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【創業の軌跡】Vol.5 クラウドワークス/吉田 浩一郎

PODCAST

創業の軌跡、第5回目となる今回は、クラウドワークス創業者の吉田さんにご出演いただきました。本稿は要約版になりますので、フルver.についてはぜひPodcastで聞いてみてください。

出演者
・クラウドワークス/吉田浩一郎
・ジェネシア・ベンチャーズ/田島聡一一戸将未

自己紹介

一戸:

吉田さん、簡単に自己紹介をお願いします。

吉田:

クラウドワークスの吉田です。神戸で生まれて、高校まで神戸で過ごしました。その後、東京に出てきて、演劇を志して役者になろうと思ったのですが、劇団の経営で失敗し、それがきっかけで社会に興味を持つようになりました。それから新卒でパイオニアに入り、次は外資に転職して、20代の終わりに役員としてドリコムに飛び込み、それで一度上場を経験しています。1回目の起業は失敗し、2回目の起業としてクラウドワークスを創業しています。

一戸:

現在クラウドワークスで手掛けている事業についても教えてください。

吉田:

クラウドワークスは、クラウドワーカーと呼ばれる方々の仕事のマッチングをしています。累計発注企業は70万社を超え、登録ユーザーは400万人を超えており、現在、流通総額としては年間約150億円の仕事がマッチングしているサービスです。また、エンジニアやデザイナーであればクラウドテック、アシスタントであればビズアシスタントオンライン、副業であればクラウンドリンクスという形で、70万社と400万人のデータベースから新しいビジネスを次々と展開しています。
また、クラウドリンクスでは富士通やリコー、NEC、ソニーなどの正社員の方々が実名で登録しており、例えばトヨタの現役のデータサイエンティストも副業登録をしています。彼らは年収も高く、転職のハードルが高いので、スタートアップとのマッチング後に副業として働いてみて、相性が良ければ転職をします。現在は副業が大人のインターンのようになっていて、日本の大企業に勤める方々が次々に副業人材として登録し、スタートアップとマッチングしている状況です。

一戸:

確かに大企業の事業責任者の方などはあまり前に出る機会もなく、これまで注目されてきませんでした。動かしているお金も大きく、事業規模も大きい中で、そこで蓄積されたノウハウがスタートアップとつながるととても面白いですね。

創業に至るまで

一戸:

吉田さんの起業に対する意識は、いつ頃から芽生えたのですか。

吉田:

小学校のときにとても成績が良かったので、中高一貫の私立の進学校に行ったところ、下から10番の中で6年間を過ごすことになり、環境を変えるとこんなにも立ち位置は変わるのだと知りました。その6年間はとても苦しいものでしたが、高校2年生のときにマンガを描いて、コミックマーケットに出したところ30分で完売した経験により、さらに環境を変えるとまた認められるようになったのです。環境を自分でつくりたい、見つけていきたいというのは、高校生のときの原体験として感じていました。
その後、役者を目指して上京しました。役者は誰かが作った劇団で、誰かが作った台本で演じるため、自分が思うやり方で劇団を作った方が良いのではないかと次第に考えるようになりました。しかし、劇団の経営で失敗があり、借金を背負ったときに、社会に入りました。
社会に入ったときに違和感があったのは、大企業の新卒では必ず行う生涯研修でした。自分の退職までのライフプランが説明された瞬間、すごく考えさせられました。なぜ残りの人生を全部決められなければいけないのだと思ったのです。それが初日か2日目でした。さらに、大企業ではキャリアプランも書きますが、会社で昇進していくと最後は社長なのだから、社長以外に目指すものがあるのだろうかと思いました。そこでキャリアプランに1年後に社長、3年後に社長、5年後に社長と書いたのです。すると、人事面談で「この会社は親族会社だぞ」と言われました。笑

一戸:

クラウドワークスの前にも起業していますが、その会社を創業したときはどういったきっかけがありましたか。

吉田:

