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事業のネタ帳 #8 バーチャル・コマース

IDEA

創業前後のスタートアップへ投資を行うジェネシア・ベンチャーズの河合です。

弊社キャピタリストが持ち回りで連載している「事業のネタ帳」の第8回目となる本稿では、リモート環境が定着している生活者に生じた価値観の変化や、デジタルとリアルのコントラストが強調されていく社会の中で、バーチャル世界が持つ意義等を掘り下げながら、新たな商取引のカタチとしての『バーチャル・コマース』について考えてみたいと思います。

『事業のネタ帳』連載一覧 [再掲]

#1 AI-powered BPO(相良)
#2 コールセンターのDX(相良)
#3 産業領域特化型コラボレーション(水谷)
#4 データドリブンファイナンス(河野)
#5 ローカル店舗のOMO化(一戸)

#6 HorizontalからVerticalへ。そしてVerticalの未来(鈴木)

#7 健康保険 as a Service(相良)

目次

  1. デジタルとリアル
  2. オンラインで一緒に楽しむ
  3. デジタルとリアルをつなぐ
  4. バーチャル・コマースの可能性
  5. 期待される機能
  6. 課題
  7. おわりに

1. デジタルとリアル

私達はあらゆる場面でデジタル化の恩恵にあずかってきましたが、とりわけコロナ禍を契機にリモート生活に慣れてしまうと、実は殆どのことはオンラインで完結できることに改めて気付かされました。そのような生活スタイルが違和感なく受け入れられ、普通に定着し始めたことで、デジタル化がもたらす効率性に対する欲求と期待は一層高まっているように感じます。
デジタル化による効率性の追求はショッピングも同様です。少なくとも私個人にとって、ショッピングほど面倒なものはありません。身支度をして遠くまで出掛け、愛想の良い店員さんとの雑談をこなし、数ある品揃えから何とか気に入った商品を見つけ出し、一苦労の末に試着室で着替えてみると、想像とは違った姿を見て愕然とする。結局、そのプロセスを繰り返す根気のない私は、妥協の末にその商品を購入する訳ですが、購入後の裾直しや決済を想像するだけでも疲れてしまうのです。本当にECって便利ですよね。

それでは、リアル店舗に残された価値とは何でしょうか。多くの消費者は店舗に足を運ぶ前にネットで調べ、レビューを参考に評価し、お目当ての商品は概ね事前に決まっています。つまり、そこでしか得られないような新しい情報は、店舗にはあまり残されていないのです。それでも多くの方が店舗を訪れるのは、ただモノを買うという直接的な目的以外の体験が得られると期待しているからです。そのような体験には、音や匂いや空気感も含めてブランドの世界観を肌で感じる、店員さんとのコミュニケーションにより共感を深める、思いがけない商品との出会いや発見というセレンディピティ、友達や家族と一緒にショッピングするプロセスの楽しさ、などがありそうです。

2. オンラインで一緒に楽しむ

デジタル化とリモート環境の定着によって、多くのことを一人で効率的に処理できるようになった一方、そこで改めて意識され始めたことは「他者とのつながり」です。
友人同士で一緒に動画コンテンツを楽しむ「Teleparty」は、Netflixユーザーが同じ画面を共有できるサービスで、映画鑑賞をしながらチャットでやりとりすることも可能です。例えば、ある盛り上がる場面があれば、友達に対してリアクションなどを聞くこともでき、自室で快適に過ごしながらも、誰かと一緒に鑑賞することで楽しさも倍増します。また、Instagramの「Co-Watching機能」や、テレビゲームの共同プレイで人気の「Discord」など、欧米ではグループで楽しむオンラインサービスが増加しています。遠く離れた誰かと一緒に楽しむ、友人とシェアして楽しむ方法は、エンターテイメントのスタイルを変える可能性があります。

 このような方向性は、オンラインショッピングにも波及しています。例えば、元ロレアル・イスラエルのブランドマネージャーだったElysa Kahn氏が20年5月に立ち上げた「Squadded Shopping Party」では、友人と一緒にECでショッピングが楽しめるサービスを提供しています。友人や知人をチャットに招くと、ECサイト上の商品を見てまわりながら、意見交換や雑談ができる仕組みで、欲しい物リストの共有や、気になる商品について「似合う」「やめた方がいい」などを投票できるシステムもあります。

