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事業のネタ帳 #7 健康保険 as a Service

IDEA

健康保険。日々生活をする中ではあまり意識を向けることのないものかもしれませんが、個人的には現代社会で普遍性を伴って伸びゆく(その一方で既存のシステムが制度疲労を起こしておりテコ入れが必要な)事業ドメインの一つであると思っています。

そこで今回は、日本国内において健康保険領域で新たにスタートアップすることを想定した場合の市場仮説と戦略仮説について、7本目を数えるネタ帳に綴ってみました。

この記事の最後で、近い将来起業を考えているプレ起業家を対象とした事業アイディア相談会の告知もしているので、ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです!

『事業のネタ帳』連載一覧

#1 AI-powered BPO(相良)
#2 コールセンターのDX(相良)
#3 産業領域特化型コラボレーション(水谷)
#4 データドリブンファイナンス(河野)
#5 ローカル店舗のOMO化(一戸)

#6 HorizontalからVerticalへ。そしてVerticalの未来(鈴木)

目次

  1. 健康保険とは何か
  2. 市場仮説
  3. 戦略仮説/山の登り方
  4. DXの型
  5. 起業検討者向けイベント「事業アイディア相談会」やります
  6. おわりに

健康保険とは何か

広く俗称として認知されている「健康保険」は、厳密に言えば突然の病気やケガなどに備えるための、相互扶助の考え方に基づいて運用される公的医療保険制度を指します。

日本においては、全国民が職場や自治体を通じて毎月保険料を納めることが義務付けられており、その結果として病気やケガに際してかかる医療費負担を額面の1~3割程度に抑えることが可能となっています。いわゆる国民皆保険制度です。

ちなみに米国ではこの全国民参加型の公的医療保険制度が存在せず、民間の保険会社が提供するサービスも料金も多種多様な健康保険に雇用主を通じて(あるいは個人で)加入することが一般的なため、市場の成り立ちが大きく異なります。

出所:https://www.kenporen.com/health-insurance/m_knowledge/

日本の公的医療保険は、民間企業向けの健康保険と公務員向けの共済保険、自営業者・民間企業OB/OG向けの国民健康保険(地域保険)の三つに大別され、企業で加入する健康保険はさらに、主に大手企業が独自で運用する「健保組合」と中小企業やフリーランサーが寄り集まって加入する「協会けんぽ」に分かれます。

出所:https://www.kenporen.com/health-insurance/basic/01.shtml

市場仮説

このうち今回のネタ帳で事業の対象としたいのは、大手企業が独自で開発、運用する「健保組合」です。

約3,000万人、実に国民の四分の一が加入している計算になる健保組合は、健康保険法に基づいて設立される公法人です。従業員が700人以上いる企業であれば単独で設立することができ(単一健保組合)、同種同業で3,000人以上の従業員が集まれば共同で設立することもできます(総合健保組合)。

前者の例としては「トヨタ自動車健康保険組合」や「パナソニック健康保険組合」が、後者の例としては、我々スタートアップにも馴染みの深い「関東ITソフトウェア健康保険組合」などがあります。

1,387団体、合計保険料収入は約8兆円と、1%の変動幅で1,000億円を射程圏内に見据えられる必要十分な市場規模です。

出所:https://www.hekikaikanko.co.jp/toyota_groupkenpo/

米国のように健康保険サービスを民間で開発、提供することができない市場構造を踏まえた時、日本における健保事業はどういう形態をとるかと言えば、こうした健保組合の企画や運営、健康増進プログラムの立案・管理、健康診断の予約導線などを包括的に提供、サポートする形態をとる可能性が高いと考えます。

翻って、なぜ大企業は自社独自の健康保険組合をわざわざ運営する必要があるのかというと、最も大きな理由は福利厚生の充実です。

従業員やその家族の心身の健康をいかに支えられるかが企業の競争力を左右する時代、健康経営の旗印のもとで従業員向けの福利厚生を少しでも良くしたいモチベーションが企業には働きます。

自社独自の健康保険組合を運用することで、保険料率の低減(協会けんぽの保険料率が10%であるのに対して健保組合の保険料率の平均は7-9%で推移)、傷病時の付加給付(就業不能手当の積み増しなど)、独自の健康増進プログラムの提供などが可能になる事実は多くの企業、経営者にとって魅力であり続けました。

出所:https://www.tanakayu30.com/entry/2018/10/09/004507

一方でデメリットも存在します。運用の手間や健康増進事業のノウハウ不足、従業員の高齢化が進む産業で慢性化しつつある収入<支出の赤字体質などです。ここにおいて、健保組合の設立代行、健康増進プログラムの企画立案等を外部パートナーとして支援するプレイヤーに存在価値が出てきます。