はじめに起業したいと思ってから、時間や経験とともにその解像度が深まっていくものです。パイオニアのときは社長が何かよく分からず、27歳のときに社長というものに触れてみたいと思い、大前研一さんのアタッカーズ・ビジネススクールへ行きました。そこではいろいろな上場企業の社長が出てきて、社長とはこういう人なのかと思いました。
いきなり社長にはなれないかもしれないけど、社長の側近にはなれそうだと思って会社を探しました。そこでドリコムの社長の内藤さんと知り合って転職し、IPOを経験しました。そして、いよいよ次は社長だと思い起業してみたのです。それまでの解像度は、会社には社長がいて、社長はこういう人だろうという程度でした。IPOは経験して分かっているつもりでしたが、役員として上場するのと、社長として上場するのは全然違いました。本当は分かっていなかったのですが、分かったつもりで会社を起業してみて全然駄目だったのが1つ目の会社です。

一戸:

それでも2社目のクラウドワークスを創業されたのは、また違う起業へのモチベーションや想いが生まれたからですか。

吉田:

ドリコムを辞めて、自分が興味のあることをしてみようということで、1回目の起業では、とにかく興味のあることを片っ端からしてみました。アパレルやワインの事業などを行き当たりばったりで約20個行ったのですが、全くどれも立ち上がりませんでした。IPOやITの経験を活かした受託で月間約500万円を稼ぎながら、そのお金で新規事業を行っていました。

田島:

スカートのEC事業も行っていましたね。

吉田:

男性用スカート専門のECですね。今から考えると笑いぐさですが、当時は真剣でした。初月で30万円も売れたのですが、それが天井で、それから1年間は月間20~30万円しか売れませんでした。在庫は積み上がり、全く持続性のないモデルだったのですが、自分で作ったサービスで初めてユーザーが付いたので、撤退もなかなかできませんでした。その経験のおかげで、事業撤退の大変さも、大きな市場を狙う重要性も分かったので、一つ一つの事業の失敗から学んだことが、現在の事業に活かされています。
いろいろ考えてみると、20個の事業はどれも儲かりそうだから始めて、根本的に自分の夢がありませんでした。夢が自分に紐付いていないと駄目なのです。会社にいる理由は夢なのです。会社でいうとミッションが重要だということです。
常に複数の事業を同時に行っていたのですが、そうすると自分のリソースも資金も分散されてしまいます。ベンチャーは1つに絞ることによってスピードが出せることが売りですから、基本的には1つに絞らなければいけません。また、自分の強みが活かせることがプラットフォームビジネスであることを意識しましたし、出資を受けるのは、お金の側面だけではなく、自分にない知恵を貸してくれる仲間を得るためだと考えました。また、1回目の会社がZOOEE(ゾーイ)という社名でとても分かりづらく、毎回説明しなければいけないので、毎日の名刺交換の時間に無駄がありました。一目見て分かる社名とサービス名で、なおかつ社名とサービス名は一致していた方が良いと思いました。
私は、お金は受託で儲かりましたが、ビジネスはつくれませんでした。そこで、ビジネスモデルは誰かに聞こうと思い、当時のサイバーエージェント・ベンチャーズ(現サイバーエージェント・キャピタル、以下CAV)社長の田島さんに会いました。田島さんからその場で、「吉田さんに合う事業が2つあると思う」と言われたうちの1つがクラウドソーシングでした。田島さんに言われたときに、先ほどあげた課題感にぴったりだと思いました。
私は上場したり起業したりしましたが、そのたびにいろいろな問題を抱えてきたので、ほとんどの時間を費やす“働く”ということを夢としてテーマにしていきたいと思いました。

一戸:

当時、自己資金もかなり注ぎ込んでいたと伺っていますが、その一方でCAVからの出資を受けた理由を教えていただけますか。

吉田:

1回目の起業では受託で確実に稼ぎましたが、事業は立ち上がらず、仲間は離れていきました。ですから、自分の強みはIT業界における営業や売上を上げることだと思いました。クラウドソーシングにおいても、サービス上でどうマッチングするかは手に取るように分かりますし、ウェブでも対面でも、どう売り込み、人がなぜ契約をするのかというプロセスはイメージできます。一方で、それ以外のことについて自分は成果を出せなかったので、知恵を借りるために出資してもらおうと思いました。