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出所:「Squadded Shopping Party」

その場で友人から率直なアドバイスをもらいながら買い物をすることは、特に若い女性にとっては重要なポイントかもしれませんが、それは今までのオンラインショッピングに欠けていた要素です。ECサイトで手軽で直ぐに購入できる時代だからこそ、次に考えるべきは、いかにリアルでしか味わえない購買体験を再現できるか、ということになりそうです。オンラインの利便性と、ショッピング本来のエンタメ性を両立した「ハイブリッドなショッピング」が主流になっていく可能性があります。ライブコマースやクラウドファンディング、ソーシャル型ECサイトなどにも通じる部分ですね。

3. デジタルとリアルをつなぐ

少し話の抽象度は上がりますが、デジタル化が不可逆に進む社会で、オンラインにはない、リアルでしか得られない価値とは何なのかを、これまで以上に意識せざるを得なくなっています。それは、五感の全てを使って感じる体験や、その場所その瞬間にだけ生まれる偶発性であったりする訳ですが、現在はデジタルとリアルが持つ利点のコントラストが強調される時代になっていると感じます。
そして、2次元情報であるデジタルの利点を享受しながら、デジタル化によって鮮度が失われる3次元情報としてのリアルの価値を補完し、デジタルとリアルの両端をつなぐ技術がXRであり、こうして両者が融合することで浮かび上がってくる世界が最近話題の「メタバース」ということかもしれません。XRの特徴である3次元の視覚情報は立体的で鮮度の高い情報です。従って、情報のデジタル化(2次元化)による体験価値の毀損や劣化をある程度は回避しつつ、同時に時間と場所の制約を受けない情報伝達が可能で、デジタルとリアルの利点を両立させる事ができます。

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いずれにしても、現実世界においてデジタル化が進めば進むほど、つまりデジタルとリアルの両端が離れていけばいくほど、それらを繋ぎとめる中間レイヤーとしてのバーチャル空間の意義も高まっていくのではないかと考えています。

4. バーチャル・コマースの可能性

このようなトレンドを踏まえた時に見えてくる次世代型ショッピングの一つのカタチとして、①効率的なEC(デジタル)のメリットは引き続き享受したい、②それと同時に店舗(リアル)でしか体験できない空気感やセレンディピティも味わいたい、③オンラインでも誰かと一緒にショッピングを楽しみたい、といった消費者の想いを実現する手段として、デジタルとリアルの利点を両立させ、ソーシャル要素も組み込んだバーチャル・コマースの可能性に注目しています。
これにより、私たちのオンラインショッピングにおける体験は、より五感を刺激するものに変わっていくのではないかと思います。聴覚など視覚以外からも情報を得ることができ、将来的には触覚に訴えるアプローチも実現する可能性があります。また、自身のアバターを介して、友人や共通の趣味を持つ知人と一緒にバーチャル空間内でワイワイ言いながらショッピングすることで、他者とのつながりを感じることができ、また偶発性が生まれやすい環境が再現されるのです。また、バーチャル空間であれば、リアルに近い体験を、場所や時間の制約なく世界のユーザーへと対象を拡張できます。

バーチャル空間でショッピングを楽しむものとしては、株式会社HIKKYが開催する「バーチャルマーケット」があります。近年はメタバース事業に参入したい大手企業によるリアル商品の販売も充実し、バーチャル・コマースの新たな可能性を創出しています。20年12月に開催された「バーチャルマーケット5」では、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社が、実店舗とオンラインストアに続く第三の売り場として、「バーチャルディズニーストア」を期間限定で開店しました。店内では細部まで加工された3Dモデルの商品を手に取って眺めることができ、実際に購入も可能となっています。また、21年12月に開催される「バーチャルマーケット2021」企業出展会場の1つであるパラリアル秋葉原内には、総合ショッピングモール「ウィンタークロースモール」がオープンし、このモール内には、中央に降り注ぐ雪に覆われた巨大なクリスマスツリーが設置され、吹き抜けの周囲をイルミネーションで豪華に飾った様々な種類の店舗が並びます。また、もう一つの企業出展会場となるパラリアル渋谷内には、BEAMSのバーチャルショップも出展しており、3DCGモデルで再現されたリアル商品をアバターを介して手に取ることができ、その姿を店内の鏡に映して見ることもできます。