中でも鍵になるのは、健康増進プログラムの設計、運用です。実効的な健康増進プログラムの開発によって従業員の傷病リスクを減らせれば、組合の収支バランスを保てるだけでなく、医療費の削減=社会課題の解決にも繋がるため、行政からの有形無形の支援も得られやすくなるでしょう。

また、既存の福利厚生代行業者が提供する健康増進プログラムは、提携先の保養施設が昭和のラインナップから更新されていなかったり、運動した記録を自らソフトウェアに書き写す必要があったり、必ずしも時代の要請を捉えているとは言い難いものが多くあります。

オンラインフィットネス、コーチング、ワーケーション、ウェアラブルデバイス…。ここ数年で普及した提携メニュー候補がこれだけあるにも関わらず、一向にプログラムが改良されないのはプレイヤーの数が少なく競争が生じていない証左です。

時代のニーズを捉えた提携先の選定やメニューのパーソナライズ、ゲーム性を持たせたプログラム設計などに強みをもつプレーヤーにとっては、絶好の参入機会が広がっています。

健保の運営にあたってはこうした保健(健康増進)事業以外にも、被保険者が傷病・死亡に見舞われた際に医療費を支払ったり保険金の給付を行ったりする給付事業も存在するため、当然両者の活動をバランスさせる必要は生じます。

ただし、給付事業のオペレーションを研ぎ澄ますことで削減できる運営コストと、健康増進事業を活性化して未病比率を上昇させることで削減できる支出とを天秤にかけた場合では後者のインパクトの方が大きいため、これを支えるプレーヤーには持ち得る技術と知見を結集させて被保険者の健康増進にコミットすることが求められます。

ちなみに余談ですが、健保組合を持つ大企業の一覧はこちらから参照できます。自社で更新する必要のない1,400社近くのアタックリストが無料で手に入れられるのは新規参入者にとって大きなメリットと言えるのではないでしょうか(!)

市場パートの最後に、「なぜ今取り組むべきなのか」、二つのWhy Nowを提示しておきたいと思います。

まず一つめは、社会の高齢化に伴う「2022年問題」です。健康保険組合は現役世代を対象にした制度ですが、国民皆保険制度を維持するため実は保険料の5割近くを「特定保険料」として高齢者のために拠出しています。

出所:https://phio.panasonic.co.jp/hoken/shikumi/hokenryou/hokenryou.htm

その5割のうちの多くは後期高齢者医療制度を支えるために使われている。つまり後期高齢者の人口が増えると、健保組合が拠出する金額が増えるという構図です。

出所:https://seniorguide.jp/article/1181807.html

そして、団塊世代が75歳を迎える2022年を境に、現役世代が支えるべき後期高齢者の数が大きく増えることが人口動態上不可避な状況になっていると。

健保組合のメリットは、先述のとおり協会けんぽ等に比べて相対的に低い保険料率で柔軟な制度を導入できることでした。後期高齢者の数に比例して彼らを支えるための保険料が増えていくと、健保組合のメリットも維持することができなくなり(一般に10%が健保組合解散の目安と言われています)、多くの組合が解散の危機に瀕するのではないかと言われているわけです。

それに輪をかけるように、健保組合の8割近くが収支のバランスが取れず赤字に陥っている。考えてみれば至極当然です。労働力人口が高齢化して保険料支出が上昇する一方で保険料収入の変数となる賃金は一向に上がらない。そして保険金の給付トリガーとなる傷病リスクへの能動的な対策も取れていない。となれば、収支がマイナスに傾くのは当たり前です。

理想的には各組合の運営元企業の業績が上がって賃金を増やしながら医療費の支払いや保険金の給付を抑えられると良いのですが、収入面に関してはマクロ環境や産業ごとの景気にも依存するため外部の私企業がコントロールできる変数ではない。

であるならば、健保組合をみすみす解散させる前にコストサイドをいかに抑えるか知恵を絞る企業が増えると見てそこに適切なソリューションを適切なタイミングで充てることに賭けてみるのはどうでしょうか。同時に国民皆保険制度の崩壊という巨大な社会課題の防波堤になれるというおまけ付きです。

二つ目のWhy Nowは、デジタルヘルスと相性の良いウェアラブルデバイスの高度化・小型化です。筆者も日常的にOura Ringを着用していますが、こうした指輪型デバイスの登場やそこに搭載されるセンシング技術の高度化により、一昔前と比べてバイタルデータの取得容易性が向上していることをひしひしと感じます。

個人的に、データを活用したヘルスケアや健康増進プログラムを検討する際に重要だと思う点は二つあり、一つは(+/- 両面の)適切なインセンティブ設計、もう一つは「意思の消費カロリー」を最小限に抑えることです。