一戸:

田島さんは吉田さんのどのようなところに魅力を感じて、出資に至ったのですか。

田島:

クラウドソーシングのマーケット自体は、個人のエンパワーメント文脈でこれから中長期で拡大する、大きな時代の流れに沿った、TAMの大きなマーケットだと考えていました。加えて、このマーケットはWinner takes allにはならないと感じていたことと、そのマーケットをしっかり取り切れる吉田さんの行動力やコミットメント、そしてグリッドの強さがあり、一言で言うと、Founder Market Fitしていると感じたことが大きな決め手でした。

吉田:

実は、その後の調達にもほとんど田島さんが絡んでいます。シリーズAの3億円の調達ですが、当時はソーシャルゲーム全盛期で、BtoBのサービスで1億円単位の調達はなかなかありませんでした。そんな中、田島さんのおかげでITV(伊藤忠テクノロジーベンチャーズ)が面談してくださり、出資に至りました。また、シリーズBの11億円の調達も、半分の5億円をリードで出すと言ってくれたのはサイバーエージェントの藤田ファンドでしたが、それも田島さんがセッティングしてくれました。

先行プレイヤーの存在

一戸:

次に事業についてお伺いします。クラウドソーシングの市場では先行プレーヤーがいた中で、吉田さんはその存在をどのように捉えられていましたか。

吉田:

我々が立ち上げた後、急速にコンセプトを似せてきたので、外から見ると似たような形の勝負に見えたと思いますが、当時、その競合はお小遣い稼ぎのようなサイトでした。我々は本格的なエンジニアやデザイナーが稼げるというコンセプトを打ち出していたので、最初の立ち上げ段階のコンセプトは全然違っていました。
また、これは私の解釈も含めてですが、注力してきたことが全然違いました。クラウドワークスは外注を手軽にできるサイトですので、企業のニーズが全てだと思いました。ですから、立ち上げてからの3年間のKPIは一つだけで、仕事の登録数だけでした。一方で、その競合はどちらかというと良いワーカーを集めるという形で、注力しているものが全然違っていました。

PMFにおいて重要な”一点突破”

一戸:

アイデアの着想からサービスのリリースまで1年間をかけて綿密に準備を行ったと伺ったのですが、具体的にはどのようなことをされましたか。

吉田:

とにかくスタートアップはお金が限られています。限られたお金の中で何かを証明して、次の資金調達を行うわけです。そう考えると、とにかく一点突破で、突出した成果を上げることが必要です。
我々はプラットフォームですから営業をしてはいけません。サービスのUXとSEOとプレスリリースだけで、どれだけクライアントの登録数と仕事の依頼数を増やせるかということに集中していたのですが、それを決めるのに1年をかけました。
その一点突破の考え方が、実はシードからシリーズAに行く秘訣ではないかと、最近思います。

一戸:

ここではない、ここではないと仮説検証をしていく中で見つけていくものですよね。

吉田:

それが投資家と壁打ちをする一番の意味ではないかと思います。例えば我々がいつも議論しているのは、これは決済なのか、集客装置なのか、仕事管理ツールなのかということです。この3点だけでも、サービスの作り方は違います。「これは集客ができて、簡単に決済できて、在庫も管理できます」などという説明をスタートアップがしていることがありますが、そうすると2,000~3,000万円のお金では全然足りなくなってしまいます。集客を検証するのであれば、集客だけをするサイトと定義した方が良いですし、決済を簡単にできるのであれば、決済の簡単さだけを検証した方が良いと思います。

PMFを感じた瞬間

一戸:

吉田さんが実際にPMFを感じた瞬間はありましたか。

吉田:

我々はサービスリリースから毎月2本ずつプレスリリースを打ちました。その2本のプレスリリースは、仕事の登録を促すものです。そのためにプレスリリースのネタをためて、プレスリリースをひたすら打っていきました。有名なエンジニアとデザイナーの方々の写真をたくさん借りて、それを並べることもしました。プラットフォームは、いろいろな人がいることが価値ですので、当時であればRubyやPHP等の言語もそうですし、年齢も学生からベテランまで、地域も関西と関東でという様に、いろいろな人たちがいるという状況をつくり、こういう人たちが賛同していますということでプレスリリースを打ち、事前登録を募りました。
そして事前登録で1,300人が集まった段階で、事前に企業へ営業に行きました。大企業やスタートアップを回って30件の仕事依頼をいただき、サービスリリース当日には30件の仕事と、1,300人のエンジニアとデザイナーが登録している状態でスタートしました。そうすると開始当初からにぎわっているように見えます。そこから約3日で1件目の契約が決まりました。マッチングしていないものは、裏で個別に連絡してマッチングしました。そして、何万人突破というものや、予算総額何億円突破というものを1カ月後に行いました。リリースしたのが2月で、3億円の資金調達をしたのが11月ですから、その9カ月でPMFを感じることになりました。

一戸:

田島さんが元々クラウドワークスの事業を考えていたときは、PMFをどのように想定していましたか。

田島:

肝だと思っていたのは、エンジニアに安く外注できるプラットフォームにするのではなく、エンジニアの働き方が多様になっていくための場所をつくっていくということでした。そこをぶれずにやり切れたことが重要だと思います。ある意味でエンジニアをエンパワーする考え方が、現在のクラウドワークスの強さにつながっていると思います。

一戸:

吉田さんがPMFを感じたのは、クラウドワークスが自走するプラットフォームになっていったことが最も大きな要素ですか。

吉田:

そうです。基本的にはUXとSEOとPRの力だけで、300万円から400万円のトランザクションが発生していましたし、仕事の登録数はプレスリリースを打つ度に増えていたので、これはいけると感じていました。

創業期の組織づくり

一戸:

クラウドワークスの初期メンバーはどのように採用しましたか。

吉田:

3人で創業しましたが、2人は起業準備の1年間で知り合いました。1人はTwitterで知り合い、もう1人はエンジェル投資家から紹介していただきました。4人目の成田もTwitter経由です。

一戸:

ポジションには特にこだわりはありませんでしたか。

吉田:

最初の2人はエンジニアとCFOです。その二つは一度目の起業のときに一番ネックだったので、ものを作る人とファイナンスをする人を真っ先に探しました。

一戸:

シリーズAまでの組織構築において意識していたことはありますか。

吉田:

組織論というのは水ものです。そのときの時代背景や市況によって組織文化はできるものだと思います。あまり一概には言えませんが、例えば現在のスタートアップで、全員出社、あるいは朝から晩まで休みなく働こうと言うと、人は集まりづらいと思います。当時はそれができましたし、私も週7で働いていました。1年半は1日も休まず、年末年始も働いていました。
その中で、日曜日の朝に1週間で感じたUXの課題を発表するUX改善会というものがあったのですが、そこに向けて皆が資料を作り込んでいくというのを毎週行っていました。その現場を見て、UX改善に興味を持ってくれるかどうかが重要でした。
創業期は完全にUX改善というキーワードで社内を束ねていました。プラットフォームはアイデアとしての競合優位性はなく、使いやすさが重要なので、全社員が必ずサービスのUXを改善するということで、管理部だろうが、営業だろうが、全員が使いにくいと思ったボタンやデザインを改善する提案をして、それを反映していくというのをずっと行っていました。3年で上場していますが、上場時に入った社員の最初の研修もUX改善でした。
当時は職種に関係なく共通のテーマを設けて、その共通のテーマで話し合いをすることをとても大切にしていました。上場時は29名でしたので、それまではメールも個別メール禁止で、全部メーリングリストでした。当時はまだチャットが発達していなかったので、メーリングリストで全員がコミュニケーションを取ることで、全員で一つの体験をすることを重要視していました。

カルチャーが再現性を生む

一戸:

約100名の組織規模で組織の壁があったと振り返っている記事を読みましたが、その中でビジョンやミッションを策定されて現在に至っているかと思います。現在の吉田さんにとってのビジョンやミッションの捉え方や意識について教えていただけますか。

