INSIGHTS
INSIGHTS

「田舎生まれの自分に、世界の片隅に生きる人に、もしもっと幅広い選択肢があったら?」|河野 優人

ジェネシア・ベンチャーズは2016年の設立以来、「新たな産業の“種”から”最初の芽”を出すこと」を自分たちの役割だと考え、一貫して創業初期のスタートアップの1stラウンドにおいて投資をしてきました。まだ事業アイデアしかない、起業家一人だけのチームで組織もオフィスもない、そんなフェーズのスタートアップに投資し、未来をより豊かにするサービス/プロダクトを広く世の中に届けるために私たちも“チームの一員”という意識で伴走しています。

2022年に、国が主導する「スタートアップ育成5か年計画」が策定され、日本のスタートアップに各方面からの注目と投資マネーが集まり、また、スタートアップを生み出し育てるためのエコシステムも各地・各所で大きく育ちつつあります。

その中で、新しい技術、新しいサービス/プロダクト、そして新しいリーダーたちとともに、「社会に対して大きなインパクトをもたらすスタートアップを生み出すこと」を担うのはやはり、創業初期=シード期から投資をするベンチャーキャピタル「シードVC」であると、そして、私たちがまさにその当事者であると考えています。

本シリーズ『シードVCのシゴト観』では、ジェネシア・ベンチャーズで実際にスタートアップへのシード投資と経営支援に従事するベンチャーキャピタリストそれぞれが改めて考える「シード投資」と「シードVC」についてご紹介します。

  • なぜ「シードVC」に懸けるのか?
  • 「シードVC」としての役割やこだわりは何か?
  • そして、ジェネシア・ベンチャーズで実現したいことは?

本稿の主役は、Principalの河野さん(以下:河野)です。

  • 聞き手・まとめ:Relationship Manager 吉田 愛/Intern 夏堀 栄
  • 2024/4/11時点の情報です

持て余したエネルギーの矛先に、希少性と難易度の高い挑戦を求めて

interviewer:

1号社員として2017年にジェネシア・ベンチャーズに参画した河野さん。元々VCを知ったきっかけは何でしたか?

河野:

2013年、大学3年生の頃に一年休学してインドのスタートアップでインターンをした経験が、VCの存在を知るきっかけでした。高校まではサッカーに没頭していたのですが、大学生活では熱中できることがなくて、どこかエネルギーを持て余している感覚がありました。ただ、ほとんど唯一の熱意として、学生のうちに海外で生活してみたいという気持ちがあったので、思い切って休学を決めました。それで、せっかく挑戦するなら多くの人が無理だと思うくらい難易度と希少性が高いことをやろうと思って、目を向けたのがインドでした。当時、ゼミでブラジル経済を専攻していた関係でBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の比較研究をしていて、インド経済のポテンシャルに気付いたんです。インドの社会構造やインド人の価値観について調べてみると、日本とは真逆と言っていいほど全く異なる場所・環境・人たちで、現地で活動する日本人の数もまだまだ少なかったので、ここで事業の立ち上げに挑戦しようと決めました。

interviewer:

なぜ単なる留学ではなく、現地での事業立ち上げをしようと考えたんですか?

河野:

子どもの頃から新しい遊びやゲームのルールを考えるのが好きで、誰かに与えられた仕組みの中で動くときよりも、自分が仕組みを作るときの方が燃える自覚がありました。発想の自由度が高い環境が好きなんです。また、コンフォートゾーンを超えて、まだ誰も成し得ていないことに挑戦したいという気持ちもあって、事業の立ち上げをしようと考えました。

interviewer:

当初は自分で起業しようと考えていたんですね。

河野:

それで実際にインドに行って、日本人の方が立ち上げた現地のスタートアップでインド在住の日本人向け不動産サイトを立ち上げました。WordPressを勉強してWEBサイトを作って、現地の不動産業者に取引交渉をして・・初めて顧客獲得に成功したときの衝撃は今でも鮮明に覚えています。そこで事業作りのおもしろさを知ると同時に、「やろうと思えばどこでも何でもできる」という自信を持てるようになりました。