後者については、人間の理性というのは弱く儚いものであり、継続することに大きな意思の消費カロリーが必要な製品は一部の限られたユーザーにしか浸透せず、マスに普及する可能性は低いという持論です。

その点、デバイスの小型化や軽量化が意味するところは「強く意識することなく装着し続けられ、自然にデータがセンシングされること」であり、個人的にはここにデジタルヘルスがクリティカルマスを捉える機運を感じます。

ウェアラブル×医療のテーマで言えば、投資支援先のテックドクターが来るデータ診療時代に向けて大きな一歩を踏み出しているので、興味のある方はぜひご参考ください。

ウェルビーイングをデジタルバイオマーカーで測るには|TechDoctor Inc.|note

戦略仮説/山の登り方

具体的なソリューションとしては、自社で健保組合を運用している or 今後運用したい企業向けに、健康保険組合の作り方や運用方法のコンサルティング/BPO、従業員の傷病リスクを低減するための健康増進プログラム、健康診断/人間ドックの予約導線、それらを時系列で一元管理するSaaSを丸っと一式セットで提供するアプローチに勝機があると考えています。

「収支のバランスが取れ、従業員満足度も高められる健康保険組合のイネーブラー」のイメージです。健康保険の仕組みそのものを創造したり変革したりする米国型のアプローチは国民皆保険制度が所与となる日本においては残念ながらno chanceなので、外堀を埋めながら天守・本丸への長期的な侵入を窺っていくスタンスが良いかと思います。

展開の順番としては、従業員の平均年齢(≒傷病発生確率)が高く成長率(≒保険料削減時のコストベネフィット)も頭打ちしている飲食、製造、建設等の成熟産業ではなく、従業員が若く産業としての伸び代も大きい、また既存の健保組合の福利厚生メニューとのミスマッチが大きそうなIT、サービス業から着手したいところです。

(他方で、ニーズが燃えているのは組合の赤字体質が慢性化している成熟産業であったり、傷病リスクを下げて支出を減らせれば削減幅の一部を成功報酬でもらうことも可能だったりはするので、この辺りは顧客の反応を見ながら柔軟に対応したいですね)

中長期的な展望でいうと、従業員のバイタルデータや健診データを時系列で蓄積し続けることによって、ゆくゆくは大手生保・損保企業向けのデータ駆動型保険の開発支援も検討可能ではないかと思います。

保険事業のKey Success Factorがデータ活用能力になる、より正確にはデータを継続的に取得し得るユーザー体験の設計・開発能力になる未来はそう遠くないはずで、既存の大手保険会社は人員リソースや採用力の兼ね合いからその能力をアウトソースする可能性が高いからです。

DXの型

ジェネシアでデジタルネイティブな事業立ち上げの実践的フレームワークとしてストックしているDXの型でいうと、今回の健康増進保険のイネーブラー事業には以下の各型が当てはまります。

#1 ネットワーク拡張

#2 情報探索・選択コストの削減

#4 データアグリゲーション

#6 SaaS plus a box

#9 ノウハウ提供型SaaS

起業検討者向けイベント「事業アイディア相談会」やります

ジェネシア・ベンチャーズでは、各キャピタリストが自らの投資関心領域に沿った事業のネタ帳を書き溜めていく取り組みを定常的に実施しています。

今回紹介した「健康保険 as a Service」以外にも、冒頭で示した通り6つのネタ帳を公開していますが、これらは決して完成形ではなく、起業家の皆さんと双方向でアイディアを練りながら仮説をブラッシュアップしていけると良いなと考えています。

『事業のネタ帳』連載一覧 [再掲]

#1 AI-powered BPO(相良)
#2 コールセンターのDX(相良)
#3 産業領域特化型コラボレーション(水谷)
#4 データドリブンファイナンス(河野)
#5 ローカル店舗のOMO化(一戸)
#6 HorizontalからVerticalへ。そしてVertical SaaSの未来。(鈴木)

そこで、各記事を執筆したキャピタリストと起業検討者の方をマッチングして、記事の行間を共有したり、事業アイディアの相談・壁打ちをカジュアルに行ったりする場を設けることにしました。

初回の日程は2021/11/24~11/26の三日間を予定していますので、これから起業を検討している方、あるいは事業ドメインだけ決めていて戦略を模索している起業家の方でこの取り組みに関心を持っていただけた方はぜひお気軽にお申し込みいただけると嬉しいです!

※もちろん参加は無料です。
※原則としてお申し込みいただいた方とは全てお会いさせていただきます。
※事前に準備いただくもの(ピッチ資料など)はありません。
※複数のキャピタリストとの面談も可能です。
※これをきっかけに継続的な壁打ちを行なった結果として、投資のオファーさせていただくこともあります。

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