吉田:

スタートアップは最初に1つのサービスをつくります。あるいは新卒を採用したり、中途を採用したりします。そうすると、あるどこかのタイミングで再現性が求められてきます。1個は立ち上がったけれども、2個目の事業をつくれるのか。新卒を10人採用して、次の新卒を10人採用したときに何が改善されたのか。再現性のためにカルチャーが必要で、そのカルチャーがなければ、人が一日一日仕事をする上での手掛かりがありません。
例えば、事実と解釈というフォーマットがあります。「あなたは全然できていない」と言われたとき、それは何かと比較して言っているわけです。また、それに対して「私はできています」と言ったとき、それは何かの事実ができていると解釈しているわけです。それを分解するフォーマットとして事実と解釈のフォーマットをつくったところ、言い合いがなくなりました。例えば、去年のAさんの成績は98%達成というのは事実ですので、言い合いになりません。そして、この事実を基にお互いがどう解釈したかを言えば、言い合いにならず議論になるのです。
さらに、解釈には3パターンあります。1つ目は、こうやりたいという意思を含んでいるもの、2つ目は、意思はないけれども自分の気持ちを説明しているもの、3つ目は、他者への気持ちを説明しているものです。1つ目は、自分がとにかくやりたいという解釈を持っていますし、2つ目は、自分の中では少し自信がないという解釈で、3つ目は、あの人とは嫌だという解釈です。こういう形で事実と解釈のフォーマットがあると解像度が増します。
他にも、生産性向上プログラムというも同じ構造になっています。我々の生産性向上というカルチャーは、問題を発見して、プロセスチェンジを行うことです。生産性向上ピッチが毎週2回あり、生産性向上についてあらゆる部門がプレゼンテーションをしています。問題発見をするだけの生産性向上もあれば、プロセスチェンジをするだけの生産性向上もあれば、問題発見とプロセスチェンジをセットにした生産性向上もあります。プロセスチェンジは事実を調べる、分析する、仮説を立てるという構造になっています。そのため、現在では膨大な生産性向上のケーススタディーが社内にあります。先日の研修では、年間で約100本ある生産性向上プレゼンテーションをカテゴライズして、自分が現在の業務で抱えている課題とマッチングするということを行いました。そうすると、一人一人の成長速度が増していきます。こういったものがカルチャーです。1つの成功体験や1つのフォーマットを繰り返し行うことによって習熟していきます。
とても面白いのは、若手のスタートアップ起業家の相談を聞いていると、納得がいくまで行いたくないと言う人がいます。しかし実は、物事は自分が現段階では理解していないことでも、ある手掛かりを基に取りあえず行ってみることによって習熟することが結構あります。ほとんどの人は、経験を積んで納得してからやりたい、分かってからやりたいと言いますが、これは自分の過去の成功体験が、カルチャーとしてのフレームワークになっていないからです。要は、振り返ると、サッカーをした、大学を選んだ、会社を選んだ、起業したなどということのほとんどは、それほど人は分かっていません。しかし、全て分かっていたかのように誤解をしてしまいます。それを仕事に当てはめても、同じようなことがあるのです。

一戸:

田島さんはシード期から3年後に上場するまでの吉田さんの変化をどのように感じていましたか。

田島:

創業当時の吉田さんは、営業力や巻き込み力など、どちらかというと貪欲に数字を取りにいく人という感じで、プル型ではなくプッシュ型の要素が圧倒的に強かったと思いますが、今から振り返ると、営業力一辺倒のプッシュ型から、戦略や仕組みづくり等のプル型のスタイルにシフトしていると感じています。先ほどのカルチャーの話にしても、それがさらに加速していると感じましたね。創業時のタイプは現在と全然違いました。笑

吉田:

確かに全然違うと思います。笑

次回のゲストとお知らせ

次回のゲストは吉田さんにご紹介いただいたタイミー創業者の小川さんです。皆さん、ぜひ楽しみにしていてください。

また、クラウドワークスは現在積極的に採用活動を行っております。ご興味のある方はぜひこちらからチェックしてみてください。

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