その後、2014年にブラジルでのW杯観戦を経由して日本に帰国。今度はQuipperというEdtechスタートアップでインターンをしました。Quipperはイギリス本社で東南アジアと日本で教育事業を展開しており、メンバーも本当に優秀な方々ばかりで、たくさんのことを学ばせていただきました。2015年に同社がリクルートに買収されたタイミングで、改めて自分も友人と起業しようと決めて、再度インドに行くことに。このときの意思決定には、East Venturesの松山さんやSkyland Venturesの木下さんにたくさんの応援や機会をいただいて、とても感謝しています。

でも、そもそもインドのスタートアップや資金調達への理解が足りないと思い、もう一度インドのスタートアップでインターンをすることにしました。YourStoryというインド版TechCrunchのようなスタートアップメディアにアポなしで訪問して、働かせてほしいと直談判。当時、ソフトバンクがインドのスタートアップに投資を始めたタイミングだったので、「日本からインドスタートアップへの注目が集まっているから、YourStory Japanを立ち上げよう」と提案して、実現させました。このときにインド各地の多くのスタートアップやVCにインタビューさせてもらったことが、VCを認識する大きなきっかけになりました。

そして、ちょうど同じ頃にサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル、以下「CAV」と表記)のイベントでタカさん(現:ジェネシア・ベンチャーズ GP)と出会い、そのご縁で、CAVからインドでのリサーチやソーシング業務を請け負うことになりました。その中で、OfBusiness、Meesho、NoBroker、Slice、Mobikwik、Vedantu、Urban Company、Spinnyなど、現在インドを代表するユニコーン企業のシード〜シリーズAラウンドの資金調達に立ち会う機会がありました。すごく幸運でした。それで、自分で一から事業を立ち上げることよりも、出会った起業家たちと一緒に働いて社会インパクトを生み出したいという気持ちが強まったんです。スタートアップによる課題解決を通じて、インドの人たちの生活を豊かにすること、インドという国の未来をより良いものにしたいという熱い想いを感じたんですよね。そこからVCという道を本気で考えるようになりました。

interviewer:

ジェネシア・ベンチャーズを選んだのは、それもCAVでのご縁からだったんでしょうか?

河野:

アジアの未来を担うスタートアップと日本の資金・経験・技術の橋渡しをすること、そして、アジア市場の成長を日本経済に取り込むこと。それが日本人である自分のレバレッジを一番効かせられるポジションだと考えて、それを実現できる場を求めて、2016年末に一時帰国しました。そのときにちょうど、CAVでもお世話になっていた田島さんが『アジアの産業創造プラットフォーム』を掲げて日本とアジアでの投資を始めると聞いて、ジェネシアにジョインしました。まさに自分がやりたいアジア投資でしたし、VCの創業フェーズでの挑戦、そして田島さんという起業家 / キャピタリストの圧倒的な熱量の高さを感じたんです。

「田舎生まれの自分に、世界の片隅に生きる人に、もしもっと幅広い選択肢があったら?」

interviewer:

大学生活ではエネルギーを持て余していたという話でしたが、それを発散できる場をVCに見出したんですね。ちなみに、そもそも河野さんの中にあったエネルギーってどんなもので、どこからきていたんでしょう?

河野:

僕は千葉県茂原市の田舎で生まれ育ちました。幼少期からサッカーが好きだったんですが、小学生の頃は地元にソフトボールクラブしかなくて、中学生の頃のサッカー部の顧問は、尊敬する先生でしたがサッカー経験の全くない方でした。高校のサッカー部では、幼稚園や小学校からサッカークラブでトレーニングを積んできたメンバーも多くて、その圧倒的な経験とスキルの差に、初めて挫折を味わいました。

今考えると自分にサッカーの才能がなかっただけだと思いますが、当時はなんとも言えない悔しさがあり、生まれ育った環境のせいにしてしまうこともありました。今となれば自分の人生は幸運なことばかりで、田舎育ちだからこそ理解できることもあると思っています。ただ、「田舎に生まれた自分や友人たちに、もしもっと幅広い選択肢があったとしたらどんな未来になっていたんだろう」と考えることも多く、そこから機会均等というテーマを持つようになりました。

