界の突破といった人類社会の根源的な課題として既に顕在化しており、それを堰き止めているPrimary Rが「技術的な制約(R_tech)」になっている——これがディープテックという領域の本質的な構造です。新たな需要そのものを生み出しに行くV型のビジネスとは、DDで立てるべき問いの形そのものが異なります。だからこそ私たちは、ディープテックを「R型投資の揺り籠」と捉えています。
ディープテックのDDにおいて、私たちが最初に置く時間軸の補助線は「そのテクノロジーが概ね10年以内に社会実装可能な姿まで到達し得るか」という見立てです。VC投資はファンドの満期というハードな時間制約の中で行われるため、原理的に可能でも実装までに数十年を要する技術は、ファイナンスモデルとして成立しないからです。
ただし、ここには重要な但し書きがあります。本命となる巨大市場(メインマーケット)の到来そのものが10年を越える時間軸であっても、その手前で立ち上がる「先取り需要」を捉えられる領域は、十分に投資対象になり得るということです。例えば核融合は、商用発電市場が立ち上がるのは20〜30年スパンの議論ですが、その実現に向けた政府の戦略的R&D予算、高性能材料・高温超伝導コイル・計測機器などへの先行需要は既に明確に立ち上がりつつあります。量子コンピュータも同様で、実用化された汎用量子コンピュータの登場を待つまでもなく、NISQ技術を活用したい金融機関・研究機関・政府機関からの先行需要が事業の足場をつくります。SpaceXがNASAからの政府契約を踏み台に商用宇宙市場のためのインフラを築き上げたのも、同じ構造です。つまり、ディープテックの参入タイミング評価は「メインマーケットがいつ立ち上がるか」と「先取り需要の経路で10年以内に収益化のJカーブを描けるか」の二段階で見るのが適切であり、シード投資におけるDDでは起業家の皆さんと、その途上で何をマネタイズしながら走るのかという現実的な道筋を共に議論していくことになります。
そうした時間軸の見立てを置いた上で、私たちのディープテックDDではPrimary Rの性質を大きく以下の2類型に分けて見ていきます。
- 性能の閾値を超えることがPrimary Rとなるタイプ:ある一定の性能水準を超えない限り、社会実装そのものが立ち上がらない領域です。閾値の手前ではほぼ無価値で、越えた瞬間に需要が解放される——いわばデジタル的な不連続性を持つのが特徴です。量子コンピュータであれば、エラー訂正可能な論理量子ビット数が一定規模に達して初めて、古典コンピュータでは解けない問題に手が届きます。核融合であれば、投入エネルギーを上回るエネルギー利得(Q値)の達成が、研究装置から発電装置への質的転換点となります。自動運転においても、人間ドライバーを統計的に上回る安全性水準を越えて初めて、規制と社会受容の扉が開きます。創薬における候補化合物の有効性や、新素材における特定の物性値も同じ構造です。こうした領域ではDDの焦点は明確で、「閾値までの残り距離」「技術的アプローチの妥当性」「マイルストーンが現実的に組めるか」を、起業家の皆さんと深く議論することになります。
- 価格と性能のバランスで需要が決まるタイプ:性能としては既に成立しているものの、コストが折り合わないために普及が堰き止められている領域です。①と異なり、コストが下がるごとに対応可能な市場セグメントが段階的に拡張していく構造を持ちます。リチウムイオン電池、太陽光パネル、グリーン水素などが典型例で、太陽光が既存火力と並ぶグリッドパリティに達したタイミングで普及が加速したことや、リチウムイオン電池のkWhあたり単価が一定水準を割ったところでEVの本格普及が始まったことは記憶に新しいかと思います。このタイプで重要なのは、ラボレベルの性能ではなく「経済合理的に量産できるか」です。歩留まり、原材料調達、製造プロセスの習熟、サプライチェーンの構築といった、純粋な技術性能以外の因子こそがPrimary Rとなり、事業の成否を分けるレバーになります。同じ性能の電池でも量産時の歩留まりが10%違えば事業性は全く異なりますし、原材料となる希少金属の調達可否が事業の命運を分けることもあります。つまりディープテックでは、Primary RがR_techだけでなく、それと一体化した「量産・サプライチェーン上の制約」として現れることが少なくないということです。