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出所:株式会社HIKKY

5. 期待される機能

バーチャル・コマースには、デジタルとリアルの良いとこ取りという本質的な利点はあるものの、その体験をより付加価値の高いものとするためには、XRならではの技術を活かした特性や機能を備える必要があると考えています。
例えば、自身の体格を精緻に反映したアバターを作成することで、バーチャルフィッティングが可能になれば、試着という非常に面倒なプロセスを排除できるばかりか、リアル店舗では不可能な店舗にある服を全て試着するといったことも可能になります。株式会社VRCでは、独自に保有する3D基盤技術を活用したアパレル業界向けバーチャル試着ソリューションの提供を開始しています(念のため、下の写真はアバターです)。

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出所:株式会社VRC

また、バーチャル空間からの遷移方法も含めてUXを損なわない工夫は必要かもしれませんが、ARを活用したフィッティング機能も有効です。家具や家電などは、実際に部屋に配置してみるまでイメージを掴みにくいものですが、ARを活用すれば購入前に試し置きすることが可能です。化粧品世界最大手の仏ロレアルは、化粧品の買い物体験にARを使ったバーチャルお試しを積極的にとり入れています。

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出所:L’Oreal

そのほかにも、ブランドの世界観を演出したリアルでは構築できない空間設計を行ったり、購入したらキャラクターが御礼を伝えてくれるといったようなエンタメ的な演出を加えることで、これまでのECや店舗では実現できなかった新しい方法で消費者の購買意欲を刺激できそうです。人気アニメなどとのタイアップ方法にも変化が生じるかもしれませんね。

6. 課題

新しい体験を生む可能性を持ったバーチャル・コマースではありますが、その一方で、乗り越えなければいけない課題も多いと言えます。
まずはVRデバイスの制約です。手頃で使いやすいスタンドアロン型VRデバイスの普及が進んだとは言え、一般消費者にはまだ馴染が薄く、ゴーグルを被るという行為への抵抗感もあると思われます。VR酔いの問題や長時間の装着に耐えうる軽量化やバッテリー問題なども解決される必要があります。少なくとも現時点においては、必ずしもVRデバイスを必要としないブラウザベースのメタバース構築から始める必要があるかもしれません。

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出所:Oculus

次に、そもそもの”煩わしさ”を如何に解消するかも重要です。バーチャル・コマースは、店舗のショッピング体験をオンラインで再現したものですが、自宅でショッピングを行う体験としては、どうしてもECの延長として捉えられがちで、効率性に焦点が当たってしまうと、ECの良さが損なわれる度合いのほうが、バーチャル・コマースで実現する便益よりも大きく感じられる可能性があります。バーチャル・コマースで実現される価値を上手く訴求していく必要があります。
更に、バーチャル空間では決済が煩雑に感じられてしまうというUIの課題も挙げられます。Webページに遷移させられたり、VR内での入力操作がスムーズに行かなかったりすると、体験を損なう恐れがあります。一方、ブラウザベースのメタバースの場合には、埋め込みなども容易になり、決済ページへのシームレスな遷移が可能です。
最後に、販売する商材との相性という問題もあります。デジタルのまま価値判断できる商品(3Dモデル、音楽などの音声データ、映像、書籍など)は相性が良い一方、リアル商品の場合には再現の精度が低かったり、視聴覚だけでは購買判断しづらいといった問題が生じます。服やアクセサリーなどの場合、触り心地や着心地といった触覚も大事になりますので、そうなると急に相性の悪い商材になってしまう可能性もあります。

このように、まだまだ乗り越えるべき課題も多いバーチャル・コマースですが、当該市場の可能性に共感して頂ける起業家の方(起業を検討されている方)、NFTなどの近接領域にご関心のある方、あるいは全く異なるアプローチをご検討されている方、まずはぜひカジュアルにディスカッションさせてください!(筆者のTwitterアカウントのフォローもぜひお願いします!)

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