そして大学で新興国について学んで、現地の人たちとも話すことで、自分が体験した機会格差は新興国の人々と比べたら瑣末なものであり、世界にはより切迫した機会格差に苦しむ人たちがいることに気付きました。人の才能や情熱はもちろんそれぞれに違うので、結果が均等である必要はないですが、機会はできるかぎり均等に近づけていきたいと願っています。「人が自分の可能性を見つけることができる、そしてその可能性を解き放つことができる世界を創りたい」というのが、大学生の頃から変わらない僕のミッションでありエネルギー源です。

余談ですが、インターン先だったQuipperの”Distributors of Wisdom”というミッションは当時も今も大好きな言葉です。ほんの少しでも知恵が世界に行き渡れば、人の挑戦が変わり、世界が変わることに繋がるはずです。

「信じること」と「骨格をつくること」でスタートアップに貢献を

interviewer:

ジェネシア・ベンチャーズにジョインするとき、「シードVC」ということは意識していましたか?

河野:

はい、僕がシードVCを選んだ / 選び続けてきた理由は二つあります。

一つ目は「起業家を誰も信じていない時にこそ、信じられる人になりたいから」です。スタートアップとして急成長することは、一般的には正しいと思われていないことを正しいと証明していくプロセスでもあります。顧客課題とソリューションがフィットしていないのではないか、マネタイズできないのではないか、市場規模が小さいのではないか、組織を作れないのではないか、ファイナンスで行き詰まるのではないかなど、何も証明されていない創業期ほど難しい理由を指摘することは簡単です。そして、確率論ではそれらの指摘や懸念は正しい可能性が高いです。証明されたファクトがない何かを信じるためには、思考の自立性、第六感的な感性、そして自分の判断を信じる勇気が必要です。信じる人が少なく孤独や不安が大きい創業期にこそ、起業家を信じられる人になりたいです。

二つ目は「スタートアップの未来を決定づける”骨格”作りに貢献したいから」です。起業家は人生の物語の中で生まれた情熱(欲求)を燃料として、実現したい未来とそこに至る戦略を描きます。そして創業メンバーを採用し、顧客セグメント・課題・ソリューションを検証し、PMFの手応えが掴めてきた段階で大型調達をしてスケールフェーズに入ります。基本的に、VCから資金調達するスタートアップは、シードラウンドから10年以内という短期間で企業価値を数十倍、数百倍にする急成長を目指すことになります。ロケットが宇宙に到達するには、地球の重力を振り切るための加速度が必要ですが、加速度は機体やパイロットに大きな負荷をかけます。スタートアップにおいても異常な成長速度には事業・組織・ファイナンスなど様々な側面で重い負荷がかかります。その負荷に耐えて急成長を遂げてビジョンを実現するためには強度の高い”骨格”を創業期に作ることが重要であり、そこに少しでも貢献できるようになりたいです。

「失われた30年」の次の30年が豊かなものになるように

interviewer:

すでに「新興国」や「機会均等」といったキーワードも出てきましたが、河野さんが投資していきたい投資領域や追ってきた / 追っていきたいテーマなどを教えてください。

河野:

大枠のコンセプトとしては、「人間とテクノロジーの共存・共栄」。具体的な事業領域としては、①教育・人材・ウェルネス ②クリエイターエコノミー・エンタメ・ホスピタリティ ③金融・行政に注目しています。

僕は1992年のバブル崩壊時期に生まれて、「失われた30年」を生きてきました。正直、日本の未来に希望を見出せずに閉塞感を感じることもありました。現在も世界ではロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争など争いは絶えず、米国を中心に政治・社会の「分断」が深まり、気候変動や貧困問題など多くの問題が残されています。でも、僕たちが生きる世界は過去30年間で間違いなく豊かになり、機会均等に向かっていると思っています。