いずれのタイプにおいても、私たちが起業家の皆さんと共有したいのは「Primary Rが何で、それがいつ・どのようなレバーで外れ得るのか、そしてその過程でどのような需要を順に捉えていくのか」を、できるだけ高い解像度で言語化することです。ディープテックのDDは、技術の凄さそのものを評価するプロセスではなく、「その技術が、社会に流れ込む電流(I)にいつ・どう転化していくのか」という時間軸付きの仮説を共に描いていくプロセスである——そう捉えていただくとわかりやすいかと思います。
経営チームに何を見るか:原動力となる圧倒的な「渇力(かつりょく)」
私たちジェネシア・ベンチャーズでは、数年前までは経営チームのポテンシャルについて考える際、「誠実さ・視座の高さ・しなやかさ・手数の多さ・経験の量と質」という5つの要素を優先順位をつけて整理していました。しかし、スタートアップを取り巻く環境が激変する中で、私たちの考え方もアップデートされています。
現在、私たちが起業家や経営チームにおいて最も重視しているのは、「手数の多さ」と「経験・学習サイクルの質」です。これをより上位の本質的な概念で表現するならば、「渇力(かつりょく)=強く渇望する力」と言い換えられるかもしれません。
変化の激しい現代において、スタートアップが未開の大きな市場を開拓していくために絶対的に必要なのは、「変化への機動的な適応力」です。そしてこの適応力は、以下のような日々の行動原理と密接に結びついています。
- とにかく多くの人に会い、現場の一次情報を取りに行く
- 幅広く世の中の製品やサービスに触れ、解像度を上げる
- 得た情報を素早く咀嚼し、次のアクション(学び)に即座に活かす
こうした息を吸うように行える行動原理は、起業してから後天的に身につけようとしても、必ずしも容易に獲得できるものではありません。
だからこそ私たちは、これまでのキャリアや事前のディスカッションを通じて、「皆さんがこれまでどう動き、何を学んできたのか」、そしてその源泉となる「渇力」がどれほど内面に秘められているのかを、最も大切なポイントとして捉えています。
リバースDDの視点:起業家が投資家を見極めるためのチェックリスト
投資家が「見極め」の視点を持って起業家を理解しようとするのと同様に、起業家自身も「招き入れたい投資家」の要件を明確にし、自ら投資家を評価(リバースDD)していくことをおすすめします。
面談を通じて、ぜひ以下のポイントをシビアに確認してみてください。
- 投資領域と専門性: その事業領域を得意とし、深い知見を持っているか
- 投資後支援の実効性: 具体的にどのようなバリューアップ支援を期待できるか
- ネットワーク: 各ステージの主要な投資家と強いパイプを持っているか
- 投資の倫理観: 「一業種一社(競合には投資しない)」などの節度ある投資方針を持っているか
- 資金力とスタンス: 初回の投資サイズや、追加投資の基準・規模は明確か
- 補完関係: 担当者やチームの強みが、自分たちの弱点を補ってくれるか
そしてもう一つ、シード投資家の本質を見抜くためにぜひ意識していただきたいのが、その投資家は、事業の実績ではなく、実績を生み出す因子に目を向けているかという視点です。
シードフェーズにおいて、まだ出ていない「数字(トラクション)」ばかりを問い続ける投資家は、投資をした後もずっと同じスタンスである可能性が高いです。
目に見える数字が出る前の段階で、事業の成功に向けた本質的な因子を共に考え、長期視点で汗をかいてくれるパートナーかどうか。ぜひ、皆さんの側からも私たちのことを厳しく見極めていただければと思います。