30年前はテレビ・新聞・ラジオ・雑誌などのマスメディアからの情報が中心でしたが、インターネットやスマートフォンの登場によって世界中の情報やコンテンツにアクセスできるようになりました。30年前は現地でしか購入できなかった商品を、今はECサイトでいつでもどこでも購入できます。30年前は学校や塾の先生に依存していた学びを、今はオンラインで世界中の教育者から得ることができます。30年前は学校や職場、地域や家族が基本の限られた関係性やコミュニティを、今はオンラインで興味関心や価値観が合う人と繋がり拡張できます。仕事においても、定型的な作業はソフトウェアやロボットによって自動化が進み、人は創造性やホスピタリティを発揮する仕事により多くの時間を使えるようになりました。そうした仕事のアウトプットを享受することで、消費者は多様で品質の高い商品やサービスをリーズナブルな価格で購入できるようになりました。そして、SNSやメディアによって誰でも情報の発信者になれるようになったことで自分らしく生きられる人も増えています。

国や地域によってテクノロジーの社会への浸透段階は異なりますし、戦争、犯罪、政治腐敗などテクノロジーだけでは解決できない問題もたくさん残されていますが、僕はテクノロジーが世界を前進させて、人々の生活を豊かにすると信じています。一方で、AIやロボット技術の発達における倫理問題や失業問題など、新たなテクノロジーの登場は新たな問題を生み出す側面もあり、その問題の大きさも拡大していると感じています。テクノロジーによって人が不幸になるディストピアではなく、人間とテクノロジーが共存・共栄する世界を実現するためには、①人間・組織の在り方の再定義(教育・人材・ウェルネス)、②人間らしさ、創造性の発揮(クリエイターエコノミー・エンタメ・ホスピタリティ)、③ルールメイキング(金融・行政)が必要だと考えており、これらのテーマに取り組むスタートアップと一緒に挑戦したいです。

今年生まれた子供たちが30年後に自分たちが生きる世界は豊かになっていると感じられるといいなと。

ムーブメントを起こすためのリーダーシップに、肩書きは関係ない

interviewer:

最後に、河野さんのシードVCとしての哲学やスタンスなどはありますか?

河野:

大切にしていることは三つあります。

一つ目は、不確実性を乗り越えるパートナーであることです。スタートアップが成功するためには不確実性に挑む必要があります。競争に巻き込まれると利益は低減するため、多くの人ができると思っている確実性の高い事業で、急成長を実現することは難しいです。不確実性に挑む時に孤独や不安を感じるのは人間の生存本能ですが、起業家にはそうした孤独や不安を乗り越えていく勇気と行動が求められます。特にシードステージは仮説検証の初期段階で、最も不確実性が高いタイミングです。そんなシード期に起業家のことを信じて、ポジティブなスタンスで、不確実性を乗り越えるパートナーになりたいです。

二つ目は、起業家が強みを最大限発揮するサポートをすることです。弱みを克服することも時に必要ですが、起業家は強みに最大限のレバレッジをかけた方が良く、スタートアップの根源的な競争優位性は起業家の強みだと考えています。客観的な立場で起業家の強みを再発見し、その強みを最大限活かすための起業家の時間の使い方や事業・組織戦略を一緒に考えていきたいです。

三つ目は、信用とナラティブで仲間集めに貢献することです。VCはスタートアップに投資して、スタートアップが成功することでステークホルダーの方々からの信用を得ることができます。信用は日々の人との向き合い方や言動によって少しずつ積み上がり、時に大きく崩れるものでもあります。その信用を土台として、日々出会う方々に起業家や事業の魅力を語り、社員や顧客、投資家やアライアンス先などスタートアップの成功に必要な仲間を集めることもVCとして提供できる価値であり、磨いていきたいです。

実現したい世界観を描き、ナラティブを通じて仲間を作り、ムーブメントを起こすためのリーダーシップを持つ人はシードVCや起業家などの肩書きに関わらず、あるべき未来を創っていくことができると思います。僕自身もそうなれるよう日々全力で楽しみながらやっていきます。

関連記事

BACK TO